5-23『プレゼント選び』
織衣達を撒いた穂高は、上野公園を出るとアメ横を通り抜けて御徒町まで移動していた。あの五人にどう弁明しても無駄だろうと穂高は諦めていた。何よりも、この昂ぶる感情を抑え込むための時間が欲しかった。穂高は御徒町から京浜東北線に乗り、空いていた席に座って全てを忘れようとした。既にお昼を過ぎていたが、空腹すらも忘れて穂高は邪念を捨てようとしていた。
気づくと電車は横浜に到着していて、穂高は横浜駅で降りると今度は根岸線に乗り換えた。関内駅で電車を降りると街の中を歩き、穂高はエヴァの画廊を訪れていた。
画廊はシャッターが閉められていて、中の様子を伺うことは出来なかった。織衣が欲しがっていたあの絵はどうなってしまうのか、遺族に……いや、もうエヴァには家族もいないのだった。エヴァが残した数々の作品は、彼女が生きていた証はどうなってしまうのかと穂高が考えていると、穂高の耳にネコの鳴き声が聞こえてきた。
「やっぱりお人好しだね、君は」
黒猫エリーを胸に抱えた渡瀬が、黒スーツの上にグレーのトレンチコートを羽織って笑顔で画廊を訪れていた。
「……おざなりにすると、呪われてしまうそうなので」
「フフ、それは僕の方がよっぽどだろうね」
「それで、何か御用ですか?」
渡瀬も暇な人間というわけではないはずだ。高校生組の教育係の一人として牡丹や詠一郎よりは穂高達の前に現れることは多いが、本部にいない時はどこにいるのかわからない。まだツクヨミには、穂高の知らない世界がある。最早この場所に渡瀬がやって来たことに穂高は驚きもしなかった。
「最近は暗い話ばかりだから、少し明るい話をって思ってね。確か、出灰は来週の火曜が終業式だよね?」
「二十三日ですね」
「その二日後は何がある?」
「クリスマス……ですか。パーティでもするんですか?」
「うん、盛大にね。でもそれだけじゃないんだよ」
副メイドというサンタ役にはもってこいの能力者がツクヨミにいる。しかしクリスマス目前になっても穂高は当日に何があるのか耳にしていなかったのだ。
「クリスマスは、織姫ちゃんの誕生日でもあるんだよ」
それを聞いて、穂高は不思議と合点がいった。織衣本人からも緋彗達からも彼女の誕生日なんて聞いたことはなかったが、何故かそれを前に聞いたことがあるような、以前から知っていたような気がしていた。
「じゃあ、誕生日パーティも兼ねるんですか?」
「そういうことだね。織姫ちゃん本人には内緒にしてるんだけど、ツクヨミの誕生日パーティはメンバー全員がプレゼントを贈ることになってるんだ。というわけで穂高君もプレゼントを用意してね」
クリスマスまであと五日しかない。しかもプレゼントを探すための休日は今日ぐらいしか残されていないのだ。
穂高は織衣が喜びそうなプレゼントを考える。織衣の趣味は、穂高があまり好まなような映画、それぐらいしか思い浮かばない。メジャーな作品は大体目を通しているはずだし、そもそも織衣が持っている映画コレクションを穂高が網羅しているわけではない、プレゼントとして何か贈ったところで被ってしまう可能性がある。それに絵画が好きという新たな一面も知ったが、織衣が絵を描いている姿を見たことがないため、画材も贈りにくい。
「そういえば、穂高君は女の子に誕生日プレゼントを贈ったことがある?」
「せがまれて、お菓子を奢ったことがあるぐらいです」
「何か良いプレゼントは思い浮かびそう?」
「いや……全然ですね」
「うん、確かに織姫ちゃんは難しいかもね」
穂高は友人の誕生日は特に何も考えずお菓子かジュースを奢っているぐらいだった。特に海風汀とかいう奴は当日に穂高がしらを切っていても何か奢れと威圧してくる。妹の椛にはリボン等のアクセサリーをプレゼントしていたが、身内と他人を着飾るのでは話が違う。
「でも大丈夫」
渡瀬が笑顔でそう言うと、彼が胸に抱いていた黒猫エリーがボンッと人の姿に戻って地面に降り立った。
「そう、ここにお年頃のレディーがいるじゃないか」
「ぶい」
エリーは真顔で穂高にVサインを向けていた。どうやらプレゼント選びに協力してくれるらしい。
穂高は渡瀬と別れ、エリーを引き連れて、いやエリーに連れられて電車で原宿へと向かった。竹下通りを練り歩いて何か良いものを見つけてくれるのかと穂高は思っていたが、奇妙な物品ばかり並ぶ雑貨屋、流行の最先端のその先を行く奇抜としか思えないブティック等、織衣のプレゼントには選びにくいショップばかり入っていた。しかも道中ではスイーツを買い与えてエリーのご機嫌を取らなければならず、そして黒いロリータファッションという中々に目立つ格好のエリーに声をかけてくる人も多く、その対処もしなければならなかった。
結局それらしい品を見つけられないまま穂高は渋谷まで辿り着いていた。穂高は仕方なく携帯で斬治郎と昴に連絡を取った。
『キスの味はどうだった』
『大変だったね……』
斬治郎の一言目は無視し、自分を気にかけてくれる昴には感謝を述べて、二人に助言を請うた。どうやら斬治郎はシャーペン、昴はクッキーを焼くつもりだと言う。ベターな文房具は被りやすい、しかし昴は気合が入り過ぎている。
そして緋彗と和歌にも連絡してみると、両方から『すけこまし』と返ってきた。やはり牡丹との一件が尾を引いているようだ。だが緋彗と和歌の二人は渋谷で買い物をしているらしく、丁度良いということでハチ公前で待ち合わせをすることになった。
「やーいすけこましー」
ハチ公前で待っていると、穂高の姿に気づいて和歌がそう声をかけてきた。それはあくまで冗談に聞こえるが、公衆の面前で口に出すのはやめてほしいと穂高は思っていた。
「それは牡丹さんに言ってよ」
緋彗と和歌はもう真冬ということもあって首にそれぞれ赤と緑のチェック、淡い黄色のマフラーを巻いているが、やはり年中マフラーを巻いている織衣はおかしいよなと穂高は改めて思っていた。
「でもやっぱり女の子連れてるんだね……」
緋彗は穂高の隣に立つエリーを見て言った。
「ぶい」
エリーは緋彗と和歌にVサインを向けていた。黒猫の姿に戻しても良かったのだが、人目につく所で切り替えは出来ない。
「いや、プレゼント選びに協力してもらってたんだよ」
「それでも決まらなかったのー?」
「まぁそうだね……二人はどんなの選んだの?」
見たところ緋彗はコスメショップの紙袋を持っていたが、和歌は小さな黒色のハンドバッグを持っているだけだった。先に和歌が笑顔で口を開いた。
「私はねー副メイドさんに注文しておいたんだー」
「え、副メイドさんに? あの人は何の窓口なの?」
「日本じゃ手に入らないものだから輸入だよー」
まさか海外から直輸入で誕生日プレゼントを仕入れるとは穂高も驚いた。何せ和歌にそんなこだわりがあるとは思えなかったからだ。和歌がこだわりを持っているものといえばゲームかアニメか銃器ぐらいである。織衣は映画好きだから、まさか日本じゃ手に入らない外国語版を輸入するのかと予想したものの、織衣がそれを見て話を理解できるのかと穂高は理解に苦しんだ。
「緋彗は……化粧品?」
「そうだよ。ほら、なーちゃんってあまりお化粧に時間をかけないでしょ?」
「いや知らないけど」
「オリギーヌって色気無いでしょー?」
「友達に対してそんな事言う?」
しかし確かに緋彗や和歌に比べると、いや他の同年代の女子と比べるとあれだけの素材がありながら着飾っていない。何より髪色と年中首に巻いているマフラーだけであんなに目立つのだから、これ以上目立つのは共に任務で行動する身である穂高からすれば勘弁してほしいところではある。
「服も私が選んであげないと新しいの買おうとしないし」
「可愛げが無いから氷の女王って呼ばれるぐらいだからねー」
緋彗と和歌がこれだけ心配している、というかお節介を焼くぐらいに織衣はファッションに興味が無いのかもしれない。確かに緋彗はそこら辺の話題についてよく話している姿を目撃するし、和歌は生活習慣こそズボラだが可愛いところもある。そのお節介も、同じ能力者として生きる彼女達なりの気遣いなのだろう。
「ほー君も化粧品とかあげてみたら?」
「いや、僕は全然詳しくないよ。ウィメンズの流行なんて尚更。お菓子とかじゃダメ?」
「ダメだね。それはスバ君が予約しちゃったから」
「被ったらダメみたいなルールがあるの?」
「人生で一回しか来ない十六歳の誕生日だからね。その年その年の誕生日は違うんだよ」
おそらくクリスマスのパーティには千代や北斗、渡瀬にエリー、もしかしたら詠一郎や牡丹も来るかもしれない。彼らも彼らでどんなプレゼントを織衣に贈るのか全く想像がつかないためチョイスが難しい。
「そういえばさ、ほー君って妹いたんでしょ? 何かプレゼントしてあげてた?」
「あー……リボンとかキーホルダーかな」
すると緋彗と和歌はポンッと手を叩いて何か閃いたように口を開いた。
「良いね良いねーバレッタとか良いかも」
「オリギーヌは何色でも似合うかもねーシルバーがベースなら色々捗るよ」
織衣をどう着飾るか語り合う緋彗と和歌の姿は、穂高の目にはどうも恐ろしく映っていた。二人が並々やらぬやる気を見せていからである。これは余計なことを言ってしまったかもしれないと穂高が後悔した時には、もう遅かった。
「ヨシ、それじゃ早速レッツゴー!」
「どこに!?」
「決まってるじゃん。乙女達の花園だよ……」
「僕は乙女じゃないけど?」
「でも乙女の格好してたじゃん」
「それは副メイドさんの趣味なんだよ!」
穂高がどう弁明しても無駄なようで、穂高は両手を緋彗と和歌に引っ張られてエリーと共に渋谷に点在するショップを巡っていた。あーだこーだとアクセサリーについて緋彗と和歌からレクチャーを受けさせられた穂高は、ようやくプレゼントを購入することが出来た。
空が橙色に染まり、駅のホームも人が溢れかえるほど混んでいた。穂高は緋彗達と共に池袋方面の電車を待つ。
「プレゼント、ヨシ!」
「ヨシ!」
穂高が買ったプレゼントの包装を緋彗と和歌がチェックしていた。あとはこのプレゼントが他の面子と被らないことを祈るばかりだが──。
「……これ、本当に僕が姫野さんにあげるの?」
今になって穂高は気恥ずかしくなってきていた。緋彗達に相談したのが間違いだったかもしれない、やはり軽く文房具にでもしておけばよかったと後悔したが緋彗と和歌は満足そうにしている。
「意気地なし」
穂高の隣に立つエリーがボソッとそう呟いた。
「酷いよ……」
何かしょうもないものをプレゼントしてキレられた方が気分が楽だった。織衣がこういったプレゼントを貰ってどんな反応をするかわからないため不安でしょうがなかったのだ。
「そういえば二人は去年、姫野さんに何をプレゼントしたの?」
すると緋彗は、プレゼント選びのお礼として穂高が奢ったジュースを飲んでから答えた。
「次のクリスマスが、織姫ちゃんがここで迎える初めての誕生日なんだよ」
緋彗や斬治郎は高校生組の中でも古株の方で、和歌もそれなりに長くいるらしいが、織衣は新参者の方だと穂高は副メイドあたりから聞いたことがあった。なんなら織衣はツクヨミに来てからまだ一年も経っていなかったのだ。
「確か年末だったよねー? 大掃除で忙しかった時にわたちゃんパイセン達が連れてきたんだよねー」
穂高はそう、と頷いた。
「そうだったね……あの頃の織姫ちゃんはまだ髪を染めてなかったなぁ。マフラーだけはあの頃のままだけどね」
一年前の織衣は、まだ能力者の世界を知らなかったのだ。そんな不可思議な存在なんて知らずとも日常を過ごすことができていた。しかし、何かをきっかけに織衣はこの世界に足を踏み入れなければならなかった。
穂高は昴や斬治郎以外の面子が、能力者になる以前はどういう生活を送っていたのかを知らなかった。知ろうともしなかったのだ、その領域に侵入してはいけないと考えていたからだ。
ただ、穂高は……織衣がツクヨミに加入するきっかけを、偶然とはいえ知ってしまったのだった。
「こっちに来てからすぐに四月の事件があったからね。大変なことばかりだったから、誕生日ぐらいは楽しく過ごしてほしいよ。
ほー君は楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「へー意外だね」
「酷い言い草だね」
「だってそんな風に見えないもん」
穂高はツクヨミで斬治郎や昴とゲームで争ったり、ランニングしながらくだらない話をしたり、自分よりも強い能力者と戦ったり、何よりも彼女らとワイワイと過ごす毎日が楽しかった。副メイドや渡瀬から無茶振りされるのは嫌だが、彼らのおかげで成長できた部分もある。
「女遊びは楽しくないのー?」
電車がホームに侵入してきたタイミングで、和歌が急に爆弾を投下した。緋彗は噴き出して笑い出し、エリーは真顔で穂高のことをジーッと見ていた。もうほとぼりが冷めたかと思っていたが、これは一生いじられるネタかもしれない。
「うん、楽しいね」
もう訂正するのも面倒になった穂高は冗談交じりにそう答えていた。
「ヒェッ」
「やっぱりすけこましじゃん……」
「好色漢」
緋彗と和歌が穂高に対して一体どんな想像をしているかわからないが、牡丹のあの行動は彼女らにとっても珍しいものだったのだろう。おそらく牡丹は彼らが穂高を尾行していたことに気づき、彼らを混乱させるためにあんなことをしたのだと穂高は推測していた。だが、そんな悪戯だとしたら腹が立つし残念でもあるが、まぁ役得だったなと穂高は思い返していた。
ただ、一瞬だけでも牡丹にときめきかけた自分が恥ずかしかった。
池袋駅に到着すると、穂高は駅の構内で緋彗と和歌と別れた。穂高は携帯で渡瀬から別の改札口に呼び出されたからだ。穂高はエリーを引き連れて渡瀬に呼び出された場所に向かったが、まだ渡瀬は来ていなかったためエリーと待つことにしていた。
「……はい、わかりました。お願いします」
穂高が副メイドと電話をしていると、西口の方から渡瀬が歩いてくるのが見えた。穂高が副メイドとの電話を終えると、エリーは渡瀬を見つけていつものポジションである渡瀬の隣に立っていた。
「やぁ穂高君。聞いたよ、牡丹さんと濃密な時間を過ごしたらしいね」
どうやら横浜で穂高と一旦別れた後にどこからか噂を聞いたらしい。牡丹本人から聞いたのか。
「あの……牡丹さんってなんていうか、躊躇いがないっていうか」
「男遊びが好きかって?」
「まぁ、端的に言えばそうですね」
渡瀬はフフフッと笑ってから答えた。
「あまりそういう話は聞いたことがないよ。まぁ自由な人だからね、悪戯感覚じゃないかな」
「じゃあ牡丹さんは悪戯感覚であんなことを……」
「大丈夫だよ、そんな童男を獲って喰おうとする人じゃないから、多分」
最後に付け加えられた多分という言葉が穂高にとっては不安でしょうがなかったが、牡丹のことをよく知っていそうな渡瀬がそう言うのだから大丈夫なのだろうと、穂高はそう思うことにした。
「あ、そうだ。穂高君は三列シートなら真ん中と通路側のどっちが良い?」
「え? その二択なら通路側ですかね……」
「じゃあこれだね」
すると渡瀬は穂高に二枚の紙切れを渡した。それは切符だった──十二月二十六日、十時丁度に東京駅を出発するのぞみの、新大阪までの東海道新幹線の乗車券と特急券だ。
「これは……?」
「言ったでしょ? 冬休みは僕と一緒に修行だって」
「……大阪で、ですか?」
「うん。大阪で年越しかもね」
渡瀬はフフフと笑っていたが、穂高はその笑顔を見て無事に年を越せるのか不安を覚え始めていた。




