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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-42『奴隷船』



 穂高は渡瀬に連れられて江坂駅へと戻り、大阪メトロ御堂筋線、中央線、ニュートラムと乗り換えて大阪の沖合にある埋立地の一つ、咲洲に到着していた。

 咲洲の中央部はコスモスクエアとして複合施設やマンション等が整備されている街で、外周部には大阪南港として港湾施設が広がっている。駅から繋がる公園の脇を歩きながら、穂高は周囲の景色を眺めていた。


 「ここに何かあるんですか?」

 「ここは大きな港でね、コンテナがたくさん並んでるでしょ? どうやら十字会の物資がここから運ばれているみたいなんだ。今日はそれを尾行しようかなと思ってね」


 片側四車線もある大きな道路にはコンテナを運ぶトラックが多く行き交っている。パッとみてもその運送会社がどんな会社なのかはわからない。


 「……まさか、虱潰しに探すんですか?」

 「いや、実はある程度当たりはつけてあるんだよ。ほら」


 すると歩道沿いに植えられた垣根から、一匹の黒いネコが穂高と渡瀬の前に飛び出してきた。それがエリーが変身した姿だと穂高はすぐに気がついた。


 「実は大阪に来てから、エリーにはここら辺を見張ってもらっていたんだ。怪しい車がいないかってね。大きな拠点ともなれば、物資を搬入するための経路も存在するだろうし」


 確かにこの大阪での修行にはエリーも同行していたはずだ。しかし穂高は初日以来エリーの姿を見かけていない。いつも渡瀬と一緒にいるのが見慣れた光景となっているが、どこかで暇を潰しているのだろうとぐらいにしか穂高は考えていなかった。黒猫エリーは渡瀬の肩の上に乗り、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。


 「エリーの『反転』の能力は便利でね、レーダーみたいな使い方も出来るんだよ。自分に向けられている僅かな敵意とか違和感も感知出来るんだ。ま、ここら辺で見かける不審なそれが十字会なのか革新協会なのか、はたまた別物かまではわからないけどね」

 「ここに一人で?」

 「大丈夫だよ、エリーの能力は相手の能力者から分かりづらいからね。自己防衛に関しては穂高君達より便利な能力だし」


 確かにエリーの『反転』の能力、“黒白(こくはく)”は自分へ向けられたどんな攻撃も跳ね返す事が出来る。余程不意を突かれない限りは完璧な防御だ。


 「ここら辺は港湾関係者以外はあまり立ち寄るような場所じゃないからね。僕達が入口で見張っていても怪しく見えちゃうし。

  さて、今から怪しそうなトラックを探して尾行したいんだけど、それは穂高君にやってもらおうかな」

 「え?」

 「穂高君は能力者狩りだった頃、自力で革新協会や十字会の拠点を探していたんだろう? どんな風にやっていたのか見てみたいのさ。それは修行というか、単なる僕の興味だけどね」


 ツクヨミでの任務では、わざわざそれらしい人間に目星をつけて尾行して拠点を割り出すという面倒な手間をかけることは殆どない。たまに尾行任務もあるが、調査自体は副メイドや支部の人間の仕事だった。

 しかしツクヨミに加入する前、能力者狩りをしていた頃の穂高は勿論そんな情報を持っていたわけではないし協力者もいなかった。穂高は何もヒントが得られない状態から調査を始めなければならなかったのだ。


 「まず、穂高君はどういう風に始める?」

 「……車を追いかけたことはないですけど、やるとすればそれらしいトラックの運転手を尋問して行き先を教えてもらう、って感じですかね」

 「関係ない人と間違えたりしない?」

 「間違えたことはないので」


 穂高は歩いている人間を尾行することはあっても、高速で移動する車を尾行したことはなかった。能力で光や闇に擬態してこっそりついていくことも出来なくはないが、戦う前に体力を消耗するわけにはいかないため車は見つけたらすぐに襲撃して乗っている人間を引きずり下ろしていた。


 「でも、それだと向こうから怪しまれるかもしれませんよね?」


 今回の修行の目標であるプラント(仮)は革新協会にとって重要な拠点だ、少しでも察知されたら向こうが先手を打ってくる可能性がある。


 「うーん、そうだね。もっと穏便に済ませられない?」

 「バイクにも乗れないのに車は追いかけられないです」

 「まぁそうだよね」


 例えば織衣の能力なら、街中を走っている車なら信号次第では十分に追いかけられるし何なら蜘蛛を車にはっつけておけば発信機代わりになる。運転手を引きずり下ろす以外の手段を考えるとタクシーを捕まえて追いかけるぐらいしか穂高は考えつかなかったが、前のトラックを追ってくれと言ってタクシーに乗ってくる高校生は怪しいだろうなと思っていた。


 「今回は慎重に動く必要があるから、流石にここでトラックを襲撃するのはやめておこう。というわけで、こういうことも考えて駐車場に車は用意してあるからそれで尾行しようか」


 公園の側にある立体駐車場に停められていたレンタカーに穂高達は乗り込んで港の出口を遠目から見張っていた。エリーの調査で一日に二回、この港から怪しいトラックが出入りしていることがわかっている。そのナンバーを照合して運送会社を調べると、その会社は最近設立されたばかりの十字会のフロント企業だったとわざわざ情報を送りつけられた副メイドが確認したらしい。そのトラックが本当にプラント(仮)の関係しているのかはまだわからないが、それを調査するのがこの任務の目的だ。


 「あ、穂高君は十字会にも顔が割れてるから変装しといてね」


 すると渡瀬はグローブボックスからカツラを取り出した。髪の長いカツラだったため穂高はビクッとしたが、単純に前髪で目元を隠せるようになっているだけだ。


 「女装はしなくていいんですか?」

 「それは副メイドさんの趣味だから」

 「……渡瀬さんの趣味じゃなくて良かったです」


 逆にこれだけで大丈夫なのかと穂高は不安になったが、カツラを被って気を取り直して調査に集中していた。

 


 「いました」


 十五分程待機していると、港から出てきた一台のコンテナトラックが穂高の目に入った。


 「黒です」


 渡瀬は車のエンジンをかけ、トラックから距離を取りながら後ろを走っていた。トラックは高速道路には向かわず一般道を南下していく。


 「どうしてあのトラックが黒だと思ったんだい?」

 「何というか……濁って見えるんです。少し煤がかかっているっていうか、色素が薄く見えるというか……」

 「でも普通とは違ってみるものがあるんだね?」

 「まぁそんな感じです」


 能力を発現してから、普段から街を歩いているだけで群衆の中にちらほらと穂高の目に変な色の人間が映るようになっていた。意識していなければはっきりと穂高の目には映らないが、それは能力を発動していなくても穂高の目には見えていた。


 「能力を発現した能力者は身体機能が強化されるんだよ、能力に耐えられるようにね。単純に運動神経とか体力が上がるだけなんだけど、人によっては一部の身体機能が著しく向上することがあるんだ」


 南港のフェリーターミナルの側を通り過ぎ、交差点でトラックの後ろに止まって渡瀬が言う。


 「例えば千代や副メイドさんはとても目が良いんだ。千代は相手の能力を、副メイドさんは相手の容姿や癖を観察するためにね。視力が上がるだけじゃなくてそれに関連する脳の機能も強化される。他にも嗅覚とか聴覚とか、例えば『髪』の能力の人なら短期間で髪が伸びることだってあるんだ。

  多分穂高君の目に見えるそれも、その強化された身体機能の一つだよ。革新協会や十字会の人間を探すためのセンサーだね」

 「じゃあ、エリーが見つけていたのはあのトラックなんですか?」

 「うん。難波ナンバーのトラックだね。ちなみにどこに行くと思う?」


 信号が青になりトラックが交差点を左折すると、穂高達が乗る車はその後ろをついていく。ニュートラムの線路が上を走る住之江通りを東に向かう。


 「さぁ……どこかの工業団地とかですかね」


 革新協会や十字会の拠点は、運送会社等の倉庫にカモフラージュされていることが多い。立地としては大体高速道路のインターチェンジに近い工業団地か港や空港の側、場合によっては山奥にあることもあるが。

 それから十分程経って、トラックは住之江通りから脇道へ入ると、マンションの建設現場らしい敷地の手前で停まった。どうやらそこが目的地のようで、穂高達が乗る車は手前の十字路で曲がって近くのコインパーキングに停め、近くの建物の影から建設現場を観察することにした。

 周囲はそれ程人通りのない住宅街で、トラックの運転手は運転席から身を乗り出して建設現場の作業員と会話していた。


 「ジュエリーを着けてますね」


 遠目に見えるトラックの運転手の右手首には穂高と同じ黒い腕輪のジュエリーが、そして建設現場の作業員の首にはルビーがついたチョーカーがあった。


 「どうやら当たりみたいだね」


 トラックの運転手は作業員に誘導されて敷地の中へトラックを進めていた。外観を見ると情報通りまだ未完成のようだが、穂高の目にはただのマンションが建てられているようにしか見えない。ただ、その建設途中の建物が穂高の目には濁って見えていた。

 穂高達は現場を離れて少し歩き、近くの自販機で温かい微糖の缶コーヒーを買い、小川にかかる橋の欄干にもたれかかって飲んでいた。近くを革新協会や十字会の関係者が通りがかる可能性があるため、カツラは被らされたままだ。


 「あそこにはいつ乗り込みますか?


 建設現場の方をチラッと見て穂高は言った。この場所からは住宅等に遮られて見えにくいが、マンションの上階部分の足場は見えていた。


 「今日の夜かな。あそこが僕達が探し求めている場所であってほしいけど。穂高君も大晦日とか正月ぐらいはゆっくりしたいでしょ?」

 「そうですね」


 今日は十二月二十八日。普通の建設現場ならもう明日にも仕事納めでもおかしくない。しかしあの場所はカモフラージュのはずだ、最低限の見張りぐらいはいるだろう。東京の方にある革新協会の拠点には穂高対策のため様々な警報装置やセンサーが設置されているが、あの拠点が革新協会にとって重要な施設なら厳重に守られている可能性がある。

 だが、穂高にはあの場所がそんな施設には見えなかった。


 「でも、本当にあそこが革新協会の拠点なんですか? プラントの割には案外あっさり見つかったんですけど」


 穂高は能力者狩りとして、革新協会が開発した改造人間フラワーを製造しているプラントの場所を探していた。しかしプラントに関する情報は協会の中でも厳重に守られているようで、リーナでさえその場所を知っているか怪しいぐらいだ。確かに街中でテキトーに目をつけた革新協会の人間を尾行すれば簡単に拠点まで連れて行ってくれるが、ただトラックに目星をつけて追いかけただけでプラントが見つかるとは思えなかった。


 「うん。まるで僕達に見つけてほしいって言わんばかりにね」

 「……じゃあ、もしかしてこれは罠?」

 「さぁね。例え罠でも調べる価値はあるよ、少なくともあの場所がそうじゃないってことはわかるんだから」


 革新協会がどんな方法でフラワーを製造しているのか、それすらも穂高は見つけ出すことは出来なかったが、改造人間を作っているのだから工場や研究所のような巨大な施設だと想像していた。だが今回見つけた拠点は工場ではなく普通のマンションだ、そんな細かく部屋が分かれている施設を工場としてわざわざ使うとは思えない。


 「ちなみに、あのトラックは何を運んでたと思う?」

 「建築資材とかですかね」

 「そんなものはわざわざコンテナを使って現場まで運ばないよ。あれは結構積載重量ギリギリの積荷だったね、トラックのタイヤも悲鳴を上げてたよ。相当重いものがギュウギュウに詰められてたんじゃないかな」

 「あそこが何かの研究所なら化学物質とか?」

 「もしもあそこがフラワーのプラントなら何だと思う?」


 渡瀬のその問いで穂高は背中にゾクッと悪寒を感じていた。


 「もしかして、人間……?」


 改造人間フラワーの原料は勿論人間だ。十字会が適当に攫ってきた人間に何らかの方法で能力を与えて能力者に改造する。そんな人間達があのコンテナにギュウギュウに詰められているのなら、それはもう奴隷船と変わらないものだ。


 「まぁ僕の予想だけどね。十字会は適当に攫った人間を奴隷船みたいに船にギュウギュウ詰めにして運んで、もし警察とかに見つかったら不法移民っていう風に偽ることがあるんだ。あれは生きている人間じゃないかもしれないけど」

 「でもまだ未完成じゃないですか、あの施設は」

 「地下にあるって可能性は?」

 「……まさか、もう稼働してるってことですか?」

 「その割には警備が薄いんじゃないかな。あくまでそれは最悪のパターンだよ、僕はその可能性も考えているってだけさ」


 渡瀬は涼しい顔をしながら無糖の缶コーヒーを飲んでいた。彼の肩の上に乗っている黒猫エリーも「ニャア」と頷くように鳴いていた。

 

 

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