1-4『能力者狩り』
少年の容姿には見覚えがあった。髪型や体型だけでは性別の判別は難しかったが、雨でびしょびしょに濡れた白シャツに黒い学生ズボンから辛うじて少年だとわかった。その白シャツが赤く染まっていなければ、先程高架橋の下で出会った少年と瓜二つだった。
これは偶然か?
最初から察知されていたのか?
雨が打ち付ける中、解体されているビルの瓦礫に囲まれて二人は対峙した。織衣も少年も、髪に雨を滴らせながら、お互いの目を見ていた。
少年の右目には、青い光が灯っている。つまりそれは能力者であるという証だ。右腕には水晶が埋め込まれた黒い腕輪を装着している、確かそのジュエリーも操作系の能力を示すはずだ。彼にどういう意図があったのかはわからないが、助けられたことは事実。
「貴方は、一体──」
雨の中、吸血鬼の死体の向こうに佇む少年に織衣が問いかけようとした瞬間、自分の首元が光り輝いたことに織衣は気がついた。
目の前に、彼がいる。
右目に青い光を灯し、光を体に纏った少年。その光が赤い水たまりに反射し、幻想的な光景を作り出す。いつの間にか彼の右目を中心に、ポツポツと花のような紋章が浮かび上がっていた。
ただ、彼が持つ光り輝く剣は織衣の首を狙っていた。
織衣の体は咄嗟に動いた。すぐさま織衣が膝蹴りを放つと、それが彼の脇腹に直撃したようで、彼はゴホゴホと咳き込んで腹部を押さえていた。
彼が怯んだ隙に織衣は離れ、再び解体されているビルの最上階へ糸を伝って上り、急いで蜘蛛を作り出す。体勢を戻した彼の体には、尚も光が纏われている。能力者は世界から見て異質な存在だが、やはり彼は織衣の目から見ても異常な存在だった。
『織姫、彼は能力者狩りかもしれません』
オペレーターからそう聞いた織衣は背中の太刀に手をかけた。だが迷っていた。この太刀は相手を傷つけるためにある。織衣はこの少年を殺すつもりはない。彼は織衣を助けてくれたが、どうしてか織衣を狙っている。
彼が持っている光剣の切れ味は未知数だ。能力は光をも鋭い刃物にしてしまう。
「捕まえて!」
蜘蛛達に命じ、織衣は彼を蜘蛛糸で捕縛しようとする。しかし彼は消えてしまった。
いなくなったのか。彼が消えた直後の異様な静けさは、織衣の恐怖心を掻き立てるだけだった。
いなくなっていてほしかったのに。
「──少し眩しいよ」
目の前で放たれた眩しい閃光に、織衣は目を眩ませてしまう。
「くぅっ……!?」
織衣は目を押さえようとしたが、その腕を彼に掴まれた。どうやら彼は瞬時にこの八階へ上ってきたらしい。だが織衣は彼の腕を払って、視界が晴れないまま自分の感覚を信じて、不安定な足場の上で強烈な回し蹴りを食らわせた。
「がぁっ!?」
少年の反応を見る限り、その攻撃はちゃんと効いているらしい。ビルの鉄骨の上でよろめいた彼は、そのまま骨組みの隙間を突き抜けて一階部分まで落ちてしまう。自分でも対処できない相手ではない。だが織衣は未だに判断に迷っていた。
「ねぇオペ、この人何者?」
この少年は本当に能力者狩りなのだろうか。味方なのか敵なのかも不明であるため、織衣はオペレーターに聞く。
『あまり顔が正確に見えないのでわかりませんが、データーベースに似たような人物はいません。おそらく革新協会の能力者ではないでしょうが……』
革新協会に所属する能力者は、そのトレードマークである白いコートと太陽の仮面がよく目立つ。あの吸血鬼を躊躇いなく殺したということは、やはり能力者狩りの可能性が高いだろう。
ただ、今は捕まえる。勝たなければ、何も始まらない。
そして数匹の蜘蛛と自分の手から放った蜘蛛糸で、織衣は少年を捕縛しようと試みる。一階にまで落下した少年は、何らかの能力で衝撃を吸収して無事のようだが、まだ織衣から喰らった回し蹴りのダメージがあるのか、体をよろめかせていた。これなら捕まえられると、織衣は確信し蜘蛛糸を一斉に放つ。
「空へ穿て、“紫電”」
が、織衣の蜘蛛糸が到達する前に、少年は地面に光剣を突き刺していた。その光剣を中心に光が地面に広がっていき、周囲の地面や壁から無数のレーザー光が一斉に放たれた。その光線は水たまりや雨粒に反射して周囲を彩りながら、少年を捕まえようとしていた蜘蛛糸、織衣が生み出した蜘蛛達をも一瞬で無力化してしまう。
織衣の能力を無力化すると、少年は体から光を放ち、一瞬で織衣がいるビルの八階まで飛び上がってきた。彼は鉄骨の上に立ち、光り輝く光剣を持って織衣に斬りかかろうとしていた。織衣は太刀を持っているため立ち向かえないこともない、もしかしたらステゴロでも通じるかもしれない。
だが分が悪い。光剣のリーチは見えづらく、そして素早い彼の動きに目が追いつかない。だが、織衣は辛うじて襲いかかる光剣を太刀で弾いていた。織衣が着ている黒いコートに切れ目が入ることもあったが、その攻撃を躱すことだって出来ていた。
だが、織衣は気づいた。
わざと、当てられていないのだと。
少年は細い鉄骨の上で上手くバランスを取りながら器用に織衣に斬りかかっていた。織衣はジリジリと壁際に追い込まれており、もう殆ど逃げ場を失っていた。鉄骨が外に向かって伸びていたが、雨でツルツル滑る中で足を踏み込む勇気はなかった。それに気づいた織衣は、光り輝く剣戟を掻い潜って少年に一発入れてやろうとする。
彼はまだ織衣を殺すつもりがない。おそらく向こうも織衣を捕まえて色々聞き出すつもりなのかもしれない。殺すつもりで来ていたなら、もうとっくに殺されていた可能性もある。
ならば、と織衣は自ら危険を犯しに行った。自ら、彼の光剣の間合いに入ってみせたのだ。
それは彼の意表を突いたようで、驚いた彼の動きに一瞬の隙が生まれた。少年は織衣の意図に気づいたのか後ろに下がろうとしたが、下が吹き抜けている鉄骨の骨組みの上、しかも雨のせいで滑りやすいため大胆には動けない。織衣はビルの壁に糸を張って命綱代わりにし、飛び上がった。そして彼の首を目掛けて強烈な蹴りを食らわせる。
手応えはあった。確実にダメージを与えられたはずだ。
鉄骨の上に着地した織衣は、少年を捕まえようと試みる。しかし、足場である鉄骨が異様にぐらついているように感じた。
バリバリとビルの壁が剥がれ始めたのを皮切りに、突然解体中のビルが崩壊を始めた。織衣は慌てて命綱である糸に掴まるも、糸を張っていた根本まで崩れてしまう。
「う、嘘……!?」
織衣はよろめきながらも鉄骨に掴まったものの、ビルは段々と傾いていた。織衣は宙ぶらりんになり、下を見ると先程少年に殺された吸血鬼の死体が見えた。織衣は自分の能力でどうにか出来ないか考えようとしたが、少しでも手を離してしまえば、三十メートルの高さから落ちてしまうことになる。しかも雨のせいで鉄骨を掴もうにも滑ってしまい、今にも落ちそうだった。冷静になって近くのビルや電柱に糸を張れば落下は防げたが、今の織衣はそんなことを考えられるほど落ち着いてはいなかった。
再び織衣は死に直面していた。こんなに慌てるほど自分が死にたくないと思っていただなんて、と織衣自身驚いていた。
『織姫!』
オペレーターの叫び声を聞き、織衣はハッとした。どうにか策がないかと思いながら、織衣は少年の方を向いた。
一方で少年も驚いた様子だったが、彼は先程一階へ落ちても無事だった。そんな彼でも崩壊に巻き込まれて瓦礫の下敷きになると助からないだろう。すると少年は、何を思ったのか僅かな足場の上を走り抜けて織衣の方へ手を伸ばしてきた。
「掴まれ!」
織衣は迷わずに鉄骨から手を離し、少年の手に掴まった。だがこの状況からどうやって助かるのか、少年が立つ足場も崩れようとしていたし、彼は織衣を抱えて崩れゆくビルの八階から飛び降りた。思わず織衣が目を瞑ると、落下の風を体で感じ取れた。織衣は半ば死を悟って昔のことを思い出そうとしたが、目を瞑っていても眩しく感じるほどの光を少年が放つと、着地の衝撃もなく織衣と少年は数十メートル下の地面に降り立っていた。織衣が目を開くと少年は彼女の体を離したが、彼はハッとビルの方を向いた。
「た、助かったの……?」
「まだだ」
織衣は少年に手を引っ張られてビルから離れた。ビルが崩壊すると共に土煙が舞い、織衣は目を押さえた。土煙が晴れると、解体されかけていたビルは完全に崩れてしまい瓦礫の山と化していた。
弱まっていた雨脚が、再び激しくなろうとしていた。水たまりにほんのり反射する少年は、少し笑っているように見えた。彼の顔に浮かび上がっていた花の紋章は、先程よりも増えている。
「不運だったね」
二人は戦っていたはずだったが、まさかのビルの崩落によって戦いは中断された。しかし少年が仕掛けてくる気配はなく、織衣もわざわざ仕掛けようとはしなかった。
「これは貴方の計算?」
「まさか。流れ弾が当たったんじゃないかな」
確かに先程の吸血鬼との戦いもそうだったが、流れ弾がビルに度々当たっていた。その積み重ねによりビルは崩落してしまったのだろう。解体には丁度良い。
「貴方は、一体何者なの?」
織衣は恐る恐る少年に聞いた。織衣はコートが合羽の役割を果たしているため頭以外はあまり濡れないが、少年の体には容赦なく雨が打ち付けていた。
「僕は能力者狩り、らしいよ。少なくとも、革新協会の連中にはそう呼ばれるようになったから」
やはりそうか、と織衣は思ったが、織衣が抱いていた能力者狩りのイメージと、織衣の目の前にいる少年から感じ取れる雰囲気はかけ離れていた。どうしてこんな、ただの優しげな少年が、能力者狩りという残忍な行為が出来るのか。そう織衣が疑問に思う程だった。
至って正常な倫理観を持つ生物なら、それが間違いであることを知っている。そこにどんな理由があろうとも、全ては法や秩序という言葉で片付けられるはずだ。
「君は柔道とか空手でもやってるの?」
「……はい?」
突然少年から投げかけられた質問に、織衣はすぐに答えられなかった。まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったからだ。
織衣は首を横に振りながら答える。
「ううん、学校の授業ぐらいでしか」
織衣の護身術は、師事した人間によれば様々な武術を取り入れたものらしいが、柔術や空手をメインとしているわけではない。少年は織衣の答えを聞くと、黒い腕輪を右手から外した。すると彼の能力が解除され、その右目から青い光が消える。
「少し、気になっただけだから」
そう語る少年の表情は、どこか嬉しそうで、悲しみさえも感じる笑みだった。
「本当に、貴方は能力者狩りなの?」
能力者狩りという生物を目の前にして、自分が怯えていることに織衣は気がついた。自分で感じ取れるほどに足が震えていたし、腕に鳥肌も立っていた。実際に彼に襲われもしたが、それでも織衣が平静を装っていられるのは、彼に助けられたという恩もあったからだ。
能力者狩りという存在は、都市伝説のような真実味のない、独り歩きを続ける噂で作り上げられたイメージに過ぎないのかもしれない。しかしもしも全ての推測が当たっていれば、目の前にいる少年は何をしてくるかわからない。
能力者狩りは雨に濡れた前髪をかき上げながら口を開く。
「知らないよ。僕は君達が何なのかさっぱりわからないし、僕だって自分で自分をそう名乗ったことは無いんだから」
織衣は勝手に能力者狩りを味方だと思っていた。違う、能力者狩りは織衣達の味方と決まったわけではないし、彼にとっても織衣達は味方とも限らない。
「だから僕は、君から話を聞きたい。君のこと、いや、君達のことをね」
織衣は黙り込み、息を呑んだ。本来、組織に関する情報は一般人に話してはいけない。ツクヨミは絶対に陰でなければならないからだ。能力者狩りは絶対に一般人ではないが、まだツクヨミの味方だと決まったわけでもない。
詠一郎が助けに来ないことも問題だった。オペレーターはあくまでターゲットや味方の場所を伝えてくれたり、医療班や救援を呼ぶための連絡役など、任務の補助的な役割しか持っていない。だが詠一郎は違う、彼は織衣よりも強力な能力者だ。駆けつけてくるタイミングは何度もあったように思えたが、一向に彼が駆けつけてくる気配がない。どこにいるかもわからない。帰ってしまったのか、未だに上空から傍観しているだけなのか。それとも既に、この能力者狩りが始末してしまったとでもいうのか。
「何も話さない、と言ったら?」
織衣は能力者狩りの様子を伺った。
「困るよ、それは」
能力者狩りはそう言いながら、黒い腕輪を右の手首に装着した。その手を額にかざすと、再び彼の右目に青い光が灯った。
「何も話さないなら、話したくさせるだけだよ」
彼のその言葉に、織衣は戦慄を覚えた。逆らえば、彼に殺された能力者達と同じ目に遭うことだろう。
『織姫、仕方がありません。こっちで提供できる情報を探しますので、貴方はそれを──』
織衣がオペレーターからの通信を聞いていると、能力者狩りはそれに気づいたのか織衣の右耳に手をやって通信機を剥がし取った。
「へぇ、いかにも闇の組織っぽいね」
通信機はポイッと水たまりに投げられ、織衣は助言すら貰うことも出来なくなった。また能力者狩りと戦いたくはないため、織衣は彼の質問に答えるしかなかった。




