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第三部前編 四十六話「イアン様、行かないで」の後 ティモール視点②

(ティモール)


 飛翔──

 グリフォンの足が地面を離れた。

 

 今は音を消しているが、百頭ものグリフォンが一斉に羽ばたき咆哮を上げたら、地を揺るがすほどの大騒音になるだろう。


 何も知らぬ人々は世界の終わりが来たと思うかもしれない。

 今は音のしない代わりに、空気を伝ってビリビリと振動だけが伝わってくる。冷たい面頬を通じて頬を痛いぐらいに震わせてくる。



「おーし! 気合い入るぜ!!!」



 言った時はもう夜空に浮かんでいた。紫雲を一瞬で蹴散らし、月の近くへと。明るい月は戦士達を優しく照らす。

 ティモールは爽快感を得て、獣のごとく吠えた。後ろにいる従騎手に声をかける。



「きっもちいいな! 最高だぜ!!」


「ええ! 本当に!」



 ここへたどり着くまでに、予備練習としてグリフォンに乗った。虫食い穴を使わずに王都からシャルドン領を通りローズ領へと。ちなみに他の連中はリンドバーグ領の虫食い穴を使っている。初めての飛行で疲れてしまったグリフォン隊は運河を通る船の中でほとんど寝てしまった。



 ──でも、良い練習になった。最初はビビって落ちそうになる奴もいたし、向かない奴はそこでふるいにかけられたからな。船の中で寝れたから、無事チャージも完了だぁ



 そうは思っても、ティモール自身は興奮状態が続いていたため一睡もしてなかった。今も麻薬を吸った後みたいにギンギンだ。面頬バイザーを下げて、火照った頬を夜風に当てる。


 近くで見る半月は涙が滲むほど眩しいし、冷たい風は甲冑ごと凍らせてしまいそうだ。ティモールは霧状の雲を吹いて、冷気を吸い込んだ。濃灰色の空を滑空するのは最高に気持ちいい。

 

 初めてユゼフとグリフォンに乗った時のことを思い出す。



 ──あん時は星が出てたんだっけかぁ……



 月は美しい。が、星の大海を抜けていくのも格別だった。グリフォンのスピードで星空を駆け抜ければ、全てが流れ星になってしまう。目の端で糸を引いて流れていく星々は美しかった。身体に刻まれた疾走感と瞼の裏に張り付いた輝きは今でも忘れられない。


 今はその初体験を上回る高揚感が押し寄せている。ワクワクしているのだ。

 

 先陣の先頭で敵陣へ突っ込む。

 初めての経験だ。


 恐怖心はない。

 


 ──俺様が怖いと思うのはユゼフ様に危険が迫ってる時だけだぜぇ




 塔の先端に近づいてきた。

 高度が高過ぎる。スピードも。そのまま通り過ぎて主殿まで行ってしまいそうだ。



「ハピ! ブラッデオス!! ゆっくり、ゆっくり!! あともっと高度を下げろ!……ひあっ!!」



 慣れない古代語で命令するも、ティモールのグリフォン、ハピは一気に高度を下げた。

 腰がふわっと浮くのはなかなかのスリルだが、突然やるのはやめてほしい。



「あの、塔だ! あの塔と同じくらいの高さに。畜生! 塔って古代語で何て言うんだよ!?」


「ジグラートです。ティモール様」


「お、フィン、サンキュー。ハピ! ジグラートだ、ジグラートと同じ高さに!!」



 教えてくれたのは後ろに乗る従騎士のフィン。たどたどしい古代語のオーダーにハピからの返事はない。だが、さっきより緩やかに降下してくれた。



「おーし、サイレントの札はもう剥がしてもいいな!」



 ティモールがハピの首に張られた札を剥がした時、塔にいた見張り番と目が合った。

 夜。頼れるのは月明かりと松明だけで、目が合うぐらいの至近距離。更にどんどん近づいていく。ティモールは剣柄を握った。

 見張り番が慌てて角笛を手に取った瞬間、血飛沫が飛び散った。


 通り過ぎる時にティモールが首をはねたのである。両手に角笛を持ったまま、首無しとなった見張り番はどうと倒れた。


 一瞬の出来事であった。



「ぎゃははははは! 楽しいぜ!!」



 呼応するかのようにハピが咆哮する。後ろのフィンが何か言ったが、かき消された。


「……あん?? フィン、何つった??」


「あ、ええ。血を浴びました。面頬とメットの隙間から目に入ってしまいそうでした」


「おいおい、気をつけろよぉ!」


「だって、突然でしたから。それにしても、爆笑しながら殺す人を初めて見ましたよ」


「ははっ! これからだぜ。行っくぜーー! ハピ、糞女王軍に目にもの見せてやれ!!」



 振り返れば、グリフォン達を狙い、城壁の上にいた弓兵達が矢を無駄にしている。



 ──上へ狙い打ちなんて、この距離からなんて無理無理無理



「フィン、粉ぁ、蒔いたかぁ??」


「バッチリです!」


「じゃ、後ろの奴らに合図しろ!」



 粉というのは硫黄だ。

 振り返れば、月明かりでも分かるぐらい下界が粉塵で白っぽくなっている。霧でも出たかのようだ。

 

 粉をく。百のグリフォン隊、同乗する兵士の重要な役割の一つである。

 

 そんな中、北殿の屋上にもワラワラと弓兵が現れてるのが見えた。弓兵がこれ以上増える前にやりたいことがある。



「ハピ! 旋回しろ!」



 ぐるり大きく回って、たった今通り過ぎた北殿へ戻る。

 グリフォンの飛行速度は恐ろしく早い。見張り塔を通った後、喋っている間に北殿を過ぎ、主殿の目と鼻の先まで来ていた。

 主殿を守る空濠の上空で旋回させたのである。



 ここからはちょっと危険。いや、かなり危険かもしれない。更に低空飛行してもらう。矢の届く距離まで。

 ティモールはここで初めて緊張した。グリフォン達には薄いプレートの簡易鎧を着せているが、防御力には限度がある。

 

 

 ──後衛のグリフォンは仕方ないとしても、先頭の三頭はユゼフ様の大事なグリフォンだからな。死なす訳にはいかねぇ



「フィン! 行くぞ! 身を出来るだけ低くしろ!!!」



 フィンに声をかけてから、ティモールはハピに指示を出した。

 

 急降下だ。

 矢の雨が下から襲ってくる!

 ティモールは目を閉じ叫んだ。


 炎を吐けと──



 瞬間、カッと視界が赤くなった。

 熱波を全身に受け、半ば吹き飛ばされる腰から突き上げられる感じで、急上昇しているのが分かった。


 熱くなった身体が冷気にくるまれ、やっとティモールは目を開けることができた。


 目に入ったのは灼熱地獄──


 北殿の屋上は赤々と燃え盛っていた。端から端まで火の海だ。焼け付く硫黄と肉が焦げる臭いがする。ティモールは凄惨な光景に釘付けとなった。臭いは鼻の奥まで突いてくる。視覚、嗅覚ときて、最後に聴覚が戻ってきた。


 まさしく阿鼻叫喚だ。



 ──ド、ドラゴンだ!!


 ──グリフォンが炎を!?


 ──魔国から魔物がぁああああ!!

 

 

 ……とか、何とか叫んでいる。

 パニック状態である。



「フィン! 生きてるか!?」


「な、なんとか……」

 


 取りあえず、フィンと大切なユゼフのグリフォン、ハピの安否を確認する。ハピは足に数箇所、矢傷を負っている他は問題なさそうだ。フィンも動悸以外は問題なし。


 安否確認中に城壁のあちこちで火の手が上がった。ジャメルとダーラの仕業だ。


 ユゼフの特別なペット、ハピ、セト、ラーは炎の権能を与えられている。グリフォンであっても、ドラゴンのように炎を吐くことができるのだ。


 事前に撒いておいた硫黄の粉が起爆剤となった。



「フィン、いよいよだぜ」



 フィンは息を呑んだ。

 見届けるため、ハピを緩やかに旋回させる。


 まもなく、ときの声が聞こえた。

 城の外、燃える城壁のすぐ後ろから── 


 次々と城壁をよじ登り、すでに開け放たれた城門から入ってくる。陸兵部隊が。



 ──くくく……やりやがったな。これで()()()なんだからな。



 これにはイアンが大いに絡んでいる。


 からくりはこうだ。

 斥候として侵入したイアンはまずせんを開けに行った。栓というのは城の地下にある。開閉レバーも同じく地下に。


 水濠の水を脱ぐ栓だ。


 この装置は洪水対策とエルピス川下流にいるリンドバーグへの嫌がらせであろう。


 栓が抜かれると、水は城の地下を下水と一緒に流れ、最終的に西のエルピス川へと行き着く。


 洪水の時は溢れる前に水を逃がすことができる。なおかつ、ローズ家と犬猿の仲だったリンドバーグの土地を水浸しにできるという──最低な仕掛けとなっていた。因みに今は洪水時ではないので大丈夫。侵攻に協力してくれたリンドバーグに迷惑はかけていない。



 話を戻す……


 イアンがあらかじめこの栓を抜いてくれたおかげで、先鋒隊が突撃する頃には水濠は空になっていた。水の無くなった濠を渡って、陸兵部隊は城壁の前までやってきたのである。


 門が開いているのは、ダーラだろう。本人が自分でやると言った。


 危険だし、そこまでしなくてもと周りは言ったのだが……


 焼いたのだ。

 最初に降下し、門へ狙いを定めグリフォンの炎を浴びせる。落とし格子も、収納された跳ね橋も全て焼き払った。


 更に硫黄の粉塵爆発で城壁や屋上の弓兵は壊滅状態。楽に侵入できたという訳だ。



「ダーラの野郎、意外にやるじゃん! フィン、俺らも一仕事してから主殿へ攻め込むぜ!」


「了解です! ハピの速度をもうちょっと落としてください」


 

 後ろのフィンが弓を構えた。これから狙い撃ちされる陸兵部隊のために、残った弓兵どもを片付ける。


 恐らく、動転した彼らは守りの厚い西や東から兵士を寄越すだろう。西の守りがやや薄くなったところで、アルベール副団長率いる本隊が攻め込む。

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