1-5『救援が遅い』
「何から話せばいい?」
能力者狩りとして活動する彼も、ツクヨミに関して入手できる情報には限りがあるだろう。そもそも能力者に関してどれだけ知っているのかも未知数だった。織衣の問いに対し、能力者狩りは驚いたような表情をしていた。
「え、すんなり教えちゃうの? もう一戦やらない?」
どうやら彼はまだ戦いに飢えているらしい。
「嫌だ」
だが穏便に済ませられるならそれに越したことはない。秘密を話すことにはなってしまうが、止めに来なかった詠一郎のせいにしてしまえばいいと織衣は開き直った。ここまで介入してこないのは彼にも責任がある。
「じゃあ、君の敵は一体何?」
「それは、与えられた依頼次第かな」
「成程、今日は奴らがその目標だったと」
事の善悪など、ツクヨミにとっては関係ない。そう詠一郎達は言っていた。だが、倫理観の抵抗というものは少なからず織衣達に存在する。絶対悪の存在である革新協会が相手なら善悪の葛藤に悩まされる必要もないだろうと、まだ若い織衣達でも戦いやすかった。
織衣自身も、生命を奪うことが悪行であることを勿論知っている。詠一郎達にそんな倫理観が無いわけではないだろうが、何も感情だけで仕事をしているわけではない。
「君は何かの組織にいるんでしょ? 革新協会とは別の、能力者の集まり?」
「うん。私達は『ツクヨミ』……表向きは商社っていう設定のペーパーカンパニーって聞いた。
だけど所属しているのは皆能力者。能力という力を隠すために存在する組織。人数はあまり多くないけれど、色んなところから依頼を受けて対価を受け取るの。私はまだ若いから、そんな大きな仕事は回ってこないけど……」
ツクヨミは、その組織の存在を何らかの形で知っている人間達からすれば体の良い便利屋だと認識されている。実際そういう風にこき使われることもあるが、ツクヨミが最も重んじるのは『奇跡の力』である能力の秘匿だった。
「成程、月読か。いかにも影で暗躍してるって感じの名前だね」
ツクヨミと名乗り始めたのは最近、とは言っても戦後すぐの話らしいため数十年は経っている。それ以前から前身組織は存在していたというのだから長い歴史を持っている組織だ。しかし表舞台で彼らが語られないということは、ちゃんと能力を秘匿するという役目を果たしていたということだ。革新協会が現れるまでは。
「僕は前に君と一度出会ってるけど、それは覚えてる? 三日、いや四日ぐらい前だったかな。君は死にかけてたけど」
「じゃあやっぱり、貴方が助けてくれたの?」
「まあ、そうかもね」
能力者狩りは織衣を助けたことについて、少しはぐらかしたように思えた。そうかもという答えは、とても当事者の表現とは思えなかった。
「どうして、私を助けてくれたの?」
「話を聞きたかったからだよ。でも途中で君の組織の人っぽい人が来たから退散したんだ。黒いスーツで、イケてるホストみたいな見た目の人」
先日、能力者狩りに助けられた織衣の元に駆けつけてきたのは詠一郎だった。それには恩を感じていたが、段々と嫌いになりつつあった。
「ところでさ」
「何?」
「その黒スーツの人が空を飛んでるけど、あれは何してるの?」
能力者狩りは北の空を向いた。ビルとビルの間に挟まれた北の空の彼方には、雨雲が広がっているだけだった。だがそこにいる彼の存在に、能力者狩りは気づいていたのかもしれない。
「まさか──」
その瞬間、轟音とともに何かが織衣と少年の間に着地し、激しい水飛沫が飛んでくる。同時に能力者狩りは織衣から離れ、織衣の前に降り立った黒スーツの男を見ていた。
「詠さん!」
コンクリートの地面に亀裂が入る勢いで、詠一郎はこの場所に現れた。彼は右手の人差し指にオブシディアンが埋め込まれた指輪をはめ、そして右目に赤い光を灯していた。
「俺に気づいてたんだな、坊主」
両耳にピアスをつけ、ツクヨミの月の仮面を被った男。せっかくワックスで仕上げた髪も雨でびちょびちょになっているかと思えば、どういうわけか彼の体は全く濡れていなかった。おそらく詠一郎の能力によるもので、雨を全て弾いているのだ。
織衣は詠一郎を少し苦手としていた。だが、とんでもなく強いことは織衣も知っている。
能力者狩りは光剣を生み出し、突然現れた詠一郎に警戒しているようだった。
「そのツクヨミとかいう組織の人ですか?」
「ああそうだ。早速だがウチに入る気はないか?」
「え」
突拍子もない事を言う詠一郎に、仲間であるはずの織衣が真っ先に驚いた。能力者狩りも驚いているようだったが、すぐに首を横に振った。
「結構です。迷惑をかけるわけにはいきません」
「じゃあそれを賭けて勝負でもしてみねぇか?」
「嫌です。残念ですが、今日はもう疲れたので」
すると能力者狩りの体からいきなり光が放たれる。それはあまりにも眩しく、織衣達は目を手で覆っていた。
「さようなら」
雨脚が弱くなってくると、今度は風がビュウビュウと吹くようになった。織衣達が目を開けると、既に能力者狩りの姿はなかった。瓦礫が積み重なる解体現場には、呆然とする織衣、面倒くさそうな表情の詠一郎、そして能力者狩りに殺された吸血鬼の死体が残されただけだった。
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「さて、どうして織衣がピンチに陥ったのにも関わらずすぐに助けに行かなかったのか、なぜ向こうからわざわざお出ましになった能力者狩りを易易と逃したのか、その上どうして名前すら聞き出せなかったのか、その言い訳を聞かせてもらおうか」
副メイドは事務所のソファに腰掛ける詠一郎に静かな怒りを見せていた。華は紅茶を啜りながら、少し離れたデスクからその光景を笑顔で眺めていた。
能力者狩りに出会った夜が明け、時刻は午前十時。休日のため織衣も本部にいた。
詠一郎の向かい、副メイドの隣に座る織衣が茶菓子のクッキーを頬張っていると、詠一郎は頭をかきながら口を開いた。
「いや副メイド、別に逃したのはしょうがないだろ」
「へぇ? ツクヨミ一番の稼ぎ頭の超エリート能力者様(笑)が後輩のピンチを傍観していた上に、格下だと見下していた若造を簡単に逃したくせに?
『能力者狩りぐらい簡単に捕まえられるわぁ~』とかほざいていたくせに?
『所詮雑魚狩りをしているだけの勘違い野郎』とかほざいていたくせに?
一体どういう言い訳をしてくれるんだ、おぉん?」
副メイドはスラスラと詠一郎を罵倒してみせる。その勢いは隣で聞いていた織衣も引くレベルだったが、確かにそんなことを言っておいてこんな結果では、あまりにも格好がつかない。
「別に俺はボーッと見てたわけじゃない。奴がいたことには気づいていた。
織衣をすぐに助けなかったのは……なんというか、申し訳ないと思っている」
「いや、別に良いよ詠さん。もう助けに来るって思ってなかったし」
「ほんとごめんなぁ……」
今となってはそれほど怒っていてもしょうがないことだ。一応織衣も無事に戻ってくることが出来たのだ。今後、詠一郎を一切信用しようとは思えないかもしれないが。
「それで、お前は能力者狩りが織衣を助けると思って傍観していたと?」
「あぁ、あれは只者じゃねぇと思った。そりゃ上を見れば上はたくさんいるだろうが、あれは本物だ。野良で育ってあんだけのオーラが出せるなら大したもんだと思うぜ」
「私もそう思う。多分『光』の能力だと思うんだけど、でも格闘戦だけなら勝てるかもって思った。あの人、私の攻撃を避けようとしなかったもん」
「織衣が二、三発ぐらい蹴りを入れてたしな。ただ能力の扱いは素人とは思えない。織衣の能力じゃ、そもそも相性が悪いとしか言いようがない」
能力者狩りが近接戦闘を苦手とする理由は、彼の能力の使い方からして殴り合いをする意味が無いからだろう。織衣も護身のために嗜んでいるだけで、普段からそれをメインとして戦っているわけではない。
「一つわかったのは、織姫ちゃんがピンチになれば駆けつけてきてくれるってことかしら」
一人、織衣達から距離をおいて優雅に紅茶を飲みながら、華はニコッと微笑んでいた。織衣が初めて能力者狩りと出会った時もそうだった。能力者狩りは瀕死の重傷を負った織衣を、ご丁寧に治療まで施して返している。
そもそも、事が起きる前に織衣は能力者狩りと偶然、いや偶然と言い切れないが接触していた。能力者狩りがあの吸血鬼をターゲットにしていたなら、織衣が獲物を奪ったようなものだ。
華の冗談のような言葉に詠一郎は溜息を吐いていたが、副メイドはハッと何か思いついたように言った。
「じゃあまた織衣をピンチにさせてみるか?」
「絶対に嫌だ」
いくら囮とはいえ助けに来てくれない詠一郎には放置されるし、やはり精神的な疲労が大きい。九死に一生というものは人生に一度だけでいいはずだ。おかげで夜もぐっすり寝れやしない。
「昨日雨の中ずっと外にいたから、今日も具合が良いわけじゃないもん。少しは休みたいよ」
「わかっている、もうそうはさせない。
詠一郎、何か策はないか?」
「そうだなぁ……」
詠一郎はグビグビと麦茶を飲んでいた。何か閃いて妙案でも語りだすのかと思ったら、彼はガラスのコップを持ったままニヤッと笑った。
「この部屋にいる誰かさんを捕まえないとな」
その瞬間、詠一郎は能力を発動して右目に赤い光を灯し、書類棚の後ろを目掛けてコップを思いっきりぶん投げた。その速度は一気に加速し、コップは書類棚の後ろの壁に勢いよく打ち付けられて粉々に割れてしまう。
同時に何か人影のようなものが書類棚の後ろから出てきたように見えたが、その影は高速で移動していた。
「姿を現せ!」
今度は副メイドが懐から拳銃を取り出して、何かを目掛けて発砲する。直ぐ側でバンバンと乱射しているため耳に響き、織衣は思わず耳を押さえていた。
副メイドが自動拳銃で一マガジン分撃った後、観念したのか事務所の隅に人影が現れた。中性的な顔立ちで、白シャツに黒ズボン姿の少年。その真っ赤な返り血がとても恐ろしい。彼は右目に青い光を灯し、右腕に黒い腕輪をつけていた。その右目を中心に、まるで咲き乱れるかのように花の紋章が浮かび上がっている。
「『光』、の能力者だよな。光そのものに擬態することが出来るのか?
能力者狩りさんよ」
詠一郎は笑みを浮かべながら能力者狩りに問いかける。能力者狩りは何も答えず、織衣は警戒して能力を発動しようと手袋をはめようとした。が、拳銃を構えた副メイドさんに止められる。今は戦うな、ということらしい。さっきまで紅茶を嗜んでいた華も、デスクの引き出しから取り出した拳銃を持って様子を伺っていた。
「何だ、ウチに入る気にでもなったか? 何なら面接でも受けてみるか?
志望動機はなんだ?」
能力者狩りはゆっくりと両手を上げて、降参のポーズをとって口を開く。
「情報収集です」
だが、彼に降参する気はない。織衣がそう感じ取れたのは、まだ能力者狩りの表情に余裕が残っていたからだ。
「そうか。俺達の仲間になるってのなら、色々と教えてやっても良いんだぜ?」
「お断りします」
能力者狩りが両手を下げると、たちまち周囲に眩い閃光が放たれ、織衣達の視界が無力化されてしまう。いい加減目をやられてしまいそうだと思いながら、光が収まると織衣は目を開けた。
「消えた……」
事務所内を見渡しても、もう能力者狩りの気配はなかった。ただ、詠一郎はまだ警戒を緩めていなかった。
「そこだぁ!」
突然詠一郎はそう叫ぶと、スーツジャケットの内側からナイフを取り出して、コピー機の側の、閉められたブラインドのほんの僅かな隙間にぶん投げていた。
詠一郎が投げたナイフは窓に突き刺さらずに、どこかへ消えてしまっていた。それを確認すると詠一郎は言う。
「つけられてた、か」
「え?」
「つけられていたのかもしれないな、能力者狩りに」
このツクヨミ本部に部外者が入ることは不可能だ。いや、入ったとしてもこの場所がツクヨミの本部であると認識できないはずだ。見た目はただのビルやマンションが並ぶ区画だが、能力者による結界ぐらいは施してある。
「どうして奴がここに入れたんだ?」
「もしもの時のために私が開けておいたの」
「じゃあ受付嬢のせいじゃねぇか!」
この本部を管理しているのは事務所に常駐している華だ。彼女はフフフと笑っているが、織衣達は溜息を吐いていた。
「まだいたりしない?」
「いや、もういないだろう」
「副メイドでさえ気配ぐらいは察知できるんだ、やっぱりまだ能力の扱いに粗は残っているみたいだな」
それを聞いた織衣は一安心した。同時に大きな欠伸が出てしまう。
寝足りない。何かと起こりすぎていて気持ちよく眠れていないのだ。能力者狩りに対する恐怖よりも、今は死への恐怖の方が大きい。それを実際に目の前にして、織衣は実感したのだった。
「織姫ちゃん、お眠?」
拳銃をしまって、ティータイムに戻った華が話しかけてきた。
「うん、流石に」
「ならゆっくり休むと良いわ。最近は大変だったんだし。
私が子守唄でも聞かせて寝かしつけてあげようか?」
「……子どもじゃないんだから」
囮の役目を果たして見せた織衣は、また欠伸をしながら事務所を出て自室へと向かう。事務所を出た直後、中から「俺のパソコンがああああ」と叫ぶ副メイドの声が聞こえてきたが、あれだけ拳銃をバンバン乱射していれば流れ弾ぐらいは当たるだろうと思いながら、織衣は人気のない廊下を歩いていた。
休みは与えられた。もう織衣が餌になる必要はないだろう。食われないだけマシだったと考えるしかない。織衣はこの短期間で何度も死にかけ、そして能力者狩りに助けられた。感謝はしているが、まだ能力者狩りに対する恐怖は残っている。こうして廊下を歩いているだけで、角でバッタリ彼と出くわしてしまいそうに思えてしまう。
ただ、織衣の心に密かに膨らむ好奇心は、まだまだ収まりそうになかった。




