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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-45『愛の夢』



 事務所で渡瀬と別れた後、夕飯にはまだ早かったが穂高は下のお好み焼き屋あおさぎへと降りていた。あおさぎは夕方からの開店の準備中で、厨房ではミドリやサキがせっせと仕込みをしており、希はテーブルや椅子を拭いているところであった。

 

 「お、晩飯にするん?」


 裏口から店に入ってきた穂高に気づいて、希は忙しそうにしながらも穂高を笑顔で出迎えた。


 「ここで食べて大丈夫ですか?」

 「ええでええで……いやタカちゃん。毎日お好み焼きばっかってのも飽きるやろ?」

 「え、いやそんなことは」

 「正直に言うてみ?」

 「他のものも食べてみたいなーって思いますね、はい」


 この店で提供されるお好み焼きは十二分に満足できる程美味なものだが、ソースやマヨネーズから離れたい気持ちも無くはなかったのだ。希が用意してくれる朝食も洋風メニューのはずなのに見た目がお好み焼きになってしまっているため、毎食お好み焼きを食べているような気分である。そろそろ白米が恋しくなってくる頃合い。


 「じゃあ六時まで待っててくれる? 一緒におこの……じゃないじゃない、ご飯食べに行こうや」

 「今お好み焼きって言いかけてませんでしたか?」

 「気のせいやで。ウチかて毎日三食お好み焼き食ってるわけやないし」


 希のシフトが終わる六時まで、穂高は自室でサッカーの試合の動画を見て時間を潰していた。六時を過ぎると仕事を終えて部屋を訪ねてきた希は白いニットの上に、妙に見覚えのある……確か千代が着ていたものと似たデザインの、白色の革ジャンを羽織っていた。二人で支部を出ると、地下鉄の心斎橋駅からなんば方面の電車に乗り込む。


 「ウチの友達の実家がお寿司屋さんやねん。しかも回らない方の」

 「え? 高くないですか?」

 「まー回転寿司よりかは高いけど、瓦屋さんにツケときゃだいじょーぶ!」

 

 希の話によると毎朝市場から仕入れた新鮮なネタを使っているらしく、さらには店主の笑いのネタも豊富だと言う。穂高はもっと大阪名物っぽい料理を食べたいと内心思っていたが、穂高が思い浮かべる大阪名物はお好み焼きだのたこ焼きだの粉ものしか無かった。

 丁度帰宅ラッシュ時間帯ということもあって心斎橋駅のホームは乗降客で溢れかえっており、車内も人がすし詰め状態であった。


 「やっぱ東京の満員電車ってエグいん?」

 「こ、こんなもんだと思いますよ」


 穂高も東京に住んで五年が経つが、電車通学もしたことがない上にラッシュ時間帯に電車を使うこともなかったため、彼自身も満員電車には慣れていなかった。何より電車に乗っている時でさえ襲撃を受けることがあるため、極力人が多い時間帯を避けたいという心情もあったのだ。


 「せや、せっかくだから割引クイズやるで」


 そういえばそんなシステムもあったなと穂高は思い出した。渡瀬は合言葉とそれっぽく言っていたが希はクイズと言ってしまっている。

 

 「じゃあせやな……一九八五年の日本シリーズはわかる?」


 普段からスポーツニュースを見ている穂高は、ついでに野球のニュースを見ることもあったが今から四十年程前のプロ野球なんて穂高は知らない。だが、希がわざわざ問題に出すぐらいなのだから有名な出来事、それも大阪にまつわるものだろうと穂高は予測した。


 「タイガースとかですか?」

 「せやで。ちなみに相手はライオンズや、その頃からもう本拠地は所沢やったな」


 一九八五年はタイガースが日本シリーズを制して日本一に輝き、白いスーツを着た笑顔のおじさんが道頓堀に投げ込まれた年だ。希はバファローズではなくタイガースファンらしい。


 「じゃあ変わって次は二〇一四年のクライマックスシリーズや」


 穂高はまだ五歳、今よりもサッカーに熱中していた頃の話だ。当時はニュースを見ても意味がわからなかった上に野球に興味が無かった穂高は何もわからない。だが希が出す問題であるため答えは簡単である。


 「……タイガースですか?」

 「正解や。ええ時代やったで、メッセンジャーにマートンにゴメスとかおったからな」

 

 次が最後の問題である。このクイz……いや合言葉の特徴として、三問目の難易度が跳ね上がるという傾向がある。希は穂高に笑顔を……いつもの自然な可愛らしい笑顔ではなく、明らかに作られた笑顔を向けて口を開いた。


 「タカちゃんはタイガースとジャイアンツ、どっちが好きや?」


 穂高は思わず希から顔を背けてしまった。別にどの球団のファンでもない穂高にとってはどう答えても良い問題なのだが、希の声色は答えを間違えたら殺されるのではと穂高が恐れる程に迫力があった。


 「た、タイガースです……」


 結局答えは全部タイガースという簡単な問題だったが、まるで絵踏みでもさせられたような気分だった。希は穂高の答えを聞くと満足そう穂高の方をポンポンと叩いて、いつもの笑顔に戻っていた。


 「タカちゃんは大阪でも上手くやっていけるで。ちゅーわけでウチが全部奢ったる」

 「……瓦屋さんにツケとくんですよね?」

 「まー、そうとも言うかもしれんね」


 瓦屋が出す問題に比べれば簡単ではあったが、もしも穂高が他球団のファンだったら、仮に出身地である福岡を本拠地にする球団のファンだったら完全アウェーだったかもしれない。穂高は自分がサッカーファンで良かったと心底安心していた。


 「ちなみに実際、どこが好きなん?」

 「いや、僕は野球よりもサッカーが好きなんです……」

 「そうなん? ガンバとかセレッソもええもんやで。大阪にはJFLとか地域リーグにも色んなチームあるし。ま、ウチは日本代表ぐらいしか知らんけどな!」

 「JFLとかが口に出るだけでも、十分お詳しい方だと思いますよ」


 日本のプロサッカーリーグであるJリーグは一部リーグであるJ1から三部のJ3まであるが、さらにその下に日本(J)フットボール(F)リーグ(L)、地域リーグ、都道府県リーグと下部リーグが存在する。穂高も流石に試合中継を見るのはJ3まで、というかJ1の試合を見るだけでも時間が足りないぐらいであるため、それ程下部リーグに詳しい訳ではない。


 「ウチは弟がサッカーやっとったからなぁ。色んな話聞かされたわ」

 「弟さんがいるんですか?」


 まだ大阪に来て三日しか経っていないが、希の弟の話は初耳だ。大阪支部でも見かけたことがない。


 「あぁ、まぁせやね。ウチ、こう見えてもお姉ちゃんやねん」


 口達者に見える希が珍しく慌てているのを見て穂高は不思議に思ったが、先に希が口を開いていた。


 「タカちゃんはサッカーやってたんか?」

 「子どもの時に」

 「じゃあリフティングはどんぐらい出来るん?」

 「百回ぐらいは出来るんじゃないですかね」

 「めっさ出来るもんなんやなぁ、三桁なんて想像つかんわ」


 最近はサッカーボールに触れることも少なくなってきたが、今でも百回は出来る自信が穂高にはあった。それ以上は意味がないと思って回数をこなしたことはないが、学校の授業ではいつもリフティングをするだけで皆に注目されるし、試合では他のクラスメイトが全員好き勝手に攻撃に行ってしまい、穂高が一人で守備に走り回される羽目にもなる。


 「もしかして卵を割らずにリフティング出来る?」

 「生でも半熟でも、ゆで卵でも出来ますよ」

 「ほんまに!? ……って出来るわけないやんけ!}


 穂高の脇腹をパシ、と軽く叩いて希がツッコんだ。


 「希さんがそれを信じるような人じゃなくて良かったです」

 「うーん、昔映画で見たことがあるからロマンのある話やと思うんやけどなぁ」


 穂高も実際にやったことは無いしそもそもやろうとも思わないが、能力を使って良いのなら案外出来てしまいそうだなと考えていた。


 『なんば、なんば……』


 広告放送の後、電車はなんば駅のホームへ入線を始めていた。ここからJRか南海線に乗り換えて南の堺方面へ向かうらしい。穂高は希と共に電車から降りようとしたが──急にズシリと頭と瞼が重くなった。


 「な、なんか急にごっつ眠くなってきたんやけど……」


 穂高はそれ程この大阪での修行で疲労していた覚えはなかったが、知らぬ間に疲れが溜まっていた、いやこれは明らかに異様だと穂高は急激な睡魔に耐えながら気づいた。隣の希も、この電車に乗っている乗客も、そして駅で電車を待っていた人々も、必死に眠気に堪えるよう目の間を押さえているが、まるで意識を失ったかのように次々と倒れていく。電車のドアが開くと同時に、睡魔に倒れた乗客達に押し出されるような形で穂高と希は電車からホームに降り立ったが、穂高達も地に足をつくことさえ難しいほどであった。


 「なんや……? 変なガスでも撒かれてるん……?」


 希は穂高の腕を掴んで睡魔と戦っていたが限界が近い。穂高は能力を発動して右目に青い光を灯し、光剣を生み出すとその刃を自分の左手の甲に突き刺した。


 「な、なにやってん!?」


 睡魔に襲われていた希の眠気が晴れる程、その光景は衝撃的だっただろう。光剣を抜くと、穂高の左手に巻かれていた白い包帯が赤色に染まっていく。


 「……敵が、います。早く倒さないと」

 「敵!? なんでこんなとこに」

 「もしかしたら、僕を狙って──」


 すると、ふと穂高の耳にピアノの音色が入ってきた。穏やかな美しいメロディーから始まるそれは、恋を唄う甘美な、ロマンチックな曲調で睡魔をさらに激しくさせる。


 「あ、愛の夢……?」


 ハンガリー出身の作曲家リストが作り上げた愛の夢、第三番。情熱的な歌詞が添えられたピアノ曲は恋多き作曲家の生き様を描いた傑作で、穂高も妹の椛が弾いていたのをよく耳にしていた。


 「アカン、もう無理や……」


 穂高同様に睡魔に襲われていた希はとうとう深い眠りについてしまい、穂高は慌てて彼女の体を支え、運びやすいように抱えてホームに倒れた人々を避けながら脱出を試みる。しかし意識朦朧とする穂高の足取りはぎこちなく、さらに自分の体を傷つけて眠気を覚まさせようかと考えていた時──穂高は背後から感じた違和感に即座に反応して、光剣で飛来してきた物体を弾いた。


 「能力者狩り、だな」


 後ろを見ると、白いコートを羽織り、腰に金や銀の華美な装飾が施された剣を携えた敵が五人程現れた。剣のデザインは少々違うが、革新協会でこうして統一されたデザインの剣を持っているのは、穂高の天敵であるツバキが率いる精鋭部隊、月の騎士団しかいないはずだ。


 穂高は考えるよりも早く体を動かした。即座に黒剣を生み出してホームに突き刺すと、支柱から暗黒の光線が月の騎士達に向かって放たれる。だが流石精鋭部隊、大体の敵には当たる攻撃を難なく躱す。

 いや、普段よりも穂高の攻撃の威力は劣っていた。いつもなら一瞬で放たれる光線も、穂高が剣を地面に突き刺してからのタイムラグが長くなっている。目を閉じた途端に意識を失ってしまいそうな程の睡魔に襲われているからか、やはり戦闘に支障が出ていた。これならいっそのこと敵の攻撃を喰らった方が目が覚めるのではと穂高は考える。

 

 しかし、穂高の前に現れた月の騎士達は穂高に攻撃を仕掛けてこない。何かカウンター特化の能力でも持っているのか、いやそもそも穂高達に起きている異変自体がいつもの革新協会のやり方ではなかったのだ。

 穂高を狙うのなら、わざわざこうして睡眠ガスみたいなものを撒き散らさなくても、電車や駅をまるごと爆発させるなり炎で焼き尽くすなり、多くの人々を巻き込むのが革新協会のやり方だ。どれだけの被害が出ようとも気にする連中ではない。

 もしやこれは、自分を捕まえようとしているのでは──そう考えた穂高は、希を抱えたまま片手で光剣を振るった。


 「“紫電──」


 ここは地下、この空間を支える柱を誤って攻撃してしまうと駅ごと崩落してホームや電車で眠っている人々を巻き込みかねない。そこで穂高は渡瀬が言っていたように、出力を、その一閃の威力と方向を睡魔と戦いながら調整して放つ。


 「──一閃”」


 光剣から放たれた一閃は、ホームの壁や支柱の間を通り抜けて月の騎士達に襲いかかる。目にも留まらぬ速さで襲いかかる光の刃は一気に四人の敵を仕留めたが、一人は煙、いやガスで出来た体に刃が突き抜けていった。こいつが何か眠気を誘うガスを散布しているのかと穂高は気づいたが、今まで一歩も動かなかった騎士が突然剣を抜いて踏み込み、穂高に斬りかかる。


 「くっそ……!」


 いつもなら簡単に避けられるぐらいのスピードだったが、睡魔に襲われて集中力が欠けていた穂高は避けられず、光剣で受け止めようとしても反応が間に合わない。せめて抱えていた希に攻撃が当たらないように穂高は体を向け──その剣は穂高の頭部を直撃した。

 強い衝撃、それは斬撃ではなくまるで鉄骨で大きく反動をつけられて殴られたかのような、しかし骨が折れるというよりかは頭全体に強く響くような鈍い衝撃だった。

 

 「流石に、能力者狩りと言えど睡魔には勝てないか」


 地面に倒れた穂高の耳に男の声が聞こえてきた。先程まで聞こえていたピアノ曲、愛の夢がまだ穂高の頭に響き、穂高の意識を遠のかせてゆく。


 穂高が体を支えていた希も地面に倒れると、彼女の上着のポケットから携帯と、一枚の写真がヒラヒラと穂高の目の前に落ちてきた。段々と狭くなってゆく穂高の視界に入った写真に映っていたのは、まだ紫色のメッシュを入れていない黒髪の、幼い希らしき少女と、彼女の隣に立つ、希によく似た小さな男の子──その景色を最後に、穂高はとうとう目を閉じてしまった。

 


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