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第一部 前編 三十二話 取引材料 アキラ視点

(頭領アキラ)


 ユゼフが訪れる数分前。

 盗賊達のアジトにて……

 

 アキラは一旦放り投げたコルモランからの手紙を拾い上げると、渋々封を開けた。



「内容は何て?」

 

 バルバソフが恐る恐る聞いたが、アキラは首を降っただけで答えなかった。

 アスターが大袈裟に溜め息を吐いてから、横やりを入れてきた。



「どうせ前金を返せとでも言ってきたのだろう。王族の癖にセコいな。まあ、カワウは貧乏だし」


「てめえは少し黙ってろ」

 

 バルバソフが腹立たしげに言葉を返す。



「アスターの言う通りだ」

 

 アキラは沈んだ声で言った。


「兵の半分を失い、おめおめと逃げ帰って来たのだからな。こんなていじゃ仕事の依頼も当分来ないだろう」

 

 

 アスターは髭を弄りながら、うなだれているアキラの肩に手を置いた。


「あの出来事は想定外だったし、これは意外にヤバい案件だった。貴公の責任ばかりではないだろう。魔国の者に襲われたのだ。仕方がない」

 

 アスターの声色や表情はしれっとした様子で、慰めているようには見えない。



「……で、このまま引き下がるか、尻尾巻いて逃げるかという表現の方が正しいと思うが……」

 

 

 バルバソフがアスターを睨んでいるが、全く気にしていない。


「貴公らが尻尾巻いて逃げると、この物語は終わってしまうのだよ。私は他に仕事を探さないといけなくなってしまうし。まあ、しょうがないだろうが、少しは愚痴らせてくれ。私の働きは決して小さくは無かったと思うし」


「……物語?」


 バルバソフが眉間に皺を寄せて呟いた。


「勿論、このアスターが主人公のな。伏線が沢山落ちていたのに全く回収出来ないまま、話を終わらせるのは心もとない。謎は謎のまま読者の心にしこりとして残るであろう」


「少し、黙っててくれないか? 頭が痛くなってきた」

 

 アキラは額を押さえた。

 その時、部屋の外で守衛の声が聞こえた。


「アナン様、アナン様に来訪者がいらしてます」

 

「今は人に会う気分ではない」 


 アキラは怒鳴った。

 少し間を置いて、守衛の声が沈黙を切り裂く。


「名をユゼフ・ヴァルタンと申しておりますが……」

 


 途端に場の空気が凍り付いた。

 バルバソフがサーベルの柄に手を掛ける。

 アキラはにんまりと微笑むアスターを見て、深呼吸してから言った。


「中に通せ」


 

 スラッとした高身長に、整ってはいるが印象に残りづらい顔立ち。唯一特徴的なのは右目尻のほくろだ。上衣は多少汚れているものの、着こなしは完璧でいかにも貴族のお坊ちゃまという風体である。

 

 ユゼフ・ヴァルタンに間違いなかった。


 ユゼフは部屋に通されるなり、背負っていた袋をテーブルの上に投げ出した。



「何だ、これは?」


「これはお前らの雇い主の首だ」


 困惑するアキラを尻目にユゼフは言った。



「取引をしよう」


 

 しばしの間、沈黙が場を支配する。

 

 突然、アスターが笑いだした。



「面白い、面白いぞ。ユゼフ・ヴァルタン」


「貴方は……」

 

「ダリアン・アスターだ」



 アスターが手を差し伸べたので、ユゼフはその手を握り締めた。



「話は首を見てからだ」


 アキラは袋から首を出し、バルバソフと検分を始めた。

 見知ったハゲ頭は、あの憎たらしい糞ジジイ……雇い主のコルモランに間違いない。だが、もう一つの若い男の首は……



「確かに。これはコルモランの首だが……こっちは?」


「カワウのフェルナンド王子だ」


「……王子、だと?」

 

 

 アキラとバルバソフは驚きのあまり声を失った。

 ユゼフは平然と言ってのけた後、頭を掻きながら照れ笑いした。オドオドしたり目を逸らせば嘘だと思うのだが、全くそんな素振りは見せない。



「……失礼だが貴公の剣の腕は……」

 

「そう、剣は苦手なんだ。でも、俺は騎士ではないから正々堂々と戦わない。どんな手でも使う」


「それにしたって護衛がいるだろうし……どうやった?」

 

 ユゼフは少し天井を眺めてから答えた。


「まず、二人きりになるよう仕向けて……それから、心臓を一突き。声を上げさせず仕留める」


「悪いが、あんたの剣の腕で……」

 

 アキラは言いかけて、心臓を一突きにされ馬車の前に倒れていた家来達を思い出した。



「まあ、いいではないか。その話はのちほどゆっくり聞こう。面白そうだから。それより今は取引の内容を聞こうではないか」

 

 アスターが口を挟む。


 ユゼフは真っ直ぐにアキラを見据えると口を開いた。



「王女がさらわれた」

 

 反応を確かめるためか。言葉を切る。



「魔国の者が襲って来た事から、恐らく魔国に連れ去られたと思う。救う為に貴公らの力を借りたい」


「魔国だと? 貴様、正気か?」

 

 バルバソフがとんでもないという風に口をあんぐりと開けた。



「俺は本気だ。力を貸してくれたら、それなりの報酬は約束できる」


「報酬を払うのは何者だ?」


「シーマ・シャルドン。次期鳥の王国国王だ」


「……国王……お前はその国王になる男に雇われてるのか?」


「雇われてはいない。俺の主人であり、唯一王に相応しい方だ」

 

 アキラはしばらく考えていたが、静かに口を開いた。


「俺の兄が仕えているというイアン・ローズというのは? 謀反人という話だが……」

 

 

 五首城の地下通路までアキラはユゼフを追った。

 結局、これ以上は危険だと深追いはやめたのだが……

 その時、死んでいる学匠と思われる老人の前に手紙が落ちていたのだ。

 その手紙にイアン・ローズのことが書いてあった。

 

 ユゼフは微笑した。


「カオル・ヴァレリアンはイアン・ローズの忠実な家臣だが、イアンに勝ち目はない。グリンデルから援軍が来る予定だから」


「グリンデルから? どうやって? 時間の壁は?」


「時間の壁には穴がある。王女を助けたら穴の場所を教えてやってもいい」

 

 

 アキラはまた黙った。

 バルバソフは苛々と部屋の中をうろつき、アスターは何を考えているか分からないような涼しい顔をして髭を弄っている。



「しかし、魔の国は危険過ぎる。少し時間をくれないか? 即断は出来ない」

 

 やっと口を開くとアキラは言った。

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