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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第一章『機械仕掛けの子鬼』

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1-8『牡丹様』


 「月狂い(ルナティック)と剣、か」


 冷房が効いたツクヨミ本部にて、華は自分専用のPC画面を眺めながら呟いた。事が起きている南池袋で、剣が蜘蛛と炎の戦闘を傍観しているのが確認できた。


 「どうかしたか受付嬢」


 副メイドは事務所のテーブルに並べられた大量の書類を整理していた。殆どは警察の捜査資料をコピーしたものだ。


 「剣ちゃんがまたサボってるの」

 「そうか。じゃあ俺は……そうだな、今日が満月という可能性に夕食でも賭けるか」

 「じゃあ私は、ルナティックが剣ちゃんに良いように使われて蜘蛛と炎を助ける、という未来に焼肉を賭けるわ」


 副メイドはそんなはずはない、と苦笑いを浮かべていた。確証は無いが、オペレーターからの救援要請を受けて剣が現場に駆けつけているのにも関わらず蜘蛛と炎の危機を傍観しているなら、そこに月狂いがいるはずだと、また蜘蛛のピンチに駆けつけてきたのだと華は考えていた。


 「奴が、そんな正義感の強い奴だと思うか?」

 「えぇ。是非ともこの目でしっかりと見てみたいわ。今度良いお肉食べさせてね」

 「はて、どうなることやら……」


 華は密かに胸を躍らせながら、事務所で一人戦況をウキウキと見守っていた。


 ---


 「主役は遅れてやって来ますか~とっても熱い展開ですねぇまさに王道ってやつですねぇ。

  でも生き方は邪道ですねぇ残酷ですねぇまさに悪魔の所業ってやつですねぇ」


 リーナは能力者狩りがやって来たことに喜んでいるようで、先程までとはまた違った、恍惚とした笑顔を浮かべている。より気分が高揚しているのか、その頬は赤く染まっていた。


 「でもでも~私はそんな穂高君が大好きなんですよぉ~」


 リーナは弾き飛ばされた大鎌を手元に修復し、それをクルクルと回しながら能力者狩りの方へと歩み寄る。織衣や緋彗にはもう興味がないらしい。

 織衣はその間に、拘束から解放された緋彗の元に駆け寄った。緋彗が能力者狩りを指差して「この人?」と呟くと織衣はうんと頷いた。


 「あ、でもでも~主役が遅れてやって来る時って大抵お仲間さんがピンチな場面じゃないですか~ってことは~私は穂高君の仲間じゃない世界線なんですかねぇそれとも私が今ピンチだったりするんですかねぇ」


 そんなリーナの言葉をまともに聞いているように見えない能力者狩りは、織衣と緋彗の方をチラッと見た後、再びリーナの方に視線を戻して口を開いた。


 「どうして彼女達を狙った」


 その理由によっては手段を選ばず殺す、そんな気迫を感じる口ぶりだった。いや、どんな理由があったとしても彼の選択は変わらないだろう。能力者狩りはそんな人間だ、少なくとも織衣のイメージでは。


 「簡単な話じゃないですか~こうなる運命だったんですよ~」


 相手は革新協会。織衣達は、彼らを能力者の庇護者として許さない組織。人々に危害を与えているという理由でツクヨミは革新協会を敵としているわけではない。堂々とその力を無秩序に使ってしまうから、彼らはツクヨミの敵なのである。


 「違いないね」


 能力者狩りは諦めたように呟くと、光剣を空に投げた。クルクルと回転して落ちてきた光剣を掴むと、体に光を纏って一気にリーナに斬りかかる。同時にリーナも大鎌を構えて二人は衝突しようとする──が。

 能力者狩りとリーナの間に、一人の人間が割って入った。艶やかな長い銀色の髪、そしてツクヨミの黒いコートを羽織り、月の仮面を被った若い女。剣の形を模したネックレスを首にかけ、そして右目に赤い光を灯し、顔は見えないが笑っているように見えた。


 「ちょいと待った」


 パシッと蝿を追い払うように軽く手で払っただけで、彼女は能力者狩りの光剣とリーナの大鎌を弾いてみせた。


 「……何者です?」


 突然現れた女にリーナは驚きつつも大鎌を構え直す。一方で能力者狩りは警戒しつつも驚いているようには見えない。


 「何か御用ですか?」


 コートのポケットに両手を突っ込んだ女に能力者狩りは問う。意外にもその口調は呆れているようだった。女は能力者狩りの問いに答えないままリーナの方を向く。その佇まいは堂々としている。目の前に不死身のゾンビがいるというのに。

 だがそれは織衣にとって何ら不思議なことではない。彼女がどういう人間かを知っているからだ。


 「うちの子がお世話になったみたいね、お嬢ちゃん。お名前は?」

 「これはこれはどうもお初にお目にかかります~私はリーナ・ヴァリアント、リーナって呼んでくださいませ~」


 不思議と腹が立つ自己紹介をリーナが済ませている間に、一瞬で女はリーナの目の前に移動していた。その右足で、リーナを思いっきり蹴り上げようとする。


 「可愛いお名前ね、リーナちゃん。貴方は缶蹴りって知ってる?

  貴方空き缶ね」


 女がそう言った瞬間、彼女は織衣達の前でリーナを思いっきり空へ蹴り上げた。リーナは目で捉えられない程の速さで空高く飛ばされていき、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。

 そんな彼女の所業に、織衣は最早驚くことすら出来なかった。この人はそういう人なんだと納得するしかない。

 それに対して、能力者狩りは尚も光剣を構えた佇んでいた。何の能力を操っているかわかりづらい彼女を警戒しているのだろう。女はやっと能力者狩りの方を向いて、気味の悪い微笑みを見せた。


 「それで、貴方のお名前は?」

 「……鷹取、穂高」

 「能力者狩り、ね。じゃあドロケイ……いや、ケイドロって知ってる?

  貴方ぐらいの重罪人は最初から檻に入ってたら?」


 気づくと、人一人が入れる程の小さな檻が突然出現して、能力者狩りはそれに閉じ込められてしまう。外へ出ようとしているのか彼は光剣で檻を破壊しようとしていたが、壊れる気配はない。


 「誰かが助けに来ない限り、貴方は一生ブタ箱の中。いや、死刑囚なら今すぐにでも執行しちゃう?

  助けられるアテはある? 無いんじゃない?」


 能力者狩りは抵抗するのを諦め、黙って頷いていた。が、檻の目の前に佇む女の袖を、織衣はクイクイと引っ張った。


 「どうしたの、織姫ちゃん?」

 「……私が助けるから、その人を解放して。

  その人は、私達を助けてくれたんだから」

 「フフ、じゃあ織姫ちゃんの願いに免じて恩赦にしてあげるわ。

  お勤めご苦労さまでした」


 死刑囚にも関わらず刑期数十秒、織衣が檻に触れるとフッと消えてしまった。実際に檻に入れられたことはないが、織衣も何となく彼女の能力を知っている。ほんの一部分だけだが。

 一瞬の刑期を終えて無事前科者となった能力者狩りは織衣にペコリと頭を下げたが、織衣は少し後退りして緋彗の隣まで戻った。今は彼の顔に浮かぶ花の紋章が、異様に奇怪なものに感じた。


 「これ、お返しします」


 能力者狩りは羽織っていた黒いコートを脱いで女に手渡した。どうして能力者狩りがツクヨミの制服であるはずのコートを持っていたのか、その疑問はすぐに解決する。


 「どうして、この人がそれを持ってるの?」

 「あぁ、私が貸したのよ」

 「え?」

 「上から見物してたらこの人がやって来て、行ってこいって無理やり渡された」


 能力者狩りの証言と女の性格から考えるに、まず織衣達の戦闘を能力者狩りは近くで見物していて、オペレーターから救援要請を受け織衣達を助けにやって来た女が代わりに行ってこいと仕向けた、というのが事の顛末だろう。詠一郎といい彼女といい、どうして彼らはすぐ他人に任せてしまうのか。しかも敵か味方かもわからない相手に。


 「ところで、ウチに入る気はない?」


 再びヘッドハンティングを受ける能力者狩り。織衣の隣で緋彗は「マジなの?」という表情をしているが、織衣はただ頷くしかない。

 ただ、彼は前回と違ってすぐに否定しなかった。


 「まず、そちらが名乗るのが先じゃないですか」


 どうやら話を聞くつもりはあるらしい。この女を相手に、ついさっきリーナを空の彼方へ蹴り飛ばした能力者を相手によくそんな口を叩けるなと織衣は思う。女は右手をポケットから出し、パッと手を開いた。すると、手品のように彼女の手から美しい赤い牡丹の花が咲いた。


 「私は剣城(けんじょう)牡丹(ぼたん)。平たく言うと、ツクヨミっていう組織のボスってところ。

  私のことは畏怖と尊敬の念を込めて『牡丹様』って呼ぶこと」

 「はい、牡丹さん」

 「フフ、生意気な子ね」


 実際にツクヨミのメンバーで牡丹を「牡丹様」と呼ぶ人間はいない。


 「というわけで私から直々にお願いするわ。ウチに入る気はない?」

 「ツクヨミという組織に?」

 「どう? 興味ない?」


 能力者狩りは黙って頷いた。興味がある、という意思表示だろうか。それとも興味がないという意味の頷きだったか。少なくとも牡丹は、興味があると好意的に受け取ったらしい。


 「話が長くなるなら場所を変えましょ。貴方のこと、色々知りたいから」


 既に警察の機動隊や自衛隊が現場に到着していた。が、誰も織衣達の存在に気づかない。彼らが織衣達を視認できないのは、ツクヨミのボスたる剣城牡丹の能力の賜物。彼らに気づくことなく、治安部隊の目の前を通って悠々と現場を後にした。


 ---

 --

 -


 「ねぇ、能力者狩りはどうなったの?」


 既に日付を越した頃、織衣はまだ本部の食堂で時間を潰していた。ツクヨミの支部の方で能力者狩りと話をしていた牡丹達の帰りをテレビを眺めながら待っていたのだが、帰ってきたのは副メイドと華だけで、華は帰るやいなや自室に戻って寝てしまった。

 副メイドは織衣から渡された麦茶を受け取ると、話を始めた。


 「緋彗はどうしてる?」

 「たくさんご飯食べたら寝ちゃったよ」


 織衣と共にリーナの襲撃を受けた緋彗は、幸いにも目立った怪我をすることなくいつも通りたらふくご飯を食べ、ワイワイと騒いだ後に寝てしまった。死にかけたのにも関わらずあんなに平気でいられるのは、織衣よりもこの世界で長く生きているからか。


 「お前も早く寝た方が良い。そんなに奴のことが気になるか?」


 織衣はコクリと頷いた。出来ることなら、織衣も能力者狩り本人から話を聞いてみたくもあった。どうして自分を助けたのか、どうして戦っているのか、と。しかしいざ彼を目の前にすると、緊張と恐怖で何も話せないかもしれない。

 副メイドは麦茶を飲むと深い溜息を吐いていた。


 「能力者狩りが、ツクヨミに加入する」

 「ホントに?」

 「実際どうなるかわからんが、ツクヨミに協力する姿勢を見せた。これから更に忙しくなるだろうな」


 前々から牡丹達が能力者狩りをあわゆくばツクヨミに加入させようと目論んでいることは、織衣も何となく感づいていた。コントロール出来るならツクヨミの下で管理しておきたかったのだろう。もし能力者狩りが拒否していれば、彼もツクヨミの敵となっていたかもしれない。だが、こうもすんなりと仲間になるとは織衣も思っていなかった。


 「ただ、条件がある」

 「条件?」

 「お前はあの例のゾンビ女と戦ったんだろう? リーナ・ヴァリアントとかいう奴だ。

  そいつを()()()出来るならツクヨミに加入すると能力者狩りは言った」


 リーナは牡丹に蹴飛ばされてから、織衣達の前に再び現れることはなかった。だが、それだけでリーナがやられたとは考えにくい。牡丹の一発は確かに強力だが、不死身のリーナを倒せたとは思えない。


 「どうやって無力化するの?」


 無力化、という言葉選びが織衣の頭に引っかかる。倒す、や殺す、でもなく、無力化という言葉に何の意味があるのだろうか。


 「知るか。それは詠一郎達の仕事だ」

 「詠さんがどうするの?」

 「さあな。俺に戦いはわからん」


 確かに副メイドは戦闘が絡む仕事を主としていないが、彼は何かを隠しているように見えた。織衣にとって副メイドは謎多き人間だが(それはツクヨミのメンバー全員に言えることだが)、どうしても心のもやもやを晴らしたかった。


 「簡単な話よ」


 突然聞こえた女の声に気づいて、織衣と副メイドは声がした方を振り向く。いつの間にか、厨房の隅にある冷蔵庫の前でプリンを食べている牡丹の姿があった。


 「また“かくれんぼ”か、牡丹」

 「私はまたいなくなるわ。あのリーナというお嬢ちゃんも、三日もしない内にいなくなっちゃうかもね」


 自ら手を下すわけでもないのに、牡丹は自信満々に言う。


 「ねぇ、不死身の相手をどうやって倒すの?」

 「能力者は完璧な存在じゃない。どれだけ完璧な能力を持っていても、完璧な人間は存在しないんだから。

  上手くその弱点を突けば良いだけよ。何も邪魔が入らなければ、詠一郎にとって造作もないことだと思うわ。多分」


 牡丹がそう言うのならそうなのだろうと織衣は納得してしまう。あのツクヨミトップクラスの稼ぎ頭である超エリート能力者様(笑)が本当に出来るかは不安に思えるが。


 「ところで織姫ちゃん。貴方、能力者狩り君に惚れたの?」

 「……んんっ!?」

 「ぶふっ」


 笑顔で投げかけられた牡丹の言葉に、織衣は変な声を出して驚いてしまう。一方の副メイドは織衣の目の前で大笑いしていた。バカにされているのかと織衣はムッとした表情をする。


 「その質問はセクハラだよ、牡丹さん」

 「ひゃー怖い怖い。いや、貴方がそこまでご執心だなんて珍しいと思って。

  よりにもよって、あんな子を相手にね」


 決して、能力者狩りが異性だから興味を持っているわけではない。仮に織衣が同性が好きだったとしても、能力者狩りが同性だったとしても、今と変わらず感謝もするし怯えてもいるだろう。


 「ただの怖いもの見たさだから」

 「なるへそ。どうもあの子は密かに人気みたいね」

 「あんな人間、今どき珍しいからな。時期が時期だから、生まれるべくして生まれた存在かもしれないが」

 「フフフ。ま、詠一郎にぜーんぶ任せちゃうから」

 「詠さんが無理だったら?」

 「いいえ、絶対に無理ということは無いわ。一時的にでも無力化出来たら、こっちに彼女を倒せる奴がいるってことを向こうに知らしめられる。そうすれば、下手に向こうも干渉してくることはないでしょ?

  革新協会の連中が、どれだけ私達のことを把握しているかわからないけどね」


 一人でフッフッフと笑ったまま、牡丹はフッと姿を消した。空になったプリンの容器とスプーンを残して。

 それを見た織衣は、また牡丹が“かくれんぼ”を始めてしまったのだろうと、副メイドと目を合わせてウン、と頷くのであった。


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