5-28『もう一人のタカ』
昼食を終えると荷物を支部に置いて、穂高は渡瀬が運転する車で大阪城を訪れていた。
大阪城は豊臣氏時代のものと徳川氏時代のものがあるが、現在の天守閣は昭和初期に再建されたもので、豊臣氏時代と徳川氏時代の両方の特徴を持つという不思議な外観だ。そのどちらの天守よりも長く建っている上に築百年近いともなれば、今の大阪城も立派な歴史的建造物である。周囲にそびえ立つ近代的な高層ビル群と妙にマッチしていて、穂高がイメージする大阪の風景の一つであった。
天守閣の前に広がる大阪城広場は、冷えた冬風が吹く中でも観光客が多く、天守閣を背景に写真を撮っている人が多数見られた。
「お城は好きかい?」
渡瀬は温かい缶コーヒーを片手に穂高に言った。エリーはその隣で、近くの売店で買ったいちごクレープを頬張っている。
「あまり詳しくないですけど、見るのは好きですよ」
「じゃあ東京はあまり楽しくないかな? あまり立派な天守閣が残ってないからね」
「そうですね……でも雰囲気も好きですよ。跡地だけでも歴史は感じられます」
穂高も近くの売店で買ったチョコバナナクレープを頬張っていた。別に大阪に来たからと言ってクレープの味が極端に変わるわけでもないことはわかっていたが、穂高は甘いものに目がなかった。
「あの、修行って具体的に何をするんですか?」
いい加減修行について聞かないとただの大阪観光になってしまいそうだったため、穂高はクレープを食べ終えると渡瀬に聞いた。
「座学と実戦かな。色々と教えないといけないことがあるからね」
「それで大阪に来た意味って何なんですか?」
すると渡瀬は携帯を取り出し、穂高に大阪市内の地図を見せた。渡瀬のデータには大阪市内にいくつもの赤いピンが刺されていた。
「四月デストラクションの後、十字会の傘下組織が大阪に勢力を広げているんだ。多分元々暴力団が持っていた権益を狙っていたんだろうね。あまり表沙汰になるような騒動は起こしていないけど、関係者が麻薬や武器の売買で捕まっているね」
「じゃあ、今の大阪は十字会が牛耳ってるんですか?」
「そういうわけでもないよ。十字会は革新協会とは違ってマフィアと言えども所属しているのは殆ど普通の人間だからね。他の暴力団とか半グレとしのぎを削っているし、大阪府警も取り締まりを厳しくしてる。でも、着実に勢力は広げてるみたいだね」
十字会の構成員は殆どが武器を持っているだけの人間だ。穂高達能力者に敵うような戦闘力はない。しかし武器を持たない民間人にとって大きな脅威であることは変わらない。十字会はカタギが相手でも平気で手を出すし、現に大阪周辺でも十字会が関与したと疑われる凶悪な事件が多々発生しているようだ。
「警察も十字会の構成員を麻薬の取引だとか恐喝で逮捕してるけど、警察でも手が出さない場所があるらしいんだよね。そこを調査してほしいって話なんだ」
「それって、大阪府警からの依頼ってことですか?」
「ううん、大阪市と大阪府だよ。ツクヨミを知っているわけではないけど、僕達みたいに暗躍する便利屋の存在は知っている。向こうは公安か何かと思ってるかもしれないけどね」
ツクヨミへ仕事を持ってくる依頼人の身分は様々なものだ、というのが依頼を仕分けている華の弁だ。だが穂高は依頼を受ける時に依頼人の話なんてわざわざ聞いていない。どれもこれも私怨や復讐絡みの話が背景にあるからだ。同族嫌悪というわけではなく、私情を挟み込むと織衣達に迷惑をかけてしまいそうだったからだ。しかしこういう風に公的機関から依頼が来ることもあるのかと、意外な繋がりに穂高は驚いていた。
「手が出せないって、革新協会の護衛がいるってことですか?」
「そうだろうね。流石に警察も自衛隊も、能力者を相手に戦うのは苦労するだろうから。警察は十字会が大阪市周辺に大きな拠点を持っているという情報は掴んでいるんだけど、それがどこなのか、そこで何をしているのかはわかっていないみたいなんだ。何人もの捜査官が調査しようとしてもいつの間にか消えちゃうんだって」
「相当ヤバくないですかそれ?」
「で、十字会がそんな厳重に守って隠そうとしている場所には何があると思う?」
穂高は今までの能力者狩りとしての経験から推理する。基本的に革新協会や十字会の拠点には少なからず警備がいる。十字会が単独で使用している拠点に関しては能力者がいるとは限らない。もしも十字会と革新協会が共同で使用していてわざわざ厳重に警備する場所と考えると、商品輸送のための港や物流拠点、商品や武器が多く保管されている倉庫、もしくは、その商品を生産する──。
「……まさか、プラント?」
革新協会が開発して製造している改造人間のフラワーは、その生産に十字会も深く関与している。改造人間を作るにはその原材料である人間が絶対に必要だ。人身売買や人攫いで原材料を集めるのが十字会の仕事である。そしてフラワーを生産する工場を、植物プラントになぞらえてプラントと彼らは呼んでいる。
渡瀬は穂高の答えを聞いて満足そうにフフッと笑っていた。
「そうかもしれない、っていう程度かな。僕達もプラントの場所を探しているけど、ここに本当にあるのかは半信半疑ってところだね。でも、それぐらい重要な拠点かもしれない」
「それを潰すのが僕の修行ですか?」
「そうだね、それが一つの目標かな。本当は牡丹さんが担当する予定だったんだけど、都合が良いってことで穂高君に任せたんだ」
「……牡丹さんがしないといけないレベルのものを僕がやるんですか?」
「それが出来るようになるぐらいには鍛えてあげるよ」
穂高は自分が生きて東京へ帰れるか少し不安になった。渡瀬の修行は千代よりかは幾分か甘いものかと考えていたが、牡丹の名前が出てきてしまった時点で少なくとも無事では済まないなと穂高は直感的に感じ取っていた。
通天閣やあべのハルカスなど、大阪の名所をレンタカーで回りながら穂高は『プラント(仮)』について渡瀬から聞いていた。警察が捕まえた十字会の構成員からの話によると、年明け頃に完成を予定している施設のようで、まだ建設途中らしい。しかし工事関係者はどんな施設なのか現場で働く人間以外には場所すら説明されておらず、徹底した情報統制が敷かれているようだ。その施設を出来れば年末、遅くとも三が日までには潰すというのが目標だ。穂高の年末年始は革新協会、そして十字会との戦いに明け暮れることになりそうだった。
日が暮れると、穂高は渡瀬が運転する車でツクヨミの大阪支部であるお好み焼き屋「あおさぎ」に送られていた。渡瀬は私用があるらしくまた夜に迎えに来ると言ってエリーを連れてどこかへ行ってしまった。穂高はあおさぎの裏口まで回り、裏口のドアの前に立っていた。渡瀬に教えられた通り、裏口のドアを拳でガンガンと力強く叩く。
『新聞は間に合っとるわぁ!』
中から瓦屋らしき男の怒号が聞こえた。それが演技だとわかっていても怒鳴り声が怖くて穂高の身体がビクッと震える。
「た、鷹取です。瓦屋さんはいらっしゃいますか?」
瓦屋からの合言葉、いやクイズには絶対に勝つように答えないといけない。そして最初に一問は簡単だが二問目三問目と難易度が上がっていくという傾向がある。これに正解する意味が絶対にあるわけではないが、穂高は全問正解を目指すため身構えた。
『桶狭間』
「織田信長」
中からピンポンと音が聞こえた。
『今度の有馬記念、どれが勝つと思う?』
歴史クイズから急に方向性が変わった問題になる。穂高は競馬にあまり明るくないが、馬としてレースに勝てば良いのかギャンブルに勝てば良いのか答えに迷った。騎手や馬主という可能性もあるが、穂高は無難に答えることにした。
「……やっぱり一番人気なんじゃないですか? 名前までは知らないですけど」
中からブブーッと音が聞こえた。
『二十歳未満はギャンブルしたらいかんで。気をつけや』
理不尽だ。正解が何だったのかもわからない。馬券を買うとまでは言っていないのに。
「九回裏、一点ビハインドの攻撃の場面でツーアウト三塁。さぁバッターはどうする?」
穂高は思考を巡らせた。サッカー少年だった穂高でもこれが野球の話であると理解できる。ワンヒットで同点に出来る場面だ、微妙な当たりで三塁ランナーが進めなくてもとにかく塁に出れば次の打者に繋げることが出来る。しかし穂高は勝たなければならないのだ、同点では正解と言えないはずである。
「ここは一発、サヨナラホームランですね」
中からブブーッと音が聞こえて穂高がたまげていると、瓦屋が裏口のドアを開いて口を開いた。
「野球はそう簡単に上手くいかんもんなんやで」
やはり理不尽だと穂高は思った。
瓦屋に通されてあおさぎの店内に入るとミドリが厨房におり、穂高はカウンター席に座った。
「じゃあタカちゃん何食う?」
「あ、豚玉でお願いします」
穂高は昼もお好み焼きを食べたばかりだったが、またあの味を食べてみたかったのだ。メニュー表を見るとお好み焼きだけではなく居酒屋のような一品料理も多くあるようである。ついでにウーロン茶を頼み、穂高は店内に設置されたテレビを見ながら豚玉が焼き上がるのを待っていた。
年末ということもあってテレビでは特番で今年一年の出来事を振り返っていたが、やはりその中心にあるのは謎のテロ組織……革新協会による一連の事件だ。四月デストラクションに始まり、六月の和光事件、七月に東京都心で暴走した謎のレーザー兵器等、その生産な事件は枚挙にいとまがない。
まだテレビや新聞などでは能力者という存在は公に扱われていないが、これだけ露出していると能力という奇跡の力が存在することを信じる人がいずれ過半数を超えるかもしれない。この力が公のものとなってしまった時、世界はどう変わるのだろうと、穂高は自分の右手首にはめられた腕輪に触れながら考えていた。
豚玉が焼き上がると、瓦屋やミドリは穂高の隣に座ってまかないとしてつまみを用意し晩酌と共に談笑を始めていた。本来今日は瓦屋もミドリも休日らしいが、店の経費で食べる飯はまぁまぁ旨いらしい。
「しかしツルちゃんが直々に鍛えるなんて、あの子も大人になったんやなぁって感じやわ。でもやっぱ大阪といえば藤ちゃんの名が轟いとるからな」
「藤ちゃん? どんな方なんですか?」
「あぁ、千代ちゃんのことだよ。ほら、あの苦離紅茶狩惨堕荒騎士の」
まさかこんなところに苦離紅茶狩惨堕荒騎士という胡散臭い組織のことを知っている人間がいるとは、思わず穂高はえぇっと声を出して驚いていた。
「藤ちゃんは学生の頃もハンパなかったけど、やっぱ四月の時が一番やったなぁ。あん時は府知事はんとか自衛隊と直接交渉して、大阪ドームにおったテロリストを全部ぶっ倒したんやで」
「聞いたことありますけど、府知事と交渉って何を交渉したんですか?」
「千代ちゃんはね、ドームにいるテロリストは私らが全部ぶっ倒すって各所に連絡して府警と自衛隊を引き上げさせたんだ。無駄な被害が出ないようにな」
千代なら確かにそんなことを言いそうだと穂高もその武勇伝に納得する。確か四月デストラクションの際に大阪ドームに立てこもっていたテロリスト、もとい能力者は三十人以上もいたという。千代の能力、“本当の偽物”はストックにもよるがタイマンでも対集団でも十分に強いため便利なものだ。
ミドリは塩辛を食べる箸も日本酒を飲むペースを上げながら話し続ける。
「それとやっぱホクホクちゃんも忘れたらいかんな。知っとるか?」
「北斗さんですね」
「そうそう、あの子は無口で大人しそうに見えるけど大したタマなんやで。高校時代に半グレ相手に一人で本拠地に突っ込んで全員病院送りにしたんやで」
「え、北斗さんが……!?」
穂高は千代といつも一緒にいる北斗と一切言葉を交わしたことがない。というか北斗が誰かと会話している場面すら一度も見かけたことはないが、苦離紅茶狩惨堕荒騎士連合の副番長だったことは噂程度に知っている。それは千代の友人だからなのかと穂高は思っていたが、やはり北斗自身も非能力者が相手とはいえ相当な実力を持っているのかもしれない。北斗の能力は確か『氷』のはずだ。何故か前に戦った覚えが……そういえば自分が千葉で軽く暴走した時に千代と一緒にボコボコにしてきたなと穂高は思い返していた。
「ホクホクちゃんか……懐かしいなぁ。そういえばタカちゃんはもう一方のタカちゃんは知っとるのかい?」
「え、僕の他にもタカが?」
瓦屋からの問いを不思議に思った穂高は今まで出会ってきたツクヨミのメンバーを思い出そうとするが、穂高以外に名前にタカがつく人物はいないはずだ。穂高がまだ会ったことのないメンバーもいるが、誰かが話題に出したこともない。だが……どこかにいたような気がしなくもないのだ。
穂高の反応を見て瓦屋とミドリは不思議そうな面持ちだったが、二人共同時に何かを思い出したようで、先に瓦屋が口を開いた。
「せやったせやった、タカちゃんが入ったのは今年の夏頃って言ってたよな? そりゃ話は聞いてないかもなぁ」
「どういうことですか?」
「あぁ、昔もおったんや、タカちゃんってのがな。頭に真っ赤なバンダナを巻いてイキっとった……確か九州生まれって言ってた子やったな。男気のあるええ子やったで」
不思議と穂高には、瓦屋達が言うタカという人物を簡単にイメージすることが出来た。そんな知り合いはいないはずなのに、出会ったこともないのに、穂高はタカという人物を、彼をどこかで見かけたことがある。
「今はいないってことは……」
「うん。死んでしまったんだよ……そうか、丁度一年ぐらい前やね。確か年末やったらしい」
一年前の年末。それは織衣が──そして穂高は思い出した。
穂高は夢を見たことがある。オスカルに敗れて蘇生を待っていた時だ。穂高は殺される度に様々な夢を見るが、あの日は織衣らしき少女と、渡瀬と、そして渡瀬の友人らしき少年達の姿があった。その中にタカと呼ばれていた、頭に真っ赤なバンダナを巻いた少年もいたはずだ。
「もしかしてその人は、渡瀬さんの友達ですか?」
「せやで、友達も何もタメやったしな。あの子らもよく食う子やったなぁ、毎日来んのはやめてくれって地面に頭つけて頼んだもんや」
「あれ、もしかしてツルちゃん達から何も聞いてない?」
穂高がお好み焼きを頬張りながらコクリと頷くと、瓦屋もミドリも驚いて目を白黒させ、そして何かまずいと感じ取ったのか急に青ざめていた。
「じゃあ話したらダメだったかな……」
「俺らツルちゃんに殺されるんとちゃいます?」
「それは流石にないと思いますよ、多分」
穂高が知っているツクヨミのメンバーの年齢層は偏っている。全体的に若い人間が集まっているのもあるが、穂高達高校生組は六人もいるのに、渡瀬ら十九歳の世代は千代達を含めて三人、華が二十歳、牡丹と詠一郎が確か二十七歳、一番上らしい副メイドも三十代前半と全体的に人数が少ない中で穂高達の世代の割合が多い。
しかし元々他の世代にも何人か所属していたが、任務で死んでしまったとも考えられる。ツクヨミの面子の平均年齢が異様に低いのは、そもそもそれ程長生きできない程危険な世界であることを伝えているのかもしれない。
思わぬところで、穂高は渡瀬の情報を知ることになった。穂高はあの夢について渡瀬に話したことがあるが、渡瀬はその内容を否定しなかった。しかしあの時いたはずの渡瀬の友人達三人を穂高はツクヨミで見かけたことがない。
穂高は渡瀬が悲しんだり落ち込んでいるような一面を見たことはないが、彼がタカの死をどう受け止めているのか少し気になった。それを本人に直接聞くのも度胸がいるが、かといって瓦屋やミドリに聞くのも卑怯だと思い、それ以上の詮索はせずに瓦屋達と夕食を楽しんでいた。




