5-20『ボス(メリーさん)からの電話』
能力者として戦うためには基礎体力も重要である。副メイドがそれぞれに見合ったトレーニングメニューを課し、各々は与えられたメニューを朝や夕方にこなすのだ(たまにサボる人間もいるが)。しかし昨日は高校生組全員が任務に参加したためトレーニングが免除され、久々に各々が自由に過ごす日曜日を迎えた。
「今日何しよ……」
しかし穂高の予定は空っぽだった。
「珍しいな、お前がそんな暇だなんて」
穂高の目の前で斬治郎が朝食の焼き鮭を口に運んでいた。高校生組は大体一緒に食事を取る。男子と女子に分かれて別々のテーブルで食べるが、穂高が入るまで斬治郎は女子組から離れて一人で食べていたため心細かったらしい。
「斬治郎は何か予定ある?」
「あー、昼前ぐらいにトレカの新弾買いに行くけど、お前も来てみるか?」
「いや……今日は出かけると面倒なことに巻き込まれそうな予感がするんだよ」
「何だよそのセンサー」
溜息を吐いて、穂高は味噌汁をズズズと飲んでいた。撮り溜めしていたサッカーの試合中継も殆ど見てしまったし、今日は面白そうな試合もない。期末テストも終わってもうすぐ冬休みという時期だ、普段は暇なら華に声をかけて任務を受けるのだが、穂高は昨日無理をしてしまったため任務に行くことが出来ないのだった。
「昴はどうするよ?」
斬治郎は穂高の隣に座る昴に聞いた。しかし昴は茶碗と箸を手に持ったまま、何も口にしていなかった。心なしか顔色も悪く見える。
「どうしたの昴? どこか具合悪い?」
すると昴は茶碗と箸を置いてから口を開いた。
「何も……喉を通る気がしないんだよ……」
「何だ? インフルか?」
「いや、昨日のことを思い出すと……」
成程、と穂高は理解した。斬治郎も今の昴の状態を理解したらしい。
昴は穂高達と同い年だが、能力者としてはまだ生まれたてぐらいだし、ツクヨミの世界では新参者だ。昨日の任務で織衣達の方に同行していた昴は、次々に殺されていく革新協会の能力者達を目の当たりにしたはずだ。織衣達曰く、彼女らの戦いは穂高のそれと比べると刺激が弱いらしいが、それはまだ昴にとって刺激が強いものなのだ。
「まー死体見たら肉は食えねーかもな」
「お水で精一杯だよ……」
出灰での騒動の時も昴は大分疲弊しきっていた。福岡事変でも四月デストラクションでも運良くその惨状を目撃しなかった昴は、その当たり前のような残酷さに慣れることが出来ていない。これは長くかかりそうだなと、穂高は斬治郎と目を合わせてウン、と頷いていた。
「穂高君と斬治郎君はもう慣れたの?」
「俺は……ガキの時から見てたしな」
「僕は慣れたっていうか、慣れるしかなかったかな」
「お前のは荒療治が過ぎるぜ」
穂高が見てきた死体の数はツクヨミに穂高より長く在籍している斬治郎よりも多い。何しろ、自分が奪ってきた命の数も桁違いだ。
「やっぱり数をこなすしかないの?」
「まぁ……僕だって好きで見てるわけじゃないけど、やっぱり慣れだよね」
「お前が言うと説得力が違うな」
「そうだね……」
穂高は人の死に何も思わないわけではないが、確かに斬治郎や昴達に比べれると慣れすぎているなと穂高自身も感じていた。
むしろ昴の反応が普通だ。人が死んでゆく光景は、例え相手がどんな人間であっても恐ろしいもののはずだ。そもそもツクヨミの任務であっても人を殺すという行為そのものに織衣達は抵抗を持っているように穂高は時たま感じていた。彼女達の中にはまだ相手を捕縛するという選択肢が残っているが、穂高にはそれがない。
穂高は能力者狩りとして多くのことを経験し過ぎてしまっていた。ではその感覚は一体いつから狂い始めていたのだろうと穂高は考える──四月デストラクション、あの始まりの日に穂高は初めて、敵とはいえ人の命を奪ったのだ。あの時は確かに生きることに必死だったとはいえ、一体どうして自分がこんなにも人間の死に抵抗感を持っていないのだろうと穂高はふと疑問に思った。
それは四月デストラクション、さらには福岡事変で──何かを思い出そうとしたが、穂高は思い出さないように考えるのをやめていた。いつまでも昴がこんな調子では困るが、かといって自分のようになってほしくないと穂高は思っていた。
「僕はゼリーを食べるから、これは穂高君と斬治郎君にあげるよ」
「じゃあ僕は焼き鮭を貰うね」
「いや、普通に考えて半分こじゃね?」
穂高と斬治郎が昴の分の朝食を取り合っていると、穂高の携帯に着信が入った。渡瀬からかと穂高は思ったが、何と画面には剣城牡丹という文字が映っていた。自分が所属する組織のボスからの電話に穂高は驚いて携帯を落としかけたが、慌てて電話に出た。
「も、もしもし」
牡丹はツクヨミのボスという立場にあるが、穂高はあまり会ったことがない。斬治郎達の話によれば、今よりは暇だった四月以前もそんなに本部にいたわけではないらしい。
『ハーイ、私メリーさん。今静岡にいるの』
その声を聞いた途端、穂高は戦慄した。その恐怖が顔に出てしまっていたのか、斬治郎と昴も何事かと穂高のことを心配しているようだった。
「ど、どうしたんだ?」
「め、メリーさんから電話がかかってきた」
「え、穂高君死んじゃうの?」
メリーさんは今静岡にいるという。静岡からなら新幹線を使えば池袋まで大体二時間程だろう。だが穂高達の不安をよそに、電話口からはケラケラと笑い声が聞こえてきた。
『私よ、剣城牡丹。覚えてる? 最後に会ったの結構前だけど』
「あ、はい。覚えてますけど」
しかしよくよく考えてみれば電話をかけてきたのは牡丹本人だ。メリーさんであるはずがない。しかし牡丹はかくれんぼだの缶蹴りだの、子どもの遊びのような能力の使い方をするため冗談のようには聞こえない。
『今日、何か予定ある?』
「いや、特に無いですけど」
『じゃあ十時に東京駅の丸の内口で待ち合わせね』
「え?」
『それじゃ、待ってるから』
牡丹は穂高に質問する暇も与えずに、一方的に電話を切ってしまった。
「何て言ってたんだ?」
「僕、牡丹さんから呼び出されたんだけど」
「は?」
「やっぱり穂高君は殺されちゃうの?」
牡丹から呼び出しを受けたと聞いて、斬治郎も昴も戸惑っている様子だった。滅多に穂高達の前に姿を現さない牡丹からの直接の呼び出しだ、穂高は全く良い予感がしていない。
「なぁ、お前何かやらかしたのか?」
「いや、多すぎてわからない」
「だとしたら少しは反省しろよ、やらかしすぎだろ」
「いやいや、そんな物騒なことじゃないかもしれないよ? もしかしたら穂高君とデートとか──」
昴の何気ない発言を聞いて、穂高達の後ろのテーブルで朝食を取っていた女子組が一斉に立ち上がって穂高達の方を向いた。
「「「で、デートォッ!?」」」
織衣と緋彗は斬治郎達と同様に戸惑っている様子だったが、和歌だけは嬉々として目を輝かせていた。
「牡丹さんも恋とかするの!?」
「しかも穂高君に!?」
「やっぱり牡丹ちゃんは年下が趣味なんだよ!」
織衣と緋彗は牡丹に対して失礼なことを言っている気がするし、和歌も変な方向に想像してしまっているようなので穂高は慌てて電話の内容を説明する。
「違うよ、僕はただ呼び出されただけなんだ」
「え? 牡丹さんに?」
「うん。東京駅まで来いって」
「ヒェッ」
「穂高君は死ぬのね……」
「アーメン」
ついさっきまで恋愛沙汰にテンションを上げてうつつを抜かしていた三人の表情が急に悲壮感漂うものに変わってしまったのは、やはりあの牡丹が呼び出しをするのが珍しいことだからだろう。例えデートのお誘いだったとしても脈絡がなさすぎて恐ろしい。
「え、ほー君本当に行くの?」
「いや、行かなかった時の方が怖いでしょ」
「無事を祈ってるよ……」
穂高以外の全員が胸で十字を切っていたが、おそらく彼らは他人事だと思って面白がっているだけだ。いや、穂高もまさか殺されるとは思っていないが、先日詠一郎や渡瀬に楯突いてしまったことを叱られるのでは、と恐れていた。最近の出来事で思い当たる節はそれぐらいしかないが、あんな放任主義の塊みたいな牡丹なら大体の用件は穂高達の教育役である副メイドや渡瀬、千代に任せるはずだ。
もしかしたら何か重要な話なのかもしれない。そう覚悟して穂高は支度をしていた。
東京駅周辺、特に八重洲口は四月デストラクションでビルが爆破されるなど大きな被害が出た地域だが、最近になって東京駅を発着する全ての電車が四月以前のダイヤで全面復旧し、被害を受けたビルの修繕や建て替えが進むなど賑わいが戻りつつあった。日曜ということもあってか東京駅には大きなリュックやトランクを持つ人々で溢れかえり、穂高は人混みの中をかき分けて構内を歩いていた。
牡丹は十時に丸の内口で待ち合わせと言っていた。穂高は九時半頃には東京駅に到着していたが、東京駅の丸の内口は北、中央、南、さらには地下と何箇所も存在する。牡丹はそれらしいことを何も言っていなかったため、穂高は仕方なく丸の内口の中で一番待ち合わせスポットっぽい銀の鈴付近で牡丹を待った。
人の波を眺めているだけで時間が過ぎていく。穂高はこうして人が多く集まる場所にいると、いつリーナが、いやリーナを含めた敵の能力者がやって来やしないかと警戒しているが、最近はすっかり大人しくなってしまったものだ。まだ平和には程遠い世界だが、こうした束の間の平穏が幸せだと感じられた。誰かと待ち合わせをするというのも久々だ、これが能力者と関係のない人間だったらもっと良かっただろうが。
約束の十時を過ぎても、牡丹の姿は見当たらない。もしかしたら違う丸の内口で待っているのかもしれないと思って穂高が歩き始めようとした時、穂高は突然背後から抱きつかれた。その勢いで思わず倒れそうになったが、体を後ろからガッシリと掴まれていた。
「ハーイ、私メリーさん。今貴方の後ろにいるの」
こんなことをしてくるのはリーナかと穂高は一瞬考えたが、明らかに体躯と香水の匂いが違った。牡丹の顔は見えないが、彼女の何とも無邪気そうな笑顔は想像に容易いものだった。
「ど、どうもメリーさん」
「久しぶりね。元気してた?」
「僕は振り向いたらどうなりますか?」
「フフ、想像にお任せするわ」
メリーさんの電話は怪談として有名だが、その結末は多種多様だ。やはり怪談話というだけあって身の毛がよだつような結末が待ち受けているはずだが、能力を使っていないのを見るに、それは彼女なりのジョークなのだろうと穂高は思うことにした。
「それで、僕に何か御用ですか?」
牡丹は衆目の中で変わらず穂高に背後から抱きついたまま、右手を後ろから回して穂高に見せた。
「一つ、上野公園。二つ、新宿御苑。三つ、井の頭公園。どこに行きたい?」
「じゃ、じゃあ上野公園で」
「決まりね。早速向かいましょ」
牡丹は穂高の体を離すと、今度は手を引っ張って改札へと連れて行く。黒のトレンチコートに彼女の長い銀髪が映えるが、その服装の色合いは織衣に似ていた。いや、織衣が牡丹に寄せているのかもしれない。
穂高が上野公園を選んだのは、単純に東京駅から近いという理由だった。穂高と牡丹は上野東京ラインの電車に乗り込み、上野へと向かった。




