5-43『住吉様』
穂高は缶コーヒーに口をつけながら、先程発見した革新協会の拠点について思考を巡らせていた。
穂高はここに探し求めていたプラントがあると期待していたが、穂高達がやって来ることを見越して先に手を打たれた可能性もあった。これが罠だとすれば敵地に突っ込むのは危険だが、もしかしたら修行の一環ということで一人で行かされる可能性もあった。この大阪で穂高は渡瀬から様々なことを学んだが、それを実戦で扱えるようになるにはまだ慣れが足りない。
穂高が首をひねりながら考えていると、隣に佇む渡瀬がニコニコしながら口を開いた。
「さて、少し能力の雑学みたいなものを教えてあげるよ。穂高君は能力ってどんな力だと思う?」
随分とアバウトな質問だが、穂高はそんなことを考えたことはなかった。四月の頃は理論的に説明できないかと魔術や陰陽術の本を漁って探した時期もあったが、ツクヨミに入って色んな能力者から話を聞いていると結構全員がテキトーに考えていることを穂高は知った。
「魔法ですかね。僕の能力、魔法っぽいって言われたりするので」
「うん、違いないね。じゃあその能力の力の源って何だと思う?」
「負のエネルギー、みたいな感じですか」
能力者狩りだった穂高を鍛えていたリーナはそんな風に穂高に教えていた。それが大きければ大きいほど能力は活性化すると。おかげで暇潰し感覚でどれだけしごかれたかわからない。
「実は、能力は度々歴史上の表舞台に現れることがあるんだよ。
僕達は能力のことを『奇跡』の力と呼ぶ。それは皆の願いが実り、この世界に顕現したものなんだよ。苦難を乗り越えるために奇跡を願った者がその力を手に入れる。穂高君だってそう願っただろう?」
四月デストラクションの時、穂高は何を思っていたのか、何を願っていたのか、穂高自身もあまり記憶にない。ただがむしゃらに生きようとしただけだった。きっと──織衣に昴、千代だってそうだったのだろう。簡単な話だ、死を目前にして死にたくないと考えていただけだ。
「奇跡、もとい能力の源は皆の願いだよ。祈りや希望と一緒のものさ」
「じゃあ、能力は神様が与えた力?」
「さぁね。僕達には神様なんて見えないでしょ?」
これまで随分とファンタジーな話をしていたのに急に現実的になる渡瀬に穂高は困惑していた。穂高達が使う能力は普通の人間からすれば意味の分からない、非現実的で幻想的な力である。ならば神のような存在がいてもおかしくないのではとそんな可能性も考えるが、少なくとも渡瀬は信じていないようだ。
「能力者は能力を使うと、自分の器に蓄えられていたエネルギーを消費する。それはご飯を食べたり寝るだけでもある程度は回復するけれど、そういった願いや祈りを吸収した方が手っ取り早いんだ、燃料の質も全然違うからね。
だから能力の源が枯渇している時はエネルギーが溜まっている場所、願いとか祈りが集まる場所に行けば良いんだよ。どんな場所かわかる?」
「神社とか教会ですか?」
「そう。あとはお寺とかパワースポットとかもそうだよ。色んな人が色んな願いを叶えたいから祈るでしょ? そういう土地は多くのエネルギーを蓄えてるんだよ。つまり、どういうことかわかる?」
「何がです?」
「じゃあ少し歩こうか」
空き缶を自販機の隣に置かれていたゴミ箱に放り投げ、橋から北の方へ歩き始めた渡瀬に穂高はついていく。黒猫エリーは渡瀬の肩の上で眠ってしまっていた。
「穂高君は、能力の源が負のエネルギーという風に思ってるんだね?」
「そうですね」
「じゃあ人々の願いや祈りが結集した結果生まれた奇跡の力が、どうして負のエネルギーを源にしていると思う?」
多くの人々の願いが結集した力、と聞けば聞こえは悪くないものだ。だがその奇跡の力を革新協会のように人を不幸にするために使う者もいるのだから、穂高はその奇跡という例えがピンと来なかった。
住宅街を歩いていると目の前に大きな公園が見え、その中を歩きながら渡瀬は言う。
「わざわざ神様を頼るような人は幸せじゃない人が多いでしょ? 元々幸せを感じている人が、今に満足している人が奇跡を願う必要は無いんだよ。能力は奇跡を願う人達の願いの集まりでもあり、その人達の不幸が集まった力でもあるんだよ」
能力者達の境遇を考えると確かにと穂高は納得した。千代の兄、洋が言うように能力は奇跡の力と言う割に能力者は多くのものを失っている。失ったからこそ奇跡を願うだろうが、穂高は能力者になってからも多くのものを失ってきたのだった。
「そう、だから能力者自身が大きなストレスを受けると、つまり負のエネルギーを多量に得てしまうと、そこら中に溜まっている願いや祈りと共鳴してしまうんだ。能力者本人の容量を遥かに超えた量のエネルギーが大量に注ぎ込まれちゃうんだよ。それが暴走の一因でもあるのさ」
だから能力が暴走するとありえないぐらい強くなるのかと穂高は気づいた。その原動力である負のエネルギーを能力者本人が制御できない程摂取してしまうのだ。母数が多い都市部ともなれば暴走しやすいのかもしれない。
「さて、そんな奇跡の源が集まりやすいのは宗教施設やパワースポットが多いってことはわかったよね。じゃあ大阪でそれらしい場所といえばどこだと思う?」
「四天王寺とか?」
「聖徳太子が物部氏との戦いに勝利して建立したお寺か……考え方としては悪くないね。他には?」
「大阪ドーム?」
「まぁ試合観戦中に神頼みをする人はいるかもしれないけど、何かもっとこう、由緒ある感じで」
穂高は考えてみたが、パッと思い浮かぶ大阪の名所は大阪城や大仙古墳ぐらいで、しかも渡瀬が言う宗教施設とは意味合いが違う場所だ。寺社仏閣に限って考えると京都や奈良の方ばかり思い浮かべてしまう。
「実はね、この近くにもあるんだよ。見てご覧、目の前を」
気づくと、穂高達は公園の中を通り抜けようとしていた。出口の両脇では迫力ある顔つきの狛犬が堂々と佇んでいる。
そして、目の前にある南海電鉄の駅名を穂高は見た。
「住吉大社……」
聞いたら思い出すぐらいには、穂高の記憶の中に存在していた。
「昔の大阪、難波津は多くの船が行き交う大きな港だったからね。海の神としてここに鎮座しているんだよ。大阪も豊臣時代より前から栄えていた都市だったし、遥か昔には都も置かれていた場所だからね。長い年月の中で色んな願いを蓄えてきたと思うよ」
「もしかして、ここと革新協会の拠点に関係が?」
「多分その作用は知っていると思うよ。こういう場所に能力の源が集まりやすいってことはね。そして多分ジャン達も知っている、その意味までは理解していないみたいだけどね。無関係じゃないと思うよ」
そこに能力の源が多く蓄えられていることを利用するとすればどんな目的があるか。もしも改造人間フラワーの生産にそれが必要なら、あの建設現場にカモフラージュされている拠点がプラントという可能性も高くなる。
「よし、じゃあせっかくだからお参りしていこうか」
「……正月前ですけど?」
「良いじゃないか。お正月は神様も忙しいだろうから」
「今も忙しいと思いますよ」
高架駅の下を通り抜けて少し歩くと、路面電車の軌道の向こうに大きな鳥居が見えた。池にかかる橋を渡ると立派な赤い門が出迎えて、そして住吉造という日本古来の建築様式で建てられた、国宝の四つの社殿が見えた。
願い事は多すぎる程だったが、穂高は賽銭を投げ入れ、この世界が平和になるよう願っていた。それが自分の幸せにも繋がると思ったからだ。
「何を願った?」
本殿に背を向け、渡瀬が穂高に聞いてきた。
「世界平和です」
「奇遇だね、僕もだよ」
能力者になる前は、それはくだらない夢だと穂高は思っていた。きっともっとお小遣いが欲しいだとかテストで良い点が取れるようにだとか、そんなことしか願ったことはない。
しかし今は、穏やかな日常を自分の手で掴まなければならない。右手に着けている腕輪を見ながら穂高はそう考えていた。
「……え?」
すると突然、穂高の腕輪が光り輝き始めた。穂高が能力を発動しようとしていないのにも関わらず、にだ。何事かと思って穂高は慌てて腕輪を掴んで光を抑えようとしたが、今度は突然頭がズシリと重くなり、穂高は頭を押さえて地面にしゃがみ込んでしまった。
「……穂高君?」
穂高の異変に気づいた渡瀬もしゃがんで穂高の顔を覗き込んだ。黒猫エリーも渡瀬の肩から降りて人間の姿に戻り穂高の様子を伺っていた。しかし穂高の視界に映る二人の姿が段々とぼやけていき、歪み、混ざり、色鮮やかな世界へと移り変わっていく。激しい吐き気をもよおし目を閉じると、誰かの声が穂高の頭に響いた。
『──ここで出会ったことが』
『お兄ちゃん──』
『──もう助けは来ない』
『どこにいるの──』
『──私も』
『助けて──』
『貴方と同じだったら良かったのに──』
「はぁっ、はぁっ……!?」
穂高はようやく目を開けることが出来た。額を押さえると驚く程の量の冷や汗を流していることに気がついた。鼓動も激しく息も荒くなりパニックになりかけたが、渡瀬に右手を、エリーに左手を掴まれて落ち着きを取り戻しつつあった。
「僕の声が聞こえるかい?」
側には渡瀬とエリーがいた。まだ息は整わず、汗で服もビショビショに濡れていた。
一体自分が何を見たのか、何が聞こえたのか、それが何だったのか、穂高には考えられなかった。一度に考えるには処理しきれない程の、あまりにも膨大な量の情報が穂高の頭に入り込もうとしていたのだ。
「立てそうかい?」
「は、はい」
「エリーとここで待ってて。車を持ってくるから」
この何かの発作のような症状がどんな病によるものか、いや穂高は病気が原因だとは考えなかった。今はもう光を放っていないが、穂高の腕輪が彼の意思に反して突然光り輝いたのが能力と無関係であるはずがない。渡瀬が車を持ってくるまでエリーに介抱され、渡瀬が運転する車に乗って大阪支部へと戻っていた。




