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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-31『お好み焼き大好き』



 ──弱気にならないで。


 ぼやけた視界の向こうに、見覚えのある少女の姿があった。


 ──私達は絶対に辿り着かないといけないの。


 この場所がどこなのか、自分がどういう状況にあるのかもわからないまま、穂高は少女に腕を引っ張られた。


 ──この世界が消えてしまう前に……。



 ---

 --

 -



 気味の悪い夢を見た。慌てて飛び起きると頭が嫌に重く、自分がうなされていたはずの夢の内容はすぐに吹き飛んでしまった。布団も服も汗でビショビショで、穂高はベッドから立ち上がった。

 知らない部屋だ。どうやらマンションの一室のようで、生活感が無く雑貨も置かれていない簡素な部屋には、穂高が寝ていたベッドとテーブル、そして穂高が大阪に持ってきた荷物が置かれているだけだった。どうやらここはツクヨミの大阪支部であるお好み焼き屋「あおさぎ」が入居しているマンションの一室らしい。

 穂高は自分の記憶を辿って、そういえば大阪城公園で渡瀬と戦ったのだと思い出していた。いや、穂高は渡瀬と戦ったことは覚えていないが、まぁ記憶を失って寝かされていたということはそれ程ボコボコにやられ、きっと渡瀬にコテンパンにやられる悪夢でも見ていたのだと穂高は考えていた。


 穂高が部屋を出ると廊下に出た。どうやら1LDKの間取りらしいが、穂高は少しふらついてしまい壁にもたれかかって、そのまま廊下に座り込んでいた。

 穂高の意識はまだはっきりとしておらず、今も夢現、夢の世界にいるような気分だった。穂高は自分が見た夢を必死に思い出そうとしていたが、思い出そうとすればするほど、それは穂高の記憶の中から薄れていった。


 「大丈夫か?」

 「おわわわぁっ!?」


 突然声をかけられた穂高は、驚いてのけぞってしまっていた。


 「いや、そんな怖がらんくても」


 穂高に声をかけてきたのは、黒い髪に紫色のメッシュを入れたセミロングの少女だった。黒いセーターの上に黄色いエプロンを着けていて、年は同世代ぐらいに思えた。一瞬革新協会や十字会の刺客かとも考えたが、彼女がそんな人間には見えなかったため穂高は心を落ち着かせて口を開いた。


 「だ、誰ですか?」

 「ツールさんから聞いとらんの?」

 「ツール……あ、渡瀬さんのことですか。いえ何も聞いてないんですけど、どちら様ですか」


 穂高の大阪での下宿先はこの支部だとは聞かされていたが、ミドリやサキ、瓦屋以外の面子は知らされていなかった。少女は穂高が起き上がると、コホンと言ってから口を開いた。


 「ウチは釣鐘(つりがね)(のぞみ)や。希望の『希』の方な。ピッチピチの十八歳やからよろしゅーな」

 「高校生ですか?」

 「せやで、自分も高校生やろ?」

 「僕もピチピチの十六歳ですね。あ、名前は鷹取穂高です」

 「ウチはここの下に住んどるんやけど、君の世話をすることになったんや」

 「あ、よろしくお願いします」


 穂高はツクヨミに入ってから、年上の女性と言えば千代や華、そして牡丹という穂高にはあまり優しくない面子としか付き合っていないため、こうしてフレンドリーで親しみそうな人物と出会えて穂高は安心していた。


 ダイニングに通されると希が朝食を作ってくれることになったため、キッチンで希がオーブンで食パンを焼いたりフライパンでベーコンエッグを作っているのをチラッと見ながら穂高はテレビ番組を眺めていた。クリスマスが終わり、テレビはもう年末に向けた特番も組まれていが、その多くは四月から日本で発生した数々の事件を振り返るという代わり映えしない内容だったため、穂高はバラエティ色強めの番組にチャンネルを変えていた。

 

 「出来たで!」


 穂高に用意された朝食は、ソースとマヨネーズ、そして青のりと鰹節がかけられた美味しそうなお好み焼きだった。先程希が食パンやベーコンエッグを作っていたのを穂高は確かに確認していたが、そのどちらも目の前に存在しない。


 「ごめんな……ウチ、何を作ろうとしてもお好み焼きになってしまうんや……」

 「ど、どういうことですか?」

 「ウチは食パンを焼いて、んでベーコンエッグとサラダを用意しているつもりなんやけどな……」


 一体どういう意味なのか、穂高は困惑しながらもお好み焼きに口をつけた。


 「こ、これはベーコンの味……!?」


 穂高が見る限り、お好み焼きの上にも下にもベーコンエッグは存在しない。しかしキャベツやソースの味は一切無く、胡椒が程よくきいたベーコンとほんのり甘い卵の味がした。


 「ウチな、何を作ろうとしても完成するとお好み焼きの見た目になってまうんよ。多分こっちの方食べるとサラダの味がすると思うで」

 「本当だ!? なんでトマトの味が!?」

 「これがウチの能力、“お好み焼きLOVER”や」

 「これが!?」


 ツクヨミの本部の能力者が支部のスタッフと交流することは、任務を支援するオペレーターを除けば殆ど無いし、穂高もオペレーターの声は何度も聞いたことはあるが顔は知らない。しかし副メイドや渡瀬達から聞く所によると、他の能力者と戦える程強力ではない、もしくは何に使えるのか用途がわからない能力を持つ能力者が支部に配属され、主に事務方として働くという。穂高は目の前のお好み焼き風ベーコンエッグ&サラダ&トーストを食べながら、どうしてこんなことになってしまったのかと思っていた。


 「その能力、大分不便じゃないですか? だってご飯と味噌汁を用意してもお好み焼きになるんですよね?」

 「せやで。綿あめとかかき氷すらお好み焼きになるんや。でもどの部分がどんな味なのかは見てわかるようになったよ。ほら、そこの端の方はパンの耳やで」

 「本当だ……頭が混乱しそうです……」


 見た目も、さらに食感もお好み焼きのはずなのに、穂高はトーストとベーコンエッグとサラダという洋風の朝食を食べていた。



 「ウチ、あまり能力者って見たことがないんよ。君の能力見せてもらってもええんかな?」

 「別に良いと思いますよ」

 「ほんま!? じゃあ……」


 すると希は席を立ってキッチンの方に向かい、スプーンを握りしめて戻ってきて嬉々とした表情で口を開いた。


 「これ曲げられるん!?」


 穂高はスプーンを受け取ったはいいものの、これの曲げ方は知らない。どうやら希にとって能力者は、テレビ等でよく見るような超能力者のイメージらしい。穂高はサイコキネシスやテレポートのような超能力は持っていないし、勿論スプーンを曲げようと思ったことはあっても成功したことはない。『力』の能力を持つ詠一郎なら簡単に出来そうだが、穂高が持っている能力では再現できそうになかった。


 「いや、僕の能力はですね……」


 穂高はスプーンをテーブルに置くと、人差し指をテレビの方に向けた。人差し指の先から光線を放つと、テレビの電源がプツッと落ちた。


 「後はこんな感じで」


 穂高が人差し指を天井の照明に向けると、照明がひとりでにチカチカと点滅を始めた。それらは赤や青、黄色や緑など様々な色に変わりながらネオンのように光っていた。


 「す、すげー!?」


 そんな光景を目の当たりにした希は、口を大きく開けて驚きながらも幼子のようにはしゃいでいた。まぁ彼女らに比べると本部の能力者が使う能力はどれも派手なものだろう。どんな料理を作っても見た目がお好み焼きになるという能力も大概おかしいが。


 「何なんこれ? ビームとか撃つ能力なん?」

 「光全般はまぁ使えますよ」

 「じゃあ目からビームとか出来るん!?」

 「出来ますよ、ふんっ!」


 穂高が目からビームを放つと、希はさらにキャッキャと喜んでいた。


 「すげー! これがほんまの眼光やんけ!」


 まさかこんなに喜んでもらえるとは思っていなかった穂高は、嫌な目覚めで悪い一日のスタートだったのにも関わらず気分が良くなっていた。


 お好み焼き風朝食を食べ終えると、希はホットココアを用意してくれていた。どうやら飲料はお好み焼きにならないらしい。もしも未来がお好み焼きを飲料と捉えていたらコーラがお好み焼きになっていた可能性もある。


 「洗濯もんとかは脱衣場に放っててええよ、ウチが洗濯して干しとくさかい。朝は瓦屋さん達もおらんからウチが作るし。昼と夜は店で食わしてもらいーな」

 「ありがとうございます、お世話になります」

 「ええよええよ、ウチはもう受験とか無いから暇なんや」

 「推薦とかですか?」

 「いやいや、あおさぎに就職や。ウチは昔から手伝っとるからすっかりベテランやで」


 確かに希の能力“お好み焼きLOVER”があれば多少形が崩れてしまっても、綺麗な形のお好み焼きに見せることが出来るだろう。彼女の能力が有効的に使われるのはその時ぐらいだ。


 「ウチは勉強はすっかりやから、瓦屋さん達を頼れるんは助かったなぁ。君は勉強出来る方?」

 「まあまあですけど」

 「ほーん、じゃあ問題や。大阪城を作ったんは誰や?」

 「豊臣秀吉?」

 「ぶっぶー、ちゃうで。優勝三十二回を誇る昭和の大横綱や!」


 大阪城を作ったのは絶対に力士ではないはずだが、希が言っている人物が誰なのか穂高にはピンとこなかった。考え込む穂高の胸を希はバシンと軽く叩いて威勢よくツッコんだ。


 「って、それは太閤はんやなくて大鵬やないかってツッコむところやろーが!」

 「知りません!」

 「そんなんやと大阪で生きられへんなぁ、コンビを組むのはまだまだ早いのぉ!」


 穂高は希とコンビを組もうという意思は一切無いし、自分にギャグセンスが無いことは自覚している。


 「ちゅーわけで暇やったらなんば花月にでも行こうや。年末やからえぇ人集まっとるで。やっぱお笑いっちゅうもんは体で感じて学ぶもんやで」

 「僕は旅行じゃなくて修行のために来てるんです!」

 「お笑いの修行ちゃうの?」

 「違いまぁす!」


 本場のお笑いを見たいという気持ちも穂高にはあったが、決して大阪に遊びに来たわけではない。旅行気分は大阪城を見ただけで割と満足している。


 「いやいや、ツールさんから話は聞いとるで。今日の午前中は休みで午後から修行やって。ちゅーわけでピチピチのおねーさんと遊びに行こーやないか」


 穂高に肩を組む希の笑顔を見て、穂高は大阪人によるしごきの恐怖を感じていた。



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