5-15『牡丹とジャン』
秘密能力者組織ツクヨミ。
それは奇跡の力を秘匿するために活動し、絶対に表舞台に立つことを許されない。
しかし、この奇跡の力を操る人間達の組織はツクヨミだけではない。日本だけでもツクヨミを含めて大きく三つの組織が存在する。それぞれの活動目的や理念は異なるものの、やはりどの組織もその力を隠して活動する点では足並みを揃えている。
奇跡の力の源が封印された物品の回収もそれぞれの担当地域が存在し、基本的にはその組織に所属する人間が定期的に回収する。この多数の物品、彼らが『供物』と呼ぶ代物が保管されている京都、そして京都を含む関西の殆どの地域はツクヨミの管轄ではない。しかしツクヨミのボス、剣城牡丹は京都の街に足を運び、鹿苑寺を訪れていた。
供物の一つ、釘の回収時には、設備の点検や建物の補修作業等とそれらしい理由をつけて敷地内を封鎖し、施設の関係者すら立ち入りが禁止される。そして夜に担当者が釘を回収し、代わりのものを用意する。
牡丹は鹿苑寺の黄金の舎利殿、もとい金閣の中に足を踏み入れた。夜でも黄金に煌めく建物の中心に、関係者が用意した黒い木箱が置かれている。封を解いて蓋を開けると中には黒ずんだ小包が入っており、牡丹がそれを手に取ると布は自然にパラパラと落ちていき、中に入っていたものが顕になる。
中に入っていたのは、胸に五寸釘が突き刺さった木製の人形だった。驚くべきことに、五寸釘の先、木製の人形の胸にはかなり小型ではあるが、心臓のような臓器が生み出されていた。釘に突き刺されながらも、その小さな心臓は脈動している。
「少し蓄えすぎたみたいね」
今回、京都を管轄していないツクヨミが呼ばれたのは、ツクヨミでなければ対処が難しいほどの力がこの供物に溜まってしまっていたからだ。この京都を支配している彼らだって牡丹達のように生身でこれに触れるわけではない。ただ御札のようなものを用意してそれらしい呪文を唱えるだけだ。だが強大な力が相手では、やはり能力者の出番となる。
牡丹は人形から釘を引き抜いた。すると人形は口らしき切れ目もなかったはずなのに、突然大きな口を開いた。
「ホアアアアアアアアアアッ!」
甲高い声で人形は牡丹に咆哮を放ったが、牡丹はそれに動じることなく人差し指を人形の口に当てた。
「大人しくしなさいな」
すると咆哮はピタッと収まり、人形は一瞬で灰となって散ってしまった。
この人形はあくまで生贄のようなもので、牡丹達に必要なのは奇跡の源が封じられたこの五寸釘である。これ程の力を持ったものが何かの間違いで力を解放してしまうと、福岡事変並の災厄が起こりかねないのだ。
仕事を終えて、牡丹が帰ろうと後ろを振り返った時──彼は外回廊に立っていた。
「どうもお初に、Sig.raボタン」
黒いスーツの上に毛皮のコートを羽織った金髪の青年が笑顔で挨拶する。こうして顔を合わせるのは初めてだが、牡丹は彼のことを知っていた。彼の右手首には、水晶の装飾が施された腕輪が見え、右目には赤い光を灯していた。
「初めまして、ミスタージョバンニ。日本語がお上手ね」
「どうもありがとう。実は初めてキョートに来たんだ、素晴らしい街だねここは」
「フフ、立ち入り禁止って書いてあったと思うんだけど、それは読めなかったみたいね」
ジャンが東京を離れたという情報は牡丹も知っている。ジャンは何もただの旅行気分でここに偶然訪れたわけではないだろう。おそらく十字会と協力関係にある革新協会統帥、鷲花蒼雪から供物の噂を聞きつけて来たのだ。以前穂高達がジャンと戦った際は私服だったらしいが、今日は牡丹と会うために正装してきたようだ。
「これが目的?」
牡丹は黒ずんだ五寸釘をジャンに見せた。こんなただの釘にそんな力が蓄えられているのかとジャンは驚いているようで、興味深そうに牡丹の手元を見ていた。
「それが噂のものだね。それが僕達の力のエネルギーとなるんだろう?」
「じゃあ使ってみる?」
牡丹がポイッと釘をジャンに投げ渡すと、彼は見事釘を掴んだ。黒ずんだ釘を不思議そうに見ながらジャンは言う。
「で、これをどうすればいいんだい?」
どうやらジャンはそれを掴んでも何ともないらしい。普通の人間なら供物に近づくか、見るだけでも気を失うか最悪死に至る劇物で、能力者でも供物に触れて耐えられる人間は少ない。渡瀬から聞くところによるとオスカルは数秒も持たなかったらしいが、どうやらジャンはオスカルよりも能力者としての器があるようだ。
「胸に突き刺せばいいのよ。吸血鬼の心臓に杭を打つようにね」
「本当に?」
牡丹の言葉をジャンは疑っているようだが、怖いもの知らずなのかジャンは釘を一気に自分の胸に突き刺した。するとみるみる内に釘はジャンの体の中へ溶けていく。
「あぁ……体が熱いね。まるで力がみなぎってくるようだよ」
ジャンの右目を中心に花の紋章が少し浮かび上がっていたが、供物を吸収しても自分の力を制御できているようだ。どうやらジャンの能力者としての適性はかなり高いようで、彼が十字会の総帥という立場でなければ、是非ともツクヨミにスカウトしたいと牡丹は関心した。
しかしまぁジャンを試そうと思って、軽い気持ちで供物を彼に易易と渡してしまったが、このまま彼を気持ちよく帰すわけにはいかないのだ。牡丹はポケットに入れていたジュエリー、トパーズの剣を取り出して能力を発動する。右目に赤い光を灯すと、牡丹は口を開いた。
「じゃあその力を試すために、まずはかくれんぼでもしてみない?」
「かくれんぼ?」
「んー、何て言うのかしら。私が隠れるから、貴方は私を探してね。というわけで貴方鬼さんね」
牡丹がジャンに手を振ると、金閣の中から牡丹の姿がフッと消えた。忽然と姿を消してしまった牡丹にジャンは顔をギョッとさせたが、すぐに笑みを浮かべていた。
「成程、流石はボスと言ったところだね」
ジャンは室内をキョロキョロと見回したが、牡丹が隠れられそうな場所はどこにもないし、天井に張り付いているわけでもない。ジャンが外に出て舎利殿から離れても、その姿を、その気配すら察知することが出来ない。
「どこを探しているの?」
牡丹はジャンの耳元で囁いた。ジャンはビクッと体を震わせて左右をキョロキョロと見回すが誰もいない。
「私はここよ」
ジャンが後ろを振り返っても、やはりそこに牡丹の姿はなかった。
「ここにいるのにね」
声がした方を見ても誰もいない。こんなに側から声が聞こえるはずなのに。
「どうして見えないのかしら」
ジャンには牡丹の姿が見えていない。どうして見えないはずの牡丹が、すぐ側で自分に囁いているように聞こえるのか、ジャンは少し混乱しているようだったが引きつった笑みを浮かべていた。
「つまらないわね」
すると牡丹はジャンの前に突然姿を現し、そして彼の頬に触れた。
「じゃあ次は缶蹴りよ。貴方空き缶ね」
牡丹は優しい笑顔を浮かべたまま、ジャンの腹部に強烈な蹴りを放った。しかしジャンもそれを簡単に喰らうほど鈍くないようで、牡丹の蹴りを躱して、手に光剣を生み出して佇んでいた。
「面白い能力を使うんだね、ボタン。それは何の能力なんだ?」
「教えるわけないでしょ」
牡丹はジャンの能力を知っている。彼の能力は穂高や緋彗が持っている能力の完全な上位互換のはずだ。
だからといって牡丹がやることは変わらない。ジャンは光剣で牡丹に斬りかかろうとしたが、牡丹は躱そうともせずにジャンの顔に人差し指を向けた。
「“だ~るまさーんが……転んだ!”」
牡丹がそう唱えると、彼女に斬りかかろうとしていたジャンの体がピタッと止まった。
「何だ……?」
牡丹は動けなくなったジャンの腹部に向けて、再び蹴りを放とうとしていた。
「では改めて、貴方空き缶ね」
牡丹は満面の笑みをジャンに向けると、彼の体を思いっきり蹴り上げていた。もろに蹴りを喰らってしまったジャンの体は、目にも留まらぬ速さで京都の夜空に向かって飛翔していった。
これで簡単に始末できるような相手ではないことは牡丹もわかっていた。空から光を放ちながら隕石のように降ってくる、いや牡丹に襲いかかるジャンを見て、牡丹は身構えて再び人差し指を彼に向けた。
「“だるまさんが転んだ!”」
牡丹に向けて手を伸ばしたまま、ジャンの体が宙でピタッと止まる。が、ジャンの手から眩い光が放たれようとしていた。
「子供騙しだよ!」
ジャンの手の先から光輝く刃が一気に伸び、そのまま牡丹の左腕を斬った。斬り落とされた牡丹の左腕は地面を転がり、ジャンは更に手の先から無数の光の刃を生み出そうとしていたが、その一瞬の間に牡丹はジャンの左腕を掴んでいた。
「“だるま落とし”」
牡丹がジャンの左腕を引っ張ると、彼の左腕はまるで人形のパーツのように綺麗に肩から先が離れてしまう。ジャンの左肩から出血もない。牡丹は左腕を斬られて失っていたが、代わりにジャンから奪った左腕を肩にスポッとはめた。すると借り物の左腕は赤い光を放ち始め、ジャンが持つものと同じ光剣を生み出した。
「私は子供騙しのプロなの。単純だからこそわかりやすいこともあると思わない?」
牡丹の左腕はまるでジャンの能力を手に入れたように、彼の能力を使うことが出来るようになった。その仕組みに気づいたのか、ジャンは驚いているようだったが未だに笑うだけの余裕はあるらしい。
「マジック……いや、魔法?」
「貴方の能力の方が、私のよりよっぽど魔法っぽいと思うわ」
牡丹は光剣を消すと、今度は炎の剣を生み出した。さらには闇を纏った黒剣、雷を纏った剣と次々に切り替えてゆく。
「面白い……! 僕はこれを楽しみにしていたんだよ!」
ジャンは牡丹の不可思議な能力を見ても、互角かそれ以上の相手が目の前にいても怖気づくような人間ではない。流石はあの十字会を率いていた父に育てられ、若くして巨大な組織の長を務めているだけのことはあるなと牡丹は感服していた。しかも彼はただの魔法好きな人間ではない。多くの能力者が羨むような能力者としての素質まで彼は持ち合わせている。
もしもジャンが戦いの技術まで身につけてしまうと、能力者狩り……穂高はもう彼に勝つことが出来なくなるだろう。今のうちに腕と足を一本ずつ無くしておけば条件はイーブンになるかもしれない、牡丹はそう考えた。
「次は一体、どんな魔法を僕に見せる気かな?」
夜の鹿苑寺、黄金に輝く金閣の前でツクヨミと十字会の長がぶつかり合うはずだった。しかし、二人の戦いは思わぬ乱入者によって遮られることとなる。
突然、二人の周囲に御札のような紙が数十枚程飛び回り始めた。それらは二人を脅かすかのように近づいては離れ、魔法陣を描くように地面に張り付くと青い光を放っていた。
「あ、ヤバ」
最初に彼らの存在に気づいたのは牡丹だった。牡丹はこの場所が彼らの管轄だということを忘れ、つい戦おうとしてしまっていた。
「この紙はもしや……陰陽師!? 陰陽師なのか!?」
一方でジャンは初めて遭遇する陰陽師らしき存在に目を輝かせて喜んでいるようだった。周囲の木々の影から出てきたのは、手に数枚の札や刀、薙刀や弓を持ち、まるで平安の世を思い起こさせるような白い狩衣と、顔を隠すように白い頭巾を被った連中だった。少なくとも二十人が牡丹達を包囲している。
「現代にもやはり陰陽師はいたんだね!?」
観光目的で日本にやって来た外国人がこんな光景を、しかも京都の鹿苑寺金閣という舞台で見ることが出来たなら大喜びだろう。しかし彼らはジャンをおもてなしするために登場したわけではない。
地面に張り付いて青い光を放っていた数十枚の御札は、一斉に炎の柱を空に向かって放ち、牡丹とジャンを焼き尽くすように燃え上がった。牡丹はその術をわかっていたため難なく躱したが、観光気分で浮かれていたジャンは完全に炎に包まれてしまっていた。しかし、彼は炎をも操ることが出来る能力者だ。
ジャンは炎の中から、毛皮のコートを脱ぎながら現れた。コートは燃え上がっていて、ジャンが地面に放り捨てると灰と化してしまっていた。
「良いおもてなしだね。キョートで陰陽師と出会えて、さらにはその術をこの身をもって体験できるなんて、これが所謂、京風の出迎え方なのかい?」
「この連中は、自分達のシマを荒らすなと言っているのよ」
陰陽師のような出で立ちの集団は、牡丹とジャンを包囲するように並んだまま黙って佇んでいる。彼らがジャンも牡丹も歓迎していないことを知ると、ジャンは深い溜息をつきながら言う。
「残念だなぁ、僕はゆっくりキョートを観光しようと思っていたのにね」
ジャンの動きは副メイド達からの報告で牡丹も把握している。ジャンは先日熱海でパーティを開催したようで、そこで革新協会の幹部と何らかの会合があったはずだ。しかし最近の革新協会は、今も多少の流血沙汰があるとはいえ、四月デストラクションや和光事件に比べるとこれといって何か行動を起こしているわけでもなく、十字会もジャンとオスカルが目立ちすぎているぐらいで私兵部隊であるロッソケントゥリアに目立った動きもなく、二つの組織は積極的に連携しているようにも見えなかった。
楽観的に見ればジャンはただ日本へ観光を目的に来たように思える。しかし今日のように牡丹に接触してきたことを考えると、穂高が彼本人から聞いたように、これもジャンの大いなる野望の一部なのかもしれなかった。
「剣城牡丹」
牡丹らを包囲する陰陽師の中の一人、顔は頭巾で見えないがもみあげを長く伸ばした長身の女が口を開いた。
「狐と鶴から伝令がある」
狐は詠一郎、鶴は渡瀬を指す。
「エヴァ・ストルキオとオスカル・ヴェントゥーラは死亡した。以上」
長身の女は牡丹にそう告げて仲間に合図をかけると、彼らはスッと物陰に隠れて気配を消してしまった。
「だってさ。貴方のお友達は死んだみたいだけど?」
情報によればジャンとオスカルは一人の女性を巡って決闘したことがあるらしいが、今は親友のような関係であるとされていた。オスカルは普通の能力者と比べれば確かに強い方だが、詠一郎や渡瀬に敵うほど能力者としての経験があるわけではない。しかしオスカルが能力者としての戦い方を覚えると手強い敵となってしまうため、早めに始末したのだ。
そして十字会の幹部であり、ジャンの良き友人でもあったオスカルを殺害すればジャンに対して多少の動揺を与えられるかもしれない、牡丹達はそう考えていた。
「どうせ、ストルキオを囮にして殺したんだろう?」
しかしジャンの反応は意外なものだった。エヴァ・ストルキオ……オスカルの恋人であり、ジャンが狙っていた女でもある。ジャンは二人の死を知っても平気そうで、牡丹達の予想に反して悲しむどころか、何ならそこまで興味が無さそうだった。
「だから僕は奴に日頃から言っていたんだ。一人の女を執拗に愛するのは、無駄な弱点を見せるだけだとね」
ジャンは笑いながら、呆れたような物言いで語る。どうやら牡丹達が想定していたよりもジャンとオスカルの関係は親密ではなかったか、あるいはただ単にジャンは親友の死に対してなんとも思わないような冷酷な人間なのかもしれない。
「次は僕を狙うかい? そう簡単に僕の首は取れないと思うけど?」
「じゃあオスカルはどうでも良かったと?」
「僕は彼の好きにさせたまでだよ。僕は何度もオスカルに忠告していた、でも彼は聞きやしなかった。それだけのこと」
オスカルは幹部とはいえ若く、十字会の中でもそれほど重要な役割を与えられていたわけではない。それは多くの重鎮達がいる十字会内部での諍いを避けるためかと思われていたが、彼らはただ親友ごっこをしていただけなのか。
「僕は忠告通り、今日は大人しく帰らせてもらうよ。変な連中に追いかけ回されるのは御免だね。次にどこかで会った時は、お互いの首を取り合おうじゃないか」
ジャンは牡丹に手を振って去っていった。牡丹も彼を追おうとはせず、戦いが中断されたことを残念に思って溜息をついていた。鹿苑寺には人気が無くなり、冷たい冬風が木々をなびかせていた。
牡丹が鹿苑寺から出ると彼女の携帯に電話がかかってきた。携帯を見ると、かけてきたのは渡瀬だった。
「ハーイ、私メリーさん。今鹿苑寺にいるの」
時刻は夜の十一時を回ろうとしていた。今頃東京では作戦が一通り終わって本部に帰還している頃だろう。
『メリーさん。作戦は終わりました』
電話の向こうで、渡瀬はメリーさんに特にツッコむこと無く淡々と報告していた。渡瀬は牡丹のおふざけに付き合ってくれることもあるが、こうして興味が無さそうに冷たくあしらってくることもある。牡丹にとってはそれが快感でもあった。
「何もなかった?」
『穂高君が……』
「また暴走でもしたの?」
『僕と詠一郎さんにキレ散らかしてました』
鷹取穂高という能力者狩りでない時は生意気そうな……いや、大人しくて人の良さそうな少年が、そんな頭に血管が浮き出る程に怒り狂った姿は想像しにくいが、さしずめ今回の作戦のやり方と結果に多少の不満を持ったということだろう。十字会に妹を誘拐されて殺害された兄としての立場からすれば、いくら十字会の関係者とはいえ、悪意を持っていないような人間を殺すのは彼の良心が許さなかったかもしれない。
エヴァの殺害はあらかじめ決まっていたことだ。下手に生かしておくと、オスカルの死をきっかけに能力者になりかねないからだ。しかし穂高はその理由を知ったとしても、一度こみ上げた怒りを鎮めることが難しかっただろう。
「それでどうしたの?」
『詠一郎さんに宥められましたよ。格の違いが一瞬でわかるぐらいには冷静だったみたいです』
穂高の能力はかなり恵まれている方だ。『光』と『闇』、どちらか一方だけでもかなり便利なのに、その両方を持ち合わせている。しかし単純な能力の強さで言えば詠一郎達の方が圧倒的に格上だ。どれだけ経験や根性の差で埋め合わせようとしても、穂高はまだまだひよっ子である。
『ちなみに、ジャンは見つけられましたか?』
「えぇ。あまり気にしてないみたいだったわ」
詠一郎と渡瀬に倒されたとはいえ、オスカルも能力者としては恵まれていたはずだ。しかし、どれだけ備わった力が強力でも使い方を知らなければ能力を発揮できない。革新協会が丁寧に手ほどきしているかと牡丹は考えていたが、ジャン達に教えていないようだ。協力関係にあっても、お互いのことは信用していないようだ。
『次はどうしますか? ロッソケントゥリアを潰した方が良いかと思いますが』
副メイドの情報によると、十字会にはまだ多くの能力者が残っている。現状ツクヨミが優先的に対処するのは十字会だが、その戦いに革新協会がどこまで介入してくるかわからない。
十字会に残る最大の脅威は、私兵部隊であるロッソケントゥリアだ。既に何人かのメンバーが来日している。十字会という組織を潰すためには、必ず相手にしなければならない。
「早めに潰しておきたいわね。残党は徹底的に減らさないと」
『では、やはりジャンは穂高君に任せるんですか?』
「お誂え向きね」
牡丹達の最終的な目標は、十字会も革新協会も、鷹取穂高の手で潰させる、つまり彼の復讐を果たさせることだ。それはあくまで努力目標で、まだ穂高には難しいであろうオスカルは詠一郎と渡瀬に任せた。
今のツクヨミの面子の中で、十字会と革新協会に一番敵対心を抱いているのは穂高だし、やはり──革新協会統帥、鷲花蒼雪がなぜ穂高を気に入っているか、革新協会にとって邪魔なはずだった能力者狩りを生かしている理由を知りたかったし、そして穂高は鷲花蒼雪の野望を知るための手がかりでもあったからだ。
穂高を取り巻く全てのことが、まだまだ未熟な彼の成長を促すために用意されているように思えるのが、牡丹にとっては不思議だった。それが鷲花蒼雪の計画なら、いずれ穂高がツクヨミにとって脅威となるのならば、今のうちに対処する必要がある。
今の穂高は、ツクヨミの敵になってしまうような危うさが残っているからだ。
『実は、穂高君のことで相談があるんですが』
「どうかしたの?」
『次の冬休み、穂高君を連れ回してみたいと思うんです』
「へぇ、どこに連れていくの? もしかして福岡?」
『いや……まだ早いと思います。牡丹さんの大阪での用事を代わりにやってもらおうと思うんですよ、修行がてら。その後京都にも寄るつもりです』
渡瀬が企んでいることが牡丹には理解出来た。その先に待ち受ける未来を想像して、牡丹はフフフと笑っていた。
「良いんじゃない? じゃあ私はジャンの尾行でもしてみようかしら」
牡丹達は忙しい。今日のように全国各地の寺社に保管されている釘を交換しなければならないし、諸々の問題の根源である革新協会や十字会の動向も探らなければならない。夏頃に比べれば革新協会は大分大人しくなったが、その異様な大人しさが、嵐の前の静けさのように不気味に感じられた。




