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第二部後編 四十三話「美味しい雑炊とお布団と」のあと ティモール視点

(ティモール)


 細く、長く──


 深夜の闇に鷲の鳴き声が流されてきた。

 猛禽類の頂点に君臨する種にも関わらず、鳴き声は()細く可愛らしいものである。


 少々離れてる。

 鳴き声の大きさから予測するに五スタディオン(一キロ)程度だが。ティモールが外に出て口笛でも吹けば、直ちに来てくれるだろう。



『さてと、行くか』



 エイドリアンが来たということは何か動きがあったということだ。

 小便が近いという理由で寝る位置を端にしてもらって良かった。


 手を伸ばし、枕元のマントと双剣をつかむ。上衣は着たままだ。勿論すぐ出れるように。


 ティモールは一睡もしてなかった。

 寝ないのは特殊部隊にいた頃から慣れている。戦地では一週間寝れないことなんかザラにある。


 ふわっとマントを肩に掛けた時、隣の忠兵衛が薄目を開けた。

 一連の動作を衣擦れの音すら出さずに行ってみせたのだが、さすがは忠兵衛。僅かな空気の流れを感じ取ったらしい。



『小便』



 微かに唇を動かして伝えれば、忠兵衛は軽く頷いた。

 



「んんん……」



 今度は忠兵衛の隣のカオルが寝返った。こちらを向かれると、女みたいな顔だから一瞬ドキッとする。弱光に照らされた生白い肌は妙に色気があった。



『げ……こいつ、爆睡してる』



 ズーズルピー……ズーズルピー……

 

 そのカオルの隣。

 珍妙な鳥がいびきをかく真下で仰向けに寝ているのはイアンだ。半開きの口から尖った八重歯がのぞいている。こちらも爆睡。

 更にその奥で寝ているイザベラは背を向けているが、規則正しい寝息が聞こえる。たぶん、ぐっすり寝てる。



『こいつら、寝てる間に襲われることとか考えないのかよ? どんだけアホ……』



 そういえば、履き物も全て土間に置きっ放しだった。忠兵衛と小太郎が回収して縁側に移動したのである。



『生きてるのが不思議なレベルだぜ。アホ三人衆』



 ふざけているように見えて、ティモールは常に気を張っていた。森を移動中も一番後ろでずっと気配をうかがっていたのだ。


 何らかの力が働き、魔物は出て来ないだけだ。見えない所で蠢いている。潜んでこちらをうかがっている。数え切れないほどの魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもが。


 ティモールの緊張状態が解けることは決してなかった。



『そういや、こいつら移動中もくだらねぇお喋りばっかしてたな。料理の話とかご先祖様の武勇伝とか……全く。安穏としてるように見えて、こいつらもそこそこ危険な目に遭ってるはずだが。悪運強過ぎとか、周りにめっちゃ迷惑かけながら生き続けてるとかか……』


 

 呆れた後に訪れるのは怒りだった。


 死んだウィレムやダーマー、特殊部隊にいた頃の仲間を思い出したからである。



『邪魔になったら遠慮なく殺るからな。お前らがアホぶりを発揮してる影で死人が出てるんだ。覚悟しとけ』



 ススス……


 注意深く障子を開ける。

 多少、音が出てしまうのは仕方ない。

 だが、最初から起きている忠兵衛以外、起きる気配はないようだ。


 縁側でウトウトしていた小太郎がビクッと体を震わせた。

 ティモールは少しずつ雨戸を開け、小太郎の肩に手を置いた。



『小便行ってくる』



 小太郎が頷くのを確認して、



『戻ったら代わるから』


 とだけ告げた。



 闇の中へ一歩踏み出す。

 想像以上に外は寒い。

 ティモールは身震いしながら、マントの襟を立てた。足元から伝わってくる冷気が身を引き締める。小太郎に気付かれないよう屋敷の裏手へ回った。


 今度は風が吹いて来るのに合わせて口笛を吹く。エイドリアンに届くように。星空を見上げ、松明片手にブンブン振りまくる。


 エイドリアンが気付くまで、そう時間はかからなかった。

 鷲の視力が驚異的なのは昼間に限ってだ。

 暗闇ではそれが生かせないため、ティモールは松明を振った。普通の鳥では、居場所を特定するのにそれでも不十分だろう。


 エイドリアンがティムに気付いたのは元々山にいることを知っていたのと、何らかの特殊能力が働いたからに他ならない。伝書に使われるアニュラスの動物は魔物に準ずる能力を持つこともあるのだ。



 ブアッと顔を叩く向かい風の後、ティモールは肩に優秀な相棒の重みを感じた。



『ご苦労だったな。会いたかったぜ。とは言っても、悪い知らせだろうがな』



 ティモールはエイドリアンの頭を撫でてやった。首輪には文が結わえ付けられている。餌をエイドリアンに食わせながらティモールは文を読んだ。


『ふむふむ……ヘリオーティスの奴ら、王都に潜伏だと? 何か嫌な予感がするぜ……』



※これはヘリオーティスに潜伏中のシャウラが送った文である。文が送られた時点でヘリオーティスはまだ行動を起こしていない。彼らがヴァルタン邸へ押し入るのはその二日後。エイドリアンの移動時間を考えると、文が届いた時点でもう事は起こっていた。


 ティモールは目を閉じて少時思考した。


 胸騒ぎがする。

 ヘリオーティスは確実に何かやるつもりだ。

 直接、国王を襲うことなど出来ないから対象はユゼフかアスターだろう。



『ユゼフ様が心配だぜぇ。ラセルタだけじゃ、心許ない。俺様がおそばに行かねば……』



 ユゼフからの命はこうだ。


 イザベラの妨害行動を阻止すること。可能であれば蓬莱山にてアスターの補佐。イアンとサチ、特にイアンを守ること。



『何も果たしてねぇじゃん……』



 (あるじ)の命令には不満があった。

 

『アスター様を助けろって言われても、俺様完全に敵視されてるし近くにも寄れねぇんだけど。せめて俺様が味方だってことをアスター様に伝えてもらわねぇと。それと、サチ・ジーンニアを守るとか意味分かんねぇ』



 そもそも、ティモールはユゼフの傍にいたいのである。それなのに、この五年間ずっと間者の真似事をさせられてきた。

 裏でコソコソ動くのは自分に向いてないと思っている。堂々と騎士らしく主をお守りしたいというのに。



『勝手に戻ったら怒られるだろうか……怒るだろうな、絶対に怒る』



 ユゼフは何も言わず、静かに怒気を放つ。どんより重くなった空気は草木をしおれさせ、虫すら動きを止める。

 とてつもなく息苦しい重圧感を想像し、ティモールは身をすくめた。



『しかし、何でイアン・ローズを守るんだろうな? あいつ……微弱な魔力をまとっていたが……魔国で魔人とでも契約したか』



 先ほどの無邪気な寝顔を思い出し、思わず頬が緩む。


『悪い奴ではなさそうだが……でもアホには違いねぇな』



 エイドリアンは首を傾げている。

 煌びやかな星々が瞬きながら、こっちを見ていた。この屋敷全体を結界が守っているゆえ、見える夜空だ。一歩、結界の外へ出れば、たちまち瘴気に覆われ何も見えなくなってしまうだろう。



『あの婆さんは魔女だぜぇ……こんだけの結界を張れる。なんか意図があって、俺様達を匿ってるんだろうが』



 食事は食べた後、吐いた。

 毒は入ってなさそうだったが、念の為だ。

 毒かどうかは舐めれば大体分かる。

 普通の人間の致死量程度ならティモールは何ともなかった。幼い頃から少しずつ取り込み、耐性があるのだ。恐らくはイザベラも……


 イザベラが自分と同じ境遇──つまり王を守るための教育を受けた守り人(ガーディアン)というのは何となく感じていた。


 そのイザベラが食べて大丈夫だったので、食事は問題なしと判断したのである。とは言っても、不安は拭えない。忠兵衛と小太郎も僅かに口をつけただけだった。



『なんかあるぜぇ、絶対。俺様がいなくなったら……アホの面倒を全部忠兵衛さんが見る訳か。気の毒過ぎる』



 ティモールは迷っていた。

 王都にいるユゼフのことが心配で(たま)らない。だが、イアンをここに残しておくのも不安だ。

 


『あああああ!! どうすりゃいいんだ』



 ティモールは降ってきそうな星空を睨み付けた。澄んだ空気は淡い星色を透過させる。


 星は画一的ではなく多様な色を持つ。てんでバラバラだ。それぞれの軌道からズレることはなく、緩やかな曲線を描いていた。空全体をドーム状に包み込んでいるのだ。


 あんまり星が綺麗だと緊張してしまう。馬鹿みたいに派手なキラキラに襲われるんじゃないかと。


 と、その時、ツツと星が流れた。


 ほんの一息吐く間の出来事。

 これでティモールの腹は決まった。



『ユゼフ様、待っていてください。助けに行きます』



 まず、取り出すのは「消音(サイレント)」の魔法を封じた札。獣の咆哮を消すためである。ティモールが札を使うのは魔術を即座に発動できないからだ。使えないこともないが、詠唱などに時間がかかる。魔術の発動時間。これは魔術師の能力と適性が物を言う。


 次にティモールが懐から取り出す魔瓶にはグリフォンが入っていた。


 主が持たせてくれた大切な魔瓶。

 使い捨ててしまうのは少々後ろめたい。星空にかざせば、橙、黃、緑、青、藍、紫、混ざり合う華やかな色が目に飛び込んできた。これにはついつい見とれてしまう。

 星空を例えるなら自由な不協和音、対する魔瓶は統制のとれた重奏といったところか。


 虹色に輝く魔瓶の方が星より美しい。今のティモールにとっては。



『イアン、じゃあな! 死ぬなよ?』

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