5-22『尾行の収穫』
穂高が暇を持て余していたように、織衣達も暇と言えば暇だった。何か面白いことが無いかと各々が考えていた時に、穂高に牡丹から電話がかかってきたのである。織衣達は牡丹が一体どういう用事で穂高を呼び出したのか、野次馬根性溢れる緋彗と和歌の呼びかけで穂高を除いた高校生組五人は穂高を尾行することを決めたのである。
「おわぁいきなり抱きついたねー」
東京駅、銀の鈴の近くで牡丹を待っている穂高を遠目で観察していると、牡丹が背後から穂高に抱きついたのが見えた。
「牡丹さんってあんな感じだったけ?」
「いや、千代姉にしてるのは見た」
「そういえばちーちゃんパイセンのことは妹みたいだって前に言ってたねー」
「つまり牡丹さんは穂高君を弟みたいに思っている……?」
「じゃあほー君よりも先輩であるはずのザンジーは一体……」
「いや、わざわざ言わなくていいだろそれ。悲しくなるわ」
牡丹があんなフレンドリーに誰かに接しているのを見るのは織衣達も初めてだ。牡丹はツクヨミのボスではあるがボスらしい威厳なんて見受けられず、遊び人というイメージの方が強い。まぁ牡丹は誰にでも優しい人間ではあるが、特に千代とは仲が良いというか、やはり幼い頃の千代を知っていて長い付き合いになるらしいため、牡丹と千代はまるで姉妹みたいな関係のように見える。あの一言目には「は?」、二言目には「ぶっ殺す」とすぐに喧嘩腰になる千代を唯一甘えさせることが出来る人間だと華が言っていたのを織衣は思い出す。
だが、そんな牡丹が穂高を可愛がっているというか、あんなフレンドリーに接しているのは織衣にとって意外なことだった。織衣は牡丹の過去なんて殆ど知らないため、彼女には死に別れた弟と妹がいて、彼らを思って可愛がっている……という可能性も考えられなくはなかった。しかしそんなことを考え始めたらキリがない、と考えるのをやめた。
穂高と牡丹が移動を始めたため、織衣達も人混みに紛れて二人を尾行する。二人は改札に入ると上野東京ラインのホームへと向かい、織衣達も二人から距離を置いてホームで電車を待った。上野方面の電車が来ると二人が乗り込んだため織衣達も慌てて乗り込み、二人がどこで降りるかを確認するため近づき、隣の車両の窓越しに二人の様子を伺っていた。穂高は緊張している、というか怯えている様子だったが、牡丹はなぜか機嫌が良いように見えた。
二人が上野で降りると織衣達も電車を降り、上野公園方面の改札へと向かった。そのまま二人は上野公園の中へ入り、園内にあるカフェでコーヒーをテイクアウトしていた。織衣達はそれを外から遠目で観察していた。
「あれ、いなくなった?」
織衣達は二人がカフェから出るのを確認したが、ふと目を逸らした、というか瞬きをした一瞬の間に二人の姿が消えてしまっていた。
「あ、もしかしてこれって“かくれんぼ”?」
そう、牡丹はいつも姿を隠している。かくれんぼという遊びは鬼が見つければアウトだが、牡丹が使うかくれんぼは誰が鬼なのか分からないし、一度牡丹がその術を使ってしまうと彼女自身がやめるまで見つけることは不可能らしい。
「バレちゃったかな?」
「やっぱり何か重要な話なんじゃないのかな? 僕達には聞かれたくないような」
「いや……もしかしたら逢瀬──」
「発想がぶっ飛び過ぎてるだろ」
織衣達は例え尾行がバレたとしてもこれは尾行任務の練習だと言い逃れするつもりだったが、牡丹のかくれんぼという能力を失念してしまっていた。これではあの二人が何をしているのかわからない、しかもますます気になってくる。
「どこに行ったんだ? もしかして上野動物園か?」
「動物園デート……?」
「あの二人が動物園デートしてるのめっちゃ面白くない?」
もしかしたらどこかで見つけられる可能性があるため、織衣達五人はそれぞれ上野公園内、上野動物園、博物館、上野駅、不忍池を見張ることに決めて別れた。織衣は上野動物園のゲート前を見張ることになり、多くの親子連れが行き交うゲート前で一人カフェオレを持って佇んでいた。
一体自分達は貴重な休日を使って何をしているのだろうと織衣は考えていた。しかしわざわざ穂高を呼び出した牡丹がどんな話をするのか、気にならないわけでもない。
一体牡丹は、織衣達から姿を隠して穂高と何を話すのだろうかと織衣は考えた。十字会幹部の一人、オスカル・ヴェントゥーラを倒したため、次の任務の説明か。だとしてもわざわざ牡丹が直接話さないといけないようなこととも思えない。普段滅多に織衣達の前に姿を現さないだけに気になってくるのだ。
織衣が考え事をしていると、織衣に一人の男が近づいてきた。またナンパかと織衣は思ったが、黄色いエプロンを着け、黒髪の毛先を赤く染め、黒縁メガネをかけている男の姿に見覚えがあった。
「お前は……姫野織衣か」
知り合いにこんな男がいたか、織衣は中々思い出せなかった。勿論ツクヨミにこんなメンバーはいなかったし、見た目の年齢からして出灰の生徒でもない。後思い当たるとすれば──。
「貴方は、革新協会の……誰?」
「赤王善治だ」
「あ、そうだった」
いつだったか、随分と前に織衣は彼と出会ったことがあった。革新協会の副統帥という立場にいて、確か穂高とも知り合いのはずだ。そしてそんな彼がどうしてこんな所にいるのか織衣は疑問に思った。
話によると、赤王善治は自分の身分を隠してクレープ屋のキッチンカーで働いているという。今日はこの上野動物園前で店を開いていて、偶然織衣を見かけたというわけだ。折角なので織衣はクレープを買ったが、こんな仏頂面な男がまともに接客できるのか不安に思っていた。
「……どうしてここにいるの?」
「そんなにおかしいか?」
「うん」
穂高曰く、革新協会の連中が白いコートを着ていない時はオフだ。だとしても革新協会というテロ組織のナンバー2がキッチンカーでクレープを売っている意味など全くわからないし、これが革新協会の仕事というわけではないだろう。善治はクレープの皮を焼きながら言う。
「俺は少し前までは大学生という顔を持っていた。しかし諸事情で通えなくなってしまってな。色々と迷った末にこうして働いている」
「……金稼ぎのために?」
「いいや、これはあくまで俺の趣味だ。俺にとっては気分を紛らわすための手段に過ぎない」
織衣は善治が作ったクレープに口をつけた。そんな特別美味しい訳では無いが、まぁ値段相応というぐらいの出来である。
「能力者狩りは元気にやっているか?」
「さぁ、わからない」
「そうか。最近は大人しくて不安になるぐらいだ。昨日埼玉の方で暴れていたが、本調子ではなかったようだな」
穂高の戦いを見ていたとは思えないが、どこを見て穂高の調子を判断したのか。確かに昨日の穂高は疲れているように見えた、織衣と戦う前から。
「……革新協会は穂高君を狙わないの?」
「邪魔をするんだったら優先するだろうが、俺達も今は忙しい。十字会の連中は狙っているかもしれないが」
「ロッソケントゥリアが?」
「さぁな」
不思議な気分だ。敵であるはずの革新協会のナンバー2と出会ったのに戦いもせずに、何故か彼が作ったクレープを買って織衣は食べている。そもそも革新協会のナンバー2が趣味でクレープ屋で働いているという状況を未だに織衣は受け入れきれていない。
「噂によると、お前は紋章共鳴を使えるらしいな」
きっとオスカルを撃退した現場に訪れたリーナから聞いたのだろう。
「貴方も使えるの?」
「いいや、俺は使えない。俺の能力は戦闘には不向きだからな」
穂高によると、赤王善治の能力は『鳥』でただ背中に翼を生やして飛ぶことが出来るというだけの能力らしい。十分便利な能力だが、戦闘に向いているとは思えない能力を持っていながら革新協会の副統帥という立場にあるのは、彼が持つ妖刀と剣技が成せる技だという。穂高も何度か善治と戦ったらしいが、明らかに手加減されているのがわかると言っていた。どうして手加減されているとわかるのか、織衣には理解できない。
「本調子の能力者狩りが使う紋章共鳴は手がつけられん。俺も統帥がいなければ死んでいたかもしれない」
昨日の穂高は体力的に限界を迎えて衰弱していたため、織衣よりも先に力尽きてしまっていた。以前の織衣なら恐怖から穂高と戦うのを避けていただろうが、今は能力者として彼の強さが気になっていたのだった。
「俺は俺より弱い人間が嫌いだ。お前はどうだ、俺より強い自信はないか?」
「……それは戦ってみないとわからないから」
「じゃあここで腕試ししてみるか?」
「嫌だ」
「そうか。まぁ俺も意味もなくこんな場所で騒ぎを起こすつもりはない。意外とこうしてクレープを焼いているのも楽しいものだ」
リーナもリーナでぶっ飛んだ人間だが、善治はまともそうに見えてよくわからないことをやっている人間だ。しかしリーナよりかは話がわかる人間のようだ、何ならツクヨミの面子と比べてもマシなぐらいだ。こんな人間が革新協会という凶悪なテロ組織のナンバー2というのが信じられなくもある。
織衣が善治と話していると、織衣の携帯に着信が入った。どうやら上野公園を巡回していた緋彗が穂高と牡丹を見つけたらしい。織衣はクレープを食べ終えると「まあまあだった」と善治に感想を言ってその場を去っていた。
大噴水近くのベンチにいたという二人はもう話を終えていたようで、もう帰るのか上野駅へと戻っていた。その後ろを織衣達は追って、改札の前で穂高と牡丹が別れるのを観察していた。牡丹は穂高に手を振って改札の方へ向かおうとしたが──牡丹がチラッと織衣達の方を見ていた。
「あ」
「ヤバ」
「オーマイガー」
「俺ら死ぬかも」
織衣達は穂高と牡丹から距離をおいて柱の影から見ていたが、五人共確実にバレたと気づいた。その瞬間全員が死を悟ったが、牡丹は穂高の方へ向き直ると、そのまま一気に顔を近づけ────。
「え」
「え?」
「お?」
「おわー」
──牡丹は穂高と口づけを交わしていた。
織衣達五人は呆然としていた。驚きのあまり誰も言葉を発することが出来ず、穂高も同様に立ち尽くしていた。そんな中、牡丹は一人フフフと笑いながら改札の中へ入ってしまった。
ようやく我に返った織衣が抱いた感情は、ショックというか怒りであった。織衣達の存在に気づいていた牡丹は、織衣達に見せつけるためにわざわざあんなことをしたのだ。牡丹はあんな年になってもいたずらっ子のような部分を持っているが、この悪戯は度が過ぎる。
穂高も尾行していた織衣達の存在に気づいたようで、まず緋彗と和歌が彼の元へ駆け寄った。
「感想は?」
「どんな味だった?」
浮かれる緋彗と和歌の質問に穂高は何も答えなかった。織衣と斬治郎、昴も穂高の元に向かったが、穂高は急に背中を向け再び公園の方へ駆け出していた。
「三十六計逃げるに如かず!」
「あ、アイツ逃げやがったぞ!」
逃げ出した穂高を織衣達は追いかけたが、穂高の逃げ足は速く上野公園ですぐに撒かれてしまった。
「アイツ、無駄に足速いんだよな……」
高校生組の中でも十分足が速い方の斬治郎でさえ穂高に追いつけない。穂高は能力を使っていなくても、サッカーをやっていたという経験からなのか素の反射神経や瞬発力も高く、ずば抜けて足が速かったのだった。織衣達が能力を使ったとしても、穂高に光の能力を発動してしまわれたらどうしようもない。
「どうして牡丹さんはほー君と……」
「やっぱり年下が好みなんだよ」
「正直言って羨ましいよな」
果たして今日、穂高は本部へ返ってくるのだろうか。緋彗達に出会ったら質問攻めに遭うことはわかりきっていることだ。織衣も今の穂高とどんな顔をして会えば良いのかわからない。
「どうして穂高君は変な人にばっか好かれちゃうんだろうなぁ……」
昴は一人穂高のことを心配していたが、確かに穂高の周りにはまともな人間が集まってこない。
ただ、もしも牡丹のあれが単なる悪戯ではなく本当に──いいやそんな筈がないと織衣は信じたかった。




