第二部後編 八十、八十一話 父の想い 決して折れない剣とまばゆい鉱石 ジャメル視点
(元盗賊ジャメル)
剣術大会の一件からジャメルはアスターに不信感を募らせていた。
ジェフリーと対戦した時、わざと負けろと言われ従ってしまったこと。
アスターは後にジェフリーが寝返ることを知って殺すつもりだったのである。現に試合用の剣には強い呪詛がかけられていた。それを分かっていながらジャメルは従ってしまったのだ。
このことはジャメルを責め苛んだ。
サチ・ジーンニアがたった一人でこの謀略に立ち向かっている姿を見て負い目も感じていた。
底辺貴族だった父が死んだ後、ジャメルは騎士になる道を一度諦めている。亜人だった幼いジャメルを引き取ってくれる親戚はいなかったからだ。ジャメルは一人で生きていかねばならなかった。
盗賊になり荒んだ生活を送る中、アスター達と出会い、全てが変わった。
父のような騎士になれると思っていたのに──
それが卑劣な謀りごとに荷担し、手を汚してしまった。
実はアスターが不在の時、ディアナ女王からローズへ来ないかと声をかけられていたのである。
オルグ※してきたのは以前、痴漢騒動を起こしたジェームズ。この賎しい男はアスターが死んだと思い込んでおり、他も何人かに声をかけていた。
ジェームズは女王派についたクリムトと同じく八年戦争の戦友ということで、アスターに優遇されていた。しかし痴漢騒動後、アスターとの関係が悪化。尚且つクリムトと親しかったこと、アスターは死んだと思い込んだことで背信行為に至った。
女王を城内へ引き入れたのもジェームズだと思われる。
女王がヘリオーティスと深い結びつきがなければ、ジャメルも裏切っていたかもしれない。
朝会にジェームズは姿を見せなかった。
王軍と共用の演習場はとても広く、全ての騎士を整列させることができる。アスターが本部の騎士全員を集めたのは先日の総括をするためだろう。女王の侵攻を許したことの。
女王が王城に入った時、ジャメルは魔物の群れが出たとの誤報を受けて城下に降りていた。戻った時、すでに女王は王城を我が物としていたのである。
いながら、城を明け渡してしまった連中には腹が立った。
だから、アスターが生きていたのは嬉しかったし安堵した。
しかし、敵視していたティモールとカオルを受け入れたのはなぜか。
『所用』で留守にしていた──
『所用』と言ったら分かるだろうと。
つまり、間者として女王側に潜入させていたということか。まず、ここでジャメルはモヤッとした。
続いてアスターが新人の紹介を始めると、場は騒然となった。
あれは謀反人のイアン・ローズだ──
魔国で死んだはずの、ユゼフ・ヴァルタンに討ち取られたはずのイアン・ローズだ──
さざめきは打ち寄せる波のごとく。
音を重ねていった。
「シオン・キャメノスという。内海の貴族である。こいつをイアンとか他の名前で呼ぶことは極刑に値する!」
アスターは一喝して強制的に抑えつけた。
──あれがイアン・ローズか
身長は普通の成人男性より頭一個半ぐらい高い。
聞いていた赤毛ではなく黒髪だ。
細身、色白、三白眼、八重歯……子供っぽい容姿をしていた。
一緒に紹介されたエデン人と体格も顔もどことなく似ている。
紹介する間、アスターは間違えて何度も彼をイアンと呼んでいた。
イアンにそっくりだと囁く連中の声音には怖れも混じっており、嘘や冗談でないことも分かる。
前に立つ長身の童顔が本当にイアンだとしたら?
五年前のことは一体なんだったのか?
謀反がシーマとイアン、二人の共謀だったとしたら?
魔国での戦いがただのパフォーマンスだったのなら、ジャメルはアスターを許すことができないだろう。
何人も仲間が死んでいるのだ。
バルバソフはイアンに討ち取られた。
魔人に全身を咬まれて死んだカレン。
アリシアは下半身を食われてもなお、しばらく生き続けていた。瘴気を吸い込んだため高熱に浮かされたまま死んだ者もいる。ビジャンは身体を真っ二つに裂かれた──
──国を乗っ取るために俺達を犠牲にしたのか
朝会が終わってからもそのことばかり考えていた。一人立ち尽くし、呆然と。
アスターだけでなくユゼフにも裏切られた。一体何を、誰を信じればいいのか。
亡くなった父は今のジャメルを見てどう思うだろう。悪事に手を貸し、仲間を無駄死にさせたジャメルのことを。
物言わぬ英雄は最後まで雄々しく戦った。
自らの主君のため国のために。
権力を求めるためじゃない。
純粋だからこそ美しかった。
放心していたため、彼が近くまで来たのにジャメルは気付かなかった。
「ジャメル……」
彼はジャメルの名を呼んだ。
「イアン・ローズ……何で俺の名を?」
初対面のはずだ。
魔国でも顔を合わせてない。
ジャメルはその哀れみに満ちた瞳を睨みつけた。イアンは動じず言葉を重ねる。
「まさか、会えるとは……俺に出来るか分からないが、やってみる……」
手を伸ばしてきた。
長い指先がジャメルの腕に届いた時──
ジャメルは懐かしい場所にいた。
──ここは……家の玄関だ
九才まで住んでいた屋敷の玄関にジャメルは立っていた。弟や妹達もいる。皆が皆、悲しそうな顔をしてこちらを見ていた。
ジャメルの前にはキツい巻き毛の耳の尖った子供がいた。どこか、いじけたような卑屈な目をした……他人とは思えないその子供の頭をジャメルはクシャクシャに撫でた。その途端、
流れ込んできた。
切々たる想いが、嘆きが、愛が……
──ジャメル、そんな目をするな。弟達が見ているぞ?
目の前にいるのは幼い頃のジャメル。
そしてこれは父の記憶。
カワウの五大騎士の一人。
アデル・ヴェロニク。
アニュラス東南戦争。
ソラン山脈にてバソリー卿に討ち取られる※
首は五つの塔の一つに朽ちるまで飾られ続けた。城が五首城と呼ばれるようになった所以。
最後まで勇猛果敢に戦った英雄の名は語り継がれることになる。しかし、彼に亜人の息子がいたことは誰も知らない。
父は誇りや忠義のために戦ったのではなかった。主君のためでも国のためでもない。木訥な父は本当の想いを内包したまま逝ってしまったのである。
──私はただ、家族を守りたかった
この言葉はジャメルの胸をえぐった。
尖った耳を切らなかったのも、後妻を娶らなかったのも全てジャメルを思ってのことだった。
死を予感しつつも、ジャメルのことを父は案じていた。
──ジャメル、覚えているか? お前が家出した時、言ったことを
「父上……」
頬が生暖かく濡れる。
気付けば、ジャメルは演習場に戻ってきていた。
顔を覗き込む大きな目。
褐色の瞳は憐憫に満ちている。
「決して折れない剣とまばゆい鉱石……」
イアンは言った。
これはジャメルの父の言葉だ。
「今のは蓬莱山の洞窟で触れた魂の欠片だ」
「ほーらいさん?」
「そうだ」
ジャメルにはイアンの言ってる意味が分からなかった。それに今の映像はなんだったんだろう?
イアンは八重歯を見せて笑った。
鋭く尖ったそれは父の犬歯を彷彿とさせる。
「亜人みたいだ」と言われ、牙に似たそれを父は削っている。ジャメルはたまにしか笑わない父の犬歯が大好きだったというのに。
「ジャメル、涙を拭け。戦士になるんだろう?」
イアンの口から出るのは父の言葉だ。
「届けられて良かった……」
それだけ言うとイアンは背を向けた。
ジャメルは混乱していた。
イアンが? どうして? 父の記憶を?
でも一つだけ言える。
こいつは悪い奴じゃない。
少なくとも裏切り者のクリムトやジェームズよりは。恩を仇で返した彼らよりは。
イアンの背中が離れていく。
サチ・ジーンニアとカオル・ヴァレリアンがその背中を追いかける。彼らも共犯者なんだろうか。
謀反を起こした理由は?
どうして沢山の犠牲を払ってまで玉座が必要だったのだ? どうして、バルバソフは、アリシアは、カスラーは、カレンは、ベフナムは、ビジャンは、シャーヤは、アキラは……死なねばならなかったのか?
命がけで助けたお姫様は憎悪に満ちている。
倒したはずの首魁が生きていて、敵だった連中が仲間だ。女王がヘリオーティスを従え、亜人を排除しようとする理由は?
ユゼフはエゼキエル王なのか?
魔国で見た幻影は一体? あの浮遊する綿毛が見せた物悲しい記憶は──
「待ってくれ!!」
イアンが振り返った。
大きな目を一杯に開けてジャメルを凝視する。
「あの時、俺も……俺も魔国にいた。だから、教えて欲しいんだ。あそこで本当は何があったかを」
しばし、褐色の瞳に捉えられる。
燃えるような瞳には強い決意が宿っていた。
幾度となく修羅をくぐり抜けてきた者が見せる目だ。
この男は強い──とジャメルは思った。
イアンはゆっくり口を開く。
「いいだろう。ジャメル、おまえには全て話す。なぜならおまえには知る権利がある──」
おもむろに放った言葉から欺瞞は感じられなかった。彼の横には淀みない瞳、サチ・ジーンニアがいる。
正義とは何か?
悪とは何か?
父の言葉が耳の奥でこだまする。
──お前は誰よりも一途で我慢強い。賢さをひけらかす事もない。決して折れない強い剣と眩い鉱石は王の力になるだろう
※オルグ……勧誘
※アニュラス東南戦争……当時、主国の傀儡国であったモズを監督する役目でバソリーはソラン山脈に城を構えた。東南戦争はモズの覇権を巡って主国・グリンデルとカワウが争った戦争である。
※ジャメルと父のエピソードは二部前編33話




