5-18『穂高への刺客』
期末テスト明けの週末、穂高達高校生組は革新協会・十字会の複数の拠点を攻略する任務を与えられた。昴はまだ戦える程能力の扱いに慣れていないが、これは昴の能力者としての習熟という目的もある。オスカル討伐任務で昴は見学していただけだったが、血が流れる現場を見ただけで具合を悪くしていた。それは仕方がないことではあるが、そんな調子ではいつまでも昴の胃は強くならないため、とにかく見るだけでも経験を積んでもらおうと穂高達は考えたのだった。荒療治ではあるが、血を見るだけで気持ち悪くなっているようではツクヨミで生きていられない。
昴には平日にひたすらトレーニングに励んでもらい、休日も午前中にはトレーニングを、そして夜には穂高達の任務を見学するというサイクルで生活してもらっていた。相変わらず昴の能力トレーニングのために穂高と斬治郎は千代からしごきを受けていたが、昴も大分能力で生み出す針の扱いに慣れてきたようで、生み出した針を飛ばして正確に的に命中させるぐらいには扱えるようになっていた。後はそれを、人間に向けられるかどうかである。
「“紫電”──」
今日は久々に革新協会が相手の任務で、埼玉の郊外にある大きな自動車整備工場にカモフラージュされている革新協会の拠点を真夜中に襲撃していた。田園地帯の中に広い敷地を持つ工場には大量の板金や廃材、古いバスやトラック等が並んでいるが、穂高が敷地に入った途端白いコートを羽織り大剣を装備した能力者達が一斉に建物から飛び出してきていた。
「──“一閃”」
穂高は光剣で敵に一閃を放ち、すぐに地面に光剣を突き刺すと大量の光線を放った。だが協会の能力者達は装備していた大剣を鏡代わりにして光線を跳ね返していた。どうやら前に穂高の前に現れた、『月の騎士団』とかいう対能力者狩りに特化した部隊のようだ。光の能力者である穂高にとって相性の悪い能力を持っているが、彼ら大剣を装備した連中は協会が開発した改造人間フラワーだ。純粋な能力者相手には敵わない。
「“鉄槌、『黒』”」
穂高は光剣を黒剣に切り替えて地面に突き刺した。地面から放たれた暗黒の光線はフラワー達の腹部に向かって行き、それは鈍器のようにそのまま彼らに襲いかかる。その暗黒の光線をもろに喰らったフラワーは車や壁まで吹き飛ばされ、その圧力をもろに喰らって押し潰されてしまう。五人ほど一気に無力化したが、まだ半数が残っていた。
あの月の騎士団という連中は穂高の『闇』の能力には対応していないらしい。だがいずれそっちの対策も彼らは考えるはずだ。その時は騎士団の相手を織衣達に任せることになるかもしれない。
闇の能力を使いながら、穂高はジャンの戦い方を思い出す。ジャンが生み出した闇の特性は吸収だ。おそらく二人共その能力はブラックホールを参考にし、ジャンは光をも吸い込んでしまう吸収力を、穂高は光をも押し潰してしまう圧力を重視したため同じ能力でも若干の違いが生まれていた。穂高の能力でもジャンの真似は出来るかもしれないが、闇の能力自体が体への負担が大きいため使用を控えていた。
いつもは光剣で敵を斬っていくスタイルの穂高だったが、今日はひたすら黒剣とそれから生み出した暗黒の光線で敵を殴り続けるという繰り返しだった。色々と試行錯誤を繰り返しながらの戦いだったため、いつもより時間がかかり体力も無駄に消耗してしまっていた。穂高は黒剣を解除すると、通信機を起動する。
「オペ、こっちは終わったよ。向こうはどう?」
『はーい。織姫達も順調みたいですね』
今日は高校生組全員が任務に参加していたが、穂高以外の面子は別の革新協会の拠点を襲撃していた。勿論穂高達自身の習熟という目的もあったが、昴に任務に慣れてもらうためという目的もあった。元々は高校生組全員でそれぞれの拠点を襲撃する予定だったが、穂高の戦いはまだ昴に刺激が強過ぎると織衣、緋彗、和歌、斬治郎が口を揃えて言ったため、穂高は仕方なく一人で織衣達とは別の拠点を襲撃することになっていた。
『戸田の方まで誘導しましょうか?』
「いや、僕はここに残るよ」
『回収班を呼びますか?』
「ううん、後ででいい。僕が連絡するまで、誰もここに近づけないようにして」
『りょ、了解です』
オペレーターは不思議そうな様子で通信を切った。オペレーターはあくまで穂高達の任務の補助的な存在だが、ドローンや監視カメラで現地の状況を把握し必要に応じて救急車や消防車、支部の人間も手配してくれるためありがたい。壊滅した拠点の後始末へ向かうのも支部の人間の仕事だが、穂高はそれ呼ばずに敵がいなくなった自動車整備工場に残っていた。
予定にはなかったものの、穂高にとって都合の良い状況を作ることが出来たのだ。
穂高は目を閉じて耳を澄ました。遠方から聞こえる自動車や電車の走行音と草木のさざめきぐらいしか聞こえない。
そんな中、こんな場所と時間には不釣り合いなピアノの音色が聞こえてきた。段々とその音は大きく響き始め、穂高もその曲が何か気づいた。
「巡礼の年……?」
ハンガリー出身で多くのピアノ曲を残した作曲家、フランツ・リスト。『巡礼の年』はリストが作曲したピアノ独奏曲集で、四つの曲集から成る。穂高の妹である椛がピアノを弾いていたということもあって穂高はピアノ曲を少しばかりかじっていたが、今穂高の耳に流れる音色が巡礼の年のどれに当たるかまではわからなかった。
穂高は周囲をキョロキョロと見回した。白コート姿の能力者達の死体が転がる自動車整備工場に、他に人影は見当たらない。とてもクラシック音楽が流れるような状況ではないが、この事態は穂高も想定済みだった。
「──紋章共鳴」
横浜で白髪の少年とブロンドヘアの少女と出会ってから、何故か穂高の耳だけにクラシック音楽が流れてくるということは副メイド達にも報告した。副メイドの調査でも彼らの正体はわからなかったが、どうも穂高を狙っているようだ。
「“月光”」
ジャンやオスカルが穂高を狙ってきたように、十字会から新たな刺客が穂高に送り込まれてくる可能性があった。ロッソケントゥリアという十字会の私兵部隊からも来るかもしれない。そのため今日は、わざと狙われやすい状況を穂高は作り出したのだ。
穂高が紋章共鳴を発動すると、この自動車整備工場全体が闇に覆われた。穂高は体に光を纏い、神経を研ぎ澄ませて敵がいないか警戒したが、この近くに敵はいないようだ。だが、まだピアノの音色が穂高の耳に、頭に響いていた。明るい音色から一転して暗い曲調になったり、再び親しみやすい柔らかに音色へと変わるなど、演奏技術に詳しくない穂高でも心を揺さぶられてしまいそうな音楽だった。
これが一体何の能力なのかと穂高は考える。仮に『音楽』の能力と大雑把に捉えて、その作用が何かと考える。特定の相手のみに聞かせて集中力を削がせるのが目的なら、クラシック音楽ではなく単なる騒音でも良いはずだ。わざわざクラシック音楽を聞かせるのはどういう作用が働いているのか、今までヴァイオリン曲だったのにピアノ曲になったのは何の違いかと、穂高は目を瞑りながら考え続けた。
すると、穂高が紋章共鳴で生み出した闇に何かが入り込んだ。自動車整備工場の入口方面だ。この紋章共鳴の範囲内では、相手も穂高の事が見えている。その侵入者は穂高の方へ走るように近づき、穂高はその侵入者を攻撃しようとしたが──その侵入者の顔を視認して驚愕した。
「リ、リーナ!?」
穂高は紋章共鳴を解除し、自分に向かって駆けてくる白いセーラー服姿の、金髪碧眼の少女を視認した。リーナは笑顔のまま穂高に向かって突進してくると、そのまま勢いよく抱きついてきた。
「お久しぶりです穂高君~いやーこんなに暴れてらっしゃるのも久々ですね~」
確かにリーナも刺客であることに変わりはないが、まさかこのタイミングで彼女がやって来ると思いもしなかった穂高は、彼女を引き剥がそうともせずに驚いていた。
「そういえばオスカル弁当さんを倒したらしいですねぇ穂高君が倒されたんですか~?」
「い、いや、僕じゃないけど」
「それは意外でしたねぇ」
確かに穂高が能力者として暴れているとリーナが駆けつけてくるというのは、能力者狩りだった時代から日常茶飯事のことだった。むしろ最近のリーナは大人し過ぎて怖いぐらいだ。オスカル討伐任務の際も一応リーナが来ないか穂高は警戒していたが、あの時もリーナは来なかった。
穂高はとりあえずリーナを自分から引き剥がして口を開いた。
「……ねぇリーナ。この音楽が聞こえる?」
「一体何をおっしゃってるんですか?」
「いや……今は聞こえなくなったけど、さっきまでピアノ曲が流れていたんだ」
リーナが現れたと同時に、穂高の頭に響いていたピアノの音色は消えていた。リーナがそんな能力を持っているはずはないし、仮に穂高を狙っているのが十字会の人間なら、止める必要も無いはずだった。
「いやー私は存じ上げませんねぇもしかして殺し屋にでも狙われてるんじゃないですかー?」
「十字会……ロッソケントゥリアにそんな能力者がいるの?」
「さぁー十字会との取引は他の方がやってらっしゃるので~」
リーナは時々意味の分からないことを言うが、嘘はつかない人間だ。十字会のことを嫌っているリーナは、そもそも十字会の事情すらまともに把握していない可能性がある。彼女も一応革新協会の幹部という扱いのはずなのだが。
「で? 今日は遊びに来たの?」
「いやいや~私も最近は忙しい身ですので~」
「何か企んでる?」
「それは起きてからのお楽しみじゃないですかねー」
ここ最近の革新協会の大人しさは不気味だ。何か大きな計画のために密かに準備を進めているように思える。ツクヨミが十字会の討伐に集中している内に、彼らは自分達の戦力を蓄えているのかもしれない。
「今日は穂高君に会いたかっただけですので~それではお別れのチューを──」
「いつもやってるように言うんじゃない」
「ぶー」
顔を近づけてくるリーナの顔面を穂高は手で押しのけていた。リーナが穂高とじゃれ合いに来る時はいつも白コートを羽織っているが、確かに今日は白コートを羽織っていないオフモードだ。しかし、穂高が知っている戦闘狂でSもMも兼ね備えているリーナが、何もせずに帰っていくのが異常に思えていた。まさか偽物かとも疑う程だ、こんなにリーナが大人しくなってしまう程本当に忙しいのか。
立ち去っていくリーナの後ろ姿を穂高が見ていると、彼女はピタッと足を止めた。
「いや……穂高君の言う通り何かいますねぇ」
リーナが空に手を伸ばすと、どこからか飛来してきた大鎌を彼女はパシッと掴んだ。穂高も身構えたが、もうピアノ曲は聞こえてこない。
リーナも穂高も謎の能力者の気配に警戒しながら、周囲に静寂が流れていた。穂高の体に凍えるような冷たさの冬風が吹き付ける。リーナも周囲を警戒しているようだったが、一時すると鎌を下ろして口を開いた。
「どこかへ行っちゃったみたいですねーやっぱり穂高君は何かに狙われてるんじゃないですか~穂高君を狙って良いのは私だけなのに~」
それはリーナだけに許された特権ではないはずだが、穂高を狙っているのが女だったらリーナは不機嫌になるかもしれない。ツバキのことは一応上司として見ているようで敵対してはいないようだが、仲は悪いらしい。
「というわけでこれにてドロンさせていただきます~」
リーナは呑気にアハハ~と笑いながら自動車整備工場から去っていってしまった。新たな敵が来る気配もない。
これは困ったことになったと穂高は頭を抱えていた。これでは、穂高と副メイド達が考えていた計画が失敗してしまうからだ。




