第三部前編 二十八話 ディアナ視点①
(ディアナ)
ローズ城の女王の間には華やかな娘達が集っていた。
ディアナ女王派の貴族の娘達である。
この香り立つ取り巻きは美女揃いだった。
容姿端麗に加え、色とりどりのドレス、眩いばかりの装飾品に身を包んでいる。
この中に男が一人放り込まれたら、余りの煌びやかさに圧倒されてしまうことだろう。鼻の下を伸ばす余裕なんかない。まとう空気までも桃色に見える中、魂を抜かれ放心する。
その中心に堂々と居座るのはディアナ女王である。
金髪を輝かせ、一際豪華な衣装に身を包んだ彼女は女王の貫禄を見せている。
美しい娘達は誰一人、彼女より目立つことは許されない。引き立て役の彼女らは、ドレスもアクセサリーも派手になりすぎないよう細心の注意を払っていた。
「ほんと意味が分からないのよ。グリンデルの叔母様ったら、一体何を考えているのかしら」
ディアナは一片の紙切れを摘まみ、ひらひらさせた。グリンデルの叔母というのはナスターシャ女王である。
「ねぇ、イザベラ、もう一度文を読み上げてみてよ。理解に苦しむわ」
ディアナは紙片を傍らに立つイザベラへ渡した。
イザベラはうねった黒髪を無造作に腰まで垂らし、黒いガウンに紫水晶のネックレスを合わせている。見るからに魔女の風体である。
華やかな娘達の中で一人、浮いていた。
その顔つきは固く強ばっている。
「ねぇ、読んで」
意地悪な笑みを浮かべるディアナに返事はしない。
間を置いてから、低く硬質な声が響いた。
「親愛なる我が姪ディアナヘ。秋の深まる折、落ちゆく木々の葉を見て寂しく思う。グリンデルとローズは近いのに時間の壁のせいでなかなか会うことも叶わず……」
「前置きはいいのよ。本題から読んで。ほら、不義の子シャルルを……からよ」
イザベラは小さな溜め息をつき、言われた箇所から読み始めた。
「不義の子シャルルをグリンデルへ呼び戻すことになった。シャルルはかつてのグリンデル騎士団団長ザカリヤ・ヴュイエが妾を無理やり辱めたことにより授かった子。呪われた子ではあるが、アンリが死んだ今、グリンデルの血を引く唯一の男子である。同じくガーデンブルグ王家の正当な後継者である其方との縁談を進めたい。
グリンデルへ来てはくれまいか。
今後のことを話し合いたいと思っている──」
そこまで読むと、イザベラは文をディアナに返した。
唇を噛み締め、涙を必死にこらえている。
「こんなこと突然言われたって、ねぇ? ミリヤ、叔母様はどういうお考えからこんなことをおっしゃってるのかしら?」
ディアナの左にはイザベラ、右にはミリヤが立っていた。ミリヤは侍女らしいくすんだ色のガウンにショールを羽織っているだけ。ただの使用人と変わらぬ装いである。ディアナを上回るほどの美貌を持ちながらも、常に陰のごとく傍に控えているのだった、
「鳥の王国の正式な王位継承者であらせられるディアナ様とグリンデルとの結び付きを強くされたいのかと思われます。六年前のイアン・ローズの乱により、グリンデル王女であらせられたヘレナ前王妃のご子息とその血縁は全て絶えました。ガーデンブルグ王家とグリンデル王家の繋がりが絶たれてしまった今だからこそ、持ち上がった話なのかと」
「でも私は女王よ。グリンデルの王子と結婚してしまったら、鳥の王国はどうなるの?」
「鳥の王国──主国はそのまま捨て置かれることになるでしょう。ディアナ様はグリンデルの王太子妃になられます。そうなった後、もしくは王子をご出産された後にナスターシャ女王は主国の王位継承権を主張されるおつもりではないでしょうか」
「つまり、叔母様は主国も自分の手中に治めたいってことね」
「ええ。ディアナ様の女王としての立場が確立されてから行動されると思いましたが……シーマが目覚めない状況が続いていることと、お立場が確立されてからだと、断られる可能性が高いと行動を起こされたのかもしれません」
「けど、私が今ローズを離れたら、シーマ派の
の思うままにならないかしら?」
「そうですね。ディアナ様を一回グリンデルに取り込んでから、改めて主国を攻略される気なのかもしれせん。性急過ぎる印象は否めませんが……」
「困ったわ。私は叔母様の道具になるのはいや。でも、叔母様の援助がなければ、このローズでの生活も厳しくなる。取りあえず、グリンデルへ顔を見せに行かねばならないでしょうね。結婚を受けるかどうかは別にして」
「おっしゃる通りだと思います」
そこでディアナは再び意地悪な笑みを浮かべた。暗い顔でうつむくイザベラをチラリ……
「ところで、このシャルル王子ってしきりに城下で噂にのぼっているようだけど、どなたか詳しい話をご存知?」
問いかけに対し、娘達はさざめいた。
興奮気味にワアワアとお喋りを始める娘達へ向かって、ディアナは人差し指を口に当てる。
お喋りがピタッと止まってから、一人指名した。
選ばれのは好奇に満ちた青い瞳の娘。
ヴァイオレットと呼ばれたその娘は頬を紅潮させながら、話し始めた。
「イアン・ローズの家来だった人で王国騎士団に在籍していたとか。王子ということを隠していたらしいです。王立学院にも通ってらしたそうで」
「そう、そうなのよ。もしかしたら面識あるかもしれないのよね」
「私、学院に通っている時に何度かお見かけしたことあります。背の低い方で……」
「背が低いんならアウトね。私、背の高い人が好きなんですもの。それは最低条件よ。ねえ、誰か他に彼を見たことある人いる? 王子と分かる前はサチ・ジーンニアと名乗っていたそうなんだけど」
一人、手を上げたのはブルネット※の娘。
「遠くからですけど、剣術大会の決勝戦に乱入したのを見ましたわ」
この一言を皮切りに娘達のお喋りが再開した。
「あ、私もその話なら知ってましてよ」
「確か武器に仕掛けがされて逮捕者まで出たとか」
「決勝戦を止めに入ったんでしたわよね?」
「剣術大会は優勝者、表彰なしで大変な大騒ぎに……」
ディアナの機嫌が悪くなる前にミリヤが遮った。
「皆様、女王陛下のお話がまだ終わっていません。お静かにお願いいたします」
これでやっとお喋りは収まった。
ディアナはより威厳を保てるように、わざとゆっくりと話した。
「私が聞きたいのは、サチ・ジーンニアの容姿とか性格よ。詳しく知っている人はいないの?」
娘達は顔を見合わせるばかりで反応はいまいちだ。彼女達が知っている話は噂話で流れてくる情報と変わらず、気を引くような内容ではなかった。
「ねぇ、イザベラ。どう思う? 私の婚約者のこと、誰も知らないんだから。まるっきり、実像が見えてこない人と突然結婚しろって言われてもねぇ……」
イザベラにこんなことを聞くのは意地悪からである。イザベラがサチ・ジーンニアを好きなのも、ユゼフの友達で六年前一緒に旅をしていたのも知っている。
忘れる訳はない。
ユゼフが何かと優先する友人の名を。
魔国から……グリンデルから逃走する時、その名が出てきた。友を助けるから、という理由でユゼフはいつもディアナを他の者に任せたのだ。
魔甲虫に侵されても死ななかったことから、亜人ではないかとミリヤが言った。
だから、騎士団にヘリオーティスを差し向け、サチを貶めようとした。騎士団に巣くう亜人を摘発して、アスターを失墜させようと目論んだのである。それが失敗に終わってからは逆恨みし、カオルをアスターの暗殺に向かわせる時「ついでに殺せ」と命じた。
サチの方は何故命を狙われるほど恨まれるのか、理解できないだろう。
お互い、話したこともない。
存在を認識してはいても、顔を合わせたこと自体ないのだ。
『正直、どんな顔なのかも知らないのよねぇ……六年前、グリンデルと主国の国境でチラッと見たけど、従者に背負われて寝ていたし……学院の時は平民がいるって聞いてただけで、それが誰か認識もしてなかったし』
サチの存在をはっきり認識し始めたのは、六年前の謀反からである。その時、イザベラが寝たきりのイアン・ローズの家来に夢中なんだと知った。平民出身の大したことのない男だと、そう思っていたのだ。ユゼフの友達でなければ、気にも留めなかっただろう。
ぼんやり考えていると、イザベラが口を押さえて嗚咽し始めた。
「ごめんなさい……失礼します……」
それだけ掠れ声で言い、背を向けた。
※ブルネット……黒に近い茶色。




