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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第二章『彼は無慈悲な夜の太陽』

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2-1『鶴咲渡瀬』



 外の景色は無機質なトンネルから大都会へと変貌していた。グリーン車の座席に座る茶髪の青年、鶴咲(つるさき)渡瀬(わたせ)は腕時計を確認して、二時間ほど眠っていたことに気づいた。


 『まもなく、新横浜です。横浜線と地下鉄線は……』


 どうやらもう新横浜まで近づいていたらしい。終点に着く前に起きられて良かったと渡瀬はホッとする。

 黒いスーツ姿の彼はグリーン車にいる他の乗客と同様、一見するとビジネスマンに見えないこともない。隣に幼気な少女、エリーが座っていなければ。


 「ねぇねぇわたせー。あとどれぐらいで着くのー?」

 「もうすぐだよ、あと二駅。丁度お昼時だね」

 「じゃあお昼ごはんだね」

 「うん、向こうで食べよう」

 「わーい、じゃあ私はまた寝るから起こしてねー」


 エリーはグリーン車の心地よい座席を倒して再び眠りについてしまった。久しぶりに東京へ戻るというのもあって、昨日は楽しみで眠れなかったらしい。

 渡瀬は別の意味で眠れなかった。何か起きやしないかと多少の不安は抱いていた。ただでさえ堅苦しい車内の空気がさらにピリピリと張り詰めているように感じだ。


 『小田急線内で発生したテロの影響により、小田急小田原線は運転を見合わせております……』


 渡瀬達の行き先には関係ないが、今日も革新協会によるテロが起きたばかりだ。幸いにも死者は出ていないようだが、人々に不安と恐怖を与えるには十分な行為だ。最近になってようやく東京駅が殆ど復旧したが、首都東京は、いや日本はまだあの日から立ち直れていない。


 定刻通り、新幹線は終点の東京駅に到着した。東京駅は四月に大きな被害を受けたが一ヶ月ほどで一部の新幹線と在来線が復旧し、もうすぐ平常ダイヤに戻るらしい。雑踏の中を渡瀬とエリーは手を繋いで進み、スイスイと改札を抜ける。エリーにはお土産屋でショッピングに勤しんでもらい、渡瀬は携帯を取り出して電話をかけていた。


 「詠一郎さん、東京に着きました」


 電話の向こうもガヤガヤと何やら騒がしい。今の事務所がそんなに騒がしくなるとは思えず、どこかの娯楽施設や商業施設にいるのだろうと渡瀬は推測する。


 『何だよ、そっから地下鉄で行けるだろ?』

 「電車は混んでるじゃないですか。霞が関の方にも寄りたいので、迎えに来てもらえませんか?」

 『レンタカーでも借りろよ。お前免許持ってんだろ』

 「僕はペーパードライバーですから。自慢の愛車で来てくださいよ、あのマクラーレンのド派手な真紅のスーパーカーで」

 『へいへい、先輩をこき使う後輩を持つと大変だぜ』


 電話は切られた。なんだかんだ面倒見の良い先輩である。同じく車を乗り回している副メイドを頼っても良かったのだが、詠一郎の方が暇してそうだなと渡瀬は考えたのだった。

 渡瀬は続いて、別の人物に電話をかけた。


 『何よ、そっちはもう着いたわけ?』


 イライラしているような甲高い声が電話口から響く。向こうもどうやら駅にいるのか、ガヤガヤとしている中で鉄道の運行情報を伝えるアナウンスが聞こえていた。


 「今東京駅。そっちはどう?」

 『ねぇ聞いてよ! 停電で新幹線止まってるんだけど!?

  運行再開時刻は未定なんだけど!? こんなことあんの!?』


 今度は大きな怒号が渡瀬の耳に響いた。余程鬱憤が溜まっていたのだろう。向こうから聞こえる雑踏は、大きな台風の直撃によって北海道新幹線が運転を見合わせているからなのかもしれない。


 「それはとんだ災難だね。イライラするのもわかるよ」

 『そーそ。今日中にそっちに行けるかは微妙ね』


 台風が来ることを見越して早めに出発するのも手だっただろうに、運悪く向こうでの仕事が長引いてしまったのかと渡瀬は推測していた。


 「飛行機はどうなの?」

 『風が強いから無理に決まってんでしょ』


 ますます運が悪いことだと渡瀬は思う。東京の街は台風が横をかすめて梅雨明けが少し伸びたぐらいで、澄み切った青空が広がっている。電話の向こう、北海道は彼女共々大荒れの空模様らしい。


 「明日には来れそう?」

 『そうね。出来れば今日中に帰りたいけど。

  それより、エリーは元気してる?』


 渡瀬は土産物屋の方に目をやった。いつの間にかエリーは北陸の方のお菓子を手に持ってレジに並んでいる。


 「ウキウキしながらお菓子を買ってるよ。このまま駅で何か食べようかってところ。

  北斗はどうしてる?」

 『アイツなら念のためホテルを探してるわ。まぁ何もかも絶望的ってとこね』

 「そう、それじゃ北斗にもよろしく。じゃあね、千代』


 渡瀬が電話を切ると、買い物を終えたエリーが駆け寄ってきた。北陸へは全く立ち寄っていないのに北陸のお土産を本部に持ち帰ったら皆にどう思われるだろうか。高校生組は何も考えず美味しく食べていることだろうと渡瀬はテキトーに考えつつ、エリーと共にレストランを探していた。


 ---

 --

 -


 「それで、能力者狩り君はどうですか? まずはツクヨミの戦力として」


 時刻は夜の七時頃。先輩の詠一郎に東京駅から送迎された渡瀬は、事務所のソファにゆったりと腰掛けていた。おおよそ三ヶ月ぶりに東京に戻った渡瀬は福岡での出来事についても詠一郎に説明したが、とても明るい話題ではない。

 今日から能力者狩りがツクヨミに加入すると聞いて、渡瀬は慌てて本部へと戻ってきたのだ。今は副メイドが管理している支部で高校生組と歓迎会をしているらしい。


 「上々じゃねぇか? 最初はただの革新協会の玩具かと思ってたが、それなりに力はある。高一の頃のお前と比べると、向こうの方が上かもな」


 缶コーヒーを飲みながら詠一郎はフッと笑った。ガンガンに冷房の効いた事務所のデスクでは、華がひっそりと一人ネットサーフィンに勤しんでいる。


 「じゃあ、彼が高校を卒業する頃には遥かに強くなっているかもしれないですか?」

 「いいや、今のままだとあれが頭打ちだろうな。そもそもあと三年も生きていられるとは思えない。

  俺の目で見ても、あれはもう死にかけだ。余命一ヶ月そこらって感じだな。何が原因になるかわからねぇが、この夏を乗り越えられたら万々歳だな」


 そうですか、と渡瀬は頷いてから麦茶を飲んでいた。いつも彼と一緒にいるエリーは、能力者狩りは本部にいないと知ると寮の部屋に戻ってしまっていた。こんな話を聞かせるわけにもいかない。


 「では、普通の少年としてはどうです? 彼はまだ高校一年生なんですよね。青春の真っ只中じゃないですか」

 「リーナっていう革新協会のゾンビの話は教えただろ? 奴はどうも能力者狩りに惚れ込んでいるらしいが、正直それが本気なのかただおちょくっているだけなのかがわからん。ただあの雰囲気だと、一線は越えているように見える」

 「そんなプレイボーイみたいな子なんですか?」

 「お前程じゃない。大体、能力者に青春もクソもあるか」


 と、能力者に青春を滅茶苦茶にされた経験者が語る。渡瀬にとっての高校時代もろくなものではなかったが、革新協会という明確な敵が存在している中で生きなければならない彼らも相当不憫だと渡瀬は心配していた。


 「どうであれ、奴は織衣達とは全然違う生き方をしてきた。俺達でさえあれ程じゃない。奴基準の物差しと織衣達の物差しに折り合いがつくとは思えねぇ。

  牡丹から何か聞かなかったのか?」

 「彼が少しは長生きしてくれるようにしてくれ、って言われましたね」

 「……教育役ってところか。面倒なことは起こさないでくれよ、俺は牡丹に呼び出されて忙しい身なんだから」

 「はい、極力頑張りますね」


 相変わらず牡丹の手駒として良いように扱われているな、と渡瀬は先輩を面白がって見ていた。あの日以降、牡丹と詠一郎は各地を飛び回って混乱を収めながら革新協会の調査をしていたらしいが、彼らが欲しがっていた情報は能力者狩りが殆ど提供してくれたのである。

 『フラワー』という、革新協会が生み出した禁忌の存在。

 日本に侵食を始めた恐ろしいマフィア、十字会との関係。

 そして、史上最強のテロ組織である革新協会を束ねる統帥。

 今のツクヨミの戦力で敵とするには、強大過ぎる敵であった。


 「詠一郎さん」


 空き缶を持って事務所を出ていこうとする詠一郎に渡瀬は問いかけた。


 「彼が、守護者かもしれない可能性は?」


 少し考えるように詠一郎は首を傾げて唸ってから、渡瀬の方を振り返る。


 「ゼロだ。現時点では」

 「どうしてそう思いますか?」

 「あんな死にたがり、“黒鷲政府(ミスター・デューク)”の連中は見向きもしないだろ」


 呆れたように詠一郎は言う。だが渡瀬の中の疑問は消えない。


 「あの日、僕達の能力が共鳴したのと彼の証言は全くの無関係だとは思えません。彼が、わざと自分が守護者であることを隠している可能性は?」

 「根拠はそれだけか?」


 詠一郎はうんざりしたようにハァと溜息を吐いていた。


 「奴は確かに特殊かもしれないが、仮にアイツが守護者だったとしても、もう見捨てられただろう。今のアイツにそれ程の力は感じられない。

  ただ、アイツがどうも怪しいのは俺にもわかる」

 「どうしますか?」

 「既に牡丹と副メイドが手を打った。能力者狩りの行動を制限している。監視は華で十分だ」

 「いいえ、彼がもし間者だった時の話です」

 「性根が腐ってたら処分、改善の余地があるなら華の教育送りだろ」

 「そうですか」


 華による教育というものは、それはそれは身の毛がよだつような恐ろしい、そして恥ずかしい思いをすることになる。例えそんな処分にならなくても、好奇心旺盛な彼女なら勝手にそんなことをしでかしそうだと思いながら渡瀬は華の方をちらっと見ていた。華は微笑みながらPC画面に夢中のようだった。

 詠一郎が事務所を去った後、渡瀬も事務所を出てエリーが眠る寮の部屋へと向かう。昔は本部の寮で寝泊まりしている連中が多くいたが、今は多忙のせいか人気はなく、嫌に静かであった。



 「あ、渡瀬さん久しぶり」


 エリーを起こしに行った後、寮の廊下で渡瀬は後輩の姫野織衣とばったり出会った。黒スーツを着たままの渡瀬は腕に黒猫を抱いていた。

 織衣の私服は以前より色合いが明るくなったように見える。これもおしゃれにうるさい緋彗のコーディネートのおかげだろう。一昔前の彼女はもっと暗く澱んだ雰囲気だった。


 「やぁ織姫ちゃん。能力者狩り君達とご飯を食べてるんじゃなかったのかい?」


 渡瀬が腕時計を確認すると、時刻はまだ七時半を回ったばかりだった。どんちゃん騒ぎが好きな彼らなら、最悪十時過ぎまで向こうで遊んでいてもおかしくない。


 「副メイドさんがはっちゃけ始めたから、退散してきたの」

 「鬱陶しくなって抜けてきた、というわけか……あのモードの副メイドさんに絡まれるのも可哀想だね、能力者狩り君も」

 「あの人も帰ってるよ? 一緒に電車で帰ってきたから」

 「え、どこにいるんだい!?」


 途端に渡瀬は目を輝かせて織衣に聞く。最早主役であるはずの能力者狩りがいないというのに、副メイド達は一体何の歓迎会を楽しんでいるのやら。


 「屋上に行くって言ってたと思う」

 「そう、じゃあ僕らも彼に挨拶しないとね」


 ニャアと渡瀬が黒猫が鳴いた。黒猫が渡瀬の腕から床へピョイッと降りると、一瞬にして黒ロリチックなファッションの幼気な少女、エリーに変身していた。


 「おりーん久しぶりー」

 「久しぶり、エリー。また一緒に遊ぶ?」

 「うん。織衣は大丈夫ー?」

 「え? だ、大丈夫だよ?」


 織衣は七月に入ってから三度も死にかけている。風の噂で織衣の身に降り掛かった数々の災難は渡瀬も知っていたが、大丈夫と答える織衣は渡瀬が思っていたよりも大丈夫そうに見えた。緋彗も襲撃を受け、能力者狩りがこちらに好意的でなかったら二人が死んでいた可能性もあったということで、一連の件に関して牡丹、詠一郎、副メイドの幹部三人が華から『教育』を受けたらしい。上下関係とは何なのだろうか、この組織に入ってから渡瀬は何度も考える。大体ボスである牡丹にズボラなところがあるのが悪い。


 「ああそうだ織姫ちゃん、お土産を食堂に置いてきたから良かったら食べると良いよ」

 「あの最中みたいな、通りもんってお菓子?」

 「ううん、番傘っていう金沢のお菓子」

 「か、金沢……?」


 九州から帰ってきたはずの渡瀬がどうして石川のお菓子を買って帰ってきたのか織衣は疑問に思っていたようだが、渡瀬はエリーを連れて能力者狩りがいるはずの屋上へと向かっていた。

 

 

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