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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-12『計画通り』



 女装した少年が画廊を出てから間もなくして、外からまるで破裂音のような銃撃音が聞こえてきた。

 やはり、か。表向きは一介の大学生に過ぎない彼女でも、自分の恋人がどういう立場にある人間かを知っている。彼女の恋人が所属する組織がどれだけ恐ろしい組織か、彼女は身を持ってその恐ろしさを体験したはずだった。

 ヨーロッパ各国やアメリカを転々としてきてようやく日本で一息つけると思っていたが、とうとうこの時が来てしまった。


 「オスカル……」


 彼の名を呼びながらエヴァは画廊の中から外を覗いた。外は混迷極めく状況で、敵に狙撃手でもいるのだろうか、十字会の護衛らしき人間が次々に頭を撃ち抜かれて殺されていく。


 「ストルキオ!」


 銃撃戦の最中、黒い高級車が画廊の前に停まった。助手席から黒服の青年が身を乗り出してエヴァに呼びかける。


 「ここは危険です、早くお乗りください!」


 エヴァは彼の指示に従い、銃撃から逃れながら車の後部座席に乗り込んだ。エヴァがシートベルトを締める前に車は急発進すると、細い路地を猛スピードで進んでいた。


 「お怪我は?」


 ハンドルを握る、耳にピアスをつけた端正な顔立ちの男が言う。明らかにアジア系の人間だ、十字会が日本で雇った構成員か。


 「なんとも無いわ。どこの襲撃?」

 「それはまだわかりませんが、どうやらヴェントゥーラ氏を狙っているようです。すぐに我々の拠点へとお連れします、ご安心を」


 助手席に座る茶髪の青年が地図を眺めながらそう答えた。

 エヴァもこの事態に動揺していないわけではない。いつでも覚悟は出来ているつもりだったが、こうして死が目の前まで迫っていることを現実として実感すると、胸がゾワゾワとして落ち着かず、顔を伏せて危機が去るのを待った。

 

 首都高神奈川1号横羽線から北上して東京都内に入り、5号池袋線に乗ると美女木ジャンクションから外環道へ大泉方面へ、さらに大泉ジャンクションで今度は関越道へと入った。画廊を出発してから一時間ほどが経過し、追手も来ないためエヴァはホッと安心していたが、中々十字会の拠点に到着する気配がない。エヴァは十字会の事情に詳しいわけでもなく、まだ日本の地理に慣れていないが、埼玉へ入ってから妙な胸騒ぎを感じ始めていた。


 「ねぇ、一体どこまで行くの?」


 ハンドルを握るピアスの男も、助手席の茶髪の青年も、エヴァの問いに答えなかった。ここで今初めて、エヴァはこの二人に不信感を覚えた。

 エヴァはこの二人を十字会の人間だと勘違いしていた。エヴァを護衛している人間の顔になんて興味がなかったからだ。


 「私を、どこへ連れて行くつもり?」


 すると、助手席に座る茶髪の青年がエヴァの方を向いて、ニコッと微笑んだ。 


 「どこだと思いますか?」


 エヴァは確信した。この二人も、あの少年達の仲間なのだと。

 エヴァは今すぐにでも逃げ出したくなった。しかし車は高速で道路を走っているため外へ飛び出すのは危険だし窓も開かなかった。助手席の青年は身を乗り出してきて、エヴァの腕を優しく掴んだ。


 「ご安心を、手荒な真似はしないので。少しだけ餌になってもらうだけです」

 「……オスカルを殺すための?」

 「オスカル・ヴェントゥーラ氏のことですね。貴方を餌に彼をおびき出し、殺害することが我々の任務です」


 きっとエヴァが襲撃されたという情報はオスカルの耳にも入ったはずだ。オスカルは都内のホテルにいる、もしも彼が知ってしまったらまんまと罠に嵌ってしまうだけだ。

 エヴァはオスカルがどれだけ強いかを知っている。しかし、その強さがどこまで通用するかがわからない。


 あの日──エヴァを巡ってオスカルとジャンが決闘した時にまるで奇跡のような不思議な力をエヴァは目撃した。十字会はエヴァに何も情報を与えなかったが、オスカルは不思議な力を操る能力者の存在についてエヴァに教えたことがあった。

 日本にはオスカル達のように不思議な力を操る能力者が大勢いる、十字会と協力している、件のテロ組織もそうだ。しかしもしも、今オスカルの命を狙っている組織が、その能力者達の集団だったら──。


 「貴方達は何者? 警察? 公安? それとも噂のテロ組織?」

 「おそらく貴方が知らない組織だと思います」

 「じゃあどうしてオスカルを殺す必要があるの?」

 「彼は無邪気過ぎるからです」


 すると、運転手の男が左手で青年の肩をトントンと叩いた。青年はハッとしたような表情をして、再び口を開く。


 「ストルキオさん」

 「何か?」

 「仮に我々がヴェントゥーラ氏を我々の仲間として引き入れようとした場合、貴方は我々に協力してくださいますか?」


 それはエヴァにとって意外な質問だった。どうやら彼らの組織は十字会を、いやオスカルを本当に殺したいわけではないらしい。なら一体どういう立場にあるのか意味がわからないが、もしエヴァもオスカルも生き残る道があるのなら、それ以上の未来は存在しない。


 「勿論」


 エヴァがそう答えると青年はウンと頷いて微笑んでいた。


 「我々としてはヴェントゥーラ氏、そして貴方を味方に引き入れることが最高の結果です。

  しかし、ヴェントゥーラ氏を抹殺することも、同じく最高の結果です」

 「それはどうやって決めるの?」

 「彼の考え次第です」


 彼らの組織がどんな組織なのか、何を目的にしているのかエヴァには見当もつかなかった。日本へ留学する前にオスカルがエヴァに警告したような、ヤクザや暴力団の一員とも思えない。

 絵に描いた悪者のような存在である十字会と敵対しているのなら、彼らはまだ正しい側にいるように思える。しかしエヴァの目には、どうも彼らが怪しく映っていた。


 ---


 十字会は要人の宿泊のため東京周辺の高級ホテルを幾つかフロアごと貸し切って滞在していた。オスカルは気分で宿泊するホテルを替え、今日は真っ赤に輝く東京タワーを望むホテルのスイートルームに泊まることにしていた。まだチェックインには早い時間だったが、ジャンは東京から離れてしまったし、しかも下手に外を出歩くなと厳しく言われてしまったため、オスカルは大人しくマンダリンを持ち出して牧歌を弾いていた。ナポリ製のマンダリンはエヴァからプレゼントされたもので、楽器の演奏に興味がなかったオスカルも聞き慣れた歌なら弾けるようになっていた。


 明日は久々にエヴァと出会う予定もある、ジャンがブラブラと旅行している内なら邪魔をされることもない。それに、オスカルよりは日本に詳しいエヴァが都内の観光地を教えてくれると言う。そんな明日を楽しみにしながら陽気にマンダリンを弾いていると、彼の携帯に着信が入る。オスカルは演奏を止めて電話に出た。


 「もう着いたのか、そっちは」


 電話の向こうからは日本語の音声でアナウンスが聞こえる。


 『これから観光だよ。君も来たら良かったのに、キョートは素晴らしい場所なんだから』


 ジャンは呑気に東京を離れて京都まで観光に行ってしまった。わざわざ新幹線に乗りたいと言って一両丸ごと貸し切ってまでだ。流石は皇帝(インペラートル)、周囲に迷惑をかけるのが大好きである。


 「俺はエヴァと会う予定があるんだよ。エヴァがパレルモに帰ってきた時しか俺は会ってねぇからな」

 『そうかそうか。君が今回の件に乗り気だったのもよくわかるね』


 ジャンが日本へ行くと幹部らに表明した時、皆目を丸くして驚いたものだ。ジャンが自分の計画、いや野望を説明し終えると、多くの幹部はやんわりと苦言を呈したりジャンを諌めたりしようとしたが、オスカルはジャンの計画を後押ししていた。それは決して面白そうだからという理由だけではない。


 『エヴァ、か……惜しかったね、あの時は。もう少しで彼女を僕のものに出来たのに』

 「笑えねぇ冗談を言うんじゃねぇよ。俺はつまらない冗談は嫌いだぜ?」

 『そうか。相変わらず君は一途だね、僕と違って』

 「お前は女で遊び過ぎなんだよ。じゃあな、俺も明日は観光なんだから」


 オスカルは電話を切ってテーブルに置き、ボーイを呼び出してワインを持って来るよう頼み、そして目を閉じて過去を振り返っていた。


 確かにジャンはエヴァを狙っていた。田舎生まれのオスカルでも十字会という組織がどれだけイカれた連中かは知っていたし、ジャンの手籠となったエヴァがどういう運命を辿ってしまうのか、その未来を想像してしまい決闘に至ったのだ。

 一度はジャンと敵対したオスカルが十字会に身を置いているのは彼に対する牽制という意味合いもあるにはあるが、オスカルはジャンの考えが面白いとも思っていたのだ。ジャンは女を己の快楽を満たすための使い捨ての道具としか思っていないような男だが、それを含めた彼の様々な一面を知っていても、オスカルはジャンを親友のように思っていた。


 ボーイがワインを用意してグラスに注ぐと、オスカルはグラスに口をつけた。ジャンに勧められオスカルは様々な酒を飲まされたが、未だに安物と高級品の違いがわからない。ジャンはあんなに人間のことをどうとも思わないくせに酒だの料理だの、音楽だの絵画だの変なところに拘る上に口うるさい部分がある。

 雰囲気づくりにジャンが無理矢理押し付けてきた古いレコードでジャズでも聞こうかとオスカルが思った時、再びオスカルの携帯が鳴った。


 「今度は何だ?」


 オスカルに電話をかけてきたのは、エヴァの護衛チームの隊長だった。彼から直接電話が来るのは初めてだ、普段は直属の部下伝いでごくたまに連絡が来るぐらいだったし、それに連絡が来る予定もなかった。不思議に思いながら電話に出ると、聞き覚えのある男の声が聞こえた。


 『オスカル・ヴェントゥーラ氏ですね』

 「今更どうした?」

 『エヴァ・ストルキオを誘拐させていただきました』


 オスカルは立ち上がって窓の外を見た。外は東京タワーを始めとした東京都心の煌めく夜景が広がっているだけだ。


 「何者だ? 革新協会じゃないよな?」

 『先日、僕は貴方とお会いしましたよ。あの赤い神社で』


 オスカルはすぐに彼の顔を思い出した。意味の分からない妙な能力を使う、茶髪の若い日本人だ。


 「何が目的だ? 俺の命か?」

 『それは是非、貴方と直接顔を合わせてお話させていただこうかと。我々は秩父の美の山公園でお待ちしております、後で地図をお送りますね』


 彼らの目的はオスカルの殺害だろう。十字会幹部の恋人を誘拐して脅迫するとは大した連中だ、この世界に生きる人間達はそれがどれ程の事態を引き起こすかわかっているはずなのに。

 きっと現場ではあの妙な茶髪の奴と能力者狩りがオスカルを待ち構えていて、そこら中に罠が仕掛けられていることだろう。しかし能力者相手にどれだけ十字会の構成員を動員しても精々肉壁になるぐらいだ。ジャンも今は呑気に京都へ観光へ行ってしまった。唯一戦えそうな私兵部隊、ロッソケントゥリアの連中に対する命令権もオスカルは持っていない。

 オスカルは彼らが用意した舞台へ一人で出向くしかなかった。ジャンに頼めばいくらかロッソケントゥリアから増援を貰えるだろうが、それでは格好がつかないとオスカルは考えた。エヴァが絡んだ事件でジャンに借りを作ってしまうと、後でどうなるかわからない。


 「エヴァは無事なのか?」

 『はい。電話代わりますね』


 十字会もよく一般人を誘拐して殺害する。身代金等の交渉をする前に人質を殺害することだって頻繁にあることだ。そのためオスカルは若干の不安を覚えていた。


 『オ、オスカル』


 心配は杞憂だったようで、エヴァの声が聞こえた。


 「エヴァ……待っててくれ。すぐに行く』

 『ダメよ、これは罠ってわからない?』

 「俺はジャンに勝ったんだぜ? 心配するな」


 エヴァにそれだけ伝えてオスカルは電話を切り、シャツの上に黒いスーツジャケットだけ羽織ってコートも着ずにホテルの屋上へ向かった。待機しているヘリの操縦士に行き先を告げ、彼らが待つ決戦の地へと向かった。


 

 

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