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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-37『ピカピカ光る奴』



 「東京では楽しくやってるのかい?」


 織衣が落ち着いて息を整えると、里緒は膝の上に置いた本を開いていた。織衣は紅茶に口をつけて答える。


 「わからない」


 楽しいと言っても楽しくないと言っても違和感があるように織衣は思った。能力者の世界なんて知らずに普通の人間として生きていたら、今はどんな日常を送っていたのだろうとふと考えることもある。だが今の日常にも色々な発見がある。


 「楽しくないのかい?」

 「そういうわけじゃないけど、色々あるから……」

 「危険なことも?」

 「ま、まぁ、うん……」


 流石に何度も殺されかけたとは言いづらい。余計な心配をかけたくないというのもあるが、里緒なら興味をそそられてしまいそうで怖いのだ。

 あからさまに怪しい織衣を見て、里緒は溜息を吐いてから言う。


 「織姫の活躍を公に見られないことは残念だと思うよ。でも、ツクヨミという組織の存在意義もごもっともだと思うからね」

 「ツクヨミの話は知ってるの?」

 「まぁ私も、下っ端の仕事をしているからね」

 「え」


 この世界には、ツクヨミという組織の名前は知らないが裏社会の便利屋のような組織の存在を知っている人々と、ツクヨミという組織の名称まで知っている人々が僅かながら存在する。里緒の口からツクヨミの名が出てきたことでさえ驚きだが、里緒本人が関わっているともなるとさらに驚きだった。


 「ツクヨミには下部組織が色々とあることは知っているだろう? 私は札幌支部の手伝いをしているんだよ。桑園にある私立病院の近くにあるんだ。

  あぁ勿論、織姫達みたいな危険な仕事じゃないよ。私は例のテロ組織と戦いたくなんてないからね。能力が関係している事件とか、能力が集まるスポットを軽く調査するだけの簡単な仕事だよ」


 能力者ではあるが戦闘には向いていなかったり、非力な能力者が配属されるのがツクヨミの地方支部だ。里緒のような普通の人間も訳あって入ることもある。

 その主な任務はツクヨミに寄せられる依頼の窓口としての機能だが、本部の任務でオペレーターとして補助的に参加したり、能力者に関する情報収集や調査、さらには能力者が引き起こした事件の欺瞞や隠蔽工作に後処理など、本部の人員では手が回らないような雑務をこなしている。


 「思いの外これが楽しいものなんだよ。近所にあったよくわからない石碑がそんな大役を果たしているんだとか、あの神社にはそんなものが祀られているんだとか、私が考えていた以上にこの世界は不思議なものに溢れていたんだ」


 能力者はこの世界の影に隠れた存在だが、意外にもこの世界を構築する万物に関わっていると牡丹や渡瀬が言っていたのを織衣は思い出す。


 「……そんなに楽しいの?」

 「うん。でも支部には微力な能力者が数人いるぐらいで、殆どは多少能力者と関わり合いがあっただけの普通の人間さ。きっと織姫が見ている世界とは全然違う」

 「でも危ないよ、そんな仕事……強制させられているわけじゃないんでしょ?」

 「やめてほしい?」

 「……危ないもん」


 織衣がそう答えると、それが面白おかしかったのか里緒はフフッと笑っていた。


 「残念だけど、やめるつもりはないさ。私は一生、ツクヨミにお世話になるかもしれないね」


 きっと里緒を支部に招き入れたのは渡瀬の仕業だろう。渡瀬も里緒を面白い人間だと考えたに違いない。彼女ならこの世界に突然放り込んでも混乱せずに、むしろ喜んで働くだろうと。武器も持たない普通の女子高生に与えられる仕事なのだから、それほど危険なものではないと信じたかった。


 「私はまだ、この能力者の世界に詳しくないんだよ。下っ端が知ることの出来る知識なんて限られてくるからね。でも去年のことも、四月デストラクションのことも、能力者狩りとかの都市伝説のことも、和光事件のことも……なんとなく理解できるような気がするよ」

 「能力者狩りのことを知ってるの?」


 ツクヨミの存在、能力という力について知っている里緒なら、今年の一連の出来事の推理は容易いことだろう。だが能力者狩りの噂なんてSNSを介してもあくまで彼が活動していた東京周辺、精々関東で流布していた噂に過ぎなかった。


 「あぁ勿論。札幌支部でも噂になっていたんだよ、東京には凄い能力者がいるのかもしれないってね。織姫は知っているのかい?」

 「知ってるというか……その人は今、ツクヨミにいるから」

 「本当に!?」


 里緒は身を乗り出して目を輝かせていた。まずい、教えない方が良かったかもしれないと織衣は後悔した。


 「ねぇ織姫。君の東京での暮らしを教えてくれない? 勿論、一般人に過ぎない私に教えられる範囲で構わないからさ」


 能力のことを一般人に話すわけにはいかないが、里緒は支部の人間としてツクヨミに関わっているし、文学のうんちくをべらべらと話すが里緒はちゃんと秘密は守る人間なので、教えられる限りは教えてもいいだろうと織衣は考えた。


 織衣は四月からの一連の出来事について里緒に話した。四月デストラクションと呼ばれた悪夢の一日、未曾有の事態に織衣達でさえ混乱していたが、副メイドの指揮のもとで高校生組は池袋で戦っていた。織衣達は革新協会の能力者相手に防戦一方だったが、詠一郎が駆けつけてくると彼は一瞬で敵を一掃してまたどこかに飛んでいってしまったというのが織衣の思い出だ。

 それからは頻発するテロの対応に追われ織衣も能力者として戦う羽目になったが、そんな中で東京を中心に能力者狩りの噂が流れ始めていた。彼の存在に怯えていた織衣だったが、彼……鷹取穂高という少年に織衣は助けられることになる。鷹取穂高は家族を失っていたり和光事件と福岡事変を生き残っていたり、敵の幹部であるゾンビ女に好かれていたり能力の使い過ぎで人格が分裂していたりと訳が分からないびっくり人間だったが、副メイドにコンビを組まされて彼と何度も話している内に、意外と彼も人間らしいと思えるようになった。

 今では能力者狩りだった穂高も織衣にちょっかいを出すのが大好きがクソガキに成り果ててしまったが、革新協会や十字会との戦いに並々ならぬやる気を出す彼は、織衣達を引っ張ってくれる存在でもあった……たまに怖くなることもあるが。


 気がつくと二時間も織衣は話し続けていた。まだまだ十字会のこと、ジャンやオスカルについても話したいぐらいだったが織衣も喉が疲れてきていた。


 「やっぱり、織姫にはもう私は必要ないのかもしれないね」


 一旦説明を終えて織衣が紅茶を飲んでいると、里緒がそう呟いた。


 「なして?」

 「だって、東京での話をする織姫が楽しそうに見えたからね」

 「そう見えた?」

 「あぁ、安心したよ。それで織姫は、そのピカピカ光ったり禍々しく暗転したりするヘンテコな男子のことが好きなのかい?」

 「ち、違う!」


 あまりに予想外のことを言われた織衣は慌てて否定した。それを面白がるように里緒は笑っている。


 「へぇ、本当に? 彼のことについて話す織姫が一番楽しそうに見えたんだけど?」

 「私はただ、あの人と一緒に組まされているだけなんだから」

 「嫌々彼とコンビを組んでいると?」

 「別にそういうわけじゃ……」

 「じゃあどうしてなんだい?」


 穂高とコンビを組んで任務に当たるのは、元はと言えば副メイドの指示によるものだ。夏の間に高校生組は色々な組み合わせでコンビを組まされて訓練したり任務をこなしたりしたが、能力の相性を考えて織衣は穂高と組まされた。

 しかし実際には穂高は和歌とコンビを組んだ方が戦えるし、織衣も緋彗や斬治郎と一緒に戦っても良いパフォーマンスを出せるが、和歌が穂高と組むのを拒否したため今の配分になった。どうして拒否したのかと和歌に問うと「オリギーヌの方が合うかなーって」と答えていた。別に穂高のことを嫌っているわけではないらしいが、意味はわからない。

 勿論織衣も拒否する権利はあった、副メイドの指示は強制ではないからだ。実際に穂高と組んでいて何度も死にかけたこともある。だが、今更コンビを解消しようと織衣は思っていなかった。


 「あの人は、何度も私を助けてくれたから」


 最初は穂高、いや能力者狩りを残虐な殺人鬼と怖がっていた織衣だったが、今は大分慣れてきた……いや、織衣も穂高と一緒に過ごしていることでその環境に慣れてしまい、段々とおかしくなってきたのかもしれない。


 「成程、白馬の王子様に惚れてしまったわけだね」

 「違うって」

 「ふうん。男っ気の無い織衣にようやく王子様が現れたと思ったんだけどねぇ。少しぐらいは素直にならないと、彼も織衣の気持ちに気づかないかもしれないよ?」

 「だからそういうのじゃないって!」

 「本当に? さながら恋に恋する乙女のように見えたけどねぇ。あんなに映画の際どいシーンを恥ずかしがって直視できなかった、随分とウブな少女だった織姫が」

 「大体里緒だって、官能表現がある小説をまともに読めないじゃない」

 「あ、あれはただ時間をかけて読んでいるだけで……」


 二人が他愛もないことで言い争いをしていると、里緒の部屋のドアがコンコンとノックされた。


 『ご飯が出来たわよー』


 里緒の母親の声で二人共我に返りくだらない口喧嘩をやめ、リビングへと向かった。



 「昔豊浦にキャンプに行った時、里緒ったら夜が怖いからって私や織衣ちゃんの名前を呼びながら泣きまわってたわねぇ」


 夕食中は里緒の母親も交えて昔話に花が咲いた。彼女が懐かしそうに語るキャンプの話は織衣達が小学三年生の頃だ。里緒は暗い場所が苦手で、夜に外へ出る時は織衣も何かと付き合わされていた。織衣は夜の暗さ自体は平気だが、びっくり系のホラーはかなり苦手だ。


 「やめておくれよ……」


 夕食のシチューをスプーンで口に運びながら里緒は恥ずかしそうにしていた。

 里緒は口では誰にも負けないが、母親が相手ともなれば話は別だ。まぁ子どもの視点からして親から際限なく放たれる昔話は恥ずかしいものではある。それを面白がりながら織衣も話を聞いていた。


 「東京はどうなの? やっぱり札幌よりも大都会でしょう?」

 「うん。ビルがたくさん」

 「スカイツリーは登ったの?」

 「うん、意外と怖くなかったよ」

 「良いわねぇ、私は東京タワーぐらいしか登ったことがなかったわぁ……そう、あの時は私もあの人も若かった」


 里緒の両親が出会ったのは三十年程前の東京、まだ近鉄とオリックスが合併する前のこと……らしい。新潟から上京した里緒の母親と北海道から上京した里緒の父親は大学で出会い、そのまま意気投合し交際してゴールイン。今では白髪混じりで高貴な雰囲気を醸し出す里緒の母親は、その経緯を何度も夕食の席で織衣達に聞かせてきた。逆に里緒が織衣の家で夕食を食べる時は、織衣の母親が高校時代の父親の話をずっと喋っていた。


 「里緒も何だったら東京の大学に通う?」

 「さあね」

 「織衣ちゃんがいなくなって、あんなに寂しがっていたのに?」

 「そうなの?」


 里緒の方を見ると、里緒は織衣と母親から顔を背けていた。


 「里緒ったら織衣ちゃんが帰ってくるとなると珍しくウキウキしちゃってね、昨日は中々寝付けなかったり今日の朝はどんな服を着ていこうがギリギリまで悩んでいたんだもの」


 遠足を楽しみにしている子どもかと織衣は思った。里緒はあまりそういうことは自分の口では言わないが、そんなに楽しみにしていてくれたのなら嬉しいものだ。里緒も里緒で大概素直ではない。


 「はぁ……一週間はこれか……」


 おそらく年明けまで里緒は食事の席で辱めを受け続けることだろう。里緒の母親はお喋りが大好きだ、織衣の母親と出会うともう口が止まらないし織衣でも里緒でも止められなかった。そんなかつての日常を織衣は懐かしんでいた。



 織田家の風呂場は十和田石と吉野の桧が使われた静かな雰囲気の空間で、豪華絢爛という見た目ではないが、侘び寂びというか風流を感じる空間だった。そういや侘び寂びってなんだと織衣は自分の感想を疑問に思いながら湯船に浸かる。

 正直なところ、十和田石だとか○○産の桧と言われても織衣には全くピンと来ないが多分高級品なのだろう。織田家の面々は見た目は綺羅びやかさだとかあからさまにピカピカした宝石類を身に着けているわけではないが、よく見てみると一つ一つの素材がとてつもなく高級だったりするから恐ろしい。織衣がイメージするお金持ちとは穂高の能力のように何かと派手なイメージだが、里緒達は私服だって控えめな色合いなのに値段を聞くと耳を疑うぐらいだ。この洋館も大正期に建てられたものをリフォームして使っているらしい。そういえば里緒もあぁ見えて結構なお嬢様だったなぁと織衣はしみじみと感じていた。


 入浴を終えると、織衣が東京から持参した映画のBDを鑑賞することになった。里緒もジャンルを問わず色んな本を読むが、織衣も同様に映画のジャンルは問わない。恋愛ものにホラーにコメディ、SFにファンタジーにドキュメンタリーだって見る。しかし里緒は極度の原作厨であるため、原作が小説の映画は絶対に見せられない。だがスティーブン・キング原作の作品ならOKという線引もあったため有名所はだいたい見ることが出来る。


 「どれが良い? アクションとかミステリーとかフィルムノワールとかロマンスとかあるけど」

 「ロマンス映画ならどんなのがある?」

 「これはね、最近奥さんと死別した実業家のおじいさんが落ち込んでいる時に、偶然入ったバーで初恋の人にとても似た若い女の人と出会うの。それでおじいさんは毎日バーに通うようになって……」

 「あー、うん。そこまでで良いよ。あまり織姫に喋らせちゃうと最後まで言っちゃうからね。それを見ることにしよう」


 そして部屋の照明を暗くして、里緒の部屋で映画鑑賞会が始まった。織衣は一度見たことのある映画だが、良い映画は何度見ても良いものだ。中々に時間を消費する趣味だが色々と勉強になり人生の糧となる。

 しかし織衣は、映画に夢中になるあまり気づいていなかった。里緒が織衣の背後で、織衣の携帯をこっそり触っていることに──。



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