5-49『フラワープラント』
──管理室の壁一面に設置された無数のモニターには施設内の各部が映し出されいていた。各部と言っても移しているのはこの施設に数十もある施術室で監視カメラからの映像は殆ど代わり映えしない。音声は耳の保護のため切ってあるが、モニター越しでもその痛々しさを十分に感じ取ることが出来た。
警備室はまた別にあるが、この管理室にも各生産室に異常がないかチェックするための要員が多数配置されており、この施設の警備を担当している日向楓は後ろでその様子を眺めていた。
「これを見ているのは楽しいかい?」
「ぴょえっ!?」
突然隣から聞こえた男の声に楓は驚き、慌てて横を見るとそこにはサラサラとした長い髪で、世界を舐め腐っているような瞳を持ち、紺色の着物の上に白いコートを羽織った男が佇んでいた。彼は楓が所属する組織、革新協会の統帥である鷲花蒼雪だ。
「お、お疲れ様です統帥!」
楓がビシッと敬礼すると管理室の中にいた職員達も慌てて立ち上がり敬礼していた。蒼雪は職務に戻るよう笑顔で指示し、職員はそれぞれのモニターの監視に戻った。
「何かございましたか? 御用があるのなら先に連絡をお願いします、急に現れられては私達もびっくりしてしまいますよ」
統帥である蒼雪が持つ能力は、ナンバー2である赤王善治やツバキでさえもよく知らないらしく謎に包まれている。多くの能力者が持っているはずのジュエリーが一見見当たらず、どの系統なのかもわからない。普通に入口から入ったのなら門番が対応して楓に連絡が入るはずだし、勝手に侵入したとしても警報が発動するはずなのだ。
「これぐらいは気づけるように精進しておくれよ、楓ちゃん。今日もフラワーの生産は順調なようだね」
楓が警備を任されているこの施設は、革新協会内ではプラントというコードネームで呼ばれている。
プラントは革新協会が独自に開発した改造人間、フラワーを生産する施設だ。その場所は協会のごく僅かな幹部しか知らされておらず、その機密性を守るためプラントに勤務する職員も許可なく外へ出ることが出来なくなっている。自由に出入りを許されている楓を除けば、殆どの職員は牢獄に捕らえられている受刑者と変わらない。
「以前と比べれば、いくらかトラブルも少なくなりました」
「不良品の割合は?」
「十人に一人ぐらいですね」
このプラントでのフラワーの生産数は月に百人だ。それはあくまで革新協会に所属する能力者として配属される人数で、体が適合せずに不良品となった者もいればその他の要因で使い物にならなくなることもある。
「原料がもっと安定して供給されるようになればまだ生産数を増やせそうですが、最近は十字会がノルマを確保できないようです」
「だろうね。能力者狩りがいなくなってからも十字会は色んな所から攻撃されている。最近は取締りも厳しくなっているからね」
フラワーの原料である人間は、その殆どが協会と協力関係にある十字会によって供給されている。街で手頃な人間を攫ってきたか、貧しい人間や受刑者に声をかけたか、様々な方法で国内外から原料を集めてくれる分には十字会も優秀な組織である。しかし能力に関する知識が浅い彼らはおよそ能力者に向いていないような人間ばかり集めてきてしまう。それが不良品の多い原因でもあった。
「能力者狩り、ですか……」
少し前まで、と言っても夏場まで遡るが、能力者狩りという能力者が革新協会を苦しめていた。彼はプラントにこそ辿り着くことは無かったものの、革新協会や十字会の拠点を節操なく襲撃していたのだ。彼があまりにも活発だったために十字会は莫大な予算を費やして拠点の警備を強化してきたが、今やその経費が金食い虫となっている。
「統帥、一つ噂で聞いたのですが」
「何かな?」
「その能力者狩りを大阪で捕らえたと、『月』の連中が騒ぎ立てております。統帥も報告を受けてらっしゃいますよね?」
「あぁ、昨日聞いたよ」
能力者狩り、もとい鷹取穂高の存在は協会の中でも有名で、彼を専門に対策する部署こそ解散したはずが未だに彼に固執して追いかけ回している連中がいる。それは仲間を殺されたという復讐よりかは、彼を倒して名をあげたいという欲望によるものだ。能力者狩りが大阪にいるという情報は楓も知っていたが、大阪と関わりのない彼がどうしてよりにもよって大阪を訪れているのか、それが偶然であるはずがなかった。
「ツバキが彼を殺すよう指示したというのもご存知なんですか?」
そのためこちらから先に仕掛けるよう指示したのが、このフラワーの開発、及び生産を統括している責任者、ツバキだった。楓はツバキの部下ではないが、その情報は共有されている。
「ツバキ本人から聞いたからね。彼女も久々にウキウキした様子だったよ」
その情報はこの組織の長である蒼雪に耳にも入っているはずだった。なのにどうして、ツバキの動きを知っていながらこの男は彼女を止めないのだろうと楓は不思議に思っていた。
「統帥はそれでよろしいのですか? それでは統帥の計画が」
「違うさ楓ちゃん。ツバキは彼を試すつもりなんだ。彼女もまさかあの能力者狩りが死ぬと思ってるわけじゃない」
蒼雪が能力者狩りのことを気に入っているのは、幹部として赤王善治から散々しつこく命令を聞かされている楓も知っていた。楓も能力者狩りのことは気になってはいたが、彼と相まみえることもなく夏頃にはその噂が収まっていたため興味を失ってしまっていたし、わざわざ会いたいと思ったこともなかった。だがあのツバキという狂った女が関わっているとなると何か妙な異変が、革新協会にまで被害が及ぶ事態が起きてしまうんじゃないかと、ツバキは警戒していたのだ。
「統帥、私も一幹部として進言させていただきますが、ツバキの傍若無人ぶりは危険だと思われます。ツバキは統帥からフラワーの生産効率を上げるよう命令されていたのにも関わらず、さらに危険な方法で、しかもわざわざ非効率な方法で強力なフラワーを生み出そうとしているのですよ。これではいつか原料の供給が間に合わずに在庫が底を尽く可能性も出てきます」
楓も革新協会では一応幹部として数えられているが、今はツバキが管理するプラントの警備を任されていた。しかし未だにプラントの場所はツクヨミ等の敵対組織にバレていないようで、楓は管理室でモニターを見て時間を潰していることが多い。自分も少しぐらいは戦いに身を置きたいと楓は考えていたが、この職務はツバキを監視するためだと理解し、プラント内でのツバキの動きを注視していた。
しかし、楓の忠告を蒼雪は気にも留めない様子でハハハと笑っていた。
「フラワーの能力向上を頑張ってくれているのなら私は文句を言わないよ。むしろ彼女の動きを封じる方が危険だ、彼女が好きにやってくれている分には我々にもメリットがある」
楓の不満が顔に出ていたのか、蒼雪は楓の顔を見てさらに大笑いしていた。確かにツバキは楓よりも優れた能力者だが、例え同じ組織に属する味方だとしてもあまり顔を合わせたくない。彼女が持つ能力、そしてその使い方の凶悪さを楓は知っているからだ。
「それに、私も能力者狩りをどう扱おうか悩んでいるところなんだ。私は彼が我々の計画に必要なピースだと、ほぼ決めつけて動いている。私も彼に甘いところはあるが、現に彼は何度も死地から生還してきたんだ。あんな奇跡の力を持っているとはいえ、どれだけ彼が神に愛されていたとしても出来すぎた話だと思わないか?」
「ですが、次も成功するとは限りませんよ」
「それも実験だよ楓ちゃん。私は今までに何度も大きな賭けをしてきた、それに勝ったり負けたりを繰り返しながら成功しているんだよ、現時点ではね。もしも彼が死ぬようなことがあれば、そうだね……彼の置き土産に期待するしかないだろうね」
「置き土産……とは?」
その途端、管理室内にけたたましい警報が響き、管理室の照明が赤く点滅していた。どうやら生産室の一つで異変が──能力が体に適合しなかった個体がいたようで、それが暴れているようだ。
「不良品ですね」
フラワーの不良品は、施術によって植え付けられた能力が宿主の体に適合しなかった者のことを言う。能力が体に適合しない、その容量が耐えきれなかった場合、他の能力者と同様に不良品も暴走を始めて暴れ出す。そのため、不良品が出る度に生産室の職員が何人か死亡することになる。
「あれは使えなさそうだね、全くといって制御できていない」
不良品の大きな特徴は、その大きく変貌した容姿にある。体の一部が大きく膨れ上がったり変色していたりと、とても人間とは思えないような出で立ちである。まるで化物、妖怪のような生物に変貌するが、中には協会の指示を聞いてくれる個体もいるため、使えそうなら回収して専門の部隊に入れさせる。使えなさそうなら即時殺処分である。
「楓ちゃん、あの部屋まで案内してくれないか?」
「はい? 何をされるので?」
「私が直々に相手したい」
「へぇ!? いや、統帥なら赤子の手をひねるようなことかもしれませんが、わざわざ統帥の手を煩わせるようなことでは」
「どこの部屋?」
「あ、案内しますので!」
楓は慌てて管理室から出て、地下へ続く階段を駆け降りて不良品が暴れている生産室の一つへと向かった。白い壁に覆われた地下空間を駆けていくと、生産室の扉が勢いよく廊下へ吹き飛び、中から血だらけの職員が向かい側の壁にまで突き飛ばされていた。
「随分と元気なご様子で」
生産室の中からは病衣のような真っ白な布を着た、南米系の成人男性だったと思われる生物がゆっくりと出てきた。切開手術を受けていた胸は開いたままで真っ赤に染まっており、左手がロープのようにしおれてしまっていたが逆に右手は腰回りよりも太く肥大化しており、そのパワーを頼って暴れ回っているようだ。右目に青い光を灯しており体中に花の紋章が咲き乱れているが、能力者というよりはただの化物である。
「だが、自分が奇跡に選ばれなかったことを悔いるしかない」
しかし蒼雪が何もしなくとも──いや楓がその目で捉えられなかっただけかもしれないが──不良品の体から花の紋章が散っていき、その目から青い光も消えていく。どうやら能力の暴走により自壊してしまったようだ。蒼雪は床に膝をついた不良品の前に立つと、倒れかけていた彼の体を支えていた。
「君は犠牲になるんだよ、我々の未来のために」
不良品は活動を停止したようで、蒼雪は彼を床にゆっくりと寝かせた。蒼雪が着ていた着物と白いコートに血が付着してしまっていたが、彼はそれを気にしていないようだった。
「彼は中南米の出身かな?」
「今日の割当だとおそらくそうですね。十字会がメキシコから引っ張ってきた人間だと思います」
欧州だけでなく中南米にまで勢力を伸ばした十字会は、現地の麻薬組織と激しい抗争を繰り広げた後にそれらを勢力下に置いた。十字会に敵対した人間の扱いは楓も噂程度に耳にするが、こうして何かの実験体にされて運良く生きるか暴走して死んだ方がマシだと思える話ばかりだ。
「フラワー、いや能力者に適応する人間の見分け方が簡単に分かれば良いんだがね。こればかりは誰にもわからない。十人に九人ぐらいが能力者になれるのなら大したものだよ。
ちなみにだが、不良品が発生した場合は平均してどれぐらいの被害が出る?」
既に現場には出動した医療班が駆けつけており、死亡した不良品と職員の回収と清掃に当たっていた。
「フラワーが警備に当たっていれば一件当たり二、三人の負傷者で済みますが、まともに能力を扱えない職員だと五人程の死者が出る場合もあります。大体一月に負傷者三十人、死者五人程ですね」
「フラワーの数が足りていないのかい?」
「ツバキが勝手に異動させますし、私もただの警備員なので正確な全体数の把握は出来ていませんが、あと五十人程は欲しいですね」
楓はあくまでこのプラントに襲撃してきた敵の相手をすることが任務であり、不良品の発生による騒動の鎮圧はプラントに勤める職員の仕事である。不良品とはいえ能力の暴走状態にある化物を鎮圧するのは一苦労で、配属されてきたフラワーも次々に死んでいってしまう。楓は自分の仕事ではないと言い張っているが、あんな気持ち悪い見た目の化物の相手なんてしたくないというのが本音でもあった。
「ツバキは大阪に人員を割いたのか。余程能力者狩りを痛めつけたいようだね……大阪で作っていたアレも所詮は実験体さ。アレと能力者狩りが一体どれだけ相手できるかを試したいんだろう」
「……他にもまだプラントが?」
「ツバキはああ見えて思慮深いんだよ、ちゃんとリスクも考えて行動している。そのリスクの捉え方が楓ちゃんと違うだけさ」
「私と統帥の間にも乖離があると思います」
「フフ、それは仕方ないことだね。多分誰にもわからないことだよ」
革新協会の統帥である蒼雪と副統帥のツバキと善治はそこそこ長い付き合いになると言うが、同じ副統帥という職位にあるツバキと善治はあまり仲が良くないという噂が下っ端の人間にまで流れており、幹部が一堂に会して会合を開くことがないのはそれぞれの仲が良くないからだとも言われている。実際楓はツバキのことが嫌いだし、なんなら善治のことも苦手だ。あと蒼雪に付きまとっているリーナというゾンビ女も気に入らない。楓をこの組織に留めているのは蒼雪への忠誠心だけである。
「大阪の件は十字会の人間がバラしてしまったが、彼らは今もこのプラントの在り処を探しているよ。能力者狩りか、それ以上に厄介な人間が来るかもしれないから覚悟しておいてくれ」
「肝に銘じておきます」
楓がビシッと敬礼すると、蒼雪は笑いながら去っていった。協会と敵対している組織、ツクヨミからすれば改造人間であるフラワーを生み出しているプラントを一刻も早く叩きたいはずだ。能力者狩りを執拗に狙うツバキなら自ら大阪に出向くものかと楓は考えていたが、ツバキは次の実験があるのか結局大坂には向かわなかった。
本当に能力者狩りの腕を試すのが目的か。楓にはツバキがまだ他にも何か企んでいるように思えていた。




