5-34『雲泥の差』
「じゃあ今日はまず、穂高君の能力の発動時間を見極めようか」
引き続き十字会の拠点だった大きな倉庫の中、事務スペースから大量のポリタンクが並んだ広いスペースへ移動すると、渡瀬は手をパンパンと叩いていた。
「どうやって見極めるんですか?」
「ちょっと大変かもしれないけど、やってみてほしいことがあるんだ」
すると渡瀬は手の平にポンッと木製の砂時計を生み出して、その両端を親指と人差し指でつまんで穂高に見せた。
「この砂時計は、僕の能力の発動時間を教えてくれるメーターみたいなものだよ。この砂が全部落ちた頃が限界かな」
穂高はその砂時計の砂が落ちていく様子を見ていたが、確かに上から下に向かって砂は落ちていたものの、上の砂の量が全く減っていないし下へ全く積もってもいなかった。
「あの、減ってないんですけど」
「だから限界まで使ってみないとわかんないんだよね」
「……意味あります?」
「発動時間が長い人には向いていないけど、短めなら良いかなっていうぐらい。これ穂高君の能力で再現出来そう?」
穂高は砂時計を脳内でイメージして、光の剣を作り出す要領で砂時計を手の平に生み出そうとした。だが実際に出来上がったのは、本当に砂時計の形をしているのか全くわからない、やけにピカピカと光り輝く物体だった。それを見て穂高は凹み、渡瀬は優しく微笑んでいた。
「フフ、眩しくて見えない」
穂高は闇の能力でも試してみたが、やはり出来上がったのは黒く禍々しいダークマターのような物体だった。
「あまり精巧なものは作れないです。頑張れば作れますかね」
「うーん、やっぱり穂高君の能力だと時計の類は見えにくいかもね。だったら……」
渡瀬が両手をパンパンッと叩くと、渡瀬の隣に神々しい雰囲気を漂わせる、立派な黄金の鶴が現れた。全長は一メートル半はありそうで、その堂々とした佇まいに王の風格すら感じさせる立派なタンチョウヅルだ。本当にこの怪物の能力は何なんだと穂高は改めて考えさせられたが、渡瀬は涼しい顔をしたまま説明を続ける。
「こうやって動物を召喚して、その動物が薄れて消えていく時間で残り時間を知る方法もあるよ。織姫ちゃんとかは手から生み出せる蜘蛛の量で分かるみたいだけど。
穂高君は動物とか作れる? 鷹は好きなのかい?」
「いや、別にそんな好きってわけじゃないですね……」
穂高は鷹取という苗字のため、ホークだとかファルコンだとか鷹にちなんだあだ名をつけられたことがあるし、千代達にもタカと呼ばれているが穂高自身はあまり興味がなかった。
「じゃあ好きな動物でいいよ。何か作ってみて」
自分が好きな動物は簡単にパッと思い浮かんだため、穂高はそれを脳内でくっきりとイメージして光の能力で具現化しようと試みる。丸っこい顔、小さな耳、程よく太ってよく伸びる体、そして長い尻尾──。
「おぉ……」
穂高は自分で生み出した、真っ白に光るネコを腕に抱いて感動していた。それが上手く形になったこと、そして自分の能力でこんなものを作り出せることに感激すらしていた。
「凄いね、一発で形になるのは。闇の方でも作れそう?」
同じ様に穂高がネコをイメージすると、今度は黒いオーラを放つ黒猫を生み出すことが出来た。愛おしさでは黒猫エリーには負けるかもしれないが、光の方も闇の方も穂高好みのネコに仕上がった。
「能力って……こんなこと出来るんですね」
二匹のネコを両肩に乗っけながら穂高は言った。能力で生み出された二匹のネコはまるで本物の動物ように活動し、欠伸をしてゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「余程穂高君はネコが好きなんだね。どう? 疲れたりしない?」
「これぐらいなら大丈夫そうですね」
「なら良かった。あとはその二匹のネコを、能力の発動時間に応じて自然と消えていくようにするだけかな。最初でこれだけ形になるなら難しくないかもね」
「それってどうやって制御するんですか?」
「その二匹のネコの形を保つようにしていれば、容量に応じて実体が薄れていくはずだよ。でも能力は無意識だと消えてしまうからね、そのギリギリを攻める感じで」
容量の残量によってこのネコが消えていくのは残念なことだが、この二匹が同伴して戦ってくれるのなら頼もしいというか、単純に可愛い仲間が出来たようで穂高のモチベーションは不思議と上がっていた。
「でも、もうここには革新協会も十字会もいませんよね? 僕は何と戦うんですか」
「目の前にいるじゃないか」
渡瀬は穂高に微笑みながら言った。確かに渡瀬は同じ能力者の先輩として頼もしく、穂高が知らないことも色々知っているが、敵にするのは怖い相手だった。昨日どうしてか穂高が意識を失ったように、彼の能力を知ってもどんな作用をするのかよくわからないため気味が悪い。
「そうだね……じゃあ僕に指一つでも触れることが出来たら、千代の秘密を一つ教えてあげるよ」
「……千代さんにシバかれますよ?」
「大丈夫だよ、千代は僕以外の仲間には手を出さないから」
千代はすぐに渡瀬を殴ろうとするし(飯を奢れば大人しくなるらしいが)、渡瀬もヘラヘラした態度で千代に殴られちゃうねとかいつも言っているが、実際に千代が渡瀬に手を出した場面を穂高は見たことがなかった。もしもそんな場面を見てしまったらショックを受けてしまいそうだと穂高は不安に思っていた。
「じゃあ始めようか。今はまだ自分の最大出力とかはそこまで気にせずに戦っていいよ。あ、でも勿論本気でね」
穂高は光剣と黒剣を両手に生み出した。勿論肩に乗っけている二匹のネコの存在も忘れずに維持しながら。
能力者狩りだった頃の穂高も短期決戦を好んでいた。それは勿論疲労を抑えるためという理由もあったが、長い時間能力者と戦っているのが怖くもあったのだ。
能力者同士の戦いとなると、相手の能力がどんな類なのか見極めなければならない。例えば相手の能力が操作系のように派手だったなら見るだけでわかりやすいが、渡瀬のように一見すると何の特徴もない能力者だと見極めるのに時間がかかる。それに対して穂高の能力はかなり派手でどんな能力なのかバレやすいのだ。おかげで変装して容姿を隠しても能力を発動するだけで能力者狩りだとバレてしまう。
渡瀬の能力は『支配』。しかし結局何が出来るのか穂高はイメージに困っていた。渡瀬の説明を聞く限り、おそらくだが渡瀬は全ての能力を使える可能性がある。だが全ての能力とは何か、一体この世界に存在する能力の全てとはどこからどこまでなのか。
この世界には多くの能力が存在しているはずだ。能力者狩りだった穂高は様々な能力を持つ能力者と戦ってきた、しかしまだまだ穂高の知らない能力もあるはずである。料理の見た目をお好み焼きに変えてしまう能力者もいるのだから。
一太刀、さらにもう一太刀と穂高は絶え間なく渡瀬に攻撃を加え続けた。しかし穂高の攻撃が渡瀬に当たることはなかった。どんな光線を放っても渡瀬に着弾する前に屈折してあらぬ方向へ飛んでいったり、剣で斬りかかっても渡瀬は煙のように姿を消してしまう。まるで革新協会の統帥と戦っているようで気味が悪かった、彼らのような“守護者”と呼ばれる強力な能力者は平気で攻撃を躱してしまう。
「例えば」
黒剣で斬りかかったが当然のようにすり抜け、そして穂高の背後にスッと現れた渡瀬が言う。
「光というのも電磁波の一種で、穂高君のそれは可視光線というものだよ」
不意を突いて光線を背後へ撃っても、どれだけ光線を屈折させて追撃しようにも、まるで渡瀬は全てを予測しているかのようにヒラリと涼しい顔をして簡単に避けている。
「だから、実は穂高君の能力はX線とか電波も使えるかもしれないね」
穂高は再び渡瀬に斬りかかった──フリをしてすぐに後ろに引き一閃を放ったが、渡瀬に当たる直前でその光すら消されてしまった。渡瀬はニコニコと微笑みながら、穂高の次の一手を待っているようだった。
「……試しはしましたが、確かめようがなくて諦めました」
穂高も穂高なりに自分の能力で何が出来るのかを研究していたため、自分の能力なら他の電磁波も出せるのではと考えたこともあるが、イメージしようにも見えないものをイメージすることは穂高には難しかった。そのため穂高の『光』の能力は穂高の目で見てもわかりやすいように派手なものへとなっていったのだ。
「それは残念。それと、ネコを見てみたら?」
「え」
穂高はハッとして自分の肩に乗っていたはずのネコの姿を確かめた。ネコの姿はない。渡瀬は腕時計を確認して口を開く。
「今で十分ちょっとぐらいかな。今のは穂高君の容量が限界を迎えたのか、ネコを保とうとする集中力が途切れたのか、どっちだろうね」
「わ、わからないです……」
「それをわかるようにするのが修行だよ。戦いながらネコから気を逸らさないようにしようか」
その後も渡瀬と何度も全力で対戦したが、穂高は渡瀬に一度も攻撃を当てられないまま疲労が溜まりつつあった。五分や十分程度で穂高の集中力は途切れ、気づくと電源が切れたようにネコはフッと消えてしまっていた。訓練すれば能力の発動時間に応じて段々と消えていくらしいが、その段階までまだまだ遠いらしい。
何度も渡瀬と戦いながら、穂高は彼の能力について必死に考えた。支配系は一定の空間内で作用する能力だ、その空間から逃れさえすれば相手が定めたルールに左右されなくなる。渡瀬の『支配』という能力は全ての能力の上位互換だと言っていた。あくまでそれは渡瀬が指定した空間の中だけでの話だし、穂高への説明は何かのハッタリかもしれない。
渡瀬は自分の能力の正体を隠している。強力なものであるのは確かだ、以前ツバキやオスカルに入れた一撃の威力を考えれば。しかし渡瀬が説明するように便利な能力とは思えない。全ての能力の上位互換ではある、しかしそんな能力を使おうとすれば制御が困難になるはずだ。渡瀬が説明していたように、ある程度制限をかけなければ自分の容量を超えて能力を使うことになり暴走に陥ってしまう。
一体渡瀬には何が出来て何が出来ないのか、彼の引き出しを探るにはこのままではダメだ。渡瀬の意表を突くような攻撃が、渡瀬にも想像がつかないような手が必要だ。穂高が渡瀬にまだ見せていない力が──。
「紋章共鳴──」
穂高は渡瀬の前で一度紋章共鳴を使用したことがある。七月、花咲病から戻った穂高はすぐに紋章共鳴を発動したらしいが穂高の記憶にはない。しかし、あの時の穂高が使った紋章共鳴は『月光』だ。
穂高も自分が紋章共鳴というものを上手く使えていないことは知っている、だが穂高はもう一つ紋章共鳴を持っていた。
光の能力を解除し、闇の能力で生み出した黒剣を床に突き刺す。黒剣から生み出された闇が穂高の体を包んでいく。穂高はそれに抗わず、その黒剣からガスのように溢れ出る黒い霧に体を預けた。
『そう、そのまま体の力を抜いて』
穂高の頭に誰かの声が響いてくる。きっとあの嫌でも穂高に構ってくる柔道女だろう。
『自分に正直になって、穂高君』
普段の穂高は、闇の能力を発動する時は必ず光の能力も発動していた。闇の能力のみを発動しているという状況は必ず避けるようにしていたのだ。自分が自分でなくなるような感覚、いいや──本当の自分が出てきてしまいそうな感覚に陥ってしまうからだった。
「“新月”」
月光とは違い、この倉庫が闇に包まれることはない。光の能力を発動していない穂高の体は光りもせず、完全に闇に取り込まれてゆく。その闇は穂高の体を崩壊させていき、実体を失った物質へと変化させ──が、穂高は左腕を掴まれた。
「久々に、能力者狩りを見ることが出来た気がするよ」
渡瀬は今の穂高を見てもニコニコと微笑んだまま、黒ずんだ穂高の左腕を掴んでいた。
「七月、詠一郎さんは穂高君の余命を一ヶ月と言っていたよ。まぁその予想は外れて半年近く穂高君は生きているけど、確かに穂高君の──」
左腕を掴まれていた穂高は、渡瀬の顔を見ながら黙って静止していた。しかし突然、穂高は渡瀬の話を遮って右手に持っていた黒剣を大きく振りかぶった。
が、その攻撃も渡瀬に止められてしまう、渡瀬は左手、しかも人差し指だけでその攻撃を受け止めていた。刃との接触部分からは血が流れ出ている。
「先輩が話している時は攻撃しちゃいけないって教わらなかったのかい?」
渡瀬は笑顔でそう語るが、その語気からはいつもの優しさを感じ取れなかった。穂高は能力を解除してから、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「先輩が話している時に攻撃したのは、今日が初めてなので」
「そう、今度からは気をつけるんだよ」
どっと体に疲れが押し寄せてきた穂高は、近くに置かれていたポリタンクの上に腰掛けていた。やはり無闇矢鱈に紋章共鳴は使うものではない、しかも味方を相手に。だがそんな手段を使ってでも穂高は渡瀬の能力を知りたかったのだ。
今のは渡瀬の意表を突けたのか。渡瀬は避けはしなかったものの穂高の攻撃をほぼほぼ無効化した。ただ、初めて渡瀬が血を流したのだ。
「どう? 僕の能力のカラクリはわかりそう?」
「……近づけたとは思います」
「そう。僕はようやく穂高君の能力のカラクリが解けたような気がするよ」
これで穂高は渡瀬に自分の手札をフルオープンしたようなものだ。少しは渡瀬を驚かせられると考えていた穂高だったが、渡瀬はまるでそれすらも想定していたかのように冷静に動いていた。
穂高も能力者狩りとして様々な能力者と戦ってきたが、渡瀬にもそんな過去があったのかと思う程戦闘での勘に優れている。まるで未来予知能力でも持っていそうだが、例え渡瀬がそんな能力を持っていたとしてもそれはあくまで能力の一部分のはずだ。穂高はまだ渡瀬の能力のカラクリに気づけなかった。
「ただ、穂高君は僕に攻撃を当てることが出来た」
少しだけ切り傷が出来た人差し指を渡瀬は穂高に見せていた。
「あ、すいません……」
「ううん、僕の反応が遅れただけだよ。約束通り千代の秘密を教えてあげるよ。いい塩梅のを考えておくから、楽しみにしてて」
「あ、本当に教えてくれるんですね」
どうして渡瀬が攻撃を受けたのに千代の秘密がバラされることになるのか、穂高には全く意味がわからなかったが、渡瀬なら良いネタをくれそうだと少し心が踊っていた。
これで今日の修行はお開きとなり、また明日の朝穂高を呼び出すというので、穂高は渡瀬と別れて大阪支部のお好み焼き屋あおさぎへと戻っていた。




