1-13『か弱い乙女(ゾンビ)』
心地よい小鳥のさえずりが室内に響く。殺伐とした時代の中でも、この空間だけはそんなことを忘れられるかもしれない。
「武器の取引は概ね順調です。先日の件については、現場に向かっていた担当者が能力者狩りの出現を知って慌てて逃げ帰ったようです。
ただ、こちらの損害自体は軽微です。しかし彼らは所詮寄せ集めに過ぎないエセ革命集団のようなもの、例えどれだけ潤沢な資金や装備があったとしても実行に移すには半年ないし一年は必要でしょう」
赤い絨毯が敷かれた床、高級木材を使用した建材の空間に囲まれた厳かな書斎。薄暗いドアの前に、黒縁メガネをかけた青年が数枚の資料を持って佇んでいた。相変わらず白いコートを羽織っているが、この時期にはさぞ暑いことだろう。
その報告を黙って聞いていた統帥は、机の上に置かれていたチョコを一つつまんでいた。
「それより赤王、十字会の計画については聞いたか?」
赤王と呼ばれた青年は、統帥の元に近づいて説明を始める。
「本格的に日本での活動を拡大していくと言っています。能力者狩りを血眼になって探しているようですが、全然見当もついていないようです。あれでは尻尾すら掴めないでしょう。近いうちに幹部が数人程度来日するという噂もあります」
「そうか。今後ともよろしくと伝えておいてくれ」
統帥の書斎にある机の上には大きな日本地図が広げられていた。所々に刺されている赤いピンは、ただの雰囲気づくりのための飾りだ。一応重要な拠点を示しているが、わざわざこんなに場所を取らずとも今の時代はデジタル化した方が合理的だと言うのだろう。
赤王はメガネをクイッと直すと、ハッと何かを思い出したかのように口を開いた。
「そういえばリーナはどこに? 横浜で暴れまわっていたのを統帥が連れ帰ったと聞いていたのですが……」
統帥はニコニコと微笑みながら、書斎の隅に立っている大きな人形を指差した。その人形はこの部屋には似つかわしくない、洋風のドレスを着た等身大ぐらいの少女を模しているようだった。赤王はその妙に生気が宿っているように見える人形を観察するが、特に変わったところは見受けられない。
と思ったその時、人形が一人でにゴトゴトと動いた。赤王は気づいた、この中にリーナが入れられていることに。
「赤王は、アイアンメイデンを知っているか?」
人形の足元から真っ赤な血がドバドバと流れ出てくる。
「実際に使用さているのは初めて見ましたが」
しかし流れ出ていた血は一瞬にして消えてしまう。床に染み一つ残さずに。人形はまたゴトゴトと動くと、再び足元から血が流れ出る。おそらくリーナはこの人形の中で大量の鋭い針に刺されながら、何度も生と死を繰り返しているのだろう。
「リーナから自由を奪う。これがリーナへの罰として一番効きが良いと思わないか?
しかし、いくらなんでもこれに入れっぱなしというのも可哀想だとも思えるんだ」
「私は思いませんが」
「まぁ展開の都合上可哀想だということにしよう。部下にリーナを監視させるとしてもリーナより弱ければ意味がない。やはりリーナにも多少は動いてもらいたいし、しかしもう少し幹部としての振る舞いを意識して欲しいという気持ちもあるから悩みものだな」
統帥は窓から見える外の景色を眺める。喧騒だらけの都市から隔絶された自然豊かな土地に建てられた彼の別荘は、革新協会でもごく一部の幹部しか立ち入ることが出来ない。
「ま、そんなことは後で考えるとして。プラントの増設は可能だと思うか?」
「それについてですが、最近奴が怪しい動きを見せています。各プラントに立ち寄っては何か細工を施しているようですが」
「構わんさ。私は彼女に一任しているし、私が何か言ったところで大人しくなるわけでもない。彼女が伸び伸びと好きにやっているのなら多少は目を瞑るさ」
「では国外にも進出されますか?」
「それは十字会の出方次第だろうなぁ。彼らも中々能力者狩りに苦しめられているようだからね。大きな代償だよ」
統帥は机の上に置かれていた一枚の写真を赤王の方へ飛ばす。赤王へ飛ばしたその写真には、ニコニコのリーナに言い寄られている鷹取穂高の姿があった。敵とはいえ、あのリーナに付き纏われている彼には、統帥も赤王も多少は同情している。ああはなりたくないと。
「それは人材という意味で?」
「惜しい人材だったな」
「その割には、あっさりとお譲りになったようですが」
何がどうであれ、能力者狩りは協会で管理することは不可能だ。ツクヨミという組織が彼をコントロールしてくれるなら、統帥の考えでは願ったり叶ったりなのである。
「それに、彼は我々の内情に詳しい。どこかの誰かさんがベラベラと話してしまうからね」
「フラワーについては致し方ないでしょう。遅かれ早かれ気づかれたはずです」
「しかし、我々にとって彼はますます面倒な相手になるだろう。皆には注意を払うよう言っておいてくれ」
「まだ始末はしない、と」
下っ端程度には能力者狩りを倒せない。所詮人を殺したいだけに集まってきた欲望に満ちた阿呆が勝てる相手ではない。あのリーナと互角に戦える能力者狩りを相手に量産型のフラワーがどれだけ集団で立ち向かっても勝てるとは思えないし、そういう意味ではリーナと同レベルか。この組織に入ればすぐに幹部級の扱いを受けていただろう。彼がそうならないのは、まだ彼に良心が残っているからか。
「いずれにしろ、しばらくは様子を見ることにしよう。奴の動きも気になるからね。
今日は戻っていいぞ赤王。何かあったら連絡を頼む」
「リーナは謹慎処分に?」
「少なくとも一時は自由にさせる気はない。書類仕事はやらせるが、統率は赤王がとってくれ」
「了解しました。リーナの処分については続報をいただけるとありがたいです。
では、私はこれにて」
赤王は統帥の部屋を出ていった。革新協会の副統帥という役職にある彼は、統帥と各幹部や関係者との連絡もさせられている。
与えられた仕事で多忙を極める彼が、統帥の真意すら知らされていない彼が統帥に従うのはどうしてか。その忠義は、刃を交わすことでしかわからなかった。
赤王が部屋から去った後、統帥はリーナが入れられた人形の目の前にいた。人形に厳重に掛けられた鍵を開けると、人形の前面がパカッと開いた。
「呼ばれて出てきて」
「呼んでいない」
「そうですかー」
針だらけの人形の内部にいたはずのリーナは元気な姿で中から出てきた。相変わらず白いセーラー服姿だが、血痕はどこにも見当たらない。
「いや~統帥様も酷いことがお好きですねぇ痺れますよぉ~」
「そうかいリーナ。君に与える罰を考える間に、少し意見を貰いたくてね」
統帥は書斎の中央に置かれた大理石のテーブルの上にティーカップを並べる。統帥が紅茶を入れている間に、高級感あふれるふかふかのソファにリーナは我が物顔で寝っ転がった。
「何ですかー穂高君の性癖ですかー?」
「今、この世界で彼のことを一番知っているのは君だけだ。
そんなリーナが思うに、彼はあとどれだけ強くなる?」
統帥はリーナに砂糖を添えた紅茶を渡した。見た目も血統も、というか話す言葉以外は殆どイギリス人のような彼女は、ちゃんとティータイムを欠かさない。
「無理じゃないですかねー」
そんな彼女の答えは、統帥にとっては意外なものだった。
「どうしてそう思う?」
「だって穂高君はフェミニストですから~」
「へぇ、それは驚きだ。ちなみに最近、飲むだけで体がドロドロに溶かされるとかいう謎の物質を極秘ルートで手に入れたんだ。紅茶と合わせたら美味しいんじゃないか?」
「いやいや冗談ですってば~」
ケラケラとリーナは笑う。彼女の上っ面な態度と真意の汲み取りにくさは統帥でさえも苦労している。リーナは統帥と出会った時からずっとこんな性格だ。彼女が口に出すことのどこまでが本気で、どこまでテキトーなのか匙加減がわからない。もっとも、鷹取穂高はリーナの素性を理解してコミュニケーションが取れるらしいが。
リーナは紅茶を一口飲むと、嬉しそうに語り始める。
「そもそも私が生きていることがおかしいじゃないですか~穂高君が私を利用している時点で~もう復讐とか私怨に拘りが無くなってきてるんじゃないですかね~。穂高君の原動力はそーゆー気持ちですから~それが無くなっちゃったらただの木偶の坊になるだけだと思いますよ~。
それにそれに~穂高君は私と初めて出会った時の方が別人のように強かったですから~」
リーナの考察を聞きながら、統帥は自分の分の紅茶を用意していた。砂糖をスプーンでかき混ぜていると、紅茶の香りが鼻をくすぐった。
「彼はあの組織の少女を助けたし、リーナはその少女を襲ったと私は聞いたが」
「いや~どんな強さなのか確かめに行っただけですよ~」
「部下の証言によれば、二人を殺しかけたと聞いたが」
「いやいや~穂高君が助けに来ることは予定調和みたいなものなので~やっぱりそういうシーンも大事かなーと思いまして~。
あ、結構あの人達は強かったですよ~穂高君には全然届かないですけど~」
あまり楽しい戦いではなかった、と統帥はリーナの話を理解した。戦闘狂な上にドM体質という不思議な性癖を持つ彼女の相手をするのはさぞ大変なことだろう。基本的にリーナを倒すことは不可能だ、ならばリーナが満足するまで戦わないといけない。もしもリーナが戦いに飽きてしまったら相手は殺されることになる。
「彼が、その少女のものとなる可能性もあるんじゃないか?」
「あーその時は私が──」
「首を洗って待つことになるだろうな」
「いやいや冗談じゃないですか~殺すだなんて一言も言ってないじゃないですか~」
可愛がってあげますよ~とでも言うつもりだったのだろう。だがその結果、統帥に可愛がられるどころか黄泉送りにされかねない。今回の一件であの組織の能力者でもリーナを殺すことは出来ると判明した。統帥としてはあまり自分勝手に行動されては困るのだ。
「彼の行動は阻害するな、と伝えたはずだ。それに彼は例の組織に入った、我々も厄介なものを相手にしないといけなくなる。
彼らは能力者狩りと違って我々を目の敵としているわけではないが、これからは活動を活発化させるかもしれない。我々が海外へ進出するのも邪魔されるはずだ。
そこで私は、聡明で愛らしいリーナを海外の支部長に就任させたいところなんだが──」
「お断りしま~す」
クッションを抱いてソファに寝転んでリーナは即時に却下した。海外に赴任すると能力者狩りに会えなくなるからだろう。リーナは能力者狩りに会いたいかもしれないが能力者狩りはリーナに会いたいはずがない。精々彼が重傷を負った時ぐらいだろう。このゾンビ乙女が能力者狩りを本気で好いていることは、統帥にとっても想定外の事態だった。
「ところで、私の命令に背いて意味もなく横浜の港湾部を破壊した輩がいるらしい。しかも敵に殺されかけるまで追い詰められ、統帥として多忙な私がわざわざ出向いて助けに行く羽目になった。そんな人騒がせで幹部という自覚がない可憐な少女がいるらしいな」
「いやーちょっと待ってくださいよ統帥様~それだと罰として私が海外に飛ばされる流れじゃないですか~。
せめてこの国にいさせてくださいよ~私は血筋的には結構イギリス人ですけど日本という国が好きですし~穂高君を制御できるのは私ぐらいですし~」
リーナは何としてでも能力者狩りと会いたいのだろう。その割と必死そうなところが統帥には笑えて見える。
「冗談だ。だが、やはり彼らの存在は厄介だな。ある程度は妨害しておきたい」
「妨害?」
「最近、フラワーは警察にすら殺される始末でな。より高性能なものを作ってもらいたいが……やはり純粋な能力者でないと戦力として数えにくい」
「だったら私が暴れたいのって結果的に良かったんじゃないですか~?」
「そんなに戦いたいなら紛争地帯に出向いてもらってもいいな」
「いやいやそれだけは勘弁してくださいよ~か弱い少女を戦場に送り込むなんて統帥様をSっ気がお強いですねぇ……」
「か弱い少女……あぁそうか、か弱い少女か!」
統帥は思いついた。自分をか弱い少女だと堂々と騙るゾンビ乙女の戯言に過ぎないその言葉からヒントを得た。
「あぁ……これは私に災厄が降りかかるフラグな気がしますねぇ……」
一人甲高く笑っていた統帥に対し、リーナは渋そうな表情で甘い紅茶を飲むことしか出来なかった。
第一章終わりです。




