第三部前編 四十六話「イアン様、行かないで」の後 ティモール視点①
(ティモール)
斥候イアンが得た情報は黒猫のアキラがアスターに届け、方針を決めたアスターが命令をくだす──
白頭鷲からの知らせを受けたティモールは早速、本隊長アルベール・ヴァセランに報告した。
「そうか。囮が北を攻めてから、本隊は西から攻め入れと」
緊張感漂わせるアルベールをティモールはせせら笑った。ティモール率いる囮軍は行ける所まで攻め入った後、後退しろという指示だったのが「主殿まで行け!」に変わった。戦闘狂のティモールからしたら、嬉しいことこの上ない。
嬉々とした様子で報告するティモールを、アルベールは恨めしそうに睨んだ。
「じゃ! 俺様、先陣なんでもう行きますわ!」
言葉使いを注意しようと、前に出た僧兵をアルベールは手で制した。重責に潰されんと堪える息が漏れるのを、ティモールは背中で聞く。器の小さい男には荷が重すぎるのだろう。本隊を任されるというのは。
「しかし、囮とはいえ、あんなのによく先陣を任せられますな」
「アスター様の判断に間違いはないさ」
「あのトサカ頭といい、戦場を遊び場か何かと勘違いしてるんじゃ……」
「いや、あいつみたいにプレッシャーに強いタイプは戦場に適しているよ。いつもと変わらない力を出せるから」
「憎まれっ子世にはばかるとか言いますし、ああいう馬鹿は死にそうもないですからね」
「ああいうのが急に死んだりするから、戦場は恐ろしいんだ」
追いかけてくる悪口をティモールは物ともしない。戦えるのが嬉しくて仕様がなかった。
ローズ城の南を走るエルピス運河。北から南へ激しく流れるエルピス川を利用して作られた。このなだらかな運河を西へ進み、あらかじめ流れをせき止めたエルピス川を上っていった。水門は魔国の手前にある。せき止められた水は短時間であれば、城の地下へ流れ込む仕組みだ。
川を上った本隊は敵に気づかれず、西側に陣を敷くことができた。感づかれないよう、明かりは灯していない。夜闇を優しく照らす月明かりも味方となる。
ティモールは、本隊から少し離れた所に陣を敷く仲間の所へ戻った。
戻るなり、緊張した面持ちのジャメルの背中をバチィン!と叩く。
「ビビってんじゃねぇよ、ジャメル! 主殿まで行くぞ。まず北殿を落とす!」
「ビビってねぇし! おまえが緊張感なさ過ぎなんだよ!」
ティモールは返事の代わりに魔瓶を放った。
用意された魔瓶は百本。あらかじめ消音の呪符を貼ってあるから音はしない。無音の咆哮を上げながら、グリフォンが次々と姿を現した。
全てのグリフォンが姿を現すまでものの数分──
そこでやっと、ティモールは石のごとく固まるダーラの存在に気付いた。ダーラは震えてこそいないが、緊張のあまり無機物と化している。カチコチだ。
「おいおい、ダイジョブかぁ??」
「ダーラなら大丈夫だ。こいつはやる時はやる」
代わりにジャメルが答えた。聞こえているのかいないのか、ダーラはカクカクと操り人形のような動きでグリフォンに近付く。その鼻面を撫でようと手を伸ばした途端──
ブフィン!
荒々しい鼻息を浴びせられ、手を引っ込めた。振り返ってごまかし笑いをするも、顔は引きつっている。
「え? 全然大丈夫じゃねぇんだけど? 人選間違ってねぇかぁ、おい?」
百のグリフォンに乗る囮兵を率いるのはティモール、ジャメル、ダーラの三人である。ダーラは自分で立候補した。
なぜ、この三人が選ばれたか。理由は魔力の強さだ。魔王のガーディアンのティモールは権能を授かっているし、ジャメル、ダーラの二人は強い力を持つ亜人である。
三人が乗るのはグリフォンの首領格。このユゼフのペット達の名はセト、ラー、ハピという。
グリフォンは自分より魔力の強い者に従う。プライド高く、気の強いリーダー格の前でおどおどしてたら、舐められるに決まっていた。
「獣ってのは自分より弱ぇえ奴には従わない。人間だってそうだろぉ? そこにいる団子虫がユゼフ様のグリフォンより強そうには見えねぇ」
団子虫とはダーラのこと。ダーラは泣きそうな顔で唇を噛んた。悔しくても言い返せないのは常である。
夜風に吹かれ、黄金色の髪が鈍い光を放った。切れ長の目元は小動物的だ。弱々しさは保護心や母性を刺激する。女兵士から可愛がられるのはそういった所以だろう。ティモールは、普段からこの優しげな青年を馬鹿にしていた。
──アホな上に弱虫で出しゃばりぃ。大人しくアスター様の金魚の糞をしてればいいのに。自分から立候補しといて直前に逃げ出さねぇか心配だったけど、思ってた通りだぜぇ
ジャメルは不安を滲ませながら、二人の顔を交互に見ている。
「ダーラ、どうしようもない時は大好きなユマお嬢様のことを考えるんだ。そうすれば、怖さなんか吹っ飛ぶ」
「ユマお嬢様……」
ジャメルの言葉にダーラの体は反応した。電流でも流されたみたいに、ビクンと身を震わせる。
「おい、ユマお嬢様ってアスター様の? そんな高嶺の花、絶対無理に……」
ジャメルに制され、ティモールは口をつぐんだ。
「生きて帰れば、ユマお嬢様と結婚できる!……そう思うんだ。そうすれば、頑張れるだろ?」
しかし、こんな単純なことで……呆気に取られるほど簡単にダーラの瞳に炎が宿った。
ピンと伸ばした背筋から、迷いはもう微塵も感じられない。
「うん! おいら、頑張る!!」
グリフォンに向き直り、首の辺りに手を伸ばす。優しく撫でられれば、グリフォンは目を閉じ小さく啼いた。ダーラの身体から発せられる並々ならぬ闘志を感じ取ったのである。
「よろしくな、セト!」
ダーラはグリフォンに飛び乗った。慌ててその後ろに乗ろうとするのは、ペアを組む兵士だ。
──ありゃー……ジャメルの奴、安易に結婚とか言っちゃってるけど大丈夫かぁ……本人、アホだから本気にしちゃってるよぉ。でも、なんかやる気出してるし……まっ、いっかぁ!
そんなことを思いつつ、ティモールは他の兵士にも目を配る。
他にビビってる奴はいないか、グリフォンに乗れなさそうなのは?──うん、自薦させたから大体大丈夫そうかぁ。
ただし、一つ問題が。皆、緊張しすぎぃ!
「ジー……ガシャン、ジー……ガシャン、ガチン、ガキン、ウィーン……」
突如、ティモールは擬音を発しながら、オートマトン的な動きで兜を装着し始めた。兜の頂にはトサカを模した大きな羽根飾りが付いている。
「ガキン……ギギギギ……ティモール、兜装着完了。先鋒隊隊長ティモール甲冑バージョン、次、グリフォン搭乗……」
これは失笑を買った。これでも先鋒隊の隊長である。
「おまえら! 緊張してっから、ほぐしてやろうと俺様が面白ぇことやってるのに、笑え!! 笑えよ!!」
失笑の声が少々大きくなった。本笑いまであともう少し……だが、良い所でジャメルが口を挟んだ。
「よし、皆乗ったかぁ? ペアの後ろは下半身をグリフォンに括り付けるぞ。陸兵は手伝え」
「おい、ジャメル! 俺様の仕事をとるんじゃねえ!」
「いーや。これは俺の仕事だぜ。アスター様から、おまえの補佐をするよう言われてるからな」
二人一組でグリフォンに乗る。操縦士と戦闘員だ。前に座る者がグリフォンを操作し、後ろに座る者が弓矢で攻撃する。グリフォンはスピードを出し過ぎないように操縦せねばならない。
ユゼフのグリフォンだから躾けられているとはいえ、人間に操縦は難しい。だから、首領であるセト、ラー、ハピに率いさせ、他のグリフォン達を従わせることになったのだ。
アスターとユゼフにティモールとジャメルが呼び出され、この任務を命じられたのはつい半日前──王の間だ。
その時、ダーラはアスターのそばにひっそり控えていただけである。先導役が二人だけで不安だと話していたところに、突然口を挟んできた。
「良かったら、おいらやります。だって、おいらしかいないと思うから……」
例によってアスターの横でモジモジするダーラをティモールは威嚇した。
「臆病者の役立たずは黙ってな。俺様とジャメルだけで充分っすよぉ」
「何っ! 貴様、私の従者を侮辱するか!?」
アスターはダーラをたいそう可愛がっており、家族同然の扱いをしている。身内を馬鹿にされたような感じなのだろう。
アスターの顔から湯気が出そうになり、ユゼフが間に入った。
「ダーラは魔国でも立派に戦ったし、アスターさんを何度も助けてる。魔力もずば抜けて強いから、俺は適役だと思う」
「えええ……アスター様を助けたって、足手まといの間違いじゃ……」
ティモールはなおも懲りずにダーラを嘲った。こういう時、空気を読まないのは常である。
とうとうアスターの堪忍袋の緒が切れた。
「ええい、黙れ黙れ黙れ! 私のダーラは優秀だ! ティムよ、貴様の数百倍はデキる男だからな! だから、行かせる!」
オーガの咆哮が王の間を震わせたのだった。
†† †† †† ††
そうして先導役に決まったティモール達三人は、今まさに飛び立たんとしている。準備完了。完全にスイッチが入った。あとはがむしゃらに殺しまくるだけだ。
無音の咆哮を上げ、グリフォンが地面を蹴る!




