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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-25『織衣のクリスマス』



 クリスマス当日。高校生組は朝食を取ると早速倉庫に押し込まれていたクリスマス用品を取り出して食堂に飾り付ける。二メートルぐらいはありそうなツリーが用意されている程には割と季節ごとの装飾に力を入れているようで、穂高と斬治郎が四苦八苦しながらツリーを食堂まで運んで飾り付けをしていた。一方で織衣はキッチンで忙しそうに料理の下ごしらえをしている華や昴の手伝いをしようとしたが追い払われ、副メイドが車で運んできた段ボール箱を緋彗と和歌が運んでいたので手伝おうとしたが、こちらもしっしと追い払われてしまった。何か手伝わないと落ち着かない織衣は本部の中を歩き回り、渡瀬からエリーを可愛がるという仕事を頼まれたのだった。


 何故だか今日は、皆が織衣によそよそしい。自分の部屋で黒猫エリーと猫じゃらしで遊んでいたが、織衣は寂しさを感じていた。去年のクリスマスはお祝いどころではなかったが、今日も心のどこかにしこりを感じるぐらいには困惑していたのだ。



 夕方になって食堂に向かうと、食欲をくすぐる香ばしいチキンの匂いが漂ってきた。そして食堂ではクリスマスツリーの飾り付けを終えた穂高と斬治郎が、どちらがトナカイ役をするかというジャンケンを真剣な表情でしていた。どうやらトナカイ役は穂高か斬治郎がするというのが皆の共通認識らしい。

 千代や北斗、渡瀬とさらに詠一郎も本部に帰ってきて盛り上げ役である副メイドもメイドモードにセッティングが完了し、ローストチキンやポテトフライ等の様々なクリスマス料理がテーブルに並べられていた。


 「皆ヤッホー☆ ニャンニャンメイドのアカリだよ☆

  今日は私のクリスマスパーティに来てくれてありがとー♪」

 「お前のじゃねーだろ」


 照明が落とされた食堂で、スポットライトに照らされた副メイド(メイド)はマイクを片手に意気揚々と口上を始める。メイドモードの副メイドを見る度、知り合いにこんな人いたっけ?と織衣は思っていた。


 「クリスマスとはおよそ四世紀頃、ローマ暦における冬至の日にキリストの降誕祭として催されるようになり、西欧では……」


 ここは学校でも教会でもないのにいきなりクリスマスの歴史を語り始めようとする副メイド(メイド)に対し千代が「さっさと始めろー」と野次を入れていた。織衣達はクリスマスの歴史なんかに興味はない、早く料理とケーキが食べたいのだ。


 「じゃあここで定番のクリスマスキャロルを一曲☆」


 おぉっと歓声が上がった。一体この見た目だけは可愛らしいメイドがどんな盛り上がるクリスマスソングを歌ってくれるのかと皆は期待していたはずだ。しかしオーディオから流れ始めた曲は、思いの外静かな曲調だった。


 「き~よし~こ~のよ~る~」

 「いや選曲!」

 「なんできよしこの夜なんだよ!」


 副メイド(メイド)の選曲に思わずツッコミを入れたのは千代と詠一郎だった。


 「クリスマスの定番でしょ? クリスマスキャロルだもん」

 「クリスマスといえば山○達郎でしょ!」

 「いいやマライ○キャリーだな」

 「じゃあ間をとって松任○由実にするよ」


 どう間をとっても松任○由実にはならないだろうが、急遽曲を変更して歌い上げる副メイド(メイド)の歌声は腹立たしい程上手いものだった。普段の副メイドはこういったイベントに興味が無さそうな雰囲気のぶっきらぼうな男だが、メイドモードになるとこんな浮かれた人間になるのだから不思議、というか最早怖いものだ。一体どの副メイドが本物なのか、そして副メイドは一体このパーティをどう仕切りたかったのか、織衣は気になっていた。



 「今年の一年は長かったなぁ……」


 オムレツを食べていた緋彗が、腕を組みながらしみじみと言った。


 「ほー君が入ってから半年ぐらいってのが信じられないねー」

 「俺らと同期ぐらいかって感じだもんな」

 「木取君ぐらいの初々しさが欲しかったぐらい」

 「多分僕が初々しかったとしても、可愛くはなかったと思うよ」

 「だろうね」

 「だろうねじゃないよ」


 穂高がツクヨミに入ってからおよそ半年、昴が入ってから三ヶ月程が経つ。四月デストラクションが起きるまではツクヨミで生きる織衣達も穏やかな日々を過ごしていたが、四月から一変し、そして良くも悪くも、穂高が入ってからツクヨミはより忙しくなった。


 「スバ君はもう慣れたー?」

 「うん。シェアハウスみたいで楽しいよ」

 「順応性高いな……俺はここをシェアハウスと感じたことはないぞ」


 ツクヨミに入った頃の昴は、朝の往復五キロのランニングについていくのも難しかったらしいが、今は何とか大丈夫というぐらいには鍛えられている。千代との鍛錬も頑張ってこなしているようで、何故かその度穂高と斬治郎が酷い目に合わされているのを織衣達は遠目で見ていた。

 昴も出灰の騒動に巻き込まれ能力を発現し、成り行きでツクヨミに入ってしまったような形だったが、そんな悲運な境遇にある彼もすっかり織衣達高校生組の一員になっている。織衣は中々ツクヨミの生活に慣れなかったが、穂高と昴はすんなりとこの世界を受け入れているのだ。


 「私は、何よりも皆が生きていることが嬉しいよ」


 ツクヨミに長くいる緋彗達は、戦いで死んでいくメンバーを見てきたはずだ。織衣達は任務で戦うことがある以上、常に死と隣合わせにいる。特に革新協会が現れてからは危険な任務も増えたし、実際に織衣は死にかけたことがある。


 「ほー君はほぼほぼ死んでいるような感じがするけどねー」


 しかし、瀕死の織衣を助けた穂高は何度も死んだことがあるという変な人間だ。ツクヨミに入ってからも少なくとも二回は死んでいる。なのにこの場にいるし今もモグモグとチキンを頬張っている。


 「まぁ確かに、僕は四月とか五月の頃はよく死んでたね、うん」

 「ちょっと何言ってるかよくわからない」

 「やっぱり三途の川とか見えんのか?」

 「たまに見るけど、やっぱり死んでる時は夢を見てる感覚だね。夢から覚めてハァッ!?って起きる感じだよ」

 「死をそんな軽く話すのはおかしいよ……」


 死を経験したことがある人間は言うことが違うものなのかと織衣は思っていたが、穂高も慣れすぎていて睡眠のように例えてしまっている。ありがたみもへったくれもない。


 「じゃあ来年は、穂高君は極力死なないようにするのが目標ね」

 「そんなお願い事ある?」

 「いや、初詣でも七夕でも願うことないだろ」

 「極力死なないようにって、少しは死ぬこと前提だもんね」


 例えリーナが生き返してくれるとわかっていても、人の命が途絶える瞬間を目の前で目撃するのは良い気分がしない。織衣は穂高が死んでくれたおかげで紋章共鳴を使えるようになったが、そもそも穂高が一人で突っ込んで戦いに行くのは能力者狩りの癖がまだ残っているからだ。織衣達を中々頼ろうとしない、いや穂高にとっては頼りない存在なのかもしれない。だから織衣は、少しでも彼に追いつきたいと思っていた。

 

 織衣達高校生組は同じテーブルを囲んで、テーブルに並べられた大皿からチキンやらサラダやらをよそってクリスマスのディナーを楽しんでいた。この食堂を彩るクリスマスツリー等の飾りやこの食事を用意したのは織衣達だが、これらを片付けるフェーズがあると思うと少しばかり気が重かった。

 織衣達のテーブルの隣では、渡瀬とエリー、千代と北斗が同じテーブルを囲んで駄弁っていた。その向こうのテーブルでは副メイド(メイド)と詠一郎、華がビールや日本酒を嗜んでいる。ここ最近のツクヨミでは珍しく人数が揃っている方だ。だが、この組織の長である牡丹が来る気配はなかった。



 「真っ赤なおっはっなーの~トナカイさーんは~」


 大皿から料理がなくなった頃、いつの間にか食堂からいなくなっていた副メイド(メイド)はサンタクロースの格好に着替えて食堂に入ってきた。が、その手にプレゼントが入った袋はない。


 「いつも皆の笑い者です……」


 副メイド(サンタ)の後ろから食堂に入ってきたのは、トナカイの角と真っ赤なお鼻を着けさせられ、大きな白い袋を背中に抱えた穂高(トナカイ)だった。どうやら穂高はこういう時はとことんツイていないらしい。


 「でもトナカイさんはサンタさんを庇って、煙突の中に落ちて暖炉の中に飛び込んじゃうんだよね……」

 「そんな話だったっけ!?」


 和歌と緋彗はそう言いながらサンタとトナカイの姿を携帯でパシャパシャと写真に収めていた。織衣は後でその写真を送ってもらおうと思った。


 「ノンノン、サンタさんは言うんだよ。暗い夜道は──」


 副メイド(サンタ)が指をパチンッと鳴らすと、一斉に食堂の照明が落とされ、部屋は闇に包まれてしまった。


 「──ピカピカの僕の鼻が役に立つ!」


 しかし闇に包まれた部屋の中で、穂高(トナカイ)の鼻に付いていた真っ赤なお花は光り輝いた。確かに穂高の能力を使えばトナカイとしても便利だろう。穂高は能力で光り輝かせた自分の鼻を指差して自信満々に言ったが、皆の反応は薄いものだった。


 「……あれ?」


 副メイド(サンタ)も穂高(トナカイ)もあまりの静けさに戸惑っているようだった。どうやら二人はこれでウケが狙えると思っていたらしい。


 「二点」


 そして口を開いた千代が残酷な評価をつけた。


 「せめて六点ぐらいにはしてあげたら?」

 「いや、百点満点だから」

 「ハハ、もっと酷かったね」


 どうやら千代の気に召すものではなかったらしい。あまりのしらけぶりに斬治郎と昴がクスクスと笑っているぐらいだ。


 「オチが読めちゃうね」


 そう語る緋彗の横で織衣と和歌はウンと頷いているが、この微妙な空気の中で気まずそうにオドオドしている穂高の姿をパシャパシャとカメラに収めていた。


 「じゃあ穂高君は席に戻って」

 「この空気で!? やれって言ったのは副メイドさんじゃないですか!?」

 「それを面白く出来るかどうかは穂高君のセンス次第だから」

 「どうしてこんな格好をさせられた挙げ句、スベらされないといけないんだ……」


 落ち込みながら自分の席に戻った穂高の肩を、斬治郎と昴がポンと叩いていた。


 「お前はよく頑張ったと思うぜ……面白くなかったが」

 「一生懸命な所はよく伝わったよ穂高君……面白くなかったけど」

 「お前のあだ名今度から二点な」


 二人共穂高を慰める気は無いらしい。例えじゃんけんの結果が逆で斬治郎がトナカイ役だったとしても結果は変わらなかっただろう、斬治郎もジョークが面白い人間ではない。トナカイ役が犠牲になったところで、副メイド(サンタ)が仕切り直す。



 「さてさて、じゃあ織姫ちゃん。前に出て来て」

 「え、私? なんで?」


 織衣は副メイド(サンタ)に腕を引っ張られて、再び光るスポットライトの中に立たされた。


 「じゃあここで皆にデスゲームを……」

 「えぇっ!?」

 「おい副メイド、手筈通りやれ」

 「ちぇっ」


 デスゲームの開催が手筈通りじゃなくて良かったと織衣は心底思っていた。


 「それでは皆さんご唱和くださーい!」


 すると再び照明が暗転し、今度はキッチンの方から淡い光が織衣の方へ近づいてきていた。



 「ハッピーバースデトゥーユー♪」


 合いの手の拍手と共に織衣以外の面子が歌う。織衣は自分に近づいてくる淡い光が、ケーキのロウソクに灯る炎だということ、そしてお鼻を光らせた穂高(トナカイ)が先程の件を引きずったまま辛そうな面持ちでそれを運んでいることに気がついた。


 「ハッピーバースデートゥーユー……」


 ケーキに刺さっているロウソクの数は十六本だ。去年はロウソクを消すことも、その本数を数えることが出来なかった。


 「ハッピーバースデーディア……織姫(織姫ちゃん(姫野さん(姫野(織衣(オリギーヌ(おりーん……」

 「揃えろや!」

 「何言ってるかわからんねぇ!?」

 「『おり』ぐらいしか聞き取れない」


 確かに各々好きなように人にあだ名をつけるため呼び方が全く揃わない。和歌のオリギーヌはまだ良いとして、エリーのおりーんは織衣でさえ未だに由来がわからない。


 「ハッピバースデートゥーユー……」


 このタイミングで、ケーキに刺さる十六本のロウソクを吹き消すところだろう。皆がそれを待っているはずだ。しかし織衣は中々吹き消せずにいた。


 「だ、大丈夫?」


 副メイド(サンタ)が心配そうに慌てて織衣の顔を覗き込むように見ていたが、織衣は大丈夫と手をやっていた。


 「大丈夫……大丈夫だから……」


 織衣は目頭を押さえて、溢れ出そうになる涙を止めようとしたが、一度溢れ出たものは止まりそうになかった。皆の前だったが、そんなことも気にせずに織衣は大泣きしていた。


 一年前のクリスマス。

 その日、それまで織衣にとっては当たり前だった世界が当たり前ではなくなった。いずれ家族と別れる未来が待ち受けているとわかっていたとしても、それはあまりにも突然で、織衣は自分に備わった力を呪った。しかし織衣は新しい世界で色んな人間と出会い、この世界で新たな日常を過ごせるようになっていた。

 織衣は顔を上げて、そして──とびきりの笑顔を皆に見せた。


 「ありがとう、皆」


 織衣はこれまでに何人か他の面子の誕生日パーティーに立ち会った。しかしこの世界で迎える誕生日も、こんなにも嬉しいものなのかと初めて気づいたのだ。

 今の織衣を見てもらい泣きしている緋彗。

 今の織衣を面白がってカメラに収めやがっている和歌。

 なんとなーく織衣から視線を外している斬治郎。

 よく状況を理解できておらずアワアワしている昴。

 両手のVサインを織衣に向けるエリー。

 いつもと変わらぬ笑顔を見せる渡瀬。

 いつもよりかは穏やかな笑顔を見せる千代。

 無表情でサムズアップしている北斗。

 まだまだ子どもだな、と言うような笑顔を見せる詠一郎。

 こんな状況でも織衣の心を読み取って笑っている華。

 メイドモードで場を盛り上げてくれる副メイド(サンタ)。

 この場には来てくれていないが、まぁ忙しいのであろう牡丹。

 そして、織衣の前で早くロウソクを消せと急かす穂高。

 今まで出会ったツクヨミの面子全員に、織衣は感謝した。


 「ほら、ロウソクを消して。早く食べたいからさ」


 真っ赤なお鼻のトナカイが織衣にそう言うと、再び自分の真っ赤なお鼻を指差した。


 「ほら、僕の鼻はピカピカだから!」


 再び彼の鼻は光り輝いた。一度スベったギャグをもう一度やるとは大した度胸だ。どこからか「三点」という声が聞こえてきた。


 「フフ、全然面白くない」

 「はぁ……絶対僕はこういう立ち回りの役じゃないって……」


 織衣は思いっきり息を吸い、そしてロウソクを吹き消した。

 姫野織衣、十六回目の誕生日。悲劇に終わった去年とは違い、今までで一番──と言うには両親達に悪い。しかし今日ぐらいはと、織衣は今を楽しむことにした。


 

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