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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-17『休む間もなく』



 オスカル討伐任務後、穂高達を待ち受けていたのは期末テストだった。中間テストに比べて更に芸術科目や保健体育等の科目が増える上に、穂高達は部活動は無いもののツクヨミでのトレーニングや任務によって勉強時間が削られている。かといって高校生組の教育を担当している副メイドは成績が下がるのを許すような人間ではないし、赤点を取ると補習組に入れられ一週間程は娯楽を奪われた日々を送ることになる。穂高は中間テストで補習組となった斬治郎達が段々とやつれていく姿を見て、本当にどうして彼らは進学クラスにいるのだろうと思っていた。

 しかし今回は、前回高校生組トップの昴が妙に気合を入れていた。


 「テキストは僕が全部用意するから」


 ツクヨミに加入した当初、学生のお小遣いとしては大きすぎる額を見て泡を噴きかけていた昴だったが、昴は教材の購入費として使い道を見出したようだ。副メイドに頼めばツクヨミの経費で用意出来るはずだが、わざわざ自分で高校生組各々に適した教材を用意するのを見るに、昴の気合の入り方がうかがえる。


 「学校の課題は勿論のこと、僕が皆に毎日課題を出すからそれをしっかりやってね。わからないところがあったら助けてあげるし、皆の進み具合で内容も変えていくから。まず若様はこのテキストのこのページから……」


 穂高達高校生組を食堂に集めた昴は、各々の得意・苦手科目に適した勉強法を指南し、自分で用意した問題集や参考書を配っていた。


 「すごーい家庭教師みたいだねー」


 勉強はやれば出来るがやるための時間をゲームに割いちゃう子、和歌が昴をそう評していた。高校生組の教育役だった副メイドもそれぞれに適した指導をしていたものの、彼も彼で仕事があるため高校生組に十分な時間を割けるわけではない。それは穂高達と同じ高校生である昴も同じで彼も自分の勉強があるはずだが、教えることも勉強だと彼は謎の理論を唱えている。


 「なぁ、アイツって昔からあんな感じだったのか?」


 穂高の隣に座る斬治郎が引き気味にそう言った。目立ちたがり屋というわけでもない、むしろ引っ込み思案に近い昴がこんな風に仕切っている姿が斬治郎には珍しく映っていたのだろう。


 「ううん、昔から昴は頭が良かったけど、こんなに仕切るタイプじゃなかったと思うよ。ま、変なところに熱が入ることはあったけど……」

 「将来教師にでもなるつもりなのか?」

 「いや、医者になりたいらしいけど」

 「……ぜってー教師の方が向いてるって」


 血が流れる現場を見て気絶しかける状態では難しいとところもあるかもしれないが、それに慣れている状態で医者を目指すということは少ないはずだ。昴の父親は外科医だったが、昴がそれを目指しているのなら多くの試練が待ち受けていることだろう。


 「はい、斬治郎君にはこれ。全科目分のテキストだよ」


 斬治郎の目の前にドサッと大量の問題集が置かれ、それを見た緋彗や和歌が大爆笑していた。


 「全部!?」

 「だって斬治郎君、満遍なく赤点ギリギリって感じなんだもん。あ、でもまずは簡単なところから出来るようにスケジュールしてるから。難しい問題は捨てて、とにかく赤点回避を目指そうか」

 

 高校生組の中でビリを争っている緋彗と斬治郎だが、緋彗は英語と理系科目が出来ないだけで他は50点前後というところ。しかし斬治郎の場合、赤点科目は少ないものの、どの科目も赤点になってもおかしくないような結果だった。


 「大丈夫、課題の量自体は皆と変わらないから」

 「でも見た目で圧倒されるよね、これ。私のより多いもん」

 

 同じく補習組常連の緋彗の目の前には、英語と理系科目の問題集や参考書が置かれている。


 「なんだか、夏休みとか冬休みの宿題を渡されてる気分」


 高校生組の中では真面目に勉強している方の織衣でさえ、今の昴の気迫に圧倒されているようだった。織衣の前には歴史の問題集と参考書が置かれており、穂高の前には数学の問題集が並べられていた。


 「僕はね、誰も赤点になってほしくないんだ。少しでも、補習で苦しんでいる人を助けたいんだよ」

 「お前世界平和でも語ってるのか?」

 「まー副メイドさんも少しは楽になるかもねー」


 それから約一週間程、昴による徹底的な指導が続けられた。そんな指導の甲斐あってか、あれだけ勉強が嫌いだった緋彗と斬治郎が問題を解く達成感に喜びを感じられるようになったのか、学校でも授業を真面目に受けているように見えた。気のせいかもしれないが、事務所でたまに見かける副メイドの目の下のクマが、段々と薄くなっているように感じた。



 期末テストが終わり、全教科の結果が返却された日の夜、穂高は副メイドに秋葉原の支部に呼び出されていた。メイド喫茶が入居する雑居ビルの三階の事務所に入ると副メイドが待っていたが、相変わらず畳敷きの部屋に大量の資料やファイルが散らばっていて、中央に置かれたちゃぶ台の前に穂高は座った。


 「さて、まずは……期末テスト、ご苦労だった。俺はこの日を、いつから待ちわびていたかわからない」

 「そんなにですか」

 「多少なりとも、俺は常日頃から不安を感じていたからな……」


 結果として、今回の期末テストでは誰も補習を受けずに澄んだのだ。昴の指導が功を奏したのか、補習常連組だった和歌はかなり点数を伸ばし、緋彗や斬治郎もギリギリではあったが赤点を回避し、ようやく地獄の補習期間を過ごさずに済むと喜んでいた。


 「俺は今回の立役者である昴に褒美をやりたいぐらいだ。まさかあんな勉強家がツクヨミに入ってくれるとは思わなんだ……」

 

 あまり表情には出さないが、副メイドは心底喜んでいる、というか感動している様子だ。穂高がいなかったら泣き出しているんじゃないかという程だ。副メイドだってかなり忙しい身だ、高校生組の補習で時間を割かれるのも大変だっただろう。副メイドがこれだけ嬉しそうにしていたことを昴に伝えれば彼も喜ぶだろうと穂高は思った。

 ちなみに穂高も平均点は上がったが、穂高以上に成績が上がった織衣にまたしても総合点数で敗北し、彼女に得意げな顔で見られ屈辱を味わった。なお、高校生組への指導で忙しかったはずの昴は学年三位だった。


 「だが、本題はそこじゃない。今日お前を呼び出したのは、十字会や革新協会に対する作戦に変更があるからだ」


 副メイドはファイルを取り出すと、どこかの地図や様々な人物の顔写真や名前が載ったリストをちゃぶ台の上に置いて穂高に見せた。


 「当初の予定通り、オスカル・ベントゥーラの殺害には成功した。ただ想定外だったのは、あまり十字会にダメージが入っていないことだ」


 オスカル討伐作戦後、ジャンと接触した牡丹が彼にそれを伝えても何も動揺しないどころか、むしろ呆れている様子だったことは穂高も渡瀬から聞いていた。噂ではオスカルとジャンは親友だったらしいが、やはり一度刃を交えたのが尾を引いていたのかもしれない。


 「若輩とはいえ幹部だった人間が、しかも強力な能力者だったオスカルが死ねば十字会に動揺が見られると思ったが、報復してくる気配もない」


 それこそエヴァの死は何だったのかと穂高は考える。ただ、オスカルという敵自体は厄介ではあったのだ、少なくとも穂高がまともに戦える相手ではない。


 「十字会総帥のジャンがわざわざ日本においでなさった割には、俺達に対してあまり行動を起こしてこない。渡瀬や詠一郎達がそれとなく奴らを脅したことで向こうが様子を見ているだけなら良いんだが、革新協会も同じく大人しいのが不思議だ」

 「……何か、大きな計画を進めているとか?」

 「楽観的に見れば事を起こすだけの戦力を揃えられていないとも考えられるが、連中がフラワーという改造人間を生産できている以上、人手に困るとは思えない。

  もし、革新協会と十字会が大きな計画を進めているとすれば、それはどんな内容だと思う?」


 ツクヨミが考えているよりも革新協会と十字会の関係はギクシャクしていて、お互いの計画が思うように進んでいないという可能性もある。オスカル討伐作戦で革新協会の応援もなかったのがその顕れかもしれない。

 ただ、それはまだ希望的観測だと穂高は思っていた。ジャンがオスカルの死に何ら動揺していなかったことを考えるに、オスカルは最初から見限られていたという可能性もある……あれだけ強力な能力を持っていながら、か。ジャンはツクヨミの実力を試したのかもしれないが、オスカルが瞬殺されたのを知って手を出すのを躊躇っているのかもしれない。

 ジャンが目指すものは何か。穂高はそれを本人から直接聞いたのだ、その恐ろしい野望を。


 「……革命とか、クーデターとかですかね」


 ジャンは能力者のための世界を築こうとしている。それは一見穂高達にもメリットがありそうな夢だが、ジャンはただ弱者を気にかけるのが嫌いなだけだ。ジャンの野望は、あくまでジャンが強者の方にいるから成り立つことである。

 副メイドは穂高の答えを聞くと、腕を組んで考え込んでから口を開いた。


 「渡瀬も同じようなことを言っていた」

 「渡瀬さんが?」

 「十字会は日本を乗っ取るつもりかもしれない、とな。早くて年明けか、半年後ぐらいには四月デストラクションぐらいの規模の事件が起きるかもしれん」


 穂高は四月の出来事を思い出しかけたが、すぐに頭をブンブンと振って頭から消し去った。自分の両頬を手でパチパチと叩いて平常心を保とうとする。


 「……日本を乗っ取るために、あんな大きなテロを起こす必要があるんですか?」


 ジャンが日本の首相になれるわけがない。選挙に出ようにもジャンは日本国籍を持っていないし、十字会というマフィアの総帥であるジャンが表舞台に出るわけがないのだ。

 十字会と革新協会が協力すれば、反乱を起こして日本を乗っ取ることは可能かもしれない。能力者の数が揃えば全世界を敵に回しても十分に戦える。しかしわざわざそんな大きな戦いに挑まなくても、影で支配する方法だってあるはずだ。


 「今の時点で、一部の国会議員は既に十字会の息がかかっていると言う。実際、中南米のいくつかの都市は十字会が完全に支配しているからな。

  よく考えてみてくれ、日本政府はまず四月デストラクションで暴れまわった革新協会の対して後手後手に対応するしかなかった。それからもそうだ、事件の被害は減らすことが出来ても起こすことは防げていない。俺達は警察や自衛隊が能力者に対して戦うのは難しいと知っているが、多くの人間はそれを知らないから、警察や自衛隊、さらには国に対する不信感が増すばかりだ。

  ツクヨミの情報統制や操作によって能力者という存在が隠されている以上、一連の事件の責任を追求されるのは国のお偉方だ。また大規模なテロが起きたら、今度こそ政権交代だろうな」


 四月デストラクション後、日本の政治が大きく揺れ動いていたことは穂高もニュースで知っている。四月の一連の騒動を収拾したのはツクヨミだが、ツクヨミがどれだけ活躍しても世間から英雄視されることもなければ、ツクヨミがどれだけ失敗しても世間から責任を追求されることはない。ツクヨミ、そして能力者の存在を知らない政治家達は、これからも謎のテロ組織と戦い続ける羽目になるだろう。


 「別に政権交代させるだけなら他にも方法はある。ただ、奴らが騒動を起こしたがる原因は、もう一つある。何だと思う?」

 「ストレス発散?」

 「それもあるにはあるだろうが、お前も身をもって経験しているはずだ。お前は四月に能力を発現しただろう? 昴が出灰の騒動で能力を発現したように、多くの能力者は自分もしくは他人に危機が迫ると能力を発現する」

 「つまり……さらに能力者を増やそうとしている?」

 「それが、俺や渡瀬達の推理だ」


 穂高や織衣、昴は自分や身の回りの人間が危機に瀕した時に能力を発現している。オスカル討伐作戦においてエヴァが殺害されたのも、彼女の能力の発現を防ぐためだった。

 穂高は四月の事件はただ快楽殺人鬼達が暴れまわっただけだと思っていたが、能力者の味方を増やしたいと思えば確かに合理的な方法だったかもしれない。


 「でも、革新協会はフラワーを持ってますよね? 自分達だって被害を被るのに、わざわざ……」

 「無理やり力を与えられたフラワーより、自ら望んで力を手に入れた純粋な能力者の方が強い、と奴らは考えているのだろう。お前もフラワーと戦っていてわかるんじゃないか?」


 能力の相性の問題もあるが、能力者狩りだった穂高はフラワー相手にそれほど苦戦したことはない。革新協会にとってフラワーはあくまで予備戦力で、本当は純粋な能力者を欲している……ならば革新協会の統帥が穂高を生かしていた理由もわからなくはなかった。


 「出来ることなら未然に防ぎたいが、何分奴らの計画の内容を掴めていない。ただ、やはり戦力を削るのは有効なはずだ。

  というわけで今週末、お前達には革新協会と十字会の複数の拠点を潰してもらう。千代達にも適度に暴れまわってもらっているが、フラワーは倒しても倒しても湧いて出てくるからな」


 ちゃぶ台の上に置かれていた地図は革新協会や十字会の拠点の位置を示していたようで、複数の、しかも大きめの拠点のようだ。


 「それに、試したいこともある。お前には少し無理をさせてしまうかもしれない」

 「……やるんですか? 僕を直接オスカルにぶつけてた方が話が早かったと思うんですけど」

 「それもあるが、お前だけに聞こえる音楽もあるだろう。渡瀬達でさえその能力の作用がわからんのだ、早めに原因を明らかにしておきたい」


 穂高は副メイド達と、前々からとある計画を進めていた。オスカル討伐作戦に並行して実行しようと目論んでいたが、結果として革新協会も十字会もそれ程抵抗してこなかったし、オスカルもあっさり倒されてしまった。

 穂高には今も多くの問題が付き纏っていた。エヴァの尾行任務時に遭遇した謎の二人組の能力者、そしておそらく彼らの仕業だと考えられるヴァイオリンの音色。あえてこちらが目立つことで彼らを誘い込もうとしていた。


 そして、穂高は願わくばもう一度出会いたいと思っていた──穂高がオスカルの襲撃を受け死亡した際に、鬼と化した織衣に。



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