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第二部後編 六十四話「キスのあと」のあと アスター視点その二

(アスター)


 アスターは向かってくるオーガの金棒を避けつつ、別のオーガの体からラヴァーを抜いた。

 目の端に映った小太郎に声をかける。



「小太!! もっと下がれ!! お前が先に行くんだ!」



 ──シーマは特別な力を持つ妖精族とな? その三代目なら札の魔法を発動させられるやもしれん



 アスターは二枚の札を小太郎に渡していた。一枚は転移魔法メタフォーラ、もう一枚は……


 忠兵衛と小太郎が石柱で出来た檻へ入ったのをアスターは確認した。

 予想以上にオーガの数が多い。二十頭はいる。集められたのはやっと三分の二くらいか。残りの三分の一はイアン達を追って、奥の通路へ行こうとしている。

 


「この身体だけのヘナチンが! 来やがれ! このクソ……△□◯◀×〓◇!!」



 怒鳴ったところ、何頭か雄叫びながら向かってきた。悪口は分かるらしい。


 背後から陽気な声が聞こえた

 


「アスター様、珍しいスラングをご存知ですね。内海出身だからとか……私もそうですし、あんまり言いたくないんですが、下品な言葉はお里が知れますよ」


「うるさい。喋ってる暇があったら、体を……」


「動かしてますよ」



 石柱の作り出した檻の中へ忠兵衛は入り込んでいる。外にいるオーガから刃を抜いた所だった。



『全く、この私を閉口させるとは』



 憎まれ口を叩きながらも、手はしっかり動かす。それが忠兵衛。アスターも苦笑いするしかない。


 王都へ戻れば、誰もが自分に崇敬の眼差しを向ける。取るに足らない者として扱ってもらえる心地良さよ。昔を思い出す。



 ──ああ……もうエデンに永住しようかなぁ



 天狗や河童もそうだし、ここの奴らは皆気楽でいい。変な上昇思考やら野心もないから誰とでも気兼ねなく付き合える。故郷のバム島に似ていた。バムは一応アスターの領地であるが、遠戚に統治を任せ、一年に一回くらいしか帰ってない。


 年がら年中、帰りたい帰りたいと言っているのは口だけだ。実際は亡くなった長男ディオンのことを思い出すから帰りたくない。そのことを分かってるのは妻のカミーユだけである。



 数頭残して大体集まった。


 この広場の左端、鍾乳石の石柱が連なる場所に二十頭近いオーガがひしめき合っている。

 

 石柱の隙間から忠兵衛と小太郎が出て来た。エデン人は痩せているから囮に適役であった。アスターだったら突っかかって出れなくなっていたかもしれない。


 案の定、オーガは石柱の隙間を通れない。体当たりしている。

 計算外だったのは腕力の強さだ。

 金棒に数度当てられただけで、石柱にヒビが入った。



「アスター様、早く!!」



 小太郎が叫ぶ。


 アスターは檻の入り口へと走った。

 石柱の砕ける音に急かされる。握り締めるのはレーベに貰った魔法の札だ。



「パイロ!!」



 炎の壁が入り口を塞いだ。

 これで檻の中にオーガ達を閉じ込めた。


 気付いたオーガが入口目指して走ってくる。

 即座に札を取り出し、小太郎が唱えるのは爆破系の呪文──



「イクリクシー!!」


 

 天然の檻は一瞬で炎に包まれた。

 耳をつんざくのはオーガ達の悲鳴。鼻を刺激するのは肉の焼け焦げる悪臭。それこそ、阿鼻叫喚の地獄である。


 カッと光が網膜に焼き付いた瞬間、アスターも吹飛きばされた。

 炎をまとった爆風は熱い。

 魔法が発動できて喜ぶところを、アスターは盛大に舌打ちした。



『……くっ。小太め。早い』



 ……が、そうでもなかったようだ。

 アスターの力では弱かったらしく、炎の壁は不完全だった。オーガが何頭か抜け出してしまっている。


 硬い岩の上を転がったせいで全身痛かろうが、伸びている暇はない。

 アスターは飛び上がり、爆破を免れたオーガに斬りかかった。



「何をぼやぼやしている!? 小太っっ!!」



 小太郎は地面にへたり込んでいた。強い魔術を発動させたため、精気を奪われてしまったのだ。


 オーガが二頭、小太郎と忠兵衛に近付いている。

 壮大なバーベキューと化した檻の入口にアスター、そこから離れた奥に小太郎、忠兵衛はいた。


 忠兵衛だけで一度にオーガ二頭を相手にできるだろうか。小太郎が動く気配はない。


 アスターの周囲には五頭。こちらも全員の相手はできない。

 中途半端な(パイロ)を出しただけなのにアスターも幾らか消耗していた。オーガの肉に刺せば刃を抜いている間にやられる。


 相対したのは二頭。とどめは刺さず斬りつけるだけ。アスターは小太郎の方へ走った。

 

 忠兵衛がオーガの片腕を斬り落としている。

 もう一頭は小太郎へ向かっていた。二本角を生やしたオーガだ。

 忠兵衛は正面の敵に意識を集中しているから後ろに気付かない。


 二本角が金棒を小太郎に向かって振り上げた。



「小太っっ!!」


 ──間に合わないっっ!!



 ガキンッ!!


 ラヴァーで受けるしかなかった。

 金棒を……



 ──ラヴァーが……私のラヴァーが……


 嘆いてる場合ではない。

 ラヴァーで応戦しながら、反対の手で腰のダガーを抜いた。


 ──ああ、片手だとキツい……腕が折れそうだ。

 


 力では連中に到底叶わない。

 剣で受けられるのは僅かな時間のみ。

 アスターは敵の懐に入り込んだ。

 突然、距離が縮まったことにオーガの脳はついていけない。その隙にアスターは飛び上がった。

 

 巨漢の片目にダガーをズブリと突き刺す。

 肉と相反して柔らかすぎる感触にアスターは震える。大袈裟な音を立て二本角のオーガは地面に倒れた。


 背後から手負い二頭、無傷三頭が来る。



「小太! 歩けるか!?」



 アスターは小太郎を助け起こした。

 いや、何がなんでも歩いてもらわないと。でなければ、見捨てることになる。

 忠兵衛も腕なしのオーガをきっちり倒し終わった。


 目指すは左奥の通路。


 イアン達を助けに行かねば。

 消耗した自分達が足手まといになるかは行ってから判断しよう。今は身近な驚異(オーガ)から逃れねば。


 集中していた。とても……

 だが、そういう時こそ予想外なことが起きるものである。




 唐突に頭上から何か落ちて来た。

 鳥??

 鷹より大きめだ。とは言え体躯は違う。ボテッとしたアヒルのような──



「ニゲロオォォォォォォォォォォォォ!!!」


「は!?」



 奇声を発しながら落ちてこなければ、斬り捨てていただろう。鳥の方もその危険性を察知しており、戦いの区切りがつくまで、天井で待機していたと思われる。



「ニゲロォォォォォォオオオオ……」


「あーーー! うるさい、うるさい! この馬鹿鳥め!」



 アスターの肩に止まったダモンは耳元でがなり立てた。叩き落としたい衝動にかられるが、何とか我慢する。この馬鹿鳥は曲がりなりとも王子様(イアン)の持ち物なのだから。

 

 

 その時、地面が激しく揺れ始めた。共に訪れるのは轟音だ。



「何事だ!?」



 答えの代わりに通路の闇から気配を感じた。光の札にぼんやり照らし出され、辛うじて見える。小さな影が何かに追われ、こちらへ向かっていた。


 猫だ。

 カオルの猫が猛烈な勢いで走ってくる。問題は猫の背後だった。


 通路全体を埋める激流が飛沫を吹き上げ迫っていた。



「アスター様……ヤバいです」



 忠兵衛が背を向けるオーガを見ながら呟いた。小太郎もあんぐり口を開けている。



「よし、転移魔法だ」


「アスター様、もう力は残ってません」



 弱々しく呟き、小太郎は札を握り締めた。表情は絶望の二文字。



「何? 大丈夫だ。皆で力を合わせれば」



 アスターは小太郎の札を握る拳に手を置いた。更に手を重ねるのは忠兵衛だ。


 動揺しないはずがなかった。

 が、危機に瀕した時、いつもアスターの心は波紋すらないまっさらな水面となる。清い水を豊富にたたえた静謐な湖に。



「深呼吸しよう──メタフォーラ!」



 発動しない。津波はすぐそこまで来ているというのに。


 アスターは瞼を閉じた。

 思い通りいかなくても悔いはない。全て失敗前提で行っていることだ。勿論、こういう最期も想定していた。

 

 死に対する恐怖?そんなもの最初からない。あればもっとまともな行動を取るだろう。



 ──カミーユ、モーヴ、ユマ……今まで苦労ばかりかけて済まなかった。ダーラ、シリン、あとは頼んだぞ。ユゼフ、約束を果たせず面目ない。どうしようもない奴だといつも通り憤ってくれ。遺体に唾を吐いたっていい……あー、でも遺体は残らないだろうな。忠兵衛、小太、巻き込んで済まなかった……



 心の中では素直だ。

 死の直前ぐらい優しい気持ちでいたい。心残りがないといったら嘘になる。この死と引き換えにイアンとサチは無事であって欲しいと神に祈った。


 たまにしか祈らないのだから叶えてくれよと思う。いや、たまにしか祈らない不信心者の願いなど聞き届けてはくれないか。

 


 ──ディオン、ようやくお前の元へ行ける



「にゃにゃにゃにゃにゃおおおおおおーーん!!」



 猫がアスターに飛びつき飛沫を浴びる。瞬間、アスターは誰かの声を聞いた気がした。


「メタフォーラ」と。


 かなり前に聞いた声だ。

 若すぎる盗賊の頭領。ゴロツキの癖に妙なこだわりがある。歪んだ正義感と真っ直ぐな任侠精神……そのせいで死んだのだ。


 そう、アキラの声だ──


 思い出した時、アスターの意識は途切れた。

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