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第二部後編 三十三話「繋がる」のあと ユマ視点①

 グラニエがアスター邸へ大急ぎで向かっている頃──


 アスターの次女ユマはヴァルタン邸にいた。ユゼフと結婚した姉モーヴの元を訪れていたのである。




──────────────

(アスターの次女ユマ)


 姉のことが羨ましくないと言ったら嘘になる。


 妊娠中の煩わしさを愚痴りながらも、幸せに満ち満ちているのだから。

 幼い頃から姉の方が美人だ、おしとやかだ、賢明だ、とユマは比較され続けてきた。

 母も使用人達もあからさまには言わないが、何となく空気で分かるものだ。


 そして、父アスターは露骨に言う。



「お前は高望みしてモーヴと同じになろうとしてはいかんぞ。鵞鳥は白鳥にはなれんのだからな」



 傷つける言葉をズケズケと。

 自分は何でも分かっている、完璧なんだと自信に満ちたしたり顔で。デリカシーの欠片もない。

 


 ──大っ嫌いっっ!!



 好き勝手に生きて家族を振り回し、偉そうに支配しようとする。

 十年前、戦地から帰って来た時もそうだった。長兄のディオンを失って辛いのは皆が同じなのに、自分ばかり辛い顔をして……



 ──ママや私達を(ほお)って、毎夜遊び歩いて借金まで作って……



 横領で国外追放された時は内心ホッとしたものだ。それなのに五年経ってまた戻ってきて父親面をしようとする。

 母もモーヴも平気で父を受け入れられるのが、ユマには信じられなかった。



 ──兄様が死んだのだって、あいつのせいに決まってる


 

 ユマにとってディオンは特別だった。

 誰よりも大好きな兄様。

 その兄様を父は戦争へ連れて行き、奪ったのだ。


 男装や反抗的な態度は父アスターへの当てつけだ。


 ユマの栗毛はきつめの巻き毛だったので、まとめないと派手に膨張する。幼い頃から人形みたいだ、可愛いと言われ続けてきた。両親はリボンやレースをふんだんに使ったドレスを着せたがったし、見た目通り可愛らしく振る舞うことを望んだ。



「あたしはあのクソ親父の言いなりになんか、絶対ならないんだから! あいつが勝手に決めた縁談なんか受けないわ」


 どういう会話の流れか、そういう話になった。



「そう、悪い話でもないと思うけどね。ああ見えてお父様はちゃんと私達のことを考えているのよ」



 モーヴの落ち着いた声。

 ユマは出された紅茶ではなく、懐から出した琥珀酒を飲んだ。

 


 ──お嬢様みたいにふるまってやるもんか。男が賭事する時だって飲むのは酒だ



 ヴァルタン邸の居間にて。

 余りの居心地の良さに動きたくなくなるウールのソファに身を沈めて。

 ちょっと遊びに来たつもりがすっかり遅くなってしまった。

 姉モーヴの夫ユゼフはまだ帰ってこない。


 毎日忙しく、帰りが深夜に及ぶこともあるという。臨月の妻を広い屋敷に一人置いて。



『宰相の仕事ってそんなに大変なのかしら』



 ユマはモーヴの巨大化した腹を見ながら思うのだった。予定日を一カ月ほど過ぎている。数日前に産婆が確認した時、赤ん坊は元気だったそうだが。



『ユゼフも結婚相手としては失敗だったのかもね』



 身重の姉を心配しつつも、少しだけ気持ち良くなる。モーヴのことは大好きだが、同じぐらい羨んでもいた。

 大好きな兄様の匂いがする彼にユマも淡い恋心を抱いていたのだから。



 モーヴ、ユマ、ダーラの三人はアニュラスで人気のカードゲーム「メーデン」をしていた。


 ゲームに使うカードは六十九枚まで。

 アニュラスの英雄や神話の人物が登場する。

 一枚につき使える能力はファースト、ミドル、ラストの三つ。

 まず、親がゲストの持ちカードを集め、シャッフルしたのを配る(枚数などは親が決めていい)


 配られたカードを裏返しにしたまま一枚、一斉に提示し勝負するという訳だ。勝てば相手のカードを奪うことができる。全員一致すれば、勝負の途中で止めることもできるが、その場合他の人に配られた自分のカードを失うことになる。


 なお、勝負で負けそうな時は一つだけ逃げ道がある。代理(プロキシ)のカードを使うのだ。使えるのは一度だけ。使えるのはゲームに使ってない手持ちのカードである。 

 


「あっ! ダーラずるい! 代理(プロキシ)妖精王(イシュマエル)を出すなんて!」


「ユマ、ゲームにずるいもないでしょうに」



 モーヴがたしなめた。

 ダーラは怒られておどおどしている。

 急に強いカードを出した訳は分かっていた。

 もう、外は真っ暗である。

 早くアスター邸に帰りたいのだ。



「じゃあ、あたしも代理(プロキシ)! 魔王エゼキエル! (モロース)!」


「なら、私は英雄王サウルでテンペスト!」



 これで勝負は決まった。

 不満そうに唇を尖らせるユマに「勝負だから仕方ないでしょ」とカードを回収するモーヴ。

 ダーラはやっと帰れると笑みをこぼした。



 ……と、ダーラの笑みが固まる。



「ダーラ? どうしたの?」


「……なんか来る。馬に乗って……何頭も……武装してる!」


「冗談はやめてよ……」


 笑ってごまかそうとするユマの腕をモーヴはつかんだ。



「ユマ、ダーラはこんな冗談は言わないわ」


 真剣な顔つきのモーヴを見て、ユマは急に怖くなった。



「書斎の本棚に隠れられるスペースがあるわ。行って!」


「モーヴは?」


「私は大丈夫。他に隠れる所があるから。ダーラ、ユマをお願いね」



 ダーラは頷いてユマの手を取った。

 こう有無を言わさぬ語気の強さで言われては返す言葉がない。いつも優しいのに何かあった時は誰よりも強いのだ、モーヴは。

 父が逮捕された時だって……

 

 背筋をピッと伸ばしたモーヴは堂々としていた。強く美しく清廉。崖に咲く一輪の百合のように。


 後ろ髪引かれる思いでユマはダーラと去るしかなかった。後ろを何度となく振り返りながら、書斎へ続く階段を駆け上がる。


 途中で足がガクガクしているのに気付いた。



『やだ。あたし、震えてる?』


「ユマお嬢様、大丈夫です。おいらが絶対に守ります」


「バカ!」



 言葉と反対にユマはダーラの手を強く握り締めていた。




 書斎の一番奥にある棚は二重構造になっていた。よく見ないと分からないくらい棚同士は密着している。ランタンや燭台の灯りだけでは分かりにくいだろう。


 表の棚を横へずらすと、二人ギリギリ入れるくらいの隙間がある。


 身体をひっつき合わせ、ユマとダーラは息をひそめた。

 暗闇の中、互いの呼気が、心音が、熱が、匂いが……混じり合う。



『うう……なんか変な気持ち』



 緊迫した状況なのにおかしな高揚感がある。


 ダーラはユマにとって家来である。

 父の物を我が物のように扱う愉悦も勿論あるし、素直で優しいダーラを気に入っていた。


 ダーラの素性はよく分からない。

 最初、この家に来た時は字も読めなかった。

 勿論、騎士になる前は貴族じゃないし、両親の話も聞かないから親無し子なのかもしれない。


 しかも亜人だ。


 アスターからしたら、捨て犬を拾ってきた感覚なのだろう。ユマも同じ様に捉えていた。


 いつもぼんやりしていて、的外れなことばかり言う。冗談も本気にするし、からかえば泣きそうになる。一途で正直。怒っても懐いてくる。何より歌がとっても上手い。とてもいい声で歌うのだ。英雄の物語や月の女神の歌を。


 ユマは寝る前に詩や小説を朗読させたり、子守歌を歌わせた。甘美な歌声を聞きながら、手を握らせる。恍惚の内に寝入るのは至福であった。


 少年少女ゆえに許されたスキンシップ。

 それをまだ続けている。何の疑問も持たずに──純粋な二人にとって男女の恋愛ごとは遠い国の話だった。にもかかわらず、ダーラは立派な若者に、ユマは大人の女性へとなりつつあった。五年の年月が変えてしまったことに二人はまだ気付いていない。


 ダーラは大切な家族の一員。

 今やアスター家になくてはならない存在だった。


 いつだったか……

 薬の効果が切れ、ダーラの獣の耳と尻尾が出てしまうことがあった。

 ダーラは泣きそうなぐらい、慌てふためいていた。



 クスッ……


 ──何がおかしいんです?


 ──お前が狐の耳と尻尾を出しちゃった時のこと


 ──何で今、そんなことを


 ──だって、思い出しちゃったんだもん。あの時、他の使用人達にバレないようおまえを隠してあげた。あたしの部屋のクローゼットの中に


 

 その後、ユマはレーベの所へ薬をもらいに行ったのだった。

 待ってる間、生きた心地がしなかったであろうダーラを想像するだけでまた笑えてくる。


 こんな状況で笑うのはどうかしている。

 いや、こんな状況だからか。

 妙に気が高ぶって変な気持ちだ。



 ──くっくっくっくっ……



 暗いから分からないが、きっとダーラは頬を膨らませてる。跳ねる脈拍が代わりに答えてくれる。こういう時のダーラは獣というより、愛玩犬みたいになる。



 ──ダーラ、可愛い


 ──お嬢様の方が可愛いです


 ──可愛いおまえが好き


 ──おいらも……



 不意にダーラの手がユマの頭を押さえつけた。


「んんっ!」



 唇が触れた。

 柔らかく湿った何かに。

 身体が我を忘れるほど熱くなる。 

 服の上からでも分かる固い筋肉に包まれながら……獣の匂いを吸い込みながら……

 

 前にいるのはダーラじゃなかった。

 欲情した雄が一匹。

 こういうのは理屈じゃない。

 その雄に全てを委ねていいとすら思ってしまう。



 ──だめ、でも、もっと欲しい



 それがキスだと気付く寸前……


 誰かの悲鳴が聞こえた。

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