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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-19『笑わない少女』



 「──お前に、もう一度死んでもらいたい」


 オスカル討伐作戦より前のこと、穂高達高校生組が副メイドからエヴァ尾行任務の説明を受けた直後のこと、副メイドは穂高にそう言い放った。副メイドが持つタブレット端末には、額に二本の黒い角を生やし、体に花の紋章を浮かべた姫野織衣の写真が映っていた。


 「これは自衛隊に撮影してもらった写真だ。お前には、この織衣がどういう状態にあるかわかるだろう」


 織衣の体に起きている異常は能力の暴走状態で見られるものだが、それにしては彼女は落ち着いているように見えた。だとすれば、残る可能性は暴走状態に似た“紋章共鳴”だ。


 「もしも任務中に面倒な敵と戦うようなことがあれば、この織衣をもう一度引き出してみたい」

 「だから僕に死ねと?」

 「おそらく織衣はお前が死んだことによって追い込まれ、これを手に入れた。お前が死にたいなら死んでもらっても構わないが、出来れば織衣に負担を与えないようにしたい。俺達は織衣がもう一度、自分の意志で紋章共鳴が発動できるのかを確かめたい。これは渡瀬達の考えでもある」


 オスカルに襲撃された時に織衣の身に何があったのかを死んでいた穂高は知る由もなかったが、織衣も紋章共鳴を使えるようになったらしい。しかし織衣本人からはそんな話を聞いていないため、副メイド達も偶然の産物だと考えているようだ。織衣本人に直接聞こうにも、能力に関係する話題は彼女の過去に触れてしまいかねないため渡瀬達も慎重になっていた。


 「お前は極力戦うな。本当に織衣が死にかけたら助けろ。お前にはその判断が出来るはずだ」

 「それって、やっぱり僕が一度死んだ方が話が早いんじゃないですか?」

 「確かにそうだが、それは流石に無茶が過ぎる。親しい人間が目の前で死ぬのは、例え生き返るという保証があったとしても気持ちが良いはずない。もし織衣の紋章共鳴のトリガーがお前の死なら考える」


 そこで穂高と副メイドは、織衣には内緒で計画を練っていた。もしもエヴァを誘拐するための陽動任務で強力な敵が現れたら、穂高が極力自然を装って負ける、と。勿論本当に危険な場合はバックアップ要員として待機している渡瀬や千代達が駆けつける。エヴァの尾行任務の途中で穂高が謎の外国人の少年達と出会った件もあり、穂高を狙う革新協会か十字会の刺客、ロッソケントゥリアの殺し屋が現れる可能性が高かったため、それは容易に実行に移せるはずだった。

 しかし、陽動任務では穂高達の前に能力者は現れなかった。ヴァイオリンの音色が穂高の耳に入ってきたものの、穂高には何もしてこなかったのだ。それ程あっさりと十字会がエヴァの誘拐を許し、革新協会や十字会から救援が来ないままオスカルが殺害されたのを副メイド達でさえ不自然だと考えていた。



 そして、色々と予定が詰まっている年末までには織衣に紋章共鳴を発動させたいということで、こうして任務で穂高が一人で目立つように動いて穂高を狙う刺客が現れてくれれば万々歳、というところだったのだが……現れたのはリーナだけだった。仮にリーナがやる気だったとしても彼女はすぐに穂高を生き返らせるため意味がない。おそらく側にリーナがいる状況で穂高が死んでも、最早織衣がそれを日常茶飯事だと捉えてしまう可能性もある。リーナ相手に大立ち回りをする織衣を見たい気持ちも穂高にはあったが、リーナがどこまで本気を出すかという不安もあった。


 「オペ、聞こえる?」

 『はい。どうかしましたか、タカ?』

 「回収は明日に回してもらってもいい?」

 『はい、大丈夫ですよ。何か見つけたんですか?』

 「いや、気にしないで」


 穂高はオペレーターとの通信を切ると、今度は織衣に通信を繋いだ。穂高からのコールに織衣はすぐに出た。


 「ねぇ、姫野さん」

 『何?』


 その声色からは、隠しきれていないあからさまな不機嫌さを感じた。任務中に穂高から来る連絡なんてろくでもないことだろうと織衣は思っているに違いない。実際に今回もそうなのだから。


 「少し話したいことがあるんだ、僕のところまで来てよ」


 穂高が知っている織衣なら「は?」とか「どうして?」と言うところだが、織衣は一時黙っていた後で答えた。


 『わかった』


 だが、今日の織衣は意外にも素直に穂高の提案を受け入れていた。もしかしたら事情を察してくれたのかもしれないと穂高が思った時──耳につけていた通信機から声が響いた。


 『ほ、ほー君が織姫ちゃんを呼び出した!?』

 『しかもこんな真夜中に!?』

 『お前、その話は少しで済むのか!?』


 緋彗と和歌と斬治郎の声が音割れする程大きく聞こえてきた。穂高は織衣にだけコールしたつもりだったが、どうやら全員に聞こえていたらしい。


 『つまり、回収班を行かせなかったのは、そ、そういうことなんですか!?』


 オペレーターの女子にも筒抜けだったようだ。これは困った事になったが、通信機をつけたままキャッキャと騒ぎ立てる彼らの声に混じって昴の声が聞こえてきた。


 『えっと、任務についての話じゃないの?』


 ナイスフォローだと穂高は昴に感謝した。


 『というわけで覚えといて、穂高君』』


 だが、巻き込まれた織衣は納得がいかなかったようだった。


 『ヒェッ』

 『穂高は死ぬんだな……』

 『アーメン』

 『お線香立てておきますね……』


 和歌と斬治郎と緋彗、さらにはオペレーターまで混ざって穂高の冥福を祈っている始末だった。彼らは冗談のつもりで言っているだろうが、これから実際に穂高はそれを覚悟していたのだ。


 通信から三十分程で織衣は穂高が待つ自動車整備工場へやって来た。ツクヨミの黒いコートを着ていても、やはりその白いマフラーは手放さない。背中に大きな太刀を携えた織衣は穂高の近くまでやって来ると、廃材の上に座ってほぼ寝ぼけていた穂高に声をかけた。


 「何か見つけたの?」


 織衣の声で穂高はハッと目を覚ました。穂高は廃材の上から立ち上がり、右手首に着けた腕輪を額にかざして能力を発動し、そして唱える。


 「──紋章共鳴」


 いきなり能力を発動した穂高に織衣はギョッとして驚いている様子だったが、構えようとはしなかった。


 「“月光”」


 一瞬にして周囲が闇に覆われ、穂高は体に光を纏った。穂高が織衣の側まで近づくと、織衣は困惑した様子で口を開いた。


 「……どういうつもり?」


 額に二本の黒い角を生やし、体中に花の紋章が咲き乱れる穂高を見ても織衣は怯まなかった。この状態が能力の暴走状態ではないと彼女も知っているからだ。


 「これ、姫野さんも使えるよね?」


 織衣は黙ったままで穂高の問いに答えなかった。紋章共鳴という技は織衣達も知っているはずだ、しかしその発動方法は教えられない。使おうと思っても簡単に身につけられるようなものではないからだ。


 「僕は、その姫野さんと戦ってみたい」


 革新協会や十字会からの襲撃を待っていては埒が明かないため、穂高はこうして強硬手段に出た。ただ、紋章共鳴を発動した織衣と戦ってみたいというのも本心だった。それは一人の能力者として、能力者狩りとしてだ。


 「……わかった。じゃあ、先に降参した方が負けで」


 織衣はそう答えると目を瞑り、右手にはめた黒い手袋を額にかざした。


 「──紋章共鳴、“運命の色糸”」


 手袋から青い光が放たれ、織衣の額に二本の黒い角が生え、彼女の右目を中心に花の紋章が咲いてゆく。


 「後悔しても知らないからね」


 織衣は穂高に無邪気な笑顔を見せて、そう言った。穂高は初めて目にした織衣の笑顔に心を奪われかけたが──織衣の手から生み出された色鮮やかな蜘蛛糸に気がついた。


 織衣が普段使う蜘蛛糸は白いはずだ。だが今、織衣の右手からは赤や青、緑や黒に金から銀まで様々な色の糸が生み出され、その糸の先は針のように鋭く尖り、暗闇の中で色鮮やかに輝いていた。

 織衣の周囲に展開した糸は、その針先を穂高に向けると一気に襲いかかった。穂高は光剣でそれらの糸を切ろうとしたが──嫌な予感を感じて、糸ではなくその先の尖った針の部分を正確に狙った。光を体に纏い目にも留まらぬ速さで動く穂高に対し、流石に糸は追いつけないようで、穂高は一本一本針を正確に狙って弾き返していた。

 しかし、穂高の目の前を覆う色鮮やかな糸の隙間から向こうを見ると織衣の姿が消えていた。それに気づいた穂高が背後を振り向くと、目の前に太刀の刃先が迫っていた。穂高はすぐに光剣で太刀を受け止めたが──そこに織衣はいなかった。

 太刀は織衣が握っていたのではなく、彼女が展開した蜘蛛糸で宙に浮いて操られている。そう、織衣本人は穂高が太刀に気を取られた隙に影から接近し、彼に噛みつこうとしていたのだった。

 だが、穂高はすぐにそれに勘づいた。能力者狩りとして培われてきた勝負勘が穂高の体を動かし、彼に噛みつこうとしていた織衣の首を掴んだ。


 「あっ」


 だが穂高は思わず織衣の首、それに巻かれていたマフラーから手を離していた。何が穂高をそうさせたのか、一瞬だけだったが目の前に織衣──銀髪のクールな少女ではなく、長い黒髪の、懐かしさをも感じる少女の姿が穂高の目に映っていた。

 その一瞬の躊躇いが穂高の動きを鈍らせてしまう。


 太刀の峰の部分で背中を殴られ、前によろめいた穂高の顎に織衣は膝蹴りを喰らわせた。穂高は未だに近接戦が大の苦手だ、鍛錬によって前よりかは上手く戦えるようになったが未だに高校生組の誰にも敵わないという始末。織衣の膝蹴りが顎を直撃し意識が飛びかけたが、穂高は歯を食いしばって踏ん張っていた。


 「“運命の糸”」


 織衣の右手から金色の糸、その先の鋭い針が穂高の胸に突き刺さった。穂高はすぐに光剣で金色の糸を切ったが、針は穂高の胸の皮膚を縫うように動き始めた。不思議と痛みは感じない。


 「二メートル、それが穂高君の寿命だから」


 針に残っている金色の糸の長さは二メートル程だった。どうやらこの糸を穂高の体に縫い終えると穂高は死ぬらしい。


 「でも、一センチだけ残してあげるから」


 再び織衣が穂高に笑顔を向けた。織衣の挑戦的な笑顔を見た穂高は、自分の胸から伸びる金色の糸を掴み、光剣でさらに短く三十センチ程に切った。


 「これ、短くしたらどうなるの?」

 「死期が早まる」

 「成程、それは悪手だったね」


 こんな金ピカの糸が視界に映るのは邪魔だった。この三十センチという糸の長さがどれだけの残り寿命を現しているかわからないが、困った能力だと穂高は思っていた。織衣の手から生み出される色糸は他にも様々な色があり、おそらくそれぞれが違う役割を持っている。どの糸も刺されるのは御免だと思いながら穂高は光剣を構えたが──急に体から力が抜けてしまう。


 「がはっ、かはっ……!?」


 すると穂高は口から血を吐き出し、ゲホゲホと咳き込みながら地面に倒れていた。

 胸に突き刺さった金色の糸はまだ縫い終わっていない。これは織衣の能力が作用したのではなく、穂高の体に先に限界が来たのだ。穂高の能力が解除され、周囲を覆っていた闇が消えていく。


 「ほ、穂高君!?」


 織衣は慌てて穂高の元に駆け寄った。穂高の胸に刺さった金色の糸は消えてしまったが、穂高はまだ血を吐き続けていた。能力者狩りの時代からよくあったことだ、能力を使い過ぎると負荷がかかり穂高の体が崩壊していく。腹部に焼けるような激しい痛みがあるので、胃に穴でも空いたのかもしれない。


 「だ、大丈夫だから……」


 少し前のオスカル討伐作戦の際で穂高はかなり無理をしていた。体に気を遣いながら任務で戦っていたが、やはり紋章共鳴が体にかける負担は段違いだ。たった数分程度の戦いに穂高の体は耐えられなかったのだ。

 織衣は右手から生み出した無数の緑色の糸を穂高の体の各所に突き刺した。すると穂高の腹部を襲っていた激痛が段々と和らいでいき、やがて完全に痛みが引いていた。


 「……便利だね、それ」


 額に角を生やし、体に花の紋章が咲き乱れる織衣を見ながら穂高は言った。織衣が能力を解除すると、角も花の紋章も段々と消えてしまっていた。



 「どうして、こんなバカなことを考えついたの?」


 織衣は呆れたように穂高に言う。自分から勝負を申し込んで自滅していては、何とも格好がつかない。


 「姫野さんが、こんなバカなことに付き合ってくれた理由と一緒だよ」


 穂高はテキトーにはぐらかして答えていた。「バカみたい」と織衣は呟くと、穂高の胸をバシンと叩いていた。


 「穂高君、本気で戦わなかったでしょ」

 「いや、頑張ったつもりだったんだけど?」

 「じゃあどうして、私の首から手を離したの?」

 「悪いと思ったからだよ」


 完全に能力が暴走している状態だったらそんな感情は存在しなかっただろうが、例え敵だったとしても穂高は女性の悲鳴や苦しむ声を聞くのが苦手だった。


 「その紋章共鳴はどうやって覚えたの?」


 穂高が織衣に聞くと、彼女は一時悩んでから答えた。


 「……あまり覚えてない。何だか不思議な感覚。穂高君はどうやってこれを?」

 「僕は……大切なものを失った時かな」


 穂高も実際にはよく覚えていないが、リーナによれば椛を失った時点で既に紋章共鳴を使うことが出来ていたという。和光事件では紋章共鳴に抑えきれず暴走してしまったらしいが、記憶にはないものの体には感覚として残っているのだ。この能力の暴走に似たギリギリの状態が。


 「じゃあ私も、そうなんだと思う」


 穂高はオスカルに殺された時に、織衣らしき少女の過去を夢で見ていた。あの時織衣は大切な存在を失ったのだ、穂高と同じように。


 「でも、姫野さんが笑うことってあるんだね」


 穂高が笑いながら織衣をそうからかうと、頭をパシッと軽く叩かれた。


 「そんなにおかしい?」


 いつもの織衣は今のように無表情というか仏頂面だ。緋彗とは正反対で感情の起伏が小さい。出灰に通う男子はそれを冷やかして織衣を氷の女王と呼ぶこともあれば、その氷のように冷たい視線がたまらないと言う男子もいる。


 「だって姫野さん、全然笑わないじゃん」


 穂高は織衣と知り合って半年近く経つが、エヴァの画廊を訪れた時に初めて、穂高は彼女の笑顔を見たのだ。その笑顔は穂高の頭に深く刻まれていた。穂高は織衣の笑顔を見てみたいなぁとは常日頃から考えていたが、いざそれを目にすると想像以上の破壊力を持っていた。


 「私、そんなに笑ってないの?」

 「うん。僕と戦うのがそんなに面白かったの?」

 「……まぁ、そうかもしれない」


 紋章共鳴を発動した織衣はまるで人が変わったように表情が豊かになり、さらに普段よりも攻撃的に動き回っていた。織衣は能力の特性上、普段の任務では穂高達のサポート役のような立ち回りをしているが、もしかしたら普段の織衣はその本性を隠している姿かもしれない。やはりオスカルとの戦いが、能力者である織衣に何らかの変化を与えたのだろう。


 「次は、ちゃんと体調を整えてからお願い」

 「次も戦ってくれるの?」

 「……その時考える」


 織衣はプイッと顔を背けてしまった。あんな無邪気に笑う織衣はかなりの破壊力を持つが、やはりいつものツンケンした織衣も悪くはないと思いながら穂高は起き上がり、織衣が生み出した蜘蛛糸で半ば引きずられるような形で本部へ帰還していた。そんな姿の穂高を見た斬治郎達は、また穂高がバカなことをしたんだろうと、もはや心配することなく呆れている様子だった。


 穂高は散々な目に遭ったが収穫は上々だった。穂高は副メイドを電話で叩き起こしてすぐに報告していた。織衣は一人であの紋章共鳴をものにしている。今日の穂高は万全ではなかったとはいえ、織衣の紋章共鳴は強力だ。一時的とはいえオスカルを撃退したのだから。

 何よりも──戦いの時に見せた織衣の笑顔が、穂高の頭から離れなかった。


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