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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第一章『機械仕掛けの子鬼』

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1-11『機械仕掛けの子鬼』



 少女は戸惑ったような表情のまま、その場に立ち尽くしていた。自分が何をしているのかもわからないまま、自分が誰なのかもわからないまま。


 「お前は、誰だ?」

 「え……?」


 微笑みながら声をやわらげて問いかける詠一郎の言葉に、少女は何も答えることが出来ない。無駄だ、それを考える思考回路すらも破壊された。彼女が精々出来ることは無意識に呼吸を続けることぐらいだろう。その目は虚ろで、最早目の前の男が何者だったかも考えられないはずだ。


 「効果てきめんだな。ちゃんと俺の仕事はやっといたぜ、牡丹様よ」


 自然と少女の目線は地面へと下がり、大鎌を捨てて地面に膝をついていた。

 少女は人間だったはずの生物だ。だが今の彼女は抜け殻だ。自我を失った人間を、果たしてどうやって人間と判別する?


 「能力を発動できないのなら、能力が無くなったも同然だ」


 詠一郎は能力を解除して拳銃を少女の眉間に向けた。その攻撃は先程彼女に効かなかったはずである。だが今の彼女は、能力を持たないただの生物に過ぎない。少女はそれを目の前にしても、生きようとも死にたくないとも思うことが出来なかったのだ。



 「うおぉっ!?」


 突然、ジンジンと体に響くような強風が詠一郎の体を襲う。同時に詠一郎の目の前から少女が消えた。目線を上げると、港に打ち上げられた貨物船の麓に白いコートを羽織った人物が、少女を両手で抱えて佇んでいる。その顔は、太陽の仮面を被っているため確認できない。


 「ウチのリーナがご迷惑をおかけしました」


 彼の声はやや高めに感じた。髪は長いが、体格からしておそらく男だろうと詠一郎は推測する。


 「何だお前。革新協会の偉い奴か?」

 「左様で。どうもお初に」

 「そいつを助けに来たのか?」

 「えぇそうです。大切な部下なものでして」


 詠一郎の耳には男の声がやけに響いていた。仮面の男との距離は数十メートル離れているはずなのに、どうしてこんな透き通るように聞こえるのか? 周囲に音を反響させるようなものなどないし、勿論音響兵器もないはずだ。


 「で、その小娘はどうするんだ?」

 「一月ほどは懲罰を」

 「大切な部下にか?」

 「そうしないと彼女は中々言うことを聞いてくれませんので。しかし彼女はそちらの脅威とは成り得ませんよ。能力者狩りがいる限り」

 「へぇ、最近俺の可愛い可愛い後輩が殺されかけたばっかりなんだがな」

 「あれは彼女なりのコミュニケーションですよ」


 それは相手も不死身であるという奇怪な世界観でこそ成り立つコミュニケーションだ。少なくともこの世界では一方的な殺人でしかない。


 「能力者狩りはどうなんだ? そいつは奴にホの字みたいだが」

 「そうですね。是非とも我々と共に行動してほしいと思っていますが」


 詠一郎も流石にその言葉には驚いていた。ヘッドハンティングだとするならばあまりにも非効率だ。彼の実力を革新協会が認めているのは理解できなくもないが、能力者狩りは彼らをひどく恨んでいることだろうし、彼に仲間を多く殺されている革新協会の内部でも諍いが起きるはずだ。洗脳でもしない限り実現は不可能だ。


 「かなり敵対しているように見えるが? 能力者狩りを仲間にしようってのは、あまりにも都合が良すぎないか?」

 「でしたら、そちらの好きにされてみては」

 「そうは言ってもな。あんな化物をコントロールしろってのも苦労するもんだ」


 詠一郎は仮面の男に近づこうとしていた。確実に詠一郎は足を進めていたはずだ。だが近づけない。その距離は一切縮まらない。

 まるで彼とは別の世界にいるような不思議な感覚に襲われる。やけに響く彼の声といい、自分の『感覚』が狂ってしまったかのように思えた。


 能力には様々な種類の力が存在するが、それらは元々大きな力が系統樹のように分かれて成立したと考えられている。この世界でそれらの能力の頂点に立つとされる操作系(オペレート)の『現象』、『力』、『生命』、『気象』と干渉系(レイド)の『感覚』と、創造系(クリエイト)の『創造』に支配系(ドミネート)の『支配』の七つの力を持つ能力者は、その内の一人、『力』の能力を操る詠一郎のように他の能力者と違って青い光ではなく赤い光を右目に纏う。

 今、詠一郎の身に起きている異変はその能力の一つ、『感覚』の能力者によるものだ。そして詠一郎は、その能力者のことを知っていた。


 「おいお前、仮面取ってみろよ」

 「へぇ、それはまたどうして?」


 詠一郎は能力を使おうとした。だが能力が使えない、解除されている。詠一郎の右目からは赤い光が消え、ジュエリーである指輪も何も反応しない。


 「俺が忘れたとでも思ったかよ。お前のその相手を舐め腐ったような声と面は嫌でも覚えてんだよ──」


 だが詠一郎の言葉を遮るように、彼らの間に一閃の光が走った。思わず詠一郎は目を手で覆い、すぐに臨戦態勢に入る。それが能力者狩りの仕業であることにはすぐに気づいた。


 「能力者狩り!?」


 少女を抱えた仮面の男に、体に光を纏った能力者狩りが光剣で襲いかかっていた。だが彼は、仮面の男の術によって一瞬で詠一郎の方まで吹き飛ばされてしまった。すぐに体勢を立て直した能力者狩りに詠一郎は話しかけようとしたが、彼は血相を変えて、先に詠一郎に問う。


 「奴は倒せますか!?」


 その姿は、あのいけ好かない小生意気な少年とは思えなかった。右目を中心に咲き乱れる花の紋章がさらに広がっている。そこには本当の能力者狩り、鷹取穂高がいるような気がした。


 「お前にはわからないのか?」

 「……何がです?」

 「いやいい。気が済むまで戦ってこいよ」


 詠一郎は仮面の男が何者かを知っている。その予測がもし当たっているのなら、いや確実にそうだ。ならば能力者狩りは、ただ彼に弄ばれることになるだけだ。それを能力者狩りも知らないわけではないだろう、だが能力者狩りはそれでも仮面の男に戦いを挑もうとしていた。


 突然夜空に稲光が光っても、仮面の男はリーナを抱えたまま佇んでいるだけだ。すっかり雰囲気が変わってしまった能力者狩りは、一向に仮面の男に攻撃を当てられていない。いや、その攻撃は絶対に彼に届くはずがないのだ。


 「“光り輝く武装戦線シャイニング・ウォーライン”!」


 能力者狩りがそう唱えると、彼の周りに光り輝く数体の分身が生み出される。先程彼が倒した革新協会の能力者が使っていた技を模倣したのだろう。その適応能力に詠一郎は感心していたが、それらの分身は仮面の男の術によるものか、すぐに無力化されてしまう。

 能力者狩りは仮面の男を倒せないとわかっていても、本気で戦っているように見えた。淡々と作業のように革新協会の能力者達と戦っていた時とは違い、感情をさらけ出している。

 己の感情の赴くままに攻撃を続ける能力者狩りを、詠一郎は加勢もせずにただ見ているだけだった。仮面の男は未だにリーナを抱えて両手を塞がれた状態で能力者狩りの相手をしている。四方八方から飛び交うレーザー光を華麗に躱したり屈折させたり、自分に接近した能力者狩りを触れることなく吹き飛ばしたり、器用に能力者狩りの攻撃をいなしているのだ。

 詠一郎は初めて能力者狩りを見た時、想像していたよりも遥かに冷静で厄介で面倒くさそうな奴、という印象しか抱かなかった。だが今は違う。彼はまるで飢えた獣のように、本能のままに戦っていた。そちらの姿の方が彼らしく見える。


 「うおおっ何だ!?」


 詠一郎は背後から自分に向かって飛来してきたロケット弾を間一髪で避けた。敵は目の前だけではなかった。治安部隊が駆けつけてきたのかと思えば、周囲に集まっていたのは白いコートを羽織って太陽の仮面を被った、革新協会の増援部隊だった。


 「──“一閃”!」


 だが能力者狩りが放ったその一閃の光り輝く斬撃が、周囲を包囲しようとしていた増援部隊を真っ二つにして壊滅させてしまう。それどころか、その光り輝く刃はまだそれなりに体裁を保っていた工場群までも崩壊させていた。

 こりゃ面倒なことになったと、その戦いを現場で傍観しながら詠一郎は思っていた。おそらく向こうのトップが駆けつけてくるかもしれない、その時は無駄に手出ししないよう詠一郎は牡丹に忠告されていた。今思えば牡丹はこうなることを、いや革新協会の統帥とやらがどんな人間かも予測していたのかもしれない。


 「詠さん!」


 慌てた様子の織衣が詠一郎の元に戻ってきた。


 「どんくらいいた?」

 「ざっと五十ぐらい」

 「そうか、大戦果だな」


 織衣は、能力者狩りと仮面の男の戦いを傍観している詠一郎を怪訝そうに見ていた。一応能力者狩りはツクヨミに加入する予定なのだから、詠一郎達は彼に加勢してやるべきなのである。


 「ねえ詠さん、戦わないの?」

 「あー、今能力発動できねぇんだよ。奴さんのせいでな」

 「え? 私は発動出来るのに?」

 「じゃあ俺の後ろにいとけ。奴の攻撃が当たるかもしれないからな」


 織衣は能力者狩り達の戦いの方に目をやっていた。攻撃に特化していない彼女にとっては別次元のような戦いが繰り広げられていることだろう。

 織衣が加勢したら勝てるか。いいや、今のツクヨミの総力をもってしても難しいかもしれない。複数の都市が滅ぶ覚悟はしなければならない。


 「“紫電────」


 能力者狩りは光剣を地面に突き刺した。瞬く間に剣を中心に無数の光が地上を走っていく。


 「──一閃”!」


 その瞬間、地面から眩い光が空に向かって放たれ、その光は能力者狩りと仮面の男を包み込み、何が起きているのか視認できなくなってしまう。


 「な、何あれ……!」

 「決着か」


 数秒後、光が段々と薄まっていく。リーナを両手に抱えた仮面の男の前には、能力者狩りが倒れていた。そのまま彼の体は宙に浮いて詠一郎達の目の前まで飛ばされる。織衣がすぐに彼の元に駆け寄ったが、彼は意識を失っているだけのようで、地面の上に横たわっているだけだ。その体に、花の紋章を咲き乱れさせて。


 「彼はもう疲れてしまったようなので、お返しします」


 織衣が能力者狩りの体を支えていた。外傷は見られないが、その花の紋章から見て何らかの異常が起きているのは明白だ。織衣にはわからないかもしれないが。


 「良いのか? こいつを捕まえる絶好の機会だと思うぜ?

  俺の能力を打ち消しやがってよ」

 「いえ、彼はそちらにいた方が成長すると思いますので」


 訳が分からない。彼をここまで散々痛めつけておいて、今度は世話をぶん投げてきたのだ。それすらも革新協会が企てる何らかの計画に都合よく利用されているだけの、見え見えの罠のようにしか見えない。ツクヨミが能力者狩りという粗すぎる原石を完璧に磨き上げるまで待つつもりか。

 一体、何のために?


 「ますます訳がわからんな。お前達は一体何がしたい?」


 仮面の男の口角が微かに上がったように見えた。見えないはずなのに。


 「わかりませんか? 世界は一度滅びかけたとうのに?」

 「お前もその場にいただろうが」


 詠一郎と仮面の男の会話を聞いて織衣は訳がわからないような様子で、能力者狩りの体を支えたまま交互に二人のことを見ていた。


 「その割にはあまり歓迎されていないようですね」

 「お前達の活動には一貫性があるようには見えないな。明確な野望があるようには思えないが」


 革新協会の増援はもう駆けつけてこないようで、見るも無惨な姿となった横浜港の一角にはサイレン音が近づき始めていた。そのサイレン音は、嫌に耳に響いていた。


 「悪の組織が、よく声高らかに言うことです」


 男は仮面に手をかけた。その仮面を、とうとう外そうとする。


 「この世界を、滅ぼしてやるのです」


 そう言い残して、仮面の男はリーナを抱えて消えてしまった。結局素顔を見せないまま。

 いや、本当に消えたわけではない。すぐそこにいる。例え目で捉えられなくても、仮面の男がゆっくりとこちらに歩いてきていることが詠一郎にはわかった。

 だがそこにいるはずの彼は、能力を発動できなくなった詠一郎を嘲笑うかのように、その横を悠々と通り過ぎていった。


 

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