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第三部前編 44話〜46話キャンフィ視点④

(キャンフィ)


 キャンフィは驚愕していた。

 どれくらい驚いていたのかというと、全身が震え、カタカタ変な音が聞こえてしまうぐらいだ。ひょっとして、身体がからくり人形にでもなってしまったのか?……とまで思った。だが、よくよく考えてみれば、奥歯がカチカチ鳴っているだけだった。



「あ、そうか。キャンフィ達には見えないんだ。リゲル、光を」



 闇の中、イアンの声が何か言っている。



「フォス!」



 呪文を唱える女の声でパアッと明るくなった。


 天井は高すぎて、はっきり見えない。その天井の方、かなり高い所に月明かりの差し込む窓があり、互い違いに柱が立っている。ずっと向こうまで……魔法で光っているのは一番近くの柱だ。



「イアン……様……」



 大きな褐色の目。白い肌。薄い唇。尖った八重歯。細くて長い足──黒髪以外は全部イアンだ。


 そこに立っているのはイアンに間違いなかった。



「キャンフィ、血が出てるよ。大丈夫?」



 イアンはサッとハンケチを取り出した。キャンフィは鼻血を出していたことを思い出し、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。礼すらまともに言えやしない。ハンケチを受け取るなり、下を向いてしまった。



「カオルはいないよ。夜目がきく俺とリゲルで行くことになったんだ」



 イアンは隣にいる魔女のリゲルを見た。時間移動した時に、この魔女とはキャンフィも面識がある。



 ──夜明けの城にいるとは聞いてたけど、イアン様と一緒ってことは本当だったんだ



 そんなことよりイアンだ。さっき、カオルに対して毒づいているのを聞かれてしまった。血のついたハンケチをキャンフィは握り締めた。


 驚きを隠せないのはエリザも同じである。



「へ? イアン様? もしかしてあのイアン・ローズ?」


「そうだよ。君は……」


「エリザです。エリザベート・ライラス。確か魔国で……」


「ああ! あのエリザか! 驚いたな、また会えるなんて!」


「アタシも驚きました! 話には聞いていたけど、まさか本当に生きていたなんて! あの時、黒曜石の城は跡形もなく消えてしまったんですよ」


「まあ、無事でもなかったけどな……会えて嬉しいよ。ローズにはいつから?」


「一年前からです。最初は王騎士団にいたのですが……ちょっと合わなくて……」



 イアンの視線が足元の旅行鞄へ移る。明るくなるまでキャンフィは気づかなかったが、無事に滑り台を降りていてくれたようだ。



「その荷物は?」


「……実はアタシ達、今夜ここを逃げ出すつもりだったんです。そしたら、クロがカオルからの手紙を持ってきて……どうせなら会ってみようって。まさか、イアン様が出て来られるとは思いませんでした」


「奇遇だな! それなら話が早いというものだ」



 すっかり打ち解けて話すイアンとエリザの会話を、キャンフィはぼんやり聞いていた。



 ──いつだってそうだ。そうやって、誰とでも仲良くなってしまう。あたしはいつも置いてけぼり



 しかし、()ねた気持ちは次の爆弾発言で吹っ飛んでしまった。



「王騎士団はこれからローズ城に攻め入る」


「何だって!?……あ、いや、失礼しました。あまりに突拍子なさすぎて……」


「いいよ、エリザ。俺はもう何者でもないのだから、敬語は必要ない。名前にも敬称をつける必要はないし」



 イアンは事も無げに言う。エリザよりも、キャンフィの方が驚いていた。

 


 ──攻め入る?? 今から?



「俺は突撃前の斥候として派遣されたんだ。君らに聞きたいことがある。城のどこに、騎兵、歩兵、弓兵、砲兵、傭兵、衛生兵が設置されているか、人数も教えて欲しいんだ。分かる範囲でいい」



 この質問にはエリザも閉口した。言えば、完全な裏切り行為となる。一度、キャンフィ達は王騎士団を裏切っているのだ。再び主君を裏切るのには抵抗がある。



「勿論、ただでとは言わない。王騎士団に戻りたいならそのように手配するし、他の道を歩みたいのなら、お望み通り援助する」


「ちょ、ちょっと待てよ。アタシは出て行く前に啖呵を切った。今更、戻れるわけないよ。あのアスターが許してくれるわけがない」


「俺ならアスターを動かせる。でも、他の道を探りたいのならそれでもいい」



 イアンは涼しい顔で言ってのけた。凄い自信だ。

 


「それにさ、ディアナ様を裏切ることはできないよ。女王騎士団の上官が気に食わないだけで、ディアナ様にはお世話になってるし」


「そのディアナ様だが、今ここにいないよ」


「えっ!!??」


「ディアナ様は結婚するため、グリンデルにいる」


「はあっ!? だってアタシ、今朝見たよ? 遠目からチラッとだけど、ディアナ様に間違いなかった」


「それはヘリオーティスのグレースという女らしい。ディアナ様と瓜二つなんだ。ディアナ様じゃない証拠にイザベラとミリヤは傍にいなかっただろう?」


「えっ、あっ!……そういえば」



 それはここ数日、キャンフィも抱いていた違和感であった。イザベラとミリヤの姿が見えない。


 ディアナの傍に控えているのはクリムトとヘリオーティスのエッカルトとかいう眼帯だ。

 


「ちなみに君らが教えてくれなくても、城は落ちるよ。簡単にね。情報を知りたいのは単に死傷者を減らしたいからだ。仲間の命は大切だから。


 でも、仲間以外は別。俺達は裏切り者を許さない。副団長だったというクリムトとかいう奴も、ジェームスとかいう変態野郎にも一切の情けはかけない。身内の恥をすすぐのは身内にしかできないさ。内部のゴタゴタは自分達できっちりケジメをつける。つけさせる」



 イアンの声からは激しい怒りが感じられた。誰かから、ジェームスがキャンフィにしたことを聞いているのかもしれなかった。

 ハンケチを渡してくれた時の甘い顔つきとは打って変わり、獲物を狙う肉食獣の顔になる。イアンがキツい性格なのは周知の事実だが、女性の前でこういう顔を見せるのは珍しい。


 ギラギラした三白眼を見て、キャンフィは縮みあがった。全身から噴き出る闘志は鈍感な人間にも分かるぐらいだ。エリザもイアンの気迫に押され、一歩下がった。



「協力してもらえない場合、君らは捕虜になるよ。どの道、ここで捕縛させてもらう。この場所の存在は知られてないから、戦いが終わるまでここで待ってもらうことになるが……」



 キャンフィとエリザは顔を見合わせた。捕虜は捕虜でも協力すれば、その後悪いようにはされない。だが、協力しなければ?



「もし、協力しなかったらどうなるの?」



 聞きにくいことをズバッとエリザが聞いてくれた。イアンの答えはごくシンプル。



「他の兵士らと同じ扱い……いや、君らの場合は一度王騎士団を裏切っているし、アスター達の暗殺未遂に関わってるから厳罰になるね」



 イアンはサラッと答えた。


 アスター達の暗殺未遂──イアンは事情を全て知っている。キャンフィ達がアスターに楯突いて王騎士団を辞めたことも、過去に行ってアスター達を殺そうとしたことも全て。何も知らないふりをして、色々聞き出した後にこんなことを言うなんて……キャンフィは泣きたくなった。



「旧知の仲だからと俺が減刑を申し出た所で、どうにもできないと思うよ。助かりたいのなら、こちらに誠意を見せてくれないと」


「分かった……最後に一つだけ聞いていい?」



 イアンが促すと、エリザは大きく息を吸って吐いてから尋ねた。



「これは一番疑問に思っていることだよ。六年前、イアンはシーマと敵対していただろう? どうして今はシーマの味方に?」


「シーマのことは今でも嫌いだ。俺はあいつに嵌められて謀反を起こした。ディアナ様のおっしゃってることは間違いではないさ。六年前、幼い王子達を殺したのはシーマの配下の者だった。俺の指示ではない。グリンデルの外交官を殺害したのもあいつだ。全部俺がやったことになってるがな」


「じゃ、何で?」


「友達が騎士団にいる。俺は友と……ある人のためにあちら側へつくことを選んだ。それと、ヘリオーティスとグリンデルを嫌悪している。ディアナ様が彼らと無関係なら、また違ったかもしれない」



 イアンの言葉から迷いは少しも感じられなかった。きっぱりと言い切ったのである。元々、嘘をつけるような性格でもないし、本心からの言葉なのだろう。



 ──ヘリオーティスを嫌悪している……か



 活動に参加したことはなくとも、キャンフィはヘリオーティスの会員になっている。そのことが知られたらと、後ろ暗い気持ちになった。




「少し時間をくれないか? キャンフィと話し合ってみる」



 エリザの申し出にイアンは快く頷いた。

 

 光の札を一枚もらい、キャンフィとエリザはイアン達から離れた。大きな灯から離れ、闇の奥へと。

 

 この広々とした洞が城のどこに位置するのか、全く見当もつかなかった。


 延々と続く窓から月明かりが差し込む所を見ると、地下ではないと思われる。避難通路と言っていたし、この洞の規模を見るに別の通路と繋がっているのかもしれない。


 数百キュビット離れ、エリザは立ち止まった。



「ここら辺でいいだろう。小声なら聞こえないはず。しかし、不用心だな。アタシ達には逃げるっていう選択肢もあるのに」



 エリザは呆れ顔だ。荷物を質に取られてはいるものの、エリザの言う通りだとキャンフィも思った。この洞が出口と繋がっているんだったら、このまま走って逃げることだって可能だ。それなのにイアンときたら、呑気に口笛なんか吹いている。


 発光する柱がイアンとリゲルの姿をぼんやり浮かび上がらせた。


 イアンは口笛を吹きながら、柔軟体操をしていた。時々、華やかな笑い声を立て、リゲルと何やらふざけ合ったり……敵地へ乗り込んで来たとは思えないほど脳天気だ。

 


「アタシ達には逃げられないと思っているのか、それとも絶対に逃げないと思っているのか……」


「ただ、何も考えてないっていうのもあるよ」



 キャンフィが言った途端、イアンの口笛が止まった。

 聞こえてしまったのか──キャンフィとエリザは顔を近付け、小声で話している。かなり離れたし、聞こえるはずはない。キャンフィは思い直して、エリザと会話を再開させた。



「逃げたところで、あたし達にはどうにもできないのが分かってるんだろう。斥候っていうことは、本隊が近くに控えてる。すぐにでも突撃できる状態なんだ」


「そうだよな。それはそうと、もしここから逃げたとして、あのクリムトにイアンのことを話すのか。クリムトはアタシらのことを信じるだろうか?」



 信じないだろう。エリザの問いに、キャンフィは頭を振った。

 クリムト達は、キャンフィとエリザがイアンと繋がっていたと勘ぐるかもしれない。何より、ここにいるイアンは真っ先に捕らえられる。イアンをあの連中に差し出すなんてことは、何があっても避けたい。


 頭を振るキャンフィを見て、エリザは頷いた。



「アタシもそう思うよ。クリムトやジェームスよりイアンの方が信用できる。ディアナ様を裏切るのは心苦しいけど、身の安全を確保するには協力は不可避だ」



 キャンフィは、ほぉっと息を吐いた。話し合わなくとも、最初から気持ちは固まっていたのだ。



「よし、決まりだ! 戻ろう」



 イアンの口笛が再び再開する。柔軟体操をするイアンの身体は人並み外れて柔らかい。長い手足を思い切り伸ばしているシルエットは、枯れ木が人型化した妖怪のようにも見える。

 

 身分も何もかも失ったというのに、悲壮感はまるでない。このローズ城で若殿様だった時分と変わらず、イアンは堂々としていて魅力に溢れていた。



 ──そうか……もうイアン様は騎士の身分だけで何もないんだ。どうして、あんなにも平然としていられるのだろう?



 身分差がなくなっても、キャンフィとイアンの距離は縮まらなかった。イアンの態度が昔と変わらないからである。惨めたらしかったりいじけていたら、少しは親近感を覚えただろうが。


 キャンフィは冷たいペンダントをギュッと握り締めた。




「ただいまー! どうするか決まったよ!」


 

 戻るなり、エリザはあっけらかんとイアンに声をかけた。気構えも何もなしに、イアンと話せるエリザがキャンフィは羨ましい。



「答えはイエスだ! 協力する」


「よし! そう来なくっちゃな!」



 イアンはニヤリ、八重歯を見せた。元々分かっていたかのようにさっぱりしている。



「じゃあ、始めるか。俺はエリザ、リゲルはキャンフィに聞き取りする。後で二人の言い分が一致してるか確認するからな。嘘はつくなよ?」



 イアンの言う通り二組に分かれた。イアンが組む相手として選んでくれなかったことに、キャンフィは落胆した。



 ──別々に聞き取りして、嘘をついてないか確認するなんてイアン様らしくない。イアン様は真っ直ぐに目を見て確信したら、信じてくれる人。やっぱり、誰かに入れ知恵されてるのかも


 

 キャンフィに聞く相手は魔女のリゲルだ。厚い唇を歪ませ、皮肉な笑みを浮かべている。女にしては低い声が妙な色気を放っていた。キャンフィはこの得体の知れない魔女が苦手だった。



「ふむふむ。西側は傭兵だけか。守りはやや薄いな。魔術師は? モズから何人か引き抜いただけ……うーん、留守中は防備を固めていると思ったが、思ってたほどではないな。急な話だったから無理もないか……うむ、グリンデルからの資金で大量の傭兵を雇ったか」


「あたし達は下っ端だから、全部は分からない。弓兵は多分この数で合ってると思うけど、傭兵も合わせたらもっとだし……砲兵とか専門分野はよく知らないんだ」


「分かる範囲で構わん」



 リゲルはキャンフィから聞き取った種別ごとの兵士の数や、配置場所をメモに書き付ける。斥候に選ばれるのは、信頼されているということだ。今やすっかりシーマ派である。ディアナに協力していたのは何だったのだろうと、キャンフィは思った。



「あの……聞いてもいい?」


「何じゃ?」


「どうして、ディアナ様に協力してあたし達を過去へ連れて行ったの?」


「それな。好きな人と女との仲を引き裂くためだよ。ま、上手くいったかは分からんがな」



 リゲルは口の端を歪めたまま答えた。意味の分からない理由だ。



「また、ディアナ様に味方する可能性は?」


「それはないな。わしはユゼフの女じゃからな」


「えっ!?」



 どうでもいい情報だとしても、意外過ぎる。キャンフィはリゲルの派手な金髪をまじまじと見つめた。あの地味で大人しいユゼフと、このあけすけな美女が結びつかない。



「ユゼフはわしみたいな金髪美女が好きじゃからな。さ、イアンのとこに戻るぞ」



 リゲルはスタスタと歩き始めた。

 

 下世話と言えばそう。くだらない話題ではある。しかし、キャンフィは驚いた。


 見た目は派手でもリゲルは魔女だ。陰気なイメージのユゼフと案外相性がいいかもしれない──そんな風に思い直し、キャンフィはリゲルの後を追うのだった。

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