第一部前編十五話 盗賊達② 頭領アナン視点
(盗賊の頭領アキラ)
レーベという少年の案内でアキラ達はソラン山脈へ向かった。
辺りは見渡す限り、岩ばかりで何もない。緑と言えば、生命力の強そうな草が所々、岩の隙間から顔を出しているだけ。唯一、美しいと呼べるのは雲一つない青空だ。だが、濃い青のコントラストは無味乾燥を一層際立たせた。
殺風景な岩山である。
アキラは家来の半分以上を引き連れ、ソラン山脈の中腹辺りにいた。急遽、家来を呼び集めたのである。
「おい、ガキ、まだ歩くのか?」
バルバソフはイラついている。
「そんなに急かさないでくださいよ。ほら、景色でも見て」
道案内を買ってでたレーベと名乗る少年は屈託のない笑顔を浮かべていた。
ラバで移動しているのに、まだバソリーの廃城へは着かない。山の中腹に着いてから、半日以上が過ぎていた。幾ら山道に強いとはいえ、ゴツゴツした岩ばかりの道はラバの足を傷つけ疲弊させる。
バルバソフは舌打ちした。
「アナン様、こいつ本当に城の場所を知ってるんですかね? 全然たどり着かないし、さっきから同じ所をグルグルしてる気がする」
確かにバルバソフの言う通りだった。
「もう少しですよ。ここの崖道を上がってすぐの所です」
レーベは悪びれず、アキラの代わりに答えた。
バルバソフはラバの肩を叩き、レーベを追い越して先頭へ躍り出た。道はそんなに広くないからレーベの横を過ぎる時、ラバがギリギリ接触しそうになる。
バルバソフはレーベ四人分くらいの体躯である。
レーベは巨大な男を前にしても全く臆さなかった。幾ら急かされようが、慌てる素振りは見せず、楽しんでいるようにも見える。
「熊男君は女に逃げられてイラついているのだよ」
後列に姿を消していたアスターがヌッと現れた。幸い、バルバソフは前にいるから聞かれていない。
先ほど急にアスターの姿が消えたので逃亡を疑ったが、何食わぬ顔で戻っていたのでアキラは苦笑した。
──まあ、いい。何かあればすぐに叩き斬ってやる
アスターは何を考えているか分からない男だ。だが、一つだけ確信が持てるのは、この探索を楽しんでいるということ。
バルバソフが前へ行ったことで、自然とレーベはアキラの横に並んだ。
「レーベ、と言ったな。戦争で村が焼けたと聞いたが、カワウがここ一帯を占領した時か? 両親は?」
「ええ。両親は亡くなりました。僕が九才の時です」
レーベは道の先を見ながら答えた。さっきまでの楽しそうな表情から一転して無表情になる。嘘をついているようには見えなかった。
「それは残念だった。それからはどのように生活を?」
「……お兄さんは本当の盗賊なんですか?」
レーベは質問に答えず、問いかけた。
「ああ、そうだが」
「あの大きい髭のおじさんは貴族の人ですよね?」
レーベはすぐ後ろにいるアスターを見た。
「前はな。不祥事を起こして今は爵位も領地も剥奪されている……なぜそんなことを聞く?」
「僕は貴族、大嫌いなんですよ」
レーベは笑いながら答えた。
「勝手に僕達の国に入り込んで支配しようとしたり、僕達の土地で戦争を始めたり……あいつらはなんで戦いが好きなんでしょうね」
「さあ……俺も貴族は嫌いだ」
その時、真っ赤な顔で戻って来るバルバソフが見えた。
「どこがすぐ、だ? この糞ガキが!」
「どうした?」
「上の方には何もない。アナン様、このガキ胡散臭いですぜ」
レーベは二人が話している内にするっと先へ通り抜けた。
「待てっ! 糞ガキ! 逃げる気か?」
「僕は逃げも隠れもしませんよ。この先に吊り橋があったでしょう。ご案内します」
レーベはそう言ってラバを走らせた。アキラとバルバソフは顔を見合わせる。
「おい、追いかけるぞ」
確かに城の姿形はどこにも見えず、ボロボロの吊り橋ならあった。レーベは古く傷んだ吊り橋を勢いよく走り抜けていく。
吊り橋はギイギイと嫌な音を立て、派手に揺れる。そのまま追走しようとするバルバソフをアキラは吊り橋の手前で止めた。
吊り橋の長さは百キュビット(五十メートル)はあった。今、連れている人数は全員乗れる長さだ。
「早く来てくださいよ。お馬鹿な盗賊さん達!」
向こう側に着いたレーベが叫ぶ。
「渡らないんですか? 意外と盗賊って怖がりなんだ?」
レーベの挑発に、怒り狂って飛び出すバルバソフをアキラは止めることができなかった。そして他にも何人か、バルバソフの後に続く。
「バルっ!! 待てっ!」
ギィギィギギギギギギィイイイ……
耳障りな音を立て、腐った横板から埃が舞い上がる。板を繋ぐロープも劣化が進んでいるのだろう。重みで千切れてしまいそうだ。
「……二十二人か」
アキラはレーベの唇がそう動くのを見た。言葉の後に続くのは、弱った繊維を容赦なく断ち切る音だ……ブチン!
レーベは吊り橋に乗った人数を素早く確認するなり、橋を繋いでいるロープを切ったのである。
叫び声と共に吊り橋は反対側の崖へ叩きつけられる。渡っていたほとんどが深い渓谷へと落ちていった。
「バルバソフ!」
バルバソフは辛うじて岩場の尖った所を掴んでいた。血を流してはいても無事だ。
「おーい、お馬鹿な盗賊さん達、今、どんなお気持ちですかー?」
レーベの笑い顔は橋の向こうからでもよく見える。とんだ糞ガキだ。アキラは唇を噛んだ。
「あのガキ、曲者だったか」
「王女の一行に加わっていた一人だ。シーバートの弟子かもしれん」
イラつくアキラに対し、アスターは冷静だ。この老獪な大男は表情一つ変えず、後ろにいる家来の一人を呼んだ。家来が持ってきたのは黒い布で覆われた丸い籠である。
そこから空中へ鷹が舞い上がる。
風切羽に傷を負った伝書鳥。こういった伝書鳥はよく馴らされており、口笛で自在に呼びつけることができる。
鷹は青空高く浮上し、南西へ飛んでいった。鷹を見た悪童の顔から笑いが消える。
「もしもの場合に備えてあの子供を監視していた。そうしたら思った通り。小用だと言っていなくなった時、使い鳥に文を託して飛ばしているではないか。私は羽根を狙って鳥を射落とし、捕らえていたのだ」
アスターは落ち着いた調子で続ける。
「この鳥は風切羽に矢を受けたが、継ぎ羽をしたのでゆっくりだがまだ飛べる。あの鳥を追っていけば、バソリーの城に辿り着く事が出来るだろう」
アキラは驚きの余り、しばし言葉を失った。アスターは姿を消している間、全て取り計らっていたのだ。手際の良さには嘆息するしかない。
「アスター、感謝する。文にはなんと書いてあった?」
アスターは胸元から便箋を取り出し、崖の向こうのレーベにも聞こえる大声で手紙を読み上げた。
「敬愛するシーバート様。時間が無いため要件だけお伝えいたします。まず、ダニエル・ヴァルタン隊長が亡くなりました。王女様とユゼフさんの行方は分かりませんが、恐らくそちらへ向かっていると思われます。そして最悪な事ですが、賊どもに居場所を気付かれてしまいました。僕が奴等の道案内を買って出て、出来るだけ時間稼ぎいたします。王女様と合流したら、すぐに虫食い穴の方へ移動してください。僕も奴等を上手いこと撒けたらそちらへ向かいます」
読み終わる前にレーベの姿は消えていた。怪我を負った鷹の速度はゆっくりだから、追うのは難しくない。
アキラは数人をバルバソフの救助に残し、鷹の後を追った。