第二部後編 七十九話 皆に新しい仲間を紹介する サチ視点
さて、無事騎士団に戻ったサチはというと……
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(サチ)
帰城したサチを待っていたのは、思わぬ人物との再会だった。
これは帰還後、唯一気持ちを明るくさせてくれた出来事だったと言える。何かと後ろ向きになりがちなサチの心を暖めてくれた。
再会したのは、アニュラス南東部シーラズの少年シャウラ。
五年前、シーラズが暴走したオートマトンの襲撃を受けた時──煙の充満するバザール内に妹のマリィと取り残された少年である。
サチに救い出されたことがきっかけで騎士になりたいと思ったとのこと。
『俺は騎士じゃなかったんだけどな……』
嬉しい反面、複雑な思いもある。
サチはシャウラが期待するような騎士ではないからだ。普段の運動能力は普通以下。剣を振るうことはほとんどなく、与えられる仕事は事務的なものばかり。騎士団の中でも底辺だった。
『イメージと違ってがっかりしただろう。俺はこん中じゃ見下されてたからな。最近では掃除と料理と裁縫と代筆と……便利な何でも屋だと思われてるが』
まあ、嫌われてはいないから学生時代よりマシである。少年から憧れの目を向けられる存在じゃないのは残念だとしても。
シャウラはグラニエの従騎士になった。
故に年がら年中、サチと顔を合わせることになる。
「ジーンニア様のように立派な騎士になれるよう頑張ります!!」
キラキラした目で決意を表明するのは構わないが、人前ではやめてほしかった。
特にこの騎士団では失笑を買う。
ティモールあたりに聞かれようものなら、大変なことになる。
「サチでいいよ。俺はそんな大したもんじゃない」
答える背後からはクスクスと笑い声が聞こえた。
『恥ずかしい……』
このシャウラが騎士団へ入るに至った経緯はグラニエから説明された。何も言わずに留守にしたから、グラニエはさぞカンカンだろうと思いきや、
「心配はしていたけど、団長命令なら仕方ない」
と一言放っただけだった。サチは安堵するとともに得も言われぬ気持ちになった。予想通りに相手が動かない場合、自分の預かり知らぬ所で何か起こっていたりする。
だが、このシャウラの件で疑念は怒りにかき消されてしまった。
騎士団の入団面接にて、面接官のティモールがシャウラをそそのかした。上手いこと騙し、間者としてヘリオーティスに潜り込ませたのだという。
ほんの十二、三歳の子に危ない橋を渡らせるなど、本当に酷い話で腹が立った。しかし、そのお陰でアスターの妻と次女のユマを救うことができたので責めることは出来ない。
騎士団にもシレッとした顔でティモールは戻ってきたのであった。
帰城した翌日、何事もなかったかのようにティモールとカオルはそこにいた。
騎士団本部。王城内の演習場。
全騎士を召集するのは久し振りの朝会である。傍らに小太郎とイアンを従えているのはアスター。
「まず私の留守の間、女王を城内へ入れたことについて。副団長のアルベールと部隊長何名かが不在だった。理由については魔物の群れが城下を襲ったと嘘の情報を流されたからと。後でじっくり話を聞かせてもらうからな。私は納得していない。また、その場にいてすんなり女王を通した部隊長らは厳罰に処す」
該当の部隊長達はすでに拘束されている。
当然だがアスターの機嫌は最悪で、騎士団は険悪な空気に包まれていた。
しかし、戻るまで国王は死にかけてるとか、宰相は気が狂ったとか、アスターも死んだとか、そういう噂が城下にまで飛び交っていたのである。そんな中で女王の入城を許してしまったのは致し方なかったとも言える。
「それと、しばらく所用で留守にしていたティモール・ムストロとカオル・ヴァレリアンが戻った」
この報告も物議を醸した。
公にされていないものの、二人が女王に仕えていたのは周知の事実である。
アスターの前であるのに野次が飛んだ。
「うるさい! 私語する者は問答無用で斬るぞ!」
これで静かになった。
今のアスターは魔王より怖い。
「所用で、と言ったのだ。それで分かるだろう。皆まで言わなくとも。この二人に関する有りもしない噂を流す者も厳罰に処すからな?」
ここまで言えば、カオル達が嫌がらせを受けることはないだろう。しかし──
『この息苦しい圧政がいつまで続くか。このまま定着するのは良くないな』
愛娘を失ったアスターは、以前よりまして横暴に振る舞うことが予想された。今回、騎士団の浄化は勿論のこと、王軍で何名かと衛兵隊長まで除名するという。
『あんまり急進的だと反発を呼ぶ。心配だ』
とは言え、何の抵抗もせず女王を城内へ入れたことにはサチも腹を立てていた。あと少しで国王シーマとユゼフも討ち取られる所だったのだ。
同じ憤りを感じている騎士や兵士は他にも沢山いるだろう。それを考えれば、一見感情的なアスターの対応は正しいのかもしれない。
「最後に新しい仲間を紹介する」
アスターは小太郎から先に自己紹介させた。
「エデンの兵士だったから、大陸の言葉は不慣れである。教えてやるように」
小太郎の紹介が終わると今度はイアンだった。
実はアスターが騎士団の営所にイアンを連れて入った時からざわついていた。
騎士の中には学院の出身者も何人かいて、イアンの顔を知っていたのである。赤毛を黒く染めても、高身長と特徴的な顔立ちは隠しようがない。
イアンが皆の前に立った途端、ざわめきは大きくなった。
──イアンだ!
──あのイアン・ローズ?
──謀反人のイアン・ローズだ
──どうして、あのイアンが!?
──死んだんじゃないのか??
イアンの名前が乱れ飛ぶ中、サチとカオルは後で質問攻めにされることを想定し身構えていた。好奇と猜疑の目は躱かわしようがない。
「静まれ! 静まれええええ!!」
アスターの怒声が響き、水を打ったように静まり返る。すごい威力だ。
「シオン・キャメノスという。内海の貴族である。こいつをイアンとか他の名前で呼ぶことは極刑に値する!」
極刑!!??
これにはサチも言葉を失った。
余りにも横暴過ぎる……
「イアンという名前を出すこと自体、禁ずる。いいか? イアンのことをイアンと言うなよ? イアンじゃなくてシオンだからな?」
騎士達は大人しくなったが、不信感を募らせているのは明白だった。しかもその後、当の本人が……
「じゃ、イアンは当面セドリックの南部警邏隊に所属してもらう。いいな?」
『おい、言ったそばから自分が“イアン”って言ってんじゃん』
誰も突っ込まない。突っ込めないでいる。
振られたセドリックは困惑していた。
「かしこまりました。アスター様。いあ……シオン、隊長のセドリック・ボドワンだ。よろしく」
騎士の憧れと権力の頂点に立つアスターの言動が矛盾しまくっている。何を信じてどう行動すれば良いのか。場は混沌としていた。彼らは底知れぬ不安の内にあった。
イアンなのか、シオンなのか──
この名前一つで右往左往することに。
絶対権力者に対し盲目的な彼らは初めて選択を迫られた。
この気持ち悪い空気を破ったのはノー天気なしゃがれ声──ティモールだ。
「もう面倒だから、イアンでいいんじゃないっすかね! な、イアン?」
逆鱗に触れた……
「貴っ様ああああ! たった今、イアンと言っては駄目だと言ったばかりだろうが!! イアンもイアンと呼ばれて頷くんじゃないっ!!」
「あっ、あの、アスター様、好きに呼んでいいことにするのはどうでしょう?」
見かねた副団長のアルベールが口を挟む。
「駄目なもんは駄目だ!! シオンのことはイアンと呼べ!……じゃない、イアンをシオンと呼ぶんだ! いいか、イアンじゃなくてシオンだからな!」
もう訳が分からない。
サチは溜め息をついた。
これから先、どうなるのやら──




