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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-48『成長と変化』



 近場のファミレスで昼食を済ませると、織衣は里緒と共にバスに乗っていた。織衣の実家に近いバス停で降りたが織衣の実家の方には向かわずに、二人がかつて通っていた中学校へと雪が積もる道を歩いていく。もう年末で殆どの部活が休みになるが、体育館からはバレー部かバスケ部だろうか、威勢の良い運動部の掛け声が聞こえてくる。

 二人は人気のない校門の前に立って校舎を見上げていた。懐かしい風景だ、出灰の附属中学に比べると随分と華やかさのない地味な校舎だが、過去の織衣は自分もここから旅立つものだと思っていたのだ。


 「実は、織姫のためにプレゼントを用意しようと思ったんだけどね」

 「何のプレゼント?」

 「クリスマスは織姫の誕生日じゃないか。少し遅れてしまったけど、祝ってあげないと寂しいだろう? でも何をプレゼントしようか一日二日で決められなくてね。悩んだ挙げ句ここへ来たというわけさ」


 中学は一年前と全く変わっていない、側にかけてある横断幕の内容が変わっているぐらいで、三階建ての校舎も青い屋根の体育館も雪で真っ白に染まった校庭も、織衣の記憶に残っている風景のままだった。


 「ここに何かあるの?」

 「私が用意したというわけじゃないけどね。さて、中に入ろうか」

 「許可取ってるの?」

 「うん。久々に教頭先生に会ってお願いしたら嫌な顔はされたけどOKしてくれたよ」


 里緒は成績こそ良かったものの授業をたまにサボっていた上に国語教師のテストにケチをつけるため、まぁそれなりに問題児扱いされていた。厚顔無恥とまではいかないだろうが、里緒は一切悪びれる様子はない。

 織衣は里緒に連れられて校舎の中に入り、用務員からスリッパを貰って階段を上がる。掲示板のポスターや教室等、見慣れた校舎の内装を懐かしく思いながら最上階の三階まで上がった時、織衣はその行き先に気づいた。

 視聴覚室、音楽室の前を通り過ぎると、二人は三階の一番奥にある教室の前で足を止めた。ドアの上には『美術室』の看板が掲げられていた。


 「東京でも絵は描いているのかい?」

 「いや……」

 「美術部にも入ってない?」

 「まぁ、忙しいし」


 文化部の活動も盛んな出灰にも美術部があり部員数も多いが、織衣は美術の授業以外で絵画に触れたことはなかった。東京には国立西洋美術館や近代美術館等様々な美術館もあるが、そこに足を運ぶことさえなかったのだ。勿論ツクヨミでのトレーニングや任務があるため部活動に時間を割けないという事情もあるが、札幌での自分から距離を置こうとしていたという側面もあった。

 織衣はガララと引き戸を開き美術室の中へと入った。年季の入った大きな木製のテーブルと椅子が並び、壁には大きな色相環が、奥の棚には誰が作ったかもわからないギリシア彫刻のような胸像が何個も置かれている。


 「織姫は、中学時代に一体どれだけの絵を描いたか覚えているかい?」

 「いや、覚えてるわけないじゃん」

 「ふむ。じゃあ織姫が描いた絵はどこに保管されていたと思う?」


 美術の授業で描いた絵は自宅に持ち帰っていたが、美術部の活動で描いた絵は学校に置きっぱなしだったことに織衣は気づいた。時間潰しのため描いていた里緒の肖像画も、デッサンも含めて数十個以上もの作品があったはずだ。卒業する前に持ち帰るか処分するか里緒に押し付けようかと織衣は考えていたが、その前に織衣は札幌からいなくなってしまったのだ。


 織衣は隣の美術準備室へと入った。美術準備室には画材や彫刻刀を始め美術の授業に使う様々な道具が所狭しと置かれているが、作者不明の絵や版画、彫刻等も残されている。その片隅、白いゲージの中に『姫野織衣』の名前の札が張られた数十枚もの絵が保管されていた。


 「卒業前、これをどうしようか先生達と悩んだものだよ。美術部部長だった藍里も引き取りたいと申し出ていたが、やはり織姫が戻ってきた時のために母校に置いていた方が良いと思ってね、美術の先生のご厚意で置かせてもらってるんだよ。私の家に保管しておくっていう案もあったけど、自分の家に自分が描かれた絵を飾るのは恥ずかしかったからね」


 いくつかは美術部の活動で描いた風景画だが、残されていた絵の殆どは里緒の肖像画だった。粗めに描いたデッサン画も丁寧に残されている。織衣は一枚一枚手に取りながら、それらに懐かしさを感じていた。


 「これは一年の夏頃の里緒を描いた絵、こっちは二年に上がったばかりの里緒を描いた絵、これは二年の秋に教室で黄昏れていた里緒を描いた絵……」

 「今更だが、私の絵を描きすぎじゃないかい?」


 三年分の絵を一気に見ると自分の成長ぶりにも驚くが、昔の稚拙な絵が恥ずかしくも感じた。織衣が札幌で最後に描いた絵、本を読む里緒の肖像画は、色付けされないままの状態で残されていた。


 「ちなみに、どれが一番のお気に入りなんだい?」


 織衣は中学時代に描いた絵を見比べたが、首を横に振っていた。


 「描いた時はある程度満足してるけど、やっぱり後から見ると全部ダメ。もっと上手く描きたいって思うから」

 「ふむ、それも成長の証なのかな。うーん、プレゼントを用意できなかったら苦し紛れにこういう機会を用意したんだけどね……」

 「じゃあ、この絵を里緒の絵に飾るとか?」

 「それは私へのプレゼントになるだろう? 恥ずかしいし……それにどれも織衣が納得いってないんだから難しいんじゃないか?」

 「あ、それなら里緒が私の絵を描いてよ」

 「は、はぁっ!?」


 いつもは冷静で澄ました顔をしている里緒が珍しく激しく動揺していた。いつもはしてやられてばかりだが、ここぞとばかりに織衣は攻め込んでいく。


 「ここなら画材は一通り揃ってるし描けるって」

 「い、いや、私の絵のレベルは織姫だって知ってるだろう? あんな絵をプレゼントするわけには……」


 しどろもどろする里緒は明らかに嫌そうにしていたが、織衣は彼女の手を握ってさらに踏み込んだ。


 「私のために描くのがそんなに不満?」

 「ちょっ、ちょっと待て! 別に嫌というわけじゃなくてだね、あんな絵をプレゼントとして贈るのは恥ずかしいだろう!?」

 「違う、芸術に価値をつけるのは作者じゃなくてそれを見る人なの。私が嬉しいって思えばそれは立派なプレゼントになるんだから!」


 札幌時代には中々見せなかった織衣の積極的な態度に里緒は慌てふためいているようで、その手を掴んでいた織衣の手を払って美術準備室から飛び出そうとした。


 「逃さない」


 織衣は能力を発動して蜘蛛を展開、瞬時に美術準備室の出口に蜘蛛の巣を張った。


 「うぉっとぉ!?」


 蜘蛛の巣で完全に塞がれた出口の前で急ブレーキをかけて里緒は驚きながら足を止めた。そんな里緒の肩に一匹の蜘蛛が天井から着地し、彼女の頬を足で突いた。


 「ぬおおおおおおおおおおっ!?」


 懐かしい、緋彗や和歌に初めて自分の能力を見せた時もこんな反応をしていたなと織衣は思い出した。いつの頃からか、こうして誰かが驚く姿を見ることに快感を覚えるようになっている。人が驚く姿を見るのも悪くない。特に里緒のような、普段はそんな一面を見せない人間が相手だと一層気分が良い。


 「こ、これが織姫の能力!?」


 織姫は右目に青い光を灯し、そして笑みを浮かべながら里緒を壁際に追い詰めた。これでは逃げられないと観念したのか、里緒は渋々織衣の絵を描かされることになった。



 美術室のテーブルを移動させてイーゼルと画材を用意し、織衣と里緒はお互いにお互いの肖像画を描いた。織衣も学校の授業以外では久々に筆を持ったが意外と軽く筆は進んでいた。


 「少し前に、横浜の画廊で良い絵を見たの。芸大に通う女の人が描いた絵だったんだけど、里緒はルーベンスの『磔刑』っていう絵はわかる?」

 「ルーベンスならわかるよ」

 「その人は宗教画が好きみたいでキリストの磔刑図を描いてたんだけど、他の絵と全然雰囲気が違って周りの人がそれを喜んでるの」

 「不謹慎極まりないねぇ」


 織衣は里緒の姿を観察しようと彼女の方をチラッと見たが、思わず織衣が笑ってしまいそうになる程、里緒はしかめっ面でキャンバスと戦っていた。しかし里緒は彼女なりに一生懸命織衣の肖像画を描こうとしているのだ、笑うのは失礼である。


 「でも、今までは全然見えなかった世界が初めて見えたような気がしたの。宗教画でそんなのないでしょ?」

 「ルネサンスの時代にそんなものを描いたら良くて破門、大体は火刑だろうね。今はいい時代だよ。

  それは画廊で見たんだろう? 織姫は買ったのかい?」

 「ううん。それを描いた女の人のご厚意でタダで貰えるって話だったんだけど、色々あってその人が死んじゃって……貰いそびれちゃった」


 エヴァ・ストルキオやオスカル・ヴェントゥーラについて里緒に話すのを織衣は面倒に思い大分話を省いて説明していた。


 「でもね、クリスマスに何故かその絵が私のところに届いたの。誰が届けてくれたのかわからないんだけど……」

 「その女の人じゃなくて?」

 「まさか、幽霊じゃないんだから」

 「その方がロマンある話じゃないか」


 あれが本当にエヴァからの贈り物だとすれば事情が事情なだけに呪われた物品にも思える。詠一郎達に殺されたというエヴァなら織衣達のことを呪っていてもおかしくはないからだ。織衣はあの絵を食堂にでも飾ろうかと考えていたが、そう思うと自分の部屋に留めていた方が良いのかもと思っていた。



 「織姫が髪を切ったのは、心を入れ替えるためなのかい?」


 キャンバスと織衣を交互に睨みつけながら里緒が言う。札幌にいた頃の織衣は髪を腰程まで伸ばしていたが、今は肩ぐらいで抑えている。


 「まぁ……これも似合うって言われたから。長いとその分染めるのが面倒だし。里緒は相変わらず短いままだね」

 「私は鬱陶しく感じているだけさ。坊主にしたいとまでは思わないけど、それに拘る暇があるなら私は本を読むのを優先するだろうねぇ」


 だから里緒は描きやすくもあるが、うなじのラインや耳の部分に髪を被せてごまかしにくくもある。

 織衣も小学生の頃は髪型を時たま変えていたが、織衣が出会った頃から里緒はショートヘアーだった。ごっそり髪を切ってショートにする自信がない織衣からすれば、それが似合う里緒が羨ましかったのだ。だから同じ美術部だった藍里ではなく里緒の絵ばかり描いていたのかもしれない。


 「確か織姫は誰かに憧れて髪を銀に染めたんだったね。それは組織の先輩?」

 「ウチのボスだよ。まだ若いけど凄い人」

 「その人はどうして髪を銀色に? まさか地毛が銀色というわけではあるまい」

 「さぁ……」


 ツクヨミのボス、牡丹と長い付き合いだという千代の話によると、牡丹は高校時代から髪を銀色に染めていたらしい。千代といい緋彗といい、他にもツクヨミには髪を染めている人間が多い。本人に直接聞いたことはないが真っ白な髪の華は肌も色白だがアルビノだという話は聞いたこともなく、青に染めている北斗は本人が持つ氷の能力をイメージしているのかもしれないと織衣は解釈していた。髪染めに関してもやはり緋彗が一番詳しいが。


 「里緒は染めないの? シンプルに茶髪とか似合うと思うよ?」

 「逆に聞くが、織姫のそれは校則で許されているのかい?」

 「何も言われたことないけど」


 出灰は良くも悪くも自由な校風で、織衣や緋彗以外にも髪を染めている生徒は多くいる。運動部ではその部独自のルールなのか厳しいところはあるが、確かに奇異の目で見られることはあっても教師に何か言われことはない。それは出灰の附属中学でもそうだったが、流石に銀色に染めているのは出灰でも織衣だけだ。


 「それは、何かを隠すためではなく?」


 順調に下書きが仕上がってきていたが、里緒のその一言で織衣の手がピタッと止まった。里緒の目を見る勇気が出ず、織衣の視線はキャンバスに向かったままだった。

 織衣が髪を染めたのは、自分が生まれ変わるため……そう自分に言い聞かせるためでもあった。しいて言えば昔の自分を隠すためではあるが、今の織衣には目に見えて去年とは異なる点があった。


 「これは聞こうかどうか迷っていたんだが、やはり友として知らないといけないと思ってね。能力者になったことで、織姫の髪に何か異変でも起きたのかと私は推理してみたんだけど」

 「いや、髪は何もなかったんだけど……」

 「じゃあ首かい?」


 織衣は反射的に自分の首にサッと触れてしまう。織衣の首には白いマフラーが巻かれている。それは去年のクリスマス、織衣の誕生日プレゼントとして兄の絃成から貰ったものだった。


 「昨日からおかしいとは思っていたんだ、母も少し首を傾げていたからね。どうして食事中でもマフラーを外さないのか。私はそのマフラーが絃成さんからのプレゼントということで特別な意味があるからだと昨日は思っていたけれど……今日の朝も、札幌支部にお邪魔した時も、そしてここへ来た時もずっと着けている。

  織姫は子どもの頃から札幌にいたからわかるだろう、北海道の住宅の寒さ対策がどれだけ優れているかを」


 同じ質問を出会ったばかりの緋彗や和歌からもされたことはあった。彼女らには答えをはぐらかしたが、里緒にそれが通用するとは思えない。織衣が答えを言いたくないと言えば引き下がってくれるかもしれないが、それでは里緒を傷つけてしまうかもしれないと織衣は考えた。


 「織姫……君にも隠したいことが色々とあるのは私もわかる。ただ、もしもそれについて君が悩んでいるのであれば相談してほしい」


 織衣が札幌へ帰るのを躊躇っていた理由の一つが、彼女の首に刻み込まれた呪いだった。だが織衣は決心した、ここへ来たのは前へ進むためなのだと。


 「……びっくりしても知らないよ?」


 織衣は首に巻いた白いマフラーに触れ、そして首から取った。彼女の首に深く刻まれた、まるで毒に冒されたような黒く大きな傷跡が顕になる。

 それを見た里緒は驚いたような顔をしていたものの、黙ったまま立ち上がって織衣の前まで来た。


 「触っても?」


 織衣がコクリと頷くと、里緒は彼女の首にそっと擦るように触れた。


 「痛みは?」

 「ううん、ない」

 「一年経ってもこの状態?」

 「これは……能力者特有の呪いみたいなものなの。一生消えないって」


 織衣はそう言って笑顔を浮かべたつもりだったが、織衣の体は微かに震えていた。そんな織衣の体を里緒は力強く抱きしめ、彼女は口を開いた。


 「正直言うと……今夜は良い夢を見れそうだなと思ったよ。勿論驚いたし、君が可哀想だと思ったんだ。私とて見た目で人を判断するのは良くないと口々に言うこともあるかもしれないが、どうしても第一印象が強烈なものになる。やはりそれを見られるのは嫌なんだろう?」

 「……それもあるし、気を遣われるのが嫌だった」

 「織姫らしい。でも私は嬉しいよ、織姫が勇気を持ってそれを見せてくれたことがね。織姫自身がそれをどう思っているかはわからないが、私はその勇気が美しいと思う」


 里緒は織衣の体を離して、自分のイーゼルの前へ戻った。織衣も白いマフラーを首に巻き直す。


 「それは……去年のクリスマスに絃成さんに付けられた傷なのかい?」

 「うん。多分、これがお兄ちゃんの呪いなんだと思う」

 「それは違うよ織姫」


 キャンバスの向こうで椅子に座っていた里緒が、語気を強めて言う。


 「絃成さんは織姫のお父さんに似て寡黙な方の人間だったかもしれないけど、もう織姫と会えなくなることを想定して前日にわざわざ妹にプレゼントを渡すような人が織姫を呪ったりはしないさ。絃成さんは賢い人だったから現実をわかっていたんだ、もしも絃成さんが楽観的な人だったらわざわざあんな風に用意したりなんかしない。もしかしたら……最悪の場合、自分が織姫を傷つけてしまうことまで、わかっていたかもしれないじゃないか」


 織衣の首の傷を見たことがある渡瀬は、これを能力の残滓だと言っていた。どうして優れた現代医学を持ってしても消すことの出来ない傷が生まれるのか。それは長い能力者の社会の中でも例が少なく詳しい原因はわからないらしいが、多くはそれを呪いという風に解釈すると言う。渡瀬はこの傷を兄からの呪いとははっきり言わなかったものの、織衣は半ば呪いという風に捉えていた。

 里緒の熱弁を聞いていた織衣は筆を止めていたが、織衣の曇った表情を見た里緒は溜息を吐いていた。


 「……やはり、絃成さん本人から話を聞かないと納得がいかないようだね。私が霊を呼び出す術でも持っていたら話は早かったが、流石にそんなオカルトに傾倒するような趣味は無いからね」

 「私だって確かめようはないからわからないけど……それが戒めみたいなものだから」

 「使命感を持つのと自分を鎖で縛るのは別物だよ織姫。織姫がちゃんとその戒めを元に前へ進めるなら良いけれど、私には織衣がそれを理由にして殻に閉じこもっているようにしか見えないんだ」


 里緒の指摘は、これまでの織衣のスタンスを言い当てていた。織衣はそれを絃成への償いのように考えていたが、織衣は絃成を理由にして自分の命を軽くしていたのだ。誰かのために戦い命を投げ捨てることで命の天秤が釣り合うのだと、能力者狩りと出会うまで、いや彼に助けられるまで考えていた。

 奇しくも、多くの人間のために多くの人間の命を奪ってきた人間との出会いをきっかけに、織衣の価値観は変わっていったのだ。


 「そんなことを絃成さんが望んでいるわけがない、と偉そうに織姫を説教するつもりはないが、私は不安なんだよ。勿論絃成さんは、いや織衣のご両親も大事な家族だったかもしれないが……いや、やめておこう。せめて家族の誰かを一連の事件で失っていいないと、私に織姫を諫める権利はない」

 「そんなことないよ、里緒……ウチの組織だと皆気を遣って、そういう大事なことを言ってくれる人がいないから」

 「しかし、そのマフラーも少しほつれたりしてないかい? 流石に一年間ずっと着けていると古くなるのも早いだろう」

 「うーん……繕ったりはするんだけど、ちょっと不安かも」


 絃成が付けた傷を絃成からのプレゼントで隠しているというのも不思議な状態だ。織衣はこの一年間、人前に出る時は夏だろうが冬だろうが必ずマフラーを巻き、その習慣にも慣れてきていた。今更緋彗達に見せる気にもならない。今はこのままの方が良いだろうと織衣は考えていた。


 里緒が絵を仕上げてから一時して織衣の絵も完成した。お互いにせーので自分が描いた絵をテーブルの上に並べる。


 「うわぁ」


 里緒が描いた織衣の肖像画を見て、織衣は思わずそんな声を上げていた。どうして神はこの文学狂人にほんの僅かでも絵の才能を与えなかったのか、どうして美術部だった織衣達とあんなにたくさんの絵を見てきたのに一ミリも成長していないのか、織衣はそれを懐かしくも思ったが里緒は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 「……だから嫌なんだ」


 まず顔の大きさと胴体の大きさのおかしなバランス、線は太いが地震計かというぐらいに細かく乱れた線、恐怖を感じる程狂った顔の各パーツの配置等、里緒はかなり独創的な人物画を描く。里緒は自分の絵を下手だとは言うが、織衣からすれば十分に味のある絵画である。真似しようとしても描けない。


 「織姫は本当にブランクがあるのかって感じだね。むしろ上手くなってるように見えるよ」

 「そう? もう少し美人に仕上げたかったんだけど」

 「よしておくれよ」


 織衣は里緒を描いた絵に満足出来ていなかったが、学校の授業でもあまり人物画は描いていなかったため、ブランクを考えるとマシな方の出来だった。


 「本当に、これをプレゼントにするつもりかい?」

 「うん。里緒にはこれをあげるから、家に飾ってよ」

 「だから恥ずかしいと言っているじゃあないか……」


 里緒は頑なに織衣が描いた絵を家に飾ろうとしてくれないため、織衣は自分が描いた分も含めて二枚の絵を本部に持ち帰ることにした。だがスペースが足りない可能性があるため、どちらかをしまっておくか、いやそれぐらいなら食堂に飾ってもいいかと織衣は思いついた。流石に里緒の絵を飾るのは可哀想だと思い、食堂に飾られるのは織衣が描いた里緒の肖像画になるだろう。渡瀬以外は「誰?」となるかもしれないが、あえて黙っておくのも面白いかもしれない。


 画材の片付けを終えて、織衣と里緒は許可を貰って絵を仕舞うケースを貰って里緒の家まで帰っていた。今日もまた夜中は織衣がチョイスした映画の鑑賞会である。織衣は東京や大阪で起きている事態を一切知らないまま、この能力者の世界を忘れ懐かしい故郷の思い出に浸っていた。



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