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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-32『水族館≠市場』



 希にどんな場所に連れて行かれてるのかと戦々恐々としていた穂高だったが、大阪の名所である世界最大級の水族館、海遊館に連れて来られていた。元々水族館や動物園が好きだった穂高にとっては心安らぐスポットだったが、隣で「あれは切り身でも千円ぐらいやな」とか「あのエビさんは一万くだらないで」とか言うのはやめてほしいと思いながら、複雑な感情で水槽を眺めていた。


 「なんかたこ焼き食いたくなってきたわ」


 海遊館を出て開口一番がそれだ。おそらく希はベジタリアンやヴィーガンとは相容れないだろうと穂高は諦めることにした。


 「美味しいたこ焼き屋さんってどこですか?」

 「自分で作るのが一番やで、お手頃やし」

 「じゃあ、やっぱり大阪の人は一家に一台たこ焼き器を持ってるんですか?」

 「他の人ん家は知らんけど、ウチにはあるで」


 一応福岡も大阪と同じ西日本という括りには入るが、やはり全然文化圏が違うように思えた。自分達を大阪人と名乗る分、最早別の国のようだ。


 「どうや、関東の方にある水族館よりも凄かったやろ? あの有名なあれや、あの……あれやねん」

 「どれですか。新江ノ島水族館とか?」

 「そうそれや! やっぱ本場は違うやろ」

 「本場……?」


 穂高は関東にある様々な水族館を訪れたことがあるが、どれも甲乙つけがたいぐらいの良さを持っている。しかし、ここに来てよかったと思えるのは嬉しいことだった。


 「本当はそこの観覧車にも乗りたいけど、そろそろ時間やな。二時ぐらいに迎えに来るってツールさんは言ってはったで」

 「迎えに来るって、どこに迎えに来るんですか?」


 希はうーんと考えて、そして口を開いた。


 「そういや知らんわ。どこなんやろうな」

 「知らないんですか!?」

 「お、えぇツッコミやで」

 「で、本当に知らないんですか?」

 「うん」


 ボケではなく本当に希は知らないようだ。時計を見るともう二時になってしまう。携帯を見ても渡瀬から連絡も来ていない。が、そんな心配は杞憂に終わることになる。


 「お、噂をすれば来はったで」


 希が指差した方向、近くのカフェからたこ焼きが入ったパックを持った渡瀬が笑顔で歩いてきていた。相変わらず黒いスーツ姿で、ブラウンのコートを羽織っていた。


 「やぁ希ちゃん。デートはどうだった?」

 「デートだなんて上手いこと言いはりますなぁ、遠い親戚の子を連れ歩いてる気分やで」

 「だってさ穂高君」

 「いや、だから何ですか」


 隣で「ヒトデも食えるんやで」とか「サバをさばくって上手い言葉よな」とか言い続けられるとロマンスのへったくれもなかったが、確かに穂高も従姉のような親戚のお姉さんに連れられている気分ではあった。


 「ところでたこ焼き食べるかい? 一個だけわさびが入ってるんだって」

 「どうしてそんなデンジャラスなものを買ってきたんですか」

 「じゃあトップバッターはタカちゃんやな」

 「僕が!? まぁ良いですけど」


 穂高は右手前のたこ焼きに爪楊枝を刺して口に入れた。


 「ほあっあっふ!」

 「出来立てだからね」


 思わず口の中を火傷しそうな程だったが、ようやくその味を感じることが出来たところで、中に入っていた劇物が穂高の口の中で爆発を起こしたかのように炸裂する。


 「んああああああああああああああっ!?」


 鼻腔を吹き抜けてゆくわさびの風味により穂高は激しくむせながら叫んだ。それを隣で見ていた希は手を叩いて大笑いしていた。


 「引き運は大阪人に負けてないでタカちゃん、ちゅーわけでウチは美味しくいただくで」


 だが希もたこ焼きを口に入れた途端、青ざめた表情になった。


 「ぬおおおおおおおおおおんっ!? これもわさび入っとるやんけ!」

 「あれ、二つ入ってたのかな? 流石の引きだねグフゥッ」


 希に続いてたこ焼きを口に入れた渡瀬も笑顔は崩さなかったが珍しくダメージを負っていた。どうやら六個入りのたこ焼きの半分がハズレだったようだ。運が良いのか悪いのか、残りの三つは普通のたこ焼きだったようで美味しく食べることは出来たが、わさびの風味は中々口と鼻から抜けなかった。



 海遊館で希と別れると、穂高は渡瀬に連れられて三十分程臨港地区を歩き、大阪港の南方にある埠頭に到着していた。周囲には物流会社の大きな倉庫が並んでおり、道路にはトレーラーやコンテナトラックが停められている。

 とある運送会社の倉庫らしい建物の金属製の大きな扉を開けて中に入ると、倉庫内には青色のポリタンクが山積みにされていて、隅の方に置かれた棚には段ボール箱が陳列されていた。どうやら何かの薬品が備蓄されているようだ。


 「ここは革新協会の拠点ですか?」

 「ううん、十字会の拠点だよ。予め僕が先に制圧しておいたんだ」

 「……僕の修行は?」

 「いやいや、これぐらいは穂高君にとって造作もないと思ったからね」


 革新協会や十字会が使用している拠点は、情報交換のためにマンションや雑居ビルのテナントにカモフラージュされていたり、商品の取引のために港や倉庫等に置かれていることが多い。あからさまに怪しい場所にあることは珍しいが、例えわかっていたとしてもわざわざ襲撃するような輩はいないはずだ。


 「大阪とか神戸にも、こういう場所がいくつかあるみたいなんだ。東京の方は武器とか麻薬が置かれていることが多いんだけど、ここら辺はどういうわけか化学物質とか薬品が多いんだよね」

 「何かの実験に使う、とか?」

 「そうかもしれないね。薬品は劇物が置かれているわけじゃないけど、でも医薬品とかじゃなくてどちらかというと研究機関とかで使うことが多いものばかりだね。僕はあまり詳しくないから使い道はわからないけど」


 棚に並べられている小箱を見ても見慣れない名前の薬品ばかりだ。日本語のラベルが貼られているものもあるが、中には中国語や英語等海外製の製品もあるようで、おそらく正規の手段で手に入れたものではないだろう。


 「じゃあ、やっぱり大阪にプラントがあるかもしれないということですか?」

 「さあね。ただ最近の革新協会の活動が大人しいのを見るとまた何か大きな事を企てているのかなって思うけれど、だとしたら十字会の動きは何か腑に落ちないんだよね。あまりお互いに同調しているように見えないから」


 革新協会が十字会と協力して四月デストラクションのような大規模なテロを引き起こすため準備をしていると考えるのなら、最近の大人しさには納得がいかないこともない。しかしもしそうだとしたら、ジャンの来日はもっと遅くても良かったはずだ。ツクヨミの本拠地がある日本で狙われることもなければ、オスカル・ヴェントゥーラが殺されることもなかったからだ。

 だが十字会はオスカルの死に対して何ら報復の姿勢を見せない、まるでオスカルの犠牲なんてどうでもよかったかのように。


 「もしかしたら──」


 穂高はジャンとの話を思い出す。あの時、ジャンは穂高に取引を持ちかけた。それがお互いの利になれば、それは立派なビジネスパートナーだと言っていた。


 「ジャンは、革新協会のことを単なるビジネスパートナーとしか思っていないとか?」


 ジャンにとってのオスカルの存在もそうなりかねない。元々あの二人はエヴァを巡って戦ったこともある。あくまでジャンにとって、オスカルはただ都合が良い存在だった可能性もある。捨てるには惜しい能力者だったが。


 「まぁ、同盟っていうのはお互いに利害が一致して成り立つものだからね。もしかしたら革新協会と十字会の最終的な目標は違うものなのかもしれない。確か、ジャンは自分の帝国を作り上げたいって言ってたんだっけ?」

 「世界を一つにする、と」

 「随分と突飛な夢だね。まさかゴッドファーザーから世界政府の野望を聞かされるとは思わなかったよ。ま、ここ最近の世界情勢の混乱ぶりを見ると、あながち夢じゃないような気もするよ」


 五年前の福岡事変により、世界は大きな変革を強いられた。去年はイラン内戦が停戦し、世界政府構想を唱えていた急進派のフランス大統領が暗殺されるなど、あの事件を分岐点に世界情勢は非常に不安定になっている。さらに四月デストラクションによる影響も甚だしいものだ。


 「どう? 穂高君はジャンの野望をどんな風に考える?」

 「……僕に政治はわかりません」

 「率直な感想でいいからさ」

 「面白いとは思いますけど、ジャンが言うことじゃないと思います」


 ジャンが唱える世界の統一は、強き者が弱き者を支配するという弱肉強食の世界を作り上げるためだ。それはあくまで、今のジャンが強者側にいるからこそ唱えられる戯言だ。穂高が思うに、ジャンの夢は自分がこの世界の全てを支配するという、まるで魔王の野望そのものであった。


 「フフ、僕も同感だね。でもジャンは本気でやろうとしているのかもしれない。最近のジャンは、どうやら西日本をグルグルと旅しているみたいだからね。多分ただの観光じゃなくて、この日本の全てを知ろうとしているんだよ」

 「何のために?」

 「日本を支配したいからじゃないかな」


 何故かニコニコと微笑んだまま話す渡瀬を見て、穂高はますます渡瀬のことが怖くなっていた。


 「ジャンは子どもの時からヨーロッパ中を旅していたんだよ。まずは十字会の勢力下にある街を回って、現地の人を知り文化を知り、支配するために必要な術を考える。勿論十字会はヨーロッパでも凶悪な犯罪組織として知られているけど、十字会のおかげで生活出来ているっていう街もあるんだよ。ジャンはそこら辺の人心掌握術に長けているというか、その土地じゃなくて人を支配する方法を知っている」


 十字会は麻薬や武器の取引、人身売買など違法な商いを生業としているが、スポンサーのように十字会を影から支える富豪も数多く存在する。勿論十字会の敵は数多く存在するが、彼らには味方も多かった。


 「十字会が中南米の麻薬組織と激しい抗争を繰り広げていた時も、ジャンはわざわざ現地に赴いて各地を旅をしていたんだよ。現地の組織に狙われる可能性もあったのに、どうすれば上手く支配できるかを考えるためにね。現に、中南米の大方の麻薬組織は十字会に屈服したか壊滅したからね」

 「じゃあ、日本もいずれそうなるかもしれないと?」

 「そうかもしれないね」

 「でも、どうしてわざわざ日本を選ぶんです?」

 「僕達がいるからだよ」


 五年前の福岡事変、さらに四月デストラクションにより世界経済は勿論、日本経済も大打撃を受けていた。マフィアと言えばやはりアメリカや香港など、日本よりも旨味がありそうな土地は他にもあるのに、ジャンはわざわざ足がかりとして日本を選んだ。勿論それは福岡事変と四月デストラクションの混乱から抜けきれない日本に付け入る隙があったからだが、ジャンの野望に必要な力──奇跡の力を持つツクヨミの存在もある。


 「ジャンは僕達……じゃなくて、僕達が持っている力が欲しいんだよ。革新協会のことを探っているのも、世界を支配するための便利な力について研究したいからじゃないかな。だからジャンは日本中を巡ってそれを研究しようとしてる。大した勉強家だと思うよ」


 穂高が知る限り、十字会は改造人間フラワーの原料となる人間を、革新協会は武器を取引している。革新協会はフラワーを生産して彼らを十字会の護衛に充てることも出来るし、十字会は武器も戦力も手に入れることが出来る。他にも様々な商品を取引しているようだが、リーナに聞いても彼女は十字会のことを嫌っているため関わっていないと言って穂高に大して情報を与えない。十字会からすれば能力についての情報を得る良い機会かもしれないが、革新協会が人攫いのためにわざわざ十字会を頼る必要は無いように思えた。


 「……彼を知り、己を知れば百戦殆うからずということですか?」

 「フフ、ジャンが孫子を知っているかはわからないけど、それは僕達の戦いにおいても必要なことだよ。それを穂高君達に教えるのが僕の仕事でもあるからね。

  十字会は面白い組織だよ、少なくとも僕達よりはよっぽど組織化されているんじゃないかな」


 一応ツクヨミも一つの組織ではあるが、ボスと幹部がいるだけで明確な役職は存在しないし、そもそも本部に在籍している人員が少なすぎるのだ。穂高はまだ高校生組も含めて十三人としか出会ったことがないが、他にあと六人しかいないというのだから本当にまともに運営できているのか不思議なぐらいだ。

 総勢二十人程度の一組織が、総数十数万もの構成員を要する巨大なマフィアに立ち向かえるか。だが穂高は隣に笑顔で佇む渡瀬を見て、この人なら一人でどうにか出来るんじゃないかと改めて恐れていた。


 

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