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第三部前編44話〜46話キャンフィ視点⑤

(キャンフィ)


 イアンとリゲルは書き付けたメモを照らし合わせた。



「砲兵と弓兵以外は合ってるな」


「砲兵はよく分からないんだ。他の兵士とは違う特殊な分野だから」



 訝しむイアンにエリザが答える。



「弓兵は?」


「こっちはあたしとキャンフィで認識している傭兵の数が違ったのかも……」


「嘘はついてないな?」



 イアンの三白眼で睨まれると、恐ろしくて腰が砕けてしまう。キャンフィは目を反らした。



「ついてない」



 エリザは物怖じせず答える。その返答にイアンは満足したのだろう。頷き、足にまとわりついていたクロへメモを差し出した。



「アキラ、よーく覚えるんだぞ。リゲルがいるから他にも通信手段はあるが、これはおまえの練習でもある」



 ──アキラ? もしかしてカオルの弟? クロのことを死んだ弟の名で呼んでいるの?



 カオルの弟のアキラが死んだ現場に、キャンフィも居合わせている。クロが瀕死の重傷を負った時だ。シーマに暗示をかけられたウィレムがカオルを殺そうとし、弟は身代わりになったのだった。



 ──死んだ弟の名前をつけるなんて気味が悪い



 イアンがクロに話している様子を、キャンフィは寒気を覚えながら眺めていた。



「にゃおおおおん! ゴロゴロゴロ……」



 甘い声を出した後、闇の中へクロは消えていく。キャンフィの視線に気付いたイアンは笑ってごまかした。



「この先に出口がある。ただし、水上だ。城の周りは濠で囲まれているだろう。俺とリゲルは闇の中、船で渡ったが、アキラには泳いでもらう。あいつは泳げる新国民だからな」



 キャンフィにはイアンの言っていることが分からなかった。猫は猫だし、新国民と言うのには違和感がある。


 一方のエリザはキャンフィと真逆だった。イアンの異様な行動を当たり前のように受け入れている。



「へぇーー、賢いなぁ。こちらの言っていることもちゃんと理解してるじゃないか。キャンフィの所にいた時は普通の猫だと思ってたけど、しつけ方?」


「しつけてはいないがな。今では俺達の大切な仲間だ……ふぅー、やっとこれで一区切りついたか。今のところ、計画通りだな」



 イアンは息を吐きつつ、肩の力をストンと抜いた。最後の言葉はエリザではなく、リゲルに投げかけたものだ。リゲルは口の端を歪ませて、イアンに答える。

 


「イアン、頑張ったな! 成長したぞ、おまえは。アスターがあんなに心配していたのに、見事やり遂げたじゃないか!」



 イアンは誉められ、照れ笑いした。童顔だから、こういう時の顔は子供っぽさ全開だ。



「俺だって、やる時はやるのさ。もし、エリザ達が逃げ出したらとヒヤヒヤもしたがな」


「いや、立派だった。わしが口出ししなくてもちゃんと手順通りやっていたし、交渉も上手かった。アスターも喜ぶだろう。ユゼフにも、おまえの頑張りをしっかり報告するからな」



 イアンは嬉しそうだが、ペットとか子供を誉める様と大差ない。大の大人に対する態度とは思えなかった。



「イアン、しゃがみな」



 言われた通りイアンがしゃがめば、リゲルは頭をくしゃくしゃと撫でる。この様子にはエリザも引いていた。



「イアン、エラい、エラい。いい子、いい子。そうじゃ、ご褒美にクッキーをやろう!」



 リゲルはマントの中から油紙の包みを取り出した。その中から一つ。ルビーみたいなチェリーが、はめ込まれた可愛らしい星形のクッキーを見せる。



「ティムママのクッキーじゃ。もっと頑張ったら、ティムパパのもやろう」



 ティムと聞いてキャンフィが思い浮かべるのは、おかしなトサカ頭である。あれと同一人物とは限らないにせよ。


 イアンはクッキーを口に入れられ、満面の笑顔だ。完全に飼い慣らされている……


 昔からイアンは相手の女性に合わせる所がある。キャンフィはそれを不快に思っていた。リゲルが先にユゼフの女だと伝えてなければ、二人の関係を疑っていたことだろう。


 とんだ茶番を見せられた。



 クッキーを咀嚼し終えるまでしばし──


 イアンは立ち上がった。直前までのだらしない顔とは一転し、引き締まる。



「さてと……悪いが君らを縛らせてもらう。戦いが終わるまでの辛抱だ。リゲル、頼む」


「ちょ、ちょっと待ってください!」



 キャンフィは勇気を振り絞った。ここに置いていかれるのはごめんだ。だが、キャンフィを見るイアンの瞳は冷たい。リゲルといちゃついていた時とは別人だ。

 


「イアン様は……イアン様はこの後、どうされるのですか?」



 キャンフィはたまらずに聞いてしまった。イアンのことがただ、心配だったのである。魔女と猫を連れただけで敵陣へ潜入させられ、その後はどうするのかと。



「勿論戦うさ。当然だろ?」



 キャンフィは絶句した。せっかく助かった命をまた危険にさらすというのか。



「俺は君らを置いてこの後、本隊と合流するか、居場所が分かれば直接大将首を取りに行く」


「危険です!」



 キャンフィは思わず叫んでいた。せっかく会えても、また離れ離れになる。どうしてまた、死に行くような真似をしたがるのか。


 心配されるとは思ってなかったのだろう。イアンは大きな目を更に大きく見開いた。



「危険は承知だ。騎士というのは危険を顧みず、戦う生き物だからな。自分の命より何より、首級を上げることの方が大事だ」


「どうしてそんなことを言うのですか!? 命の方が大切です。馬鹿なことはやめてください!」



 イアンは怪訝な顔をしている。止めようとするのが理解できないのだ。自分を騙し、大切な物を奪った女がどうして心配しているのか。



「キャンフィ、俺をここで止めるというのなら君は敵になるぞ?」


「敵でも何でも構いません。あなたに死んで欲しくないんです。どうしても行くと言うのなら……」



 キャンフィは剣を抜いた。

 一同息を呑む。

 

 エリザがキャンフィに歩み寄った。



「キャンフィ、落ち着こうよ。イアンも過去は水に流してくれるんだろ? いいように取り計らってくれるって言ってるんだからさ……」


「来ないで!! あたしは譲らない! 絶対に! 死んだっていい!!」



 イアンはしばらく目を剥いて、キャンフィの長剣を眺めていた。状況が把握できないようだ。



「行くと言うのなら、あたしを斬ってから行ってください!」



 その言葉にイアンはキレた。全身から湯気が立っているんじゃないかと思うぐらい、荒々しい怒気を発したのである。鋭い三白眼は同性に対する時と同じだ。



「俺には命が大切だと()たまう癖に、自分は死んでもいいと言うのか??」



 キャンフィは恐ろしくなり、一歩下がった。こんなに怒らせるのは初めてだ。イアンなら、コルクの栓を抜くより簡単にキャンフィの息の根を止められるだろう。


 殺されるかもしれない──そう思った。



「俺のことを騙して、蓬莱の水を奪ったことは忘れようと思った。だが、ここで邪魔するのは許さない」



 イアンは抜刀しようとはしない。一歩……近づいた。キャンフィは二歩下がる。 


 キャンフィはおかしいぐらいに震えていた。涙がボロボロこぼれる。自分でも振動が分かるぐらいだ。剣の柄さえちゃんと握ってはいられない。今にも落としてしまいそうだった。



「こ、来ないで!!」



 言葉がちゃんと(てい)を成したか分からない。声も震えていたからだ。

 

 瞬間、イアンが消えた。


 次に認識したのは血の赤だ。血は(つば)を伝い、キャンフィの手を汚す。温かい血の感触はキャンフィをゾッとさせた。



「イアン様っ!!」



 イアンは刃の根元辺り、丁度鍔の真上を握り締めていた。


 イアンの褐色の瞳は肉食獣のそれだ。出会った時、吸い込まれた瞳とは違う。と……イアンの目つきが変わる。獣から人間へと。驚きは哀しみに呑まれる。


 キャンフィの身体から力が抜けるのと同時だった。


 カラカラカラ……

 剣が転がる音。

 

 キャンフィはイアンの腕の中で意識を失った。


 気絶する直前、キャンフィが見たもの。それは、自分の胸元で揺れる冷たい石。イアンの瞳に映った翡翠のペンダントだった。

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