5-26『織衣へのプレゼント』
「え、美味すぎ……」
ケーキはクリスマス用と織衣の誕生日用の二つが用意され、それを今日集まった十三人で切り分けた。主役でもある織衣の分は少しだけ大きかった。
「何これ……私達が去年作ったやつより美味しいんだけど……」
「なんでなんだ……?」
ケーキを一口食べた斬治郎と緋彗、和歌は動きを止めて驚嘆の声を上げていた。
「いやぁそんな喜んでもらえるとは思わなかったよ」
今日のケーキを用意したのは昴だ。去年は華と中学生組(当時は緋彗と和歌と斬治郎)が用意したらしいが、今回は昴が殆ど一人で二ホール分も作ったという。しかもスポンジから手作りで。
「流石昴だね。腕は落ちてない」
昴は昔からお菓子作りが得意だという話は穂高からも聞いたことがあるが、趣味にしてはレベルが高過ぎる。
「なんで……買ってきた材料は去年とあまり変わらないのに……」
「嬉しいなぁ。作った甲斐があるよ」
「こりゃ毎回当番になるねー」
しかもケーキの種類は織衣が一番好きなショートケーキだ。おそらく華が織衣の好みを見抜いて昴に伝えたのだろう。スポンジとクリームの甘さがイチゴの酸味と絶妙に合っていて、スポンジのフワフワ感も抜群だ。こんな美味しいお菓子をよく食べていたら、そりゃ穂高も甘いものが好きになるなと織衣は納得していた。
ケーキを食べていると、各々が織衣に用意した誕生日プレゼントが渡されることになった。クリスマスプレゼントはツクヨミのボスである牡丹が全員分を用意することは織衣も知っていたが、確かに織衣の分もこっそり用意していたのなら、プレゼントを運んでいた緋彗と和歌が織衣に対してあからさまによそよそしかったのも納得がいった。
まずは和歌からのプレゼントだ。ドイツの銃器メーカーH&K社が開発した自動小銃HK417だ。
「これはね、元々アメリカ陸軍が採用していたM4カービンをドイツのH&K社が独自改良して開発したアサルトライフルのHK416を5.56×45mmNATO弾から7.62×51mmNATO弾に発展させたもので、ヨーロッパ各国の正規軍にも採用されているタイプなんだ!」
「そ、そう……ありがとう、若様」
「オリギーヌに似合うと思うよー」
ジュラルミンケースに丁寧に収納されていたそれはモデルガンや模造品ではなく、紛れもなく実物だ。なんともいえないずっしりとした重みがある。わざわざ副メイドに頼んで海外から実物を仕入れてしまうのは、能力の特性上銃器を使うことが多い和歌なりのこだわりなのだろう。和歌が所有する銃器はアサルトライフルで大体十万~三十万ぐらいの相場だと聞いたことあるが、このHK417の値段を聞くことは出来なかった。織衣はこれを部屋に飾ることしか出来ないが、気持ちだけでも嬉しかった。
次は緋彗からのプレゼント。化粧品のセットだ。
「これはね、ニューヨーク発祥のメーカーが出してるコスメセットだよ。最近流行りなんだよ、織姫ちゃんに似合うと思う」
アサルトライフルという物騒なプレゼントの後だと不思議と安心できる。
「おしゃれに気を使うんだよ?」
「うん、ありがと」
和歌もそうだが、緋彗はとにかく織衣に対しておしゃれにうるさい。織衣が無頓着なのも原因だが、緋彗は雑誌もよく呼んでいて学校でも情報を仕入れているため高校生組の中で一番おしゃれに詳しいのだ。織衣の私服も化粧品も大体緋彗や和歌が選んでくれている、というか頼んでもないのに買い足してくる。
次は斬治郎からのプレゼント。黒いシャーペンの五本セットだった。
「無難だろ」
「どうも」
次は昴からのプレゼント。動物の顔や星を象った可愛らしいデザインのクッキーだった。
「出灰でお世話になったからね」
織衣はそんな昴にお節介を焼いたつもりはなかったが昴はクッキーを焼いてくれた……そんな下らないことを考えながらクッキーを食べてみると、サクッとした食感で香ばしく、そして程よい甘さだった。
「え、美味すぎ……」
場合によっては弟子入りも考えるぐらいには、感服する美味しさだった。
次は千代からのプレゼント。織衣が好きなハリウッド俳優が主演の映画の、三方背ケースが付いた三巻セットでしかも主演の直筆サインが入っていた。
「ま、これもコネってやつよ」
千代に映画を見るようなイメージは全くないが、おそらくあのクリティカル何とかという愉快な友人達の誰かに頼んで仕入れたのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
千代の誕生日にはとびきり良い品を用意しようと織衣は心に決めていた。
次は北斗からのプレゼント。日本各地の有名温泉地の入浴セットだった。結構な量が入っている。
「あ、あの……ありがとうございます」
北斗は無言でプレゼントを渡してきた。北斗の声を聞いたら呪われるという噂を聞いたこともあるが、織衣が礼を言うと少しだけ笑ったように見えた。
次はエリーからのプレゼント。黒猫のぬいぐるみだった。
「これからもヨシヨシしてね」
なんとも私的な感情の入った代物だ。だが織衣にはそれがとても可愛らしく思えた。
「うん、ありがとねエリー」
そう言って織衣はエリーの頭を撫でていた。
次は渡瀬からのプレゼント。高級そうな低反発枕だ。
「睡眠は大事にね」
意外にも、いや意外というのは失礼だが思いの外まともなプレゼントに織衣は驚いていた。しかもツクヨミの任務で生活習慣が安定しない織衣にはありがたいプレゼントだ。
「ありがとう、渡瀬さん」
次は詠一郎からのプレゼントだ。黒いシャーペンの五本セット。
「やべぇ被ったわ……」
遠くの方で斬治郎も気まずそうな表情をしている。事前に話し合っていなければこうして被っても仕方ないだろう。
「ううん良いよ詠さん。次の誕生日楽しみにしててね」
「来年まで待っててくれ……」
斬治郎は悪くない。金を持っている詠一郎がもっと高級なプレゼントを用意すればよかっただけの話だ。
次は華からのプレゼント。ふかふかで気持ちの良さそうな大きなクッションだ。
「Am○zonでポチったわ。前から欲しかったのよね」
何故か華は自分が欲しい物を織衣にプレゼントしてきたのだ。
「で、でか……」
サイズだけで言えば他の面子が用意したものよりも大きかった。
次は副メイド(サンタ)からのプレゼント。様々な絵画の技法が載っている大型の雑誌だ。
「青春は大事にね?」
まだサンタコスのままだが、普段の副メイドのように妙に威圧感のある言い方だった。
「はい……ありがとうございます」
織衣が出灰で美術を選択しているからか、結構な値段のものを副メイドは用意してくれた。斬治郎のようにシャーペンのセットでも全然ありがたいのに、アサルトライフルといいこの雑誌といい少々気合が入り過ぎではないかと織衣は怖くなってきていた。
最後は穂高からのプレゼント。大きな赤いリボンのバレッタだった。
「まぁ、僕が妹にあげてたのがこんな感じだったからね」
あまり織衣と仲が良い訳ではない斬治郎は無難な文房具を、お菓子作りが得意な昴はクッキーと、彼らのプレゼントは納得がいくが、同じ男子高校生組である穂高がチョイスするプレゼントはこれまた想像しにくかった。そういえばどこかで見た彼の妹の写真で、彼女はリボンを着けていたなと織衣は思い出す。織衣は髪が長かった頃も髪留めを使わなかったため、新鮮なアクセサリーだった。
「うん、ありがと」
しかし今ここで着けるのは恥ずかしかったため、まだ中身は開けずにいた。着ける時が来るとすれば、それは穂高の前だけでだろう。
これで誕生日プレゼントは最後……かと思いきや、一個だけ、大きく平たい箱に入れられたプレゼントが残されていた。
「あれ? これは誰の分?」
「牡丹ちゃんかしら?」
そのプレゼントには一応織衣へと書いてあったが、この場にいる誰も知らないらしい。なら牡丹からのプレゼントかと思いながら織衣が封を開けると、中に入っていたのは一枚の絵画だった。
「これは……」
タイトル、『磔刑』。それは織衣が穂高と一緒に任務のため訪れた画廊に飾ってあったエヴァの絵だった。あの時、エヴァの厚意で織衣はこの絵を譲ってもらうはずだったが画廊に忘れてしまい、エヴァも死んでしまったためもう手に入らないものかと思っていた。
「何だこれ、スゲー絵だな」
「キリストの磔刑……の割には皆笑ってますね。フフ、クリスマスのプレゼントとしてはすごく皮肉が効いてるんじゃないですか」
確かにこれは織衣が欲しがっていた絵だ。この絵ともう一度出会えたことが織衣にとっては嬉しかったが、この絵のことを牡丹が知っているとは思えなかった。
「大事にしてあげなよ、姫野さん」
穂高はまだケーキをムシャムシャと食べながら織衣にそう言っていた。
食堂の一角は織衣への誕生日プレゼントで占められていた。だがまだ大量のプレゼントが残っている。今度はツクヨミの長である牡丹から皆へのクリスマスプレゼントだ。副メイド(サンタ)がそれぞれに牡丹からのプレゼントを渡していく。
「これは……」
織衣が箱を開くと、中には一冊の本が入っていた。タイトルが書かれていない、臙脂色の装丁の分厚い本だったが、中を開くと著者は小泉悠遠と書かれていた。それを見た途端、織衣の身体はビクッと震えていた。
織衣は今でも小泉悠遠のファンである。彼が書いた小説が原作の映画もよく見ている。しかし中身を読もうにも全てのページが白紙なのだ、そもそもタイトルすらない。それを見た織衣はあの忌々しい本と記憶を思い出しそうになるが、すぐに頭の中から振り払った。
「何これー真っ白な本だー」
他の面子も織衣と同じような臙脂色の本を持っていた。やはり皆同じように中身は白紙らしい。しかし詠一郎と渡瀬だけは、何かを悟ったような表情をしていた。
「去年もこんな感じだったの?」
「ううん、去年はボーナス代わりの小切手だったよ」
そんな生々しいプレゼントがあるかと織衣は思ったし、こんな不気味なものを貰うぐらいだったらそっちの方が良かったと残念がっていた。ただわざわざ牡丹がプレゼントするということは何かしらの意味があるのだろうと織衣は信じたかった。
パーティを終えて食堂の片付けも済ませると解散となった。織衣は緋彗達に手伝ってもらいながら食堂からプレゼントを部屋に運び込み、それが終わると緋彗達と別れた。しかし、牡丹からのプレゼントである臙脂色の本を食堂に置き忘れていたことに気づき、織衣は一人食堂へ戻っていた。
騒がしかったパーティが信じられないほど食堂は静かで、織衣は本を手に取るとさっさと食堂から出て部屋へ戻ろうとした。しかし食堂のドアを閉めた瞬間、織衣は突然背後から何者かに抱きつかれていた。
「ハーイ、私メリーさん。今貴方の後ろにいるの」
懐かしい花の香水の匂いがした。織衣は驚きのあまり叫びそうになったが、その口を後ろから手で塞がれていた。
「もう、怖がりなんだから」
そりゃ人気のない夜の暗い廊下で突然後ろから抱きつかれて、それがメリーさんだと名乗ったら怖いものだ。
「お誕生日おめでとう、織姫ちゃん」
牡丹は織衣の口から手を離したが、相変わらず織衣の体を抱きしめたままだった。
「あ、ありがとうございます……」
何となく織衣は牡丹と会うのが気まずかった。その原因は、緋彗達と一緒に穂高を軽い気持ちで尾行して、そして上野駅で牡丹が穂高に……口づけするのを目撃したからだ。
「あら? 私が穂高君とキスしたのがそんなに嫌だった?」
「そ、そういうわけじゃ」
「なら仕方ないわね」
すると牡丹は織衣の体を離すと、織衣の腕を掴んで自分の方に正面を向かせて、そのまま織衣の顔に自分の顔を近づけてきた。
「そ、そんな……!」
織衣は思わず目を閉じて身構えた。が、牡丹がそれ以上何もしてこなかったため目を開くと、牡丹はクスクスと笑っていた。牡丹はいつもの黒いコート姿で、銀色の髪が月光に照らされていた。
「可愛い子ね。その可愛さを好きな子に見せられたら良いわね」
フフフと笑いながら牡丹は織衣の腕から手を離していた。牡丹は恥ずかしさと怒りが入り混じった感情で顔を真っ赤に染めていた。
「……もうっ、もうっ!」
「フフ、怒らない怒らない」
牡丹は神出鬼没な上に行動が読めない、何をしてくるかわからないのだ。もしかしたら穂高も牡丹に暇潰しで悪戯ばかりされていたのかもしれない。そう思うと彼もなんとも不憫な人間だと織衣は思っていた。
「あ、あの……これは何?」
織衣は手に持っていた本を牡丹に見せた。
「やっぱり読めない?」
「読めないも何も、何も書いてないから……」
「フフ、実はちゃんと書いてあるのよ。今の織姫ちゃんが読めないだけで」
それはまるで、織衣が札幌で見た『キロク』と一緒だ。あれは白紙ではなかったが、中身は暗号みたいな意味不明な文字列が並んでいるだけだった。しかもこの本にはタイトルすらない。
「どうやったら読めるの?」
「織姫ちゃんが成長したら、かしらね。いずれ理解できる時が来るわ。
それより、、織姫ちゃんにプレゼントを渡そうと思ったの」
「え? これじゃないの?」
「それはクリスマスプレゼント」
「じゃあ、あのエヴァの絵?」
「エヴァの絵? 私は知らないけど何のこと?」
じゃああのエヴァが描いた『磔刑』はどうしてこの場所にあったのか。牡丹がすっとぼけてるだけなのか、それとも死んだエヴァからのプレゼント……そんなバカな、と怖くなった織衣は考えるのをやめたが、感謝はしておいた。あの絵を描いたエヴァと、その絵を送ってくれた謎の人物に。
「私が織姫ちゃんにあげたいのはね……」
すると牡丹はコートのポケットから細長い紙切れを取り出し、織衣の手の上に置いた。
それは十二月二十七日の九時丁度発、羽田から新千歳行きの飛行機のチケットだった。それを見て、織衣は牡丹からのメッセージを理解した。
「ねぇ、札幌に帰ってみない?」
牡丹は無邪気な笑顔を向けて、織衣にそう言った。




