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第二部後編 五十四話 心配するグラニエ グラニエ視点

(サチの守人(ガーディアン)グラニエ)


 ディアナ女王が王城を占拠している間、騎士団の大半は王都の外に野営した。魔物の群れが出たと騙され、城下に降りたまま戻れなくなってしまったのである。 


 ヘリオーティスのヴァルタン邸襲撃事件の四日後、王城は占拠された。


 ことが起こったのは深夜。

 使い鳥が窓をつつく音で、騎士団偵察部隊長ジャン・ポール・グラニエは目覚めた。

 

 文は副団長アルベールから。

 城下に魔獣の群れが現れ、大暴れしていると。


 容易に信じてしまったのは、すでに死傷者の報告まであったからである。


 ほぼ騎士団総出で城下へ降りた。


 死傷者は相当数。

 確かに町は凄惨な有り様だった。

 だが、どこを見ても魔獣などいない。


 グラニエが目にしたのは、魔獣の生皮をかぶった死体の山だった。


 駆けつける寸前まで暴れていたものの正体はこの死体の山だったのである。魔獣の中に入っていた人間は大量の興奮剤を打たれており、アンデッドのごとき状態だったと思われる。狂ったように暴れさせた後、許容量を超えた薬は彼らの心臓を止めた。


 はめられたと気付けば、時すでに遅し。戻ろうと思った時、すでに城は占拠されていた。女王ディアナ・ガーデンブルグにより。




 王都の南、カワウに隣接する砂漠地帯。

 ここに天幕を張り、騎士団の仮の住まいとした。


 副団長アルベールの心労は想像に難くない。

 その顔色は土気色であり、今にも倒れそうだった。元々、頭脳派ではないから想定外の事態に対処できないのだ。


 アスターという最強の親鳥を失った騎士団が女王へ取り込まれるのも時間の問題と思われた。

 女王から登城するようにと再三の打診があっても、アルベールは先延ばしにしていた。


 時間稼ぎ。

 これは今できる最善の選択であった。だが、相手もそのうち揺さぶりをかけてくるだろう。こちら側から移った裏切り者を使うかもしれない。そうなった時、この気弱な副団長が対応しきれるとは思えなかった。


 そんな状況下にて──


 グラニエはリンドバーグの城を訪れていた。

 宰相ユゼフ・ヴァルタンが滞在していると聞いたからである。

 

 彼と会う目的は勿論、サチ・ジーンニアの行方を聞き出すためだ。サチはアスターと行動している。宰相ならアスターの行方を知っているはず。


 グラニエがユゼフとちゃんと顔を合わせて話すのは二回目だ。

 

 一つは先日の痛ましい事件の後。もう一つは五年前である。

 五年前、壁を越えたユゼフ達がローズ川で溺れている所を助けた──ユゼフが宰相でも侯爵でもなかった時だ。その時のユゼフの印象は薄い。無愛想で暗い男だと思ったぐらいか。


 ユゼフと話す機会を作ってくれたリンドバーグには感謝してもしきれなかった。


 まずグラニエが驚いたのは、ユゼフの傍らに控えていたティモールである。ティモールの方もグラニエが連れているシャウラを見て、あんぐり口を空けていた。


 ティモールは宰相の草──


 全て解したグラニエが驚愕するのはものの数秒。今にも逃げ出さんとするティモールに声をかけた。



「ティモール君、君のエイドリアンは預かっているよ」と。



 エイドリアンはティモールの使い鳥。ヘリオーティスに潜入していたシャウラとの通信に使っていた鳥である。


 エイドリアンの名に反応したのは、ティモールだけではなかった。

 (いぶか)しげにティモールを睨むユゼフ・ヴァルタンにリンドバーグがソファーを勧めた。


 真紅のビロードが張られたソファーは派手だが、それを慎ましやかに思わせるぐらい派手なシャンデリアが天井から下がっている。

 

 視線を足下へ移せば、シーラズ特産の絹絨毯。細かい文様に思わず見入ってしまうのは、子供の頃から仕込まれる女工の悲哀が織り込まれているからか。

 金細工の黒馬の置物。繊細な切り子グラスがキラリ。色とりどりの宝石が埋め込まれた金時計は、真面目に時を刻んでいる。


 リンドバーグはこの豪華な応接室を提供してくれた。



「宰相閣下、話をさせて頂く前にティモールをこちらへ呼んでくれませんか? 私が確認したい件と彼も無関係ではないので」



 口火を切ったグラニエに対し、ユゼフは後ろに控えていたティモールを同じソファーに座らせた。


 怒られることを見越してか、ティモールは目をキョロつかせている。対面するグラニエの後ろでは、彼に騙されたシャウラが鋭い視線を向けていた。



「宰相閣下の前でこの話をするのは心苦しいのですが……」


「気遣いは不要です」



 ユゼフは冷たく言い放った。ティモールが何かしたと感づいているのだろう。顔つきは険しい。



「閣下の屋敷が襲撃される前、後ろにいる少年、シャウラと言いますが……ティモールは彼をヘリオーティスに潜入させていました。内部の様子を逐一報告させていたようです。そのおかげで、ヘリオーティスの企みに気づくことができました。


 ここで問題なのは偵察部の仕事と偽って協力させていたこと、それとシャウラが騎士団とは何の関係もない市井(しせい)の人ということです。たまたま従騎士の面接に王城へ来ていた所、ティモールと出会った、ただそれだけの関係性です。シャウラは騎士団への入団を約束に危険な所へ潜入させられたのです」



 グラニエの話の後、ユゼフは地の底から吹き上がったかのごとく深い溜め息を吐いた。



「……呆れて返す言葉もありません。全て私の不徳の致すところ。監督不行届でした」


「ティモールはあなたの手の者だと理解してもいいですか?」


 ユゼフは肯きつつ、隣にいるティモールを睨んだ。



「ティム、何か申し開きすることはあるか?」


「……何もありません」



 叱られても、常にヘラヘラしているティモールがいつもと違う。

 うつむき、瞳に若干恐怖を滲ませ、身体を縮こまらせている。いつもツンツンしているトサカ頭まで、ひしゃげている状態だ。



「君にも悪いことをした。危険なことをさせてしまい、本当に申し訳ない。また後で改めて謝罪させてほしい」



 ユゼフは立ち上がり、グラニエの後ろにいたシャウラに頭を下げた。

 シャウラはまさか宰相から直接の謝罪を受けると思ってなかったのだろう。目を白黒させている。


 これは意外だった。

 大抵、若くして出世すると傲慢になりがちである。ましてや、国の宰相ともあろう人が一家臣の不始末にわざわざ頭を下げたりはしない。


 世間で言われているほど邪悪な人物ではないかもしれない──とグラニエは思った。

 真摯な態度はあの白頭鷲(エイドリアン)と通ずるものがある。エイドリアンは元々はユゼフの鳥なのだろうか。だとしたら、性格を色濃く受け継いでいても不思議ではない。



「あまりティモールを叱り過ぎないでください。やり方がまずかったとはいえ、シャウラが潜入していたお陰でヘリオーティスの動きにいち早く気付くことができました。ユマ嬢とカミーユ夫人は助かったのですから」



 哀れなティモールを弁護するために放った一言はユゼフを傷つけたようだった。


 ほんの一瞬だけ、眉毛が上がった。

 ほんの一瞬……



 ──ユマ嬢とカミーユ夫人は助かったが、モーヴ夫人は……


 グラニエは軽率な言葉を後悔した。



「それはティモールの手柄ではなく、シャウラ君の手柄でしょう」



 それだけ言い、ユゼフはむっつり押し黙ってしまった。


 ティモールは下を向いて唇を噛んでいる。

 いつも飄々としているからこんな表情は初めて見る。悔しそうなのは、自分の主人に頭を下げさせたからか。剣術大会の時、真の王に戦いを捧げる……とか何とか言っていたのはユゼフのことだったのかと、グラニエは妙に納得した。


 しかし、気まずい。このまま本題に入っても、核心に近付けるかどうか──


 空気は凍り、ユゼフは微動だにしない。気遣いは不要と言いつつ、自分は全く気を使う気がないようだ。

 どんよりした空気は足元に寝そべったまま、退()こうとしなかった。息苦しい。下手に動けば空間ごと無惨に砕け散ってしまいそうだ。


 経験上、落ち着いていられるグラニエはともかく、ティモールやシャウラには過度なストレスであろう。




 途切れた会話を繋いだのは、意外にもリンドバーグだった。それまでジッと石のように話を聞くだけだったのが、唐突に口を開いた。



「宰相殿、どうかグラニエの話を聞いてはくれませんか? この数週間、グラニエは突然いなくなった部下をずっと案じていたのです。大義のため全部は話せないにせよ、所在くらいは教えて頂けないでしょうか?」



 リンドバーグの言葉にユゼフは頷いた。

 目配せしてティモールとシャウラを部屋の外へ出す。部屋がガランとした所で、グラニエはようやく本題を切り出すことができた。



「失踪した部下というのはサチ・ジーンニアのことです。同時期、姿を消したアスター様と恐らくは一緒に……」


「分かっております。二人ともエデンにいます」



 即答にグラニエは唖然とした。やはり、二人はエデンにいたのだ。



「事情についてはお答えできませんが、帰城は……そうですね、大体二週間後くらいかと。帰って来た後、サチに任務の内容を尋ねるのはお止めください。極秘なので」



 動揺を隠せないグラニエをユゼフは不審げに眺める。グラニエは飛び上がりたい気持ちを抑えるので必死だった。冷静沈着な騎士団のエースはすっかり我を失っていた。


 居場所は分かった。あとは助けに行けばいい。だが、エデンは遥か遠い未開の地。虫食い穴を駆使しても、二週間かかる。

 助けに行った所で、行き違いになってしまっては困る。



 ──どうすればいいのだ……はっ! そういえば、ティモールはいやに短い日数でエデンから帰って来たではないか? 宰相閣下は最短で行き帰りできるルートをご存知なのではないか?

 


 「帰る」と文を返してから、ティモールは一週間経たぬ内に戻って来ている。何らかの特別な方法を使ったに違いないのだ。それを聞き出せれば……


 

 ……と、ここでタイムオーバー。



「申し訳ないのですが、お話はこれぐらいにさせてください。仕事がありますので。事件の聴取の件はまたこちらから連絡します」


「あっ、お待ちくだ……」


「そうそう、ティモールですが、二週間ほど騎士団の勤務は控えさせます。謹慎処分にしてください。それでは──」


「待ってください。サチの安否が知りたいのです。あと二週間で帰るというのは、帰路に着いているということですか? それとも……」


「何度も申してるように、アスター主導の極秘任務なので、私の口からは何も申し上げられません。帰る前に文くらいは寄越すでしょうから、その時にまたご連絡差し上げます。あと、ティモールを尋問しても無駄ですよ。どの道、休ませますが」



 ユゼフはスッと立ち上がり、背を向けてしまった。異様なほどサチの安否を気遣うグラニエに対し、間違いなく不信感を抱いている。



 ──でも、ここで引き下がったら



「グラニエ、これ以上は……ユゼフ殿の心中を察して欲しい」



 なおも食らいつこうとするグラニエをリンドバーグが制した。恩義ある人の顔に泥を塗る訳にはいかない。グラニエが一瞬、まごついた隙にユゼフは部屋から出て行ってしまった。


 何という早業。ヒラリ、音もなく。風に吹き上げられた木の葉のように、消えてしまったのである。


 後には悔恨と慚愧が残るばかり。せっかくのチャンスをふいにしてしまった。


 グラニエは唇を噛み締めた。



 ──サウル様、申し訳ございません。私の力不足で、お側に参ることすら叶いません

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