5-47『鬼録』
織衣は札幌支部で薫と里緒から去年のクリスマスの騒動、そしてそれ以降の北海道での能力者の動向を教えられていた。クリスマスの騒動は本部から派遣されてきた渡瀬達が鎮圧し、その組織の本拠地も襲撃したらしいが首謀者達を取り逃してしまったらしい。
私立受験後、二月になって渡瀬から接触を受けた里緒は彼の勧めで札幌支部へ在籍することになり、暇な時間を使って能力者が関与していると思われる事件現場の調査や書籍の解読に励んでいるようだ。
あまり高校生活が愉快なものでないため、最早この場所が里緒の居場所になってしまっているのである。それはそれで織衣は心配だったが、ちゃんと単位は取っていると里緒は言い張っていた。中学の頃と変わらない不良っぷりである。
四月デストラクションでは札幌でも革新協会の能力者達によるテロが起きていたが東京等に比べると小規模なもので、警察や自衛隊が出動するとすぐに退散したのだという。それ以降は時たま革新協会によるもの、あるいはそれを模倣したものと思われる事件は少なからず起きているが死者が出るような事件は滅多に起きておらず、東京よりは平穏な日常を過ごしているようだ。東京では未だに繁華街に警察や自衛隊が警戒に当たっているぐらいだが、札幌の風景は去年とあまり変わらない。
薫と里緒の話が一段落すると事務所に電話がかかってきたため、薫があからさまに嫌な顔をして席を外していた。おそらく能力者絡みの面倒事がやって来たのだろう。
その間に織衣は絃成が持っていたキロクの中身を読み進めようとページを開いたが、後半の殆どのページは白紙で前半部分しか文字が書かれていなかった。くっさいポエム地味た文章が書かれている前書きとは大違いだ。
目次を見ると、そこには『愚かな勇者、高良正輝』とだけ書かれていた。どこかで聞いた覚えのある名前を奇妙に思いながら、織衣はそのキロクに記された一人の人間の話を読んでいた。
──高良正輝という男を一言で言い表すと『愚かな勇者』である。彼は残念ながら能力者が持つべき基本的な教養こそ足りていなかったが、自分の命を投げ打ってでも多くの命を助けようとする心意気は、後世に語り継がれるべき立派な最期であった。
二〇〇六年五月五日、高良正輝は千葉県松戸市に生まれる。幼い頃から彼は兄と共に誰よりも野球に真摯に取り組み、プロ野球選手、いやメジャーリーガーを志すような健気な野球少年だったが、二〇一八年、彼が十二歳の時に事件は起きた。
当時、複数の暴力団が激しく抗争を繰り広げていた関東にイタリアンマフィアの最大勢力である十字会が介入、千葉県松戸市にあった暴力団事務所付近で何の前触れも無く大規模な抗争が発生した。銃撃戦に突入した抗争に高良正輝は家族と共に巻き込まれてしまい、両親は彼らを庇って死亡してしまう。
しかしその際、『貫通』という奇跡を手に入れた彼は兄と共に秘密能力者組織ツクヨミへ加入。同級生の藤綱千代、福岡事変後に加入した鶴咲渡瀬や執行貴行らと共に能力者として順調に研鑽を積んでいた。仲間であり親友だった鶴咲渡瀬や藤綱千代は彼より遥かに格上だったが、彼は己の未熟さを知りながらも常に全力でこの世界と戦っていた。高校卒業後はツクヨミのアメリカ支部への転属も夢見ていた彼だったが、二〇二四年の十二月、彼が任務で派遣された札幌で事件が起きる。
当時の札幌では能力者を開発するための実験が秘密裏に行われており、その阻止のために高良正輝らツクヨミの能力者が派遣された。総勢七人という能力者の戦いでは十分な手勢だったが、敵は数十人、それ以上の戦力を要していたのだ。彼らは多勢を相手に奮闘したものの、敵の策略により仲間である神原葵が孤立してしまう。高良正輝は執行貴行と共に彼女の救出に向かうも、敵の激しい攻撃に遭い神原葵を庇って朽ち果てた。
享年十八歳、愚かながらも立派な勇気を持った彼の冥福を祈る──。
「……織姫?」
里緒が問いかけてきても織衣はキロクのそのページから目を離さなかった。織衣は高良正輝という人物に心当たりが無かったが、このキロクを読んで彼のことを思い出した。クリスマスの騒動後に、確か渡瀬達がマサキと呼んでいる少年と出会ったことがある。そして彼はその後、おそらくツバキ達と戦い、ピンチになった味方を庇って死亡している。
「どんなことが書いてあるんだい?」
織衣が会ったことのある渡瀬の同級生は四人いる。その内千代と北斗を除いた二人は本部にいないが、高校を卒業するまでは本部にいたのだ。だがそこに高良正輝、さらには執行貴行という人物もいなかった。
「織姫!」
耳元で里緒に名前を呼ばれて、ようやく織衣はハッとして里緒の方を向いた。里緒は織衣の肩を掴んで、心配そうな面持ちで織衣に問う。
「大丈夫かい?」
「う、うん」
「……何か重大な事実でも書かれていたのかい? 変なことを考えるのはやめておくれよ?」
「うん、大丈夫」
里緒は去年のクリスマスの騒動のようになるのを不安に思っているのだろう。これを読んで織衣が行動を起こすことはないものの、この文には重大な矛盾があった。
丁度電話を終えた薫が事務所から戻ってきて再び不機嫌そうに竹刀を持ってカウンターに座った所で、織衣は彼女に意を決して聞いた。
「あの、薫さんは高良正輝っていう人をご存知ですか?」
長年この札幌支部で働いているという薫なら、去年の騒動で札幌に派遣されていた渡瀬達のことを知っているはずだった。薫は竹刀で肩を叩きながら少し考える素振りを見せた後、そういえばと口を開いた。
「あぁ、確かそんな子もいたね。頭にでっかい傷がついた男子だったよ。その子はクリスマスの騒動の後、敵の本拠地に鶴咲達が乗り込んだ時に死んだんだよ」
薫の証言は織衣が持つキロクの記述と合致していた。おそらく彼の大まかな経歴も合っているはずだ。
「あの時、確か男の子が二人殺されたんだ。その高良正輝ってのと、もう一人タカってのがいたはずだな……」
「執行貴行って名前ですか?」
「あぁそうだべ、赤いバンダナを巻いた良い男だったよ。どっちもタカだからややこしかったね」
やはりこのキロクに書いてある高良正輝の伝記は事実なのだ。だからこそ重大な矛盾があったのだ。
織衣は自分に見えるこのキロクに書かれている内容を薫と里緒に説明していた。高良正輝という人物について説明した後、どうして去年のクリスマスより前に織衣の兄である絃成が所持していたキロクに、どうしてクリスマスの後に死んだはずの高良正輝という人物について書かれているのか、その謎の矛盾を二人に聞いていた。
「何だろうね、本当に予言書だったりするんじゃないか?」
だが能力者ではない二人は頭を悩ませていた、そもそも能力を持っていない二人に聞いてもしょうがないことなのだ。能力者でなくともその世界について知っている薫が真剣に考えても思い浮かばないようだったが、織衣の隣で一人考え込んでいた里緒は「もしかして」と口を開いた。
「このキロクはね、鬼が録すと書くんだよ。閻魔大王が持っている死者の台帳さ。もしかしたらこのキロクには、死んだ能力者が台帳として書かれていくのかもしれない」
里緒の推理を聞いて織衣は確かにそうかもしれないと納得した。
では、こんな代物を作り上げた小泉悠遠という作家は何者だ? 小泉悠遠はただの作家、いや、その作品が映像化されることもある人気作家ではあるが、ただの人間がそんなものをどうやって書いたのか。
導き出される仮説はただ一つ。作家の小泉悠遠も能力者である、ということだ。
「それはお前が持っておくといい、私らが持っていてもしょうがない代物だからね。マニアには高値で売れるけど」
「……売らないでくださいよ?」
「まぁここはこう見えて細々と骨董商と美術商をやっているんだ。そんなぶっ飛んだ代物をそうそう手放しやしないさ」
ハッハッハと薫は甲高く笑っていたが、本当に大丈夫なのかと織衣は少し不安に思っていた。
この札幌支部は骨董品店という風にカモフラージュされているが、一応骨董品店として営業していて薫も専門家として鑑定する。しかし偽物でも高値をつけて売っているため、織衣達が先程見かけたように客と口論になることもしばしば。一応本物の良い品も混じっているらしいが、薫は本当に良い目を持っている客だけに売るというポリシーを持っているがためにあまり売れないらしい。
しかし薫はツクヨミの窓口として、殺到する様々な依頼を精査したり調査で得られた情報を本部や他の支部に共有するなどちゃんと支部長の仕事もしていると里緒は言っていた。あぁ見えて、と添えて。
昼はどこかで外食を取り、午後は里緒が織衣を連れていきたい場所があるらしいため二人は薫に別れを告げて札幌支部を去ろうとしていた。だが出口へと向かう織衣の視界に、この骨董品店に入ろうとする客……とは思えない男子高校生達が映った。
「おはざーっす一ノ瀬さん!」
白いジャンパーを着た、坊主頭のガタイの良い男子高校生は、店に入ると大きな声で薫に挨拶していた。
「暇な男子高校生が大掃除を手伝いに来ましたよっと」
「割って良い壺とかあります?」
後ろからは紺色のコートを着てメガネをかけた小柄な男子と、オレンジ色のジャケットを着た中東系のハーフのような男子が入ってきていた。
「ってあれ、織田と……何かめっちゃ可愛い子いる!?」
「やぁ海渡、彼女は私の友達だよ」
「え、織田って友達いんの!?」
里緒に友人がいることに驚いている彼らを見て織衣はクスッと笑い、里緒は無言で織衣の頭をゴツンと突いていた。男子三人はコートやジャンパーを脱いで、各々自己紹介を始めた。
「俺は白石海渡、高校一年。俺野球やっててさ、今度の選抜出られるかもしれないんだよ」
「へぇ」
「もう少し興味を持ってあげなよ」
話によると一年ながらエースとして試合で投げているらしい、だが織衣はあまりスポーツに興味がなかった。
「僕は澄川樹、高校二年。織田の友達って本当かい? 何か弱み握られてる?」
「実は……」
「本当にバラしてしまうぞ」
幼い頃からの知り合いである里緒なら織衣の恥ずかしい過去を何個も知っている。織衣も里緒の様々な過去を知っているが。
「俺は宮沢太郎、高校三年。君の美しさはガンジス川に映る晩陽よりも輝かしく……」
「インドの方?」
「ハーフに見えるけど彼は純粋な日本人だよ。彫りが深いだけ」
この愉快な男子高校生三人組は能力者ではないものの札幌支部のメンバーで、危なっかしい調査にも喜んで出向くような怖いもの知らず達だという。
「彼女は私の友人、姫野織衣。冬休みの間札幌に帰省しているんだ。年明けには東京へ帰る予定だよ」
「帰っちゃうの!?」
「せめて連絡先だけでも交換してくれないか?」
「時間は有限だ、おすすめのレバノン料理屋があるんだけど一緒に行かない?」
「え? いや、えっと……どうなんだろ」
思いの外積極的な男子達に織衣は気圧されてしどろもどろしていたが、織衣と男子達の間に里緒が割って入っていた。
「ダメだよ君達。織姫を射止めたいなら……そうだね、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、仏の御石の鉢、龍の首の珠、燕の子安貝を持ってくると良い」
「俺達を殺す気か?」
「いや、ワンチャン探せばあるかもしれない」
「一週間もあれば探せるか……?」
里緒は織衣の代わりにかぐや姫が出した無理難題を男子達に押し付けたが、それでも彼らは諦めずに探しに行くと言い出している。里緒も大概変人だがこの男子達もおかしいというか、こんないきなりド直球に好意を向けられると織衣もどうすればいいのかわからなかった。
だが店の裏手に行っていた薫が竹刀を片手に事務所から叫んだ。
「おい野郎共! さっさと掃除始めるよ!」
「ひぇっ!」
「やべぇまたぶっ叩かれるべ!」
「うーん一ノ瀬さんには逆らえない!」
支部長である薫に怒鳴られ、男子三人組は年末の大掃除に取り掛かっていた。
「……面白い人達だね」
「へぇ、織姫がそんな感想を言うと思わなかったよ。織姫のお眼鏡に叶う男はいたかい?」
「ううん、全然」
「それは残念」
支部の人間と交流するのは初めてのことだったが、織衣が想像していたよりも楽しそうな環境だと安心して、織衣は里緒と共に支部を後にしていた。




