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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第一章『機械仕掛けの子鬼』

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1-6『蜘蛛の呪いは怖いなぁ……』



 浅はかな行動だと反省していた。

 右肩に刺さったナイフを抜いて、彼は人気のない公園のベンチに寝転がった。またパラパラと振り始めた雨粒が傷口に染みる。ビショビショにに濡れた上着は不快感そのもの、血の匂いは体に染み付いてしまっているようだ。本当は傘を持っていたのだが、どこかに置き忘れてしまっていた。


 「どうかされたんですかー?」


 仰向けで寝ていた彼の視界に、金髪碧眼で両手に白い手袋をはめ、白いセーラー服を着た華奢な少女が彼を覗き込むように顔を出した。青い傘の背景が、その金色の髪の艶やかさを強調させる。

 視界がぼやけていてもその目立つ容姿から誰なのかすぐにわかったが、未だに目の焦点が合わない上に頭痛が酷い。首や腰、脇腹も骨が折れているのかと思うほどに痛むのだ。


 「……何か用?」


 気だるそうに彼は少女に言う。少女は笑顔を浮かべて、彼の耳元で囁いた。


 「もー、また頑張ってきちゃったんですからー」


 少女が彼の右肩に手をかざすと、少女の右目に青い光が灯ると同時に、みるみるうちに右肩の傷口は塞がっていった。打撲痛で悲鳴を上げていた彼の体も治療されていく。

 治療が終わると、少女は傘を持ちながら彼が横たわるベンチの側でクルクルと踊っていた。スカートがひらひらと風になびく。


 「それでそれで~一体何があったんですかー? 怪我をするなんて珍しいですねぇ私以外の相手に~」


 いつもの口調だ。最早その声を耳に入れることが日常だとも思えてしまう。


 「ちょっとだけ、好奇心が勝っちゃったかな」


 だが後悔はしていない。十分に有益な情報だったと彼は考える。こちらは何も失っていないのだから。


 「ほうほう~いつも冷静冷酷な穂高君が好奇心で行動するなんてさらに珍しいですねぇ。

  それでそれで~私は何があったのか聞いたつもりなんですけどー?」


 雨空を見上げる少年、鷹取穂高の顔に、少女は屈んで顔を近づけてくる。少女の金色の髪が顔にかかってこそばゆいが、柑橘系の良い香りが漂っていた。


 「前に君が言っていた、例の組織の人を見たんだ」

 「その人を殺そうとしたら返り討ちにあったというわけですかー?」

 「いいや、少し話を聞いただけだよ。あの人達の本拠地みたいな施設に入ってみたんだけど、案の定バレちゃってさ。

  本当に、ツクヨミっていう組織は存在するみたいだね」


 右肩に刺さっていたナイフを少女に見せながら穂高は言った。雨に濡れているが、穂高の赤い血はまだ落ちていなかった。少女は穂高が投げたナイフをパシッと取ってそれを観察する。


 「へぇー市販のナイフじゃないですねぇグリップの握り心地が違います……スローイングナイフと言っても少し感覚が違いますから~多分特注なんでしょうねー」


 少女はナイフについていた穂高の血をペロッと舌で舐め取った。その後、ナイフをクルクルと手で回すと、空を飛んでいたハトに向かってぶん投げて、見事命中させていた。酷いことをすると穂高は思うが、今更彼女にああだこうだと文句を言う気にもなれない。


 「まさか勧誘されるとは思わなかったよ。試されていたのかもしれないけど」

 「そりゃー穂高君は即戦力ですから~ゼロから育てるだなんて普通は不可能ですしおすしー」


 アハハ~と能天気に笑いながら少女は傘を持ってクルクルと踊っていた。今日はいつにも増して何だか機嫌が良いらしい。


 「話は変わりますけど~穂高君は最近色んな所にちょっかいを出してるじゃないですか~十字会とか十字会とか十字会とか~」

 「何か都合悪い? チンピラなんてどこからでも湧いてくるでしょ」

 「うーんモノホンのマフィアをチンピラと呼ぶ人はそういないと思うんですがねぇ。

  でもでも~『フラワー』を作るにはあの人達の力がどうしても必要なんですよ~」


 『フラワー』という彼らが使う隠語もすっかり聞き慣れてしまった。実際に穂高は正規品としか出会ったことはないが、趣味の悪いものを作ると彼でさえ思う程のものだ。


 「フラワーの生産は順調に見えるけど。そこら中から湧いて出てくるし」

 「え~拠点を壊しまわってっているのは穂高君じゃないですか~流石に十字会さんサイドも頭を悩ませてるみたいなんですよね~」


 革新協会と協力関係にある、というのは穂高も実感しているわけではないが、ここ最近の日本では十字会というイタリア系マフィアが裏社会で密かに幅を利かせるようになっていた。革新協会が生み出した秘密兵器『フラワー』の生産に協力している彼らも、穂高の敵である。


 「じゃあつまりは、十字会を襲撃しても君らがお出ましになるってこと?」

 「まー早い話そういうことですねぇ。ちなみに十字会を襲わないっていう選択肢はありませんかー?」

 「その気があったら、そもそもマフィアなんかに喧嘩を売らないよ」

 「度胸がありますねぇほんと」


 十字会というマフィアは、本拠地が置かれているというイタリアでは敵対組織の幹部や、十字会が起こした事件の操作に関わる警察や判事らを容赦なく暗殺している。彼らはカタギが相手でも容赦なく手を出すし、その手段を選ばない。穂高が能力者ではなかったら、それはそれは恐ろしい結末が待っていたことだろう。


 「大体、僕一人で壊滅するほど小さな組織じゃないだろうに」

 「いやいやー人数とかの話ではなくてですね~あんなに港とか倉庫とかを荒らされて商売道具を滅茶苦茶にされると誰でも憤ると思うんですよ~あの人達も犯人を血眼になって探してますし~」

 「バレるような場所に拠点があるのが悪いんだよ」

 「普通は知っていたとしても手は出さないものなんですがねぇ」


 確かに多くの人間は圧倒的強者に対して殴りかかろうとはしないだろう。だが穂高はそんな相手を圧倒できるだけの力を持っている。しかし穂高が彼らを敵とするのは、正義感や使命感ではなく、ただ復讐じみた意思によるものだった。


 「僕がまた十字会を襲ったら、君が何かしてくるの?」


 穂高はやっと起き上がってベンチに腰掛けた。


 「そうですねぇそうですねぇ」


 少女は穂高が座るベンチの周りを歩きながら、何か策を思案しているようだった。そして、穂高の正面に立って彼女は言った。


 「穂高君が最近出会った女の子を、殺しちゃいましょうか」


 大分この少女の生態がわかってきた穂高には、笑いながら冗談らしく言い放たれたその言葉が、冗談ではないとわかった。


 「それは、僕に対する脅迫のつもり?」


 ハッタリでもかけているつもりなのか。別にあの少女が知らず知らずの内にこの世から消えていたとしても、穂高には何の感情も生まれないかもしれない。

 だが、それを予告されては話は別だ。


 「僕を脅迫したいなら、その子を僕の目の前に連れてきてからやりなよ」


 自然と穂高の声は凄んでいた。顔は笑っていたが、その怒気は隠しきれていなかった。


 「えー私が嫉妬してしまうほど可愛らしい女の子じゃないですか~穂高君がどうお考えなのか知らないですけど~」


 彼女を助けたのは、ツクヨミという謎の組織について情報を集めるためだった。断じて見た目が可愛かっただとか、昔好きだった人に似ていただとかそういう邪念があったわけではない……と言い切ってしまうとピノキオのように鼻が伸びてしまうかもしれない。


 「あ、もしかしてそれって私に対する遠回しのラブコールなのでは──」


 何やら勝手に勘違いを始める少女に対し、穂高はベンチから立ち上がって彼女の頬を指でグイッと突き、スタスタとその横を通り過ぎる。


 「怪我を治してくれてありがとう。じゃ、またどこかで」


 少女の言うことを無視して、穂高は一瞬でどこかへ消えてしまっていた。


 「……もー、相変わらずいけずな人ですねぇ」


 一人公園に残された少女は、石ころを蹴飛ばしながらその場を後にしていた。


 ---

 --

 -


 向かいのマンションからギャアアと詠一郎の悲鳴が聞こえたような気がした。彼のそんな悲痛な叫びを聞くのは初めてだった。

 どうやら私の可愛い可愛い蜘蛛ちゃん達は上手くやってくれたらしいと、半ばウキウキしながら織衣は静かな廊下を歩いて食堂へ向かっていた。たまには悪戯というのも良いものだ。


 今頃、寝起きの詠一郎の体には大量の蜘蛛がたかっていることだろう。朝蜘蛛は殺してはいけない、そんな呪縛が彼を襲っているはずだ。殺そうとすればするほど無限に増殖していくだけなのだから。放って置いても勝手に増えてしまうが。

 ではどう対処するのが正解か? 簡単な話だ、術者である織衣にお詫びの気持ちを、誠意というものを何らかの形で示せば良いだけだ。ご飯やお菓子の一つや二つぐらい奢ってくれれば織衣はすぐに機嫌が良くなるのだから。

 

 織衣が食堂に入ると、中には誰もいなかった。テーブルや椅子はいくつも置いてあって、昔は定期的に宴会もあったらしいが今は半分も使わない。厨房はそれ程広くなく、流し場やIH、冷蔵庫や電子レンジが置いてあるだけの簡素なものだ。冷蔵庫には今日の食事当番とメニューが書かれている。

 織衣は席についてからテレビを点けた。ちょっと前までは頻発するテロに関する特番も多かったが、今は平常通り情報バラエティ番組も流れるようになった。


 「あら織姫ちゃん、起きてたのね」


 織衣がだらだらとテレビを眺めていると、華が食堂に入ってきた。「おはようございます」と織衣は挨拶したが、つい彼女と目を合わせてしまった。織衣は慌てて目を逸らしたが、もう遅かった。


 「カレーならすぐに作ってあげるわ。レトルトしかないけどね」


 織衣が食べたいものをあっさり見抜いた華は、笑顔のまま厨房の方へと歩いていった。華が棚をゴソゴソと漁っている間に、廊下の方からまた足音が聞こえてくる。


 「あーあ、蜘蛛には慣れねぇなぁ……」


 やつれた様子の詠一郎が食堂に入ってきた。最早スーツ姿しか見かけない彼でも、流石に屋内ではジャケットを脱ぐらしい。

 ツクヨミにも一応クールビズという概念はある。月の紋章が刻印された黒いコートと月の仮面という統一された制服はあるが、自分なりに注文をつけて装備をアレンジするメンバーもいれば、詠一郎のようにあまり制服を使わないメンバーだっている。

 貿易会社、というのはあくまでそういう体のペーパーカンパニーで、登記上池袋に本社があるという設定に過ぎない。だから仕事着としてスーツを着る必要もないのだが、その理由を彼に問えば、ただの雰囲気づくりだと答える。「その方が闇の組織っぽくね?」と。


 「おはよう詠さん。ご飯食べるの?」

 「あぁお前らも食うのか? じゃあ出前でもとるか」

 「詠さん太っ腹ー」

 「呪いは解除してくれよ」

 「うん。私カレーが良い」


 厨房の在庫にレトルトカレーがなかったのか、麦茶が入ったボトルと三人分のコップを手に華が厨房から帰ってくる。麦茶を注ぐと華は織衣の隣に座った。


 「私もカレーが良いわ。ラッシーと何かデザートも頂戴」

 「ほいほい。んじゃあちょっくら行ってくる」


 出前をとるため詠一郎は食堂を後にする。なんだかんだ詠一郎は面倒見の良い上司だ。お願いすればある程度何かを奢ってくれる。とても十個も年齢が上だと織衣はあまり感じていない。

 詠一郎が出ていった後、入れ替わりで食堂に入ってきたのは、大量のファイルを抱えた副メイドだった。ドサッとファイルを織衣と華が座るテーブルの上に置いた。


 「あら深ちゃん、何か見つかったの?」


 華の問いに答える前に、副メイドは詠一郎の分の麦茶を一気に飲み干し、二人に説明を始めた。


 「少しばかり警察の様子を伺ってみたが、警察による能力者狩りの捜査は行き詰まっているようだ。ほぼお手上げ状態らしい。証拠という証拠が揃っていないというのもあるかもしれないが、そこまで本腰を入れて人員を割いてまで捜査している様子もないからな。

  あくまで、革新協会の連中が起こしている事件の一つぐらいにしか考えていないようだ。巷で流行っている噂には興味がないらしい」


 情報収集の仕事は、その道のプロである副メイドに一任されている。そんな彼でも、今回の件でようやく能力者狩りの尻尾をかすめたという程度。それ程調査は難航しているようだ。

 そもそも『能力』という力が存在することを知らない一般人は、ああいった事件も一連の組織によるテロぐらいにしか思えないだろう。


 「警察の捜査は客観的な資料としては貴重だが、やはり根本的な問題に気付けるわけがない。奴らにとっては超能力なんて都市伝説上での話ぐらいでしかないし、それを証明しようがない。こちらから助け舟も出せないからな。

  あの日、能力を発現した人間は多かったはずだ。だが、こっちで見つけることが出来ていない。大方、革新協会に吸収されてしまっているんだろう」


 あの日──四月デストラクションと呼ばれる一日のことは、能力者という立場にある織衣達にとっても謎が多い出来事だった。

 本気で国家を潰すつもりなら、能力者にとって簡単なはずだ。国家にとって重要な施設を徹底的に潰せば簡単に国家機能なんて麻痺してしまう。何なら世界を支配することだって夢ではない。


 東京での戦闘は詠一郎らの活躍もあって一日で鎮圧されたが、ツクヨミが能力という力を陰に隠し続けてきた結果、日本各地でのテロ攻撃はその殆どが革新協会による一方的な虐殺に終わってしまった。


 「俺が今持ってきたファイルは、今まで俺が集めてきた能力者狩りに関係する資料だ。東京周辺だけで能力者の可能性がある人間は何千人といたが、その殆どは既に死亡していて、残りは能力者ですらなかった」

 「副メイドさんでも見つけられないの?」

 「やっと見つけられた手がかりといえば、最近になって十字会の拠点が何者かに襲撃されていることぐらいだ」

 「十字会? 最近景気が良いところね。それが関係するの?」


 景気が良いというのは華なりの皮肉だろう。クローチェ・インペリウムとも呼ばれるイタリア系マフィアは日本国内の反社会組織を駆逐しながら、順調に勢力を広げている。海外では麻薬や武器の取引、闇カジノの経営だけではなく、人身売買まで取り扱っているという。


 「襲撃された十字会の連中の殺され方は、能力者狩りの手口とよく似ていた。仮に能力者狩りが正義云々関係なく私怨だけで活動しているなら、十字会と何らかの確執があるのかもしれない。十字会の活動が目に見えて目立ち始めたのは先月ぐらいからだ。じゃあ、十字会が関与してきた事件の被害者にそれらしい人間がいたのかという問題だ。

  結果は、いなかった」

 「いなかった? 事件はあったのに?

  殺されたってこと?」

 「何件かあったし、実際に出向いて調査もした。だがいなかった」

 「どういうこと?」

 「家を訪ねてみたんだがどれも別人宅だった。どの被害者もどうやら架空の人間らしい。

  その偽装工作のせいで、実在するかもしれない本人に接触できない。それが奴なのかはわからないが」


 それらが明らかに怪しいのは確かだ。もしかしたら、既に十字会が証拠となる被害者を隠滅しているのかもしれない。もしかしたら、それらの被害者の中にあの少年──能力者狩りが、いるのかもしれない。


 「例の小僧から話を聞ければ話は早いんだが、あまり好意的には見えないし、次いつ会えるかもわからないからな。

  だが一つ、面白い噂を教えてやろう」

 「噂? また都市伝説?」


 織衣がパラパラとめくっていたファイルを副メイドは手に取り、織衣と華にあるページを見せた。そこには、東京都練馬区の地図と点在する警察署、そして百人以上の名簿が記載されていた。


 「一週間ほど前に、練馬区内の警察署で警察官ら約百人が死亡した事件があったらしい」

 「百人? 結構な人数ね。でもそんなニュースあったかしら?」

 「だがそいつらは殺されたんじゃない。集団ヒステリーを引き起こして、精神を狂わせて死んだんだ。他の警官を襲う者もいれば、自ら喉を切り裂いたり、脳天を銃でぶち抜いたり、憤死したりと……現場に駆けつけた増援もたちまちパニックに陥り、被害が広がっていったらしい。

  結局事態を収拾できたのは、わざわざ出動した自衛隊の特殊部隊だった、という噂だ」


 織衣はその光景を想像してみたが、地獄絵図という他ない。集団ヒステリーというものは確かにあるにはあるが、せいぜい呼吸困難や痙攣等の症状ぐらいで、殺人を犯したり自殺を図るほど混乱するのは聞いたことがなかった。


 「ただの都市伝説ね」

 「結局噂じゃだめなんじゃ……」

 「わざわざ警視庁の人間から聞いた話だ。俺も噂自体は前から聞いていたが、場所が警視庁管内という漠然とした範囲でしかわからなくてな。確かに先月末に警視庁で多少の人事異動は見られたが、そんな事件があったという報告書はなかった。報告書好きな警察が作っていないとなると、余程なかったことにしたいらしい。

  煙のない所に噂は生まれない。偶然なのか、つい先月末に練馬周辺で起きた事件はわかるか?」

 「……和光事件?」

 「あれは凄かったわね」


 六月末、理化学研究所や陸上自衛隊朝霞駐屯地等、重要な施設が集まる埼玉県和光市、朝霞市、東京都練馬区の広い範囲で一万人もの死者を出した事件が起きていた。四月事変以来、革新協会によるものと思われる事件は度々発生していたが、その殆どは複数の怪我人が出るぐらいで、大きなものでも死傷者は一桁をギリギリ超えるか超えないかぐらいだった。久しぶりに発生した大規模なテロにより非常事態宣言も発令されたが、二日ほどで解除されている。一日で一万人も死ぬだなんて今どき戦争でもそうそうない出来事だが、その事件には目撃者はおらず、まるで全員が一斉に自殺を図ったのかのように短時間の間に死に絶え、翌朝になるまで事件に誰も気づかなかったのだ。


 「和光事件とはいうものの、被害の中心は光が丘周辺だ」

 「どこら辺?」

 「大江戸線の終点だ。あの事件は大規模だったが、四月事変のようにビルや鉄道が爆破されたり飛行機が墜落したりしたわけじゃない。誰もが気づかないまま、たった数時間で一万人が殺された。

  事の順序はわからないが、その二つの事件が偶然に起きたというのは出来すぎている」

 「それが、能力者狩りにも関係してるってこと?」

 「それは調べないとわからん」

 「じゃあ頑張ってね深ちゃん」


 丸投げにも程があるが、この組織において情報収集は副メイドの仕事だ。華はツクヨミに押し寄せてくる依頼の仕分けが仕事だし、織衣にはよくわからない世界の話だ。


 「副メイドさん大丈夫? ちゃんと休んでるの?」


 元々副メイドはあまり健康的には見えないが、以前より比べて痩せこけたような印象を受ける。


 「十日ぐらい寝ていないかもな」

 「嘘ね。昨日、深ちゃんは向こうの支部で二時間寝ているわ」

 「寝たことすら覚えていないな」


 それは寝ているのではなく倒れているのではと織衣は副メイドを心配する。だが心配するだけだ、彼の手助けをしようにもひよっ子の織衣は邪魔になるだけである。なんせ彼は本職の人間なのだから。

 廊下の方からドタドタと誰かが駆けてくる音が聞こえた。勢いよく食堂のドアが開くと、カレーが入った袋を手に詠一郎が入ってきて、織衣達は遅めの昼食を取るのだった。副メイドを除いて。



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