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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-35『兄と兄』



 穂高は地下鉄を乗り換えてお好み焼き屋あおさぎへと帰還していた。夕食を食べようかと思って正面かあおさぎの店構えを見ると、どうやら今日は普通に営業しているようで暖簾も提灯も外に出ていた。この場合、あの合言葉という名のクイズは一体どうすれば良いのだろうかと穂高が困っていると、中からあおさぎのエプロンを着て頭に鉢巻を巻いた希が入口からヒョコッと顔を出す。


 「あれ、タカちゃんやん。ご飯食べに来たん?」

 「あ、そうです。あの、合言葉ってどうするんですか?」

 「あー、普通に開いてる時は普通に入ってええんやで。三割引固定になってまうけど」


 普通にあの理不尽な問題を解いたとしても三割引以上になりそうにないため穂高には関係ない話で、すっかりお腹も空いていたため喜んで中に入った。店の中にはおそらくツクヨミと関係のない一般客も入っているようで、カウンター席もテーブル席も満席だった。どうやら普通に繁盛できるぐらいには人気店のようだ。


 「あ、そうや。奥のテーブルに支部の人がおるから紹介したるで」


 店の一番奥にある仕切りに隠れたテーブル席には、出来上がったお好み焼きを黙々と食べている、白いパーカーを着てメガネをかけた七三分けの、真面目そうな若い男が座っていた。


 「あの人な、ちーちゃんのお兄さんやねん」

 「ちーちゃん……どなたのことですか?」

 「あ、千代ちゃんのことやで。ほら、苦離紅茶狩惨堕荒騎士の」

 「……え? 藤綱千代さんのことを言ってるんですか?」

 「うん。そのお兄さんの洋さんやで。え、もしかして知らんの?」


 穂高は千代から兄の話なんて一切聞いたことがなかったし、渡瀬達も話題に出したことがなかった。


 「というか、希さんは千代さんのことご存知なんですか」

 「知ってるも何も、ウチは苦離紅茶狩惨堕荒騎士のメンバーやで? 『淀川の大魔神ノゾミ』と言えばウチのことや! エグいフォーク投げたるで!」

 「フォーク……?」

 「って、それはハマの大魔神やないかってツッコむところや!」

 「すいませぇん!」


 希からツッコミの指導を受けつつ、穂高は奥のテーブル席に案内されていた。穂高と希が席の近くに来ても、千代の兄、藤綱(ふじつな)(ひろし)は一切目を合わさずに黙々とお好み焼きを頬張っていた。


 「洋さん、この子がさっき言うてた東京から来た男ん子やで。仲良くしたってな」

 「鷹取穂高です、年明けまでここでお世話になると思います」


 穂高はペコリと会釈したが、洋はチラッと穂高の方を見ただけでお好み焼きを頬張り続けていた。洋という男は穂高の挨拶に何も反応せず無関心という様子で穂高はとても相席したくない雰囲気だったが他に席も空いていない。穂高は仕方なく洋の正面に座って豚玉を注文して、早く希がお好み焼きを届けてくれることを願った。


 洋は妹の千代と全然違う雰囲気で、真面目というか堅物というか、他の人間を一切寄せ付けないオーラを放っている。彼の正面に座った穂高はチラチラと洋の様子を伺っていたが、彼は一言も言葉を発さずにお好み焼きを頬張っている。

 何か千代に関する話題を振ろうかと穂高が考えていると、コップに入っていた水を飲み干した洋が先に喋り始めた。


 「……紹介があったように、俺は藤綱洋。今年で二十六になる。大阪府警の刑事ということになっていて、あの出来損ないの兄でもある」


 出会って数分もしない内に、穂高は藤綱兄妹の仲の悪さに気がついた。千代から兄の存在は一切聞いたこともないし、洋の今の口ぶりを聞く限り二人の関係は良くないのかもしれない。


 「刑事ということになっているって、どういう意味ですか?」


 洋を正面にして沈黙の時間を過ごすのはかなりのストレスになりそうで食事前に胃痛がしてきたため、穂高は差し障りなさそうな話題を選んだ。


 「俺は本部の駒だよ。そう差し向けられたんだ」


 だがどうやら穂高は話題選びに失敗してしまったらしい。穂高の胃は余計に痛み始めた。


 「お前は千代から話を聞いていないのか? どうしてあの世界で生きているのかを」

 「いえ、聞いたことないです」

 「そうか……やはりあの組織は秘密事が大好きらしい」


 暗い過去を他人にベラベラと話すと不幸自慢のように聞こえることもあるかもしれないが、穂高自身自分の身の上話をすることは少ない。聞かれたら答えるが、わざわざ聞こうとしてくる人間もいない。何か気を遣われていると感じるだけで息苦しくなることもある。

 未だに敵でもないはずの洋を相手に若干怯えている穂高に対し、洋はコップに水を注ぎながら話し始めた。


 「十年前、俺の両親と千代は本部の揉め事に巻き込まれ、そして千代は両親を犠牲にして生き残った。まがい物になった千代は本部に引き取られ、残された俺は本部の人間の言うことに従って、向こうが決めた大学に進学し、決められた試験を受け、まるでそれが既定路線だったかのように警察学校を卒業すると大阪府警に配属された。これからもきっと、大阪での情報収集をさせられる身だ」


 それでは確かにツクヨミの駒と言っても差し支えないかもしれない、と穂高は洋を気の毒に思った。洋は家族が能力者、しかもツクヨミが関わる事件に巻き込まれたことによって能力者という化物の存在を知り、両親を失った。おそらく能力を発現せず、そして両親を殺したも同然のツクヨミへ加入することを嫌った洋は、渋々支部の人間として仕事をしているのだ。


 「……十年前に本部で何があったんですか?」 


 十年前となると穂高はまだ六歳、千代でも九歳だ。千代はツクヨミに入ってから長いという話は穂高も耳にしたことがあったが、小学三年生の頃に千代は両親を失い、奇跡の力を手に入れ、それからはツクヨミの世界で生きてきたことになる。

 洋はお好み焼きを一口頬張って、それを喉に通してから再び口を開いた。


 「当時の組織ではお家騒動が起きていたらしい。組織から逃げ出した能力者を捕まえるためにわざわざ大阪まで出向いてきて、その諍いに俺の両親と千代は巻き込まれ、両親は千代を庇って死んだ。だが千代は能力を手に入れた……自分だけは助かりたいと願ってな」


 革新協会という凶悪なテロ組織と出会ったことで能力者の世界へ足を踏み入れた穂高は、千代と洋の境遇にどう反応すれば良いかわからなかった。穂高には明確な敵が存在していた、しかし千代は半ば自分の両親を殺した組織に引き取られるという数奇な運命を辿っている。

 被害者である洋を労るべきか、しかし洋の「自分だけは助かりたいと願った」という物言いに穂高はムッとしていた。


 「……千代さんが生き残ったことは嬉しくなかったんですか?」


 能力者同士の戦いに巻き込まれたのならその場にいた全員が死んでいてもおかしくない。穂高も四月に能力を発現していなければ死んでいたはずだ。

 洋の両親が本当に千代を庇って死んだのか、その真偽はさておき、さも千代が両親を殺したかと言わんばかりに千代に八つ当たりするような理由が穂高には思い浮かばなかったのだ。

 洋は再びコップの水を飲み干すと口を開いた。


 「本部の連中は、あの気味の悪い力のことを奇跡の力だとほざく。もしそれが本当に奇跡なら、どうして千代は目の前で実の親が死ぬ前にその力を手に入れなかった? 所詮は自分の命を守りたいがための利己的な力だろう?」


 四月、穂高の里親だった叔父夫婦は穂高が食堂に駆けつける前に能力者に殺害されていた。そして実の両親を失った五年前、福岡では──思い返そうとした穂高はすぐにそれをやめ、洋に言い返す。

 

 「そんな言い方は無いじゃないですか、まだ九歳ぐらいの子どもに何をどうしろって言うんですか? 僕達だって元々普通の人間なんです、能力なんていう存在も知らないんですよ。

  それに、死にたくないと思うのは当たり前じゃないですか」

 「俺の両親は千代のために死んだ。親は子を守るために死ぬのは当たり前だってのか? ろくに愛されもせずに野垂れ死ぬ子どももいるのに、親を殺して生き残って、そして連中の仲間になって好き勝手やっているアイツのどこが奇跡だ?」


 千代はその事件の経緯を知っているのか、いや知らないはずがない。ツクヨミに入った当初ならまだしも、成長していく内に感づくはずだ。千代が仮にそれを知っているのなら、どんな感情で今を過ごしているのか。

 だが千代が意図的に両親を殺したわけではない。少なくとも穂高が知っている藤綱千代という人間は、自らの保身のためにツクヨミで生きているとは思えなかったのだ。


 「千代さんだけでも生き残ったことが奇跡でしょう。それに僕が知っている千代さんは、そんな自己中心的な人じゃありません」

 「奇跡? 戦闘の最中親が自分を庇って死に、ただ死にたくないと願うだけで奇跡が起きるのなら、どうしてこの一年近くもの間、数十万もの人間がただ一方的に殺されてきたんだ? どうしてそいつらには奇跡が起きなかった?」

 「何度も起こるのなら奇跡とは呼ばないでしょう」

 「じゃあ奇跡を手に入れた奴と手に入れられなかった奴の違いは何だ? 信心深い奴か? 普段から大金をはたいて見えもしない虚像に捧げ物でも貢いでいる奴か? 千代はそのどちらでもないだろう?」


 願えば叶う、という風に渡瀬達は言うがまず穂高達が持つような能力を知らない人間がそれを願うことは困難だ。しかし人々は危機から脱するために助けを求めたはずである。

 能力者は神に選ばれた人間か、そういうわけでもないだろう。少なくともツクヨミは、能力者がチヤホヤ崇め奉られるような世界を作ろうとはしていない。


 「願いの強さで変わるのなら、死んでいった人間に向かってお前には根性がなかったと偉そうに説教でもするつもりか? あの現場ではたまたま千代の願いがどこかの神様に届いたと? 四月に死んでいった人間達には根性がなかったと?」

 「どうしてそんなに自分の妹のことを貶すんですか」

 「俺はあの連中が大嫌いだからだよ。千代も含め、能力者全員がな」


 洋の立場からすれば、ツクヨミによって両親を殺されて、そして妹を連れて行かれたようなものだ。しかし洋がどれだけツクヨミに近づくのを嫌がっても、ツクヨミは自分達の存在を知っている人間を野放しには出来ない。そのため洋はツクヨミによって制限された、不自由な人生を過ごしているのだろう。


 「お前には兄弟がいるのか?」


 不機嫌そうな表情で洋が穂高に問う。千代を庇い続ける穂高のことを不思議に思ったのだろう。


 「妹がいました」


 います、ではない。


 「ならお前の妹はどうだった? 社会意識に乏しい能力者がまともな家族関係を──」


 その途端、穂高はテーブルを両手で強く叩いて立ち上がった。その衝撃はテーブルの上にコップが倒れて水が溢れる程で、穂高は憤怒の形相で叫んだ。


 「僕の妹は殺された!」


 ワナワナと体を震わせ、頭に血が昇っていることに気づいていたものの、穂高はもう止まることが出来なかった。


 「殺されたんだよ。六月に、十字会に」


 洋は憤然として穂高を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がった。穂高が思ったよりも洋は大柄でその体格に気圧されそうだったが、穂高も負けじと睨み返していた。

 そんな一触即発の二人を見て、希が慌てて二人の元へ駆け寄って止めに入る。


 「ちょ、ちょっと落ち着きや二人共!」


 しかし希の制止も聞かずに穂高は洋に言った。


 「十字会の連中に誘拐されて、犯されて、体を弄り回されて、そして土の中に埋められて捨てられたんだ。散々傷つけられた妹の亡骸だってこの目で見た。

  貴方は警察だから死体を見ることだってあるだろう? でもあんな死体を見たことがあるか? しかも自分の妹が、家族が……!」


 穂高が言葉を詰まらせると洋が口を開く。


 「お前は妹のために戦っていたのか?」

 「勿論」

 「じゃあ守れていないじゃないか。それのどこが奇跡なんだ?」


 穂高は何も言い返すことが出来なかった。能力者狩りとして三ヶ月も革新協会と戦っていた穂高は、結果的に何も守ることが出来ず、大切なものを失い続けていただけだった。

 それは穂高も十分自覚していたことだったしその事実が穂高を悩ませ続けていたが、ツクヨミに加入してからもそれは変わらない。いつ何を、誰を失うかわからないからだ。

 

 今、洋に向かって何か言い返そうとしたところで、それは今までの自分を棚に上げることになる。洋の言い分はわからないでもない、彼の立場は配慮されるべきだ。だが怒り心頭の穂高は、自分の怒りにブレーキをかけることが出来なかった。


 「……確かに僕は弱かった。でも、だからといって戦いを諦めることが償いになるとは思えない」

 「それも結局は独りよがりということだ。それにお前の妹と俺の妹は違う。お前の妹はお前に似て、さぞかし人のため社会のため世界のためと勘違いした自己顕示欲の強い──」

 「椛のことを謗るんじゃない!」


 椛を引き合いに出された穂高は我慢することが出来ずに、洋の胸ぐらを掴んで勢いよく引っ張り、そのまま激しい頭突きを喰らわせた。穂高の頭もそこまで丈夫ではなかったが、興奮冷めやらぬまま穂高は声を荒らげて話し続けた。


 「確かに椛と千代さんは違う、でも椛だって両親に庇われて生き残ったんだ。

  五年前、福岡で、燃え盛るアイランドタワーで僕の両親は椛を庇って焼け死んだ、僕の目の前で、絶対に生き残れと言って。でも僕は椛が父さんと母さんを殺したとは思わない、だってあの二人がそう願ったんだから、僕はその遺志を受け継いだんだ。

  五年前の福岡で、僕と椛は────」


 すると突然、穂高と洋は顔に冷水をかけられていた。穂高は驚いて洋の胸ぐらを離すと、テーブルの側に大阪支部長の瓦屋が立っていることにようやく気がついた。瓦屋は不機嫌そうな表情で、両手にはコップを持っていた。


 「ドンパチするなら出てけや、俺らがせっかく作った飯が不味くなるやろ」


 頭を冷やされ、ようやく我に返った穂高が店内を見渡すと、他の客は全員何事かと穂高達の方を見ていて、サキとミドリも厨房の方から覗き込んでいた。希はお盆を持ったままアワアワと慌てている様子だった。


 「希、勘定頼む」


 洋がそう言って出口の方へ向かうと、希は慌てて洋の方についていった。他の客達も穂高達から目を逸らすように各々の会話に戻り、店には再び平穏が訪れようとしていた。瓦屋も厨房へ帰っていくと穂高は体の力を抜いて席に座り、濡れた顔と髪をハンカチで拭いていた。


 「な、なぁ豚玉食ってく?」


 洋の会計を済ませて希が席に戻ってきたが、穂高は首を横に振った。


 「すいません、部屋に戻ります」


 穂高は店を後にして、上にある下宿先の部屋へと帰っていた。



 生活感のない無機質な部屋に上がると、穂高はリビングにも辿り着けずに廊下で壁にもたれかかって座り込んでいた。気分が悪いわけではなかったが、何故かドッと疲れが一気に押し寄せてきたようだった。

 そのまま自分の本能に身を任せて眠ろうかとも思っていた穂高だったが、玄関のドアのノック音に気づくと、そのまま希が部屋に入ってきた。廊下で壁にもたれかかってしゃがみ込む穂高の姿を見ると、希は慌てた様子で穂高の元に駆け寄った。


 「ななっ、だ、大丈夫なんか!? どっか具合悪いんか? お好み焼き作ったろっか?」

 「いや、疲れてるだけなので……」


 具合が悪そうな人間を見かけてお好み焼きを作ろうという発想は普通しないはずだ。そんなくだらないことを穂高が考えていると、希はいかにも恐る恐るという感じで、穂高の様子を伺いながら口を開いた。


 「な、なぁ。さっきの話ってほんまなん? そ、その……タカちゃんの妹とか、親御さんのこととか」


 穂高は黙って縦に頷いた。ツクヨミの面子は穂高の身の上をなんとなく知っているだろうが、穂高が直接説明したことはない。ある意味穂高が自分から口に出したのは今回が初めてだ、しかも支部の人間を相手に。


 「な、何か悩み事とかあったら話は聞くで? 何も助言は出来へんけど、ほら、吐き出すことで晴れるもんもあると思うから」


 自分を必死に励まそうとする希を見て、穂高は思わずフフッと笑っていた。先程激しい口論を交わした洋とは全然違う。この世界には穂高にとって嫌な人間も多くいる、しかし希のような人間が一人いるだけでも救われたような気分になる。


 「いや、今は良いですよ。ありがとうございます」


 次に洋に顔を合わせる時は、自分から謝れるぐらいの心構えでいなくてはならない。まず穂高が謝らないといけないのは、迷惑をかけてしまった瓦屋達だが。


 「その……タカちゃんって五年前の福岡戦争を生き残ったんやろ?」


 五年前に福岡で起きた出来事は、その一連の騒動を大きくひっくるめて東亜危機と呼んだり、一日だけの戦争ということで福岡戦争と呼んだりもするが、一般的には福岡事変と呼ばれている。


 「あれに本部が関わってるってほんまなん?」


 ツクヨミが加入する前まで、穂高は福岡事変には革新協会が関与しているのではないかと考えることもあった。だがそれでは五年という空白期間が謎だった。ツクヨミに加入してから段々と能力者の世界を知っていくと、福岡事変にはツクヨミが少なからず関わっているのでは、と時たま考えるようになった。いや、絶対に関わっているはずだ。

 あの事件を体験した穂高は、その真実を素人はしなかった。あの事件を思い返すことすらしない。もしかしたら自分も、千代と似たような境遇なのかもしれないと穂高は思っていた。


 「僕には、わかんないです」

 「も、もしもの話やで? もしも本部の人らが関わってたってなったら、やっぱタカちゃんも洋さんみたいになるん?」

 「いや……そんな悪い組織じゃないですよ」


 仮にツクヨミが福岡事変に関わっていたとしたら、一体福岡で何が起きていたのか、どうしてわざわざツクヨミが介入したのか、それを推理するには穂高の知識がまだまだ足りなかった。

 ツクヨミで福岡事変のことを話題に出すことは殆どない。織衣達はそもそもそれを話題に出さないし、同じく福岡事変を経験している昴も福岡での思い出話はするがあの事件についてはお互いに話さない。まるで、それについて話すのがタブーであるかのように。

 希が穂高の部屋から出ていっても、穂高は廊下の壁にもたれかかって項垂れていた。そして目を押さえて呟く。


 「……ごめん。ごめんよ、皆……」


 穂高の身の回りの人間が福岡事変について触れないのは優しさだったかもしれない。少なくとも今は、その真実を知らない方が幸せに生きていける。

 何よりも洋との口論の中で、あの日──両親が炎に包まれて焼け死んでいく情景、その記憶を思い出したことで、穂高はますますあの日のことを思い出すのが怖くなっていた。

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