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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-16『穂高の動揺』



 十字会幹部であるオスカル・ヴェントゥーラの討伐に成功したことは本部に待機していた織衣達にも伝えられた。そして人質として現場に居合わせたエヴァは、渡瀬達の戦闘に巻き込まれて亡くなった、と穂高は織衣達に嘘をついた。緋彗や和歌、斬治郎はエヴァの死に対して特段悲しむことはなく、若干驚いていたぐらいだ。昴だって驚きはするだろうが、こんなにも死が身近にある環境にいると彼女の死そのものに動揺することもないだろう。


 ただ織衣は違う。織衣はエヴァが描いた絵を穂高にお金を借りてまで購入しようと考える程に、彼女の画風と世界観に惚れ込んだのだ。そんなエヴァが、まさか戦いが始まる前に、恋人との再会を喜ぶ間もなく渡瀬に拳銃で撃たれて殺されたとは、その理由を伝えても動揺してしまうはずだ。織衣は穂高の言うことはあまり聞かないが渡瀬達のことを信頼している、渡瀬達の行動に対してはツクヨミの能力者として納得するだろうが、今後の彼女達の関係に亀裂が入る可能性もあった。

 

 一方で穂高は、まだ胸にしこりが残していた。詠一郎との戦いで戦意を喪失したとはいえ、彼らの行いに納得がいっているわけではない。しかし、エヴァの悲劇的な境遇を知って彼女を思いやる自分も、そしてエヴァの死を嘆き悲しむ自分も、そんなものは無意味だと穂高は寮の部屋に戻ってから悩んでいた。

 穂高は能力者狩りとして多くの能力者を、人間達を殺してきた。今でも任務となれば何の躊躇いもなくその手を汚すことが出来る。しかし、エヴァの死に対してこんなに動揺している自分を穂高は信じられなかったのだ。

 能力者狩りだった自分が渡瀬と詠一郎にとやかく言う資格がないことをわかっているのに、妹である椛を殺した十字会側の人間の死を悲しむのは矛盾しているとわかっているのに──穂高の心の中で相反する感情が駆け巡っていた。


 ---

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 -


 ──エヴァのこめかみに銃弾が放たれようとしている。渡瀬が拳銃の引き金を引こうとしている。

 穂高は彼らの元へ走り、右手を伸ばして止めようとするが、その距離が縮まらない。

 思うように足が進まない。

 目の前にあるはずなのに手が届かない。


 穂高は自分の左手が後ろから引っ張られていることに気が付き、後ろを振り向いた。

 そこには、もう一人の穂高が佇んでいた。穂高の左手をガシッと掴んで、首を横に振っていた。

 エヴァの殺害を阻止しようとする穂高を止めようとしていたのは、穂高自身だった。


 ---

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 -


 ──そんなはずはない。

 穂高は飛び起きてキョロキョロを部屋の中を見回したが、目の前にいたはずのものがない。いや、そもそも何があったのか、穂高はすぐに忘れてしまっていた。

 ただ寝汗でグッショリと湿っていた寝間着を肌で感じ取り、また嫌な悪夢を見たのだろうと穂高は溜息をついていた。


 穂高が目を覚ましたのは朝日が上がりきらない朝の五時頃だった。いつもなら日課であるランニングへと出かける時間だが、任務明けの今日はトレーニングが免除される。そのため穂高は目覚ましもかけずに寝ていたのだが、二度寝しようにも眠気はなく、着替えて部屋の外に出た。

 人気のない寮の廊下を進み、穂高はそのまま食堂へと向かう。寮の食事を準備するのは事務所に常駐している葛根華と高校生組だ。一日交代の当番制で今日は穂高が食事当番だが、トレーニング同様に任務明けの朝は免除される。

 穂高は食堂に入ると、食堂の明かりとテレビの電源を点けた。まだ華は来ていないようで朝のニュース番組を見て時間を潰そうと穂高は考えていたが、テレビを点けてすぐに食堂のドアが開いた。見ると、長くて白い髪の女性が、ひょこっと顔を覗かせていた。

 

 「おはようございます」


 食堂に入ってきた華に穂高が挨拶すると、彼女は穂高にニコッと微笑んで穂高が座るテーブルの前まで来て、向かいの椅子に座った。


 「もうお腹空いちゃった?」

 「いえ、お手伝いしようと思って」

 「昨日は忙しかったんでしょ? 今日は休んでて」


 華は穂高の目の前に座っていたが、穂高は彼女と目を合わせようとしなかった。華の『瞳』の能力、確か名前は……マインドリードだったか、彼女は相手の目を見るだけで心を読んだり相手の過去を見ることが出来るらしい。


 「あ、穂高君は今日の朝ごはん、和風と洋風のどっちが良い?」

 「和風ですかね。味噌汁が飲みたいです」

 「うーん、ごめんなさい。今日の朝は洋風メニューなのよねぇ」

 「……じゃあ何で聞いたんですか?」


 朝食のメニューは華の気分によって和風か洋風かが決められる。今日の華はどうやらパンを食べたい気分のようだが、彼女は穂高の疑問に答えることなくフフフと笑っているだけだった。大体、穂高の目を見れば彼が和風の気分なのか洋風の気分なのか、華はわかるはずなのだ。穂高はお腹が空いていたわけではなかったが、何か温かい飲み物が欲しい気分だった。


 「ココア飲む?」

 「あ、はい。お願いします」


 華は席を立つと厨房の方へと向かい、テキパキとホットココアの準備を始めていた。穂高はそんな華の後ろ姿、その目立つ長く白い髪を眺めながら、頬杖をついて考え込んだ。


 

 穂高は葛根華のことが苦手だ。ツクヨミに入ってから数ヶ月が経ち、この組織の面子とも大分親しく

なってきたと穂高は感じていたが、未だに華だけは苦手だった。本部に殆ど帰ってこない牡丹や詠一郎に対して、単純に能力者としての畏怖はあっても彼ら本人が怖いわけではない。千代とよく一緒にいる海道北斗に至っては一度も言葉を交わしたことがないが、最早それが普通だと穂高は思ってしまっていた。

 そんな中で穂高がどうしても華を怖く感じてしまうのは、やはり彼女の『瞳』の能力の恐ろしさが原因だ。まだ他の面子に殆ど語ったことのない穂高の過去や気持ちを華が知った時、彼女がどんなことを考えるのかがさっぱりわからないからだ。


 「私は、面白いと思ってるわよ?」


 そう、こういう風に直接聞いてもいないのに華は穂高が心の中で考えていたことに答えてしまう。ホットココアを用意し終えた華は、穂高の分のマグカップを穂高の前に置いた。


 「……ありがとうございます」


 華は再び穂高の向かいの席に座ると、ホットココアをフーフーと軽く冷まして一口飲んでから口を開いた。


 「勿論、笑い転げたり嘲笑ったりしてるわけじゃないわ。やっぱり……何か珍しいものを見ている気分ね。街中を緊急走行するパトカーや消防車を見た時みたいな感じ」

 「ついつい目をやってしまうってことですか?」

 「うん、そういうこと」


 福岡事変後、叔父夫婦に引き取られた穂高が東京の学校に転校した時もそうだった。穂高本人は自分の身に起きた出来事を周囲に話したことはなかったが、時期が時期だけに奇異の目で見られていることは感じ取っていた。

 しかしツクヨミの面々は、一部を覗いて穂高を特別不思議がっているようには見えない。それはルールでもあるからだ、能力者が能力を発現するきっかけは大抵喜ばしい出来事によるものではない。その過去に触れないこと、それが鉄則としてあるからか、この環境が心地よくも思える。

 

 「穂高君は、人を殺したことがあるでしょ?」


 笑顔で投げかけられたその質問に、穂高は答えなかった。何を今更、と呆れてもいたし──人を殺した、と言葉で発することに抵抗があったからだ。能力者狩りとして生きてきた彼であっても、だ。


 「私は、人を殺したことがないの」

 

 華は基本的に本部に常駐している。高校生組の食事を用意しているか、食堂や事務所を掃除しているか、事務所でネットサーフィンに勤しんでいるかだ。滅多に外に出ることはないし、そのため任務に出ることもないのだ。


 「でも、私は人殺しの任務を仕分ける作業をしているし、その任務をこなす穂高君達のご飯を用意している。直接手を汚さなくても、私は人を殺しているようなものだから」


 華はそう言って、またマグカップに口をつけていた。

 穂高は華の意図が読めていなかった。おそらく華は穂高の悩みを読み取って、気を利かせてこんな話を聞かせているのだ。昨日、オスカル討伐作戦の過程でエヴァが殺されたことに衝撃を受けて未だにショックを引きずり、そしてそんな自分の感情は立場と矛盾していると悩んでいる穂高の状況を、華は彼の目を見て全て理解しただろう。

 ただ、穂高は人殺しの仲間が欲しいわけではない。エヴァの死を一緒に悲しむ仲間が欲しいわけでもない。四月デストラクション、あの運命の一日をきっかけに、穂高の周囲に一気に殺人鬼が増えた。穂高にとって死はすぐ側に迫っていたし、人の命が簡単に消えるようにも、消せるようにもなってしまっていた。

 しかし、能力者狩りだった穂高は葛藤とも戦い続けていた。例え彼らが穂高の敵だったとしても、その行い自体は彼らと変わらないことだと、許されないことだと穂高はずっと考えていたからだ。

 今回のエヴァの死は、そんな穂高を動揺させるには十分過ぎたのだ。


 「つまり、ジレンマってことね」


 穂高がココアに口をつけずに黙っていても、華は構わず話を続ける。


 「穂高君自身は、殺人という行為が罪になることを重々承知している。それは当たり前の倫理観だし人として当然のこと。

  でも、穂高君を取り巻く環境はそれを許さなかった。自分が殺さなければ逆に殺される、まさにそんな殺伐とした世界だもの。

  ただ、だとしても自分が罪人であることに変わりはないってことよね」


 穂高は自分自身を納得させるために、能力者としての自分の行いを正当化する必要があった。初めは環境のせいだと自分に言い聞かせながら、慣れない戦いに身を置いていた穂高だったが、やがて自分の残忍な行いが復讐となって自分に返ってくることを知った穂高は、能力者狩りをやめる、という選択肢を考えることもなく戦いを続けようとしていた。


 「だからこそ、私達は穂高君のことが怖いの」


 そんな感想を述べている割に、華は笑顔を浮かべて穂高のことを見つめていた。その澄んだ瞳が穂高の瞳を通して、彼の全てを見通していた。


 「……どういう意味です?」


 穂高はやっと口を開いた。少なくとも、今の華が穂高のことを怖がっているようには見えなかった。

 華は目を閉じてフフッと笑うと穂高の方へ手を伸ばし、彼の手を掴んだ。彼女の手は暖かく、逆に自分の手がこんなに冷えていたことに穂高は驚いていた。


 「穂高君が人を殺す理由を見つけてしまった時、簡単に悪に堕ちてしまいそうだから」

 「悪って、革新協会側に?」

 「うん。穂高君の深層心理とかがそれを望んでる、ってわけじゃないけれど、穂高君はどっちにも転びそうだから」


 穂高には自分のそんな未来が、全くと言っていいほど想像出来なかった。少なくとも穂高は正しい方の人間でもない、しかし革新協会や十字会と近いわけがないと、穂高はそう思っていたのだ。


 「穂高君は穂高君自身が想像しているよりも、とっても弱いのよ? もしも私が穂高君の敵側の人間だったら、穂高君を壊す方法なんていくらでも考えついちゃうもの」

 「……例えばどんな方法ですか?」

 「口に出すだけで穂高君に殺されちゃいそうだから、やめておくわ。私だって命が惜しいもの」


 そう言う割りに、華は平気そうにフフフと笑ってココアを飲んでいた。確かにリーナやツバキが華のような能力を持っていたら、もっと酷い目に遭わされていただろうと穂高は考える。


 「その答えを探すのはやめなさい。穂高君が直接エヴァを殺したわけじゃないんだから。彼女のために迷うんじゃなくて、彼女のために強くなりなさい。答えを考えるのはその後でも遅くはないんだから。

  学校のテストの問題は絶対に答えないといけないけれど、時には答えなんてないものだってあるはずよ。穂高君がその葛藤に悩んでいるのなら、その内はまだ人間らしい証ってことだから」


 華はそう言って穂高の手を離し、自分の分のココアを飲み干していた。


 オスカルを殺害するためにエヴァの誘拐が決まった時、穂高とてエヴァが死亡する未来が見えていなかったわけではない。オスカルの死をきっかけにエヴァが能力を発現する可能性があったし、能力者となった彼女がどんな能力を発現するか予測出来ない以上、渡瀬と詠一郎の対処は正しかったはずだ。

 しかし、穂高は今でもエヴァの死が必要だったとは思っていない。オスカルだってそうだ、例え一度は敵対した相手とはいえ、少しでも不幸になる人間が減る方法を穂高は探っていた。

 穂高の周囲を取り巻く問題に対処するためには、結局自分自身が強くならなければならないのだと、穂高はそう考えることにした。現時点では、それが最適解のはずだと。


 「あ、テストと言えばもうすぐ出灰は期末テストよね? 今回は織姫ちゃんを越えられそう?」

 「いや、姫野さんと競争してるわけじゃないんですけど」

 「でも前回、中間テストで負けたのが悔しかったんでしょ? 次は織姫ちゃんをギャフンと言わせてやりなさい」

 「……頑張ってみます」


 穂高は中々口をつけていなかったココアをようやく一口飲んだ。気分が落ち着く美味しさと暖かさだ。

 華に苦手意識を持っていた穂高だったが、悩みがある時は相談しても良いかもしれない、と考えながら温かいココアをゆっくりと味わっていた。



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