第一部 前編 二十四話 攻防 アキラ視点
(盗賊の頭領アキラ)
石壁を登ろうとすれば、簡単に狙い撃ちされてしまう。
こちらの方が圧倒的に数は多いはずだから、一気に攻めれば落ちると言うアスター(得体の知れない狡猾な浮浪親父)の意見に従ったのだが。
城の場所を突き止めたことで、この長髭リボンの態度はデカくなっていた。
前から行き過ぎなんじゃないかと思うことはあった。だが、言うことがいちいち的を得ており、アキラには反論出来るだけの知能も教養もなかったのである。
それにつけ込み、何かにつけて優位性を主張してくる。更には指導権を奪おうとしてくるのではないかと、不安まで覚えるようになった。今や、不快を通り越して邪魔な存在になりつつある。
──城の場所さえ見つけてなければ、こんなうっとおしいジジイ、さっさと斬り殺してやるのに
本来なら家来達を何人も無駄死させてその屍を越えていくやり方は、アキラには合わない。家来といえども仲間だ。仲間の命をこれ以上、犠牲にしたくなかった。
「やっぱり無理だ。別の場所から攻め入る」
そう言って後ろを振り向くと、先程まで居たアスターの姿が煙のように消えていた。
全くふざけた男だ。
アキラは舌打ちをして、ひとまず退却するよう指示を出そうとした。その時……
「?」
矢の攻撃が急に止まったのである。
「どうしたんだ?」
奇妙な静けさと共に以前感じた悪寒がまた全身を駆け巡った。今度は以前よりも全然強い。黒い闇の気配はすぐ後ろに感じられた。
『なんなんだ、一体……』
城の方に目を凝らす。
すると二人、男と女?だろうか。塔の外階段を駆け降りていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
今度は地響きだ。
城全体が小刻みに揺れ出した。
「地震」の二文字が思い浮かんだ時には、もう目を疑う光景が広がっていた。
「怪獣だ!」
「……いや、亀じゃないか? 馬鹿でかい亀だ」
家来達が興奮して口々に叫んでいるのが聞こえる。
後に残ったのは立ち上る粉塵とパラパラ落ちてくる石片だけ。
巨大な神獣のごとき化け物が現れ、轟音と共に塔が崩れ落ちたのである。塔から落ちた化け物はすぐ鋸状の胸壁の影に隠れてしまった。
胸壁に灯された数個の灯りだけではチラリと見えた亀甲しか分からず、ただ大きい、黒いといった印象だったが──
『これは悪い夢か。何が起こってる?』
アキラは上衣の下に隠れている形見のロケットを握り締めた。
邪悪な気配は背後から迫ってきている。ゾワゾワっと薄皮を撫でられるようないやーな感じだ。
後ろを振り向くと、岩陰から出て来るアスターの姿が見えた。
傍には両手を縛られたレーベが……
「おう、私の留守中に何があった? 塔が崩れたようだが……」
「後で話す。それよりその子はどうした?」
「勘が働いたのだよ。岩陰に隠れていたのを見つけた」
アスターは言うなりレーベを張り飛ばした。手には革製のグローブをはめたままだ。
大柄なアスターの腕力を前にレーベは簡単に吹っ飛ぶ。一発だけでも即死しそうなほどだ。
躊躇いは微塵もない。続けざまに腹を蹴りあげた。しゃがみこめば容赦なくブーツで蹴り続ける。まるで、巨大な熊が猫を弄んでいるかごとく……
レーベは数秒でボロ雑巾になった。
「おい! やめろ。まだ子供だぞ。」
アキラは怒鳴った。
アスターはレーベの髪の毛を引っ掴み、無理矢理顔を上げさせた。
レーベの顔半分は赤く腫れ上がり、鼻と口から血を流している。
「だから貴公は甘いというのだ。盗賊の癖に時々、小娘のように見えることがあるぞ?」
アキラは剣の柄に手をかけた。
アスターは鼻で笑いながら、アキラに背を向ける。
幾ら侮辱されたからといって、後ろから斬りつける事はアキラには出来なかった。
「さあ、城には何人いる? おじさん達は急いでいるのだ。これ以上痛い目に合いたくなければ正直に話しなさい」
レーベが黙っていると、アスターは拳を振り上げた。
「いっ、言います。もう叩かないで……」
アスターはしゃがんでレーベと同じ目線に合わせた。そして優しい口調で、
「おじさんはね、嘘が分かるんだ。嘘をついたらどうなるか分かるね?」
レーベは二回小さく頷く。
「今、何人いるかは分かりません。で、でも最初はシーバート様と僕の二人だけでした。あの場所で落ち合う約束をしたのはユゼフさんだけです。ユゼフさんと王女様の他は何人いるのか知りません。合流してれば増えていると思うけど……」
アスターは背中を向けたまま大きな声でアキラに問いかけた。
「アナンよ、ナフトで我々と出会ったのは何人だった?」
「……王女を合わせて三人だ」
「王女は数えない。二人だ。それと腰の曲がった老人が一人。おい、アナン、足し算くらいは出来るんだろうな」
「黙れ。斬るぞ」
アスターはアキラの言葉をそのまま聞き流し、繰り返した。
「城に居るのはたったの三人だ。逃げてなければ、その内二人は女と爺さん……」
突然、ヒューと風を切る音がした。
反射的にアキラは音のした方、つまり上を見上げた。
見えたのは真っ赤に燃える火の玉だ。
石弾だ。
火のついた石弾が飛んでくる!
「引け! 引けーっ!」
アキラは無我夢中で叫んでいた。
大きな音を立て石が落下すると、砂埃に包まれる。焦げ臭い臭いがしたかと思えば、落ちた石は激しく燃え上がった。
ヒュー……ヒュー……
息つく暇もなくと立て続けに石は飛んでくる。
ものの数分で辺りは一面、火の海になった。
石弾の攻撃が止まると今度は胸壁の間から石が転げ落ちてくる。登っていた盗賊達を無残に散らした。
もう退却するより他ない。
何とか登り詰めた数人が槍で突かれ、断末魔の叫びを上げる。悲しいかな、火の燃え盛る濠へと落ちて行った。
「完全に貴公の判断ミスだ。貴公は指揮官に相応しくない」
アスターは厳しい言葉が胸に刺さる。
アキラは辛うじて言い返した。
「あんたが一気に攻めた方がいいと言うから、そうしたまでだ」
「人のせいにするか。決断したのは貴公だ。兵を大勢死なせたのも」
ぐうの音も出ない。
アキラは視線を反らした。
すると、ちょうど崖の下から登って来る数人の姿が見えた。
城の東側に道はなく、崖を登らないと城まで到達できない。奇襲をかけるため正面から行かず、わざわざ家来に崖を登らせたのだ。それがこんな結果に……
見えたのはバルバソフと吊り橋に残っていた数人だった。
「相手は少人数だ。兵を東に残したまま、数人で別の場所から侵入した方がよい」
アスターは言った。
五首城は切り立った崖の上に建っており、西側と南の正面を除いて北側と東側は崖に面している。正面から行く場合も跳ね橋が上げられているため、外壁をよじ登ることになるが……
「すぐに小隊を編成する。この場所の指揮はバルバソフに任せ、俺が先頭に立つ」
アキラは固い表情で答えた。
まだ邪悪な気配は消えていない。
岩陰に隠れてこちらを伺っているような、そんな感じがした。
『来るなら来い。何者だろうが叩き斬ってやる』
「私も同行しよう」
アスターはアキラの許可など気にしない様子で言った。




