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第二部後編 三十三話「繋がる」より シャウラのエピソード②

 今から三ヶ月ほど前……金木犀の月の終わり頃──


 十三歳になったシャウラはシラーズを出て王都へ繰り出した。騎士団へ入るために。

 

 なぜ騎士団に入ろうと思ったのか。

 あのサチ・ジーンニアが騎士団にいるという噂話を聞いたからである。

 

 五年間、サチを探し続けていた。

 名前以外の手がかりは皆無。

 豪商である父の手を借り探し続けていたが、皆目見当もつかなかった。

 サチの妹、マリィもシラーズから姿を消していたため、全くの行方知れずだったのだ。

 

 だから偶然、町の酒場でその名を聞いた時、シャウラは天からの思し召しだと思った。

 

 酒場へはたまたま父に付き添っただけである。商人である父は時にこのような場所で商談をすることがあった。


 何でも、めちゃくちゃ美味い料理を作る騎士がいると。隣のテーブルから聞こえてきた。

 王城の大料理長ですら舌を巻くほどの。一口食べて泣いてしまう者もいるぐらいだと。

 

 その騎士の名がサチ・ジーンニアだったのだ。


 シャウラの父はシラーズでそこそこ名の知れた豪商である。息子の入団が許可されれば、騎士団に多額の支援金を寄付するつもりだった。貴族でなくとも志願すれば、従騎士として入団できる。


 父の文と現在シラーズ城を管理しているドラクロア伯爵の推薦状を持って……

 シラーズ城の出入りを許されていた父が頼み込み、伯爵に一筆書いてもらったのである。豪商の強みであった。


 

 全て完璧なはずだった。

 


 騎士団の営所に設けられた面接会場。

 宿舎の横に建てられた小さな天幕へ行くまでは……


 天幕の奥で待ち構えていた男を見て、シャウラは絶句した。

 

 両サイドをきれいに剃り上げ、頭の中心部だけ鶏のトサカのように毛を逆立てた髪型。右側頭部には「輪廻」の文字が見える。


 その面接官はとてもじゃないが、騎士に見えなかった。



「まず、名前から教えてもらおうか?」



 あくびをしながら、尋ねるトサカ頭には不信感しか抱けない。シャウラは曲がれ右をしたい衝動に駆られていた。



「名前だよ、な、ま、え! 早く言えよ、コラァ。俺様はこんなクソみてぇな仕事を押し付けられて苛立ってんだ。全く剣術大会の準優勝者に事務仕事はないぜぇ……」


 ──剣術大会の準優勝者!?



 確か剣術大会は何者かが武器に細工したため、中断されたと聞いている。

 決勝進出者が容疑者として捕らえられたために表彰はなし。優勝者及び、順位は全て取り消しになったとシャウラは記憶していた。



「シャウラ・イラールと申します。剣術大会は途中で中断されたので、表彰はなかったと記憶しておりますが……」


「うるせぇなぁ……邪魔が入らなけりゃ、俺様が準優勝か優勝だったの」

 

 トサカ頭は面倒臭そうに答えた。



『どうしてこんな人間が面接官を……』



 後から考えれば納得できる。

 シーマ・シャルドンが王になってから五年間、戦争はなく平和が続いていた。北の魔国から魔物が入り込むことがあってもその程度だったのである。

 

 反対に加熱したのは英雄アスターの人気だ。五年前魔国から帰還した後、人気は急上昇し、それは騎士団への憧れに繋がった。騎士になりたがる者は多く、人材過剰だったのである。推薦状があれば一応面接するが、入団は狭き門となっていた。王から直接叙任を受ける必要がない従騎士でも、容易くなれるわけではなかったのだ。


 ちなみに三ヶ月後の現在はローズ城に居を構えるディアナ女王の存在が大きくなり、王軍の方では積極的に求人しているようだが……



「推薦状ねぇ……金持ちのボンボンが親父のコネでどうにかしようっていう魂胆がな、みえみえなんだよなぁ」



 トサカ頭は伯爵からの推薦状に目を通すなり握りつぶした。

 この態度にはシャウラも平常心を失いそうになった。相手が自分より強い立場でなければ、剣を抜いて襲いかかっていたであろう。



「あ、そうそう。一応名乗っとくわ。俺様の名はティモール・ムストロ。双剣を操る真の異端児だ。覚えとけよ。絶対歴史に残るから」


 ──こいつ、絶対アホだ



 そう思った。


 そうは言っても、騎士団には入りたい。有名なバム侯爵アスター卿にもお目にかかりたいし、何より憧れのサチ・ジーンニアに会いたい。会ってあの時の礼を伝え、お側に仕えたいのだ。


 シャウラはグッとこらえた。



「志望動機はぁ??」



 一応、聞いてやる……という態度。

 やる気のないトサカ頭の毛を引っこ抜いてやりたいが辛抱だ。



「ティモール様はサチ・ジーンニア様をご存知でしょうか?」



 この言葉にダレていた空気がキュッと引き締まった。ティモールの眠そうな目が鋭く光る。



「五年前、私はジーンニア様に命を救われました。騎士団に在籍されているという噂を偶然耳にしまして、応募させていただいた次第です」



 憧れの人の話をする時は背筋がピンとなり、ハキハキと話せる。そんなシャウラをティモールは呆然と眺めていたが……



「サチ……ジーンニア……だってぇ……?」



 急に堰を切ったように笑い出した。

 それこそ大爆笑である。

 腹を抱えて、椅子から転げ落ちそうになりながら。



「何がおかしいのでしょうか?」



 シャウラは声音を変えずにはいられなかった。

 余りにもひどい。

 騎士団に苦情を入れねば、腹の虫は収まらないだろう。



「……だってよぉ、お前、サチ・ジーンニアっつたら……」



 息も絶え絶えに言を発するティモールをシャウラは睨み付けた。

 ティモールはテーブルの上の水差しを手に取り、そのまま注ぎ口に口をつけ、ゴクゴク飲み下した。

 少し落ち着いたようで、シャウラに向き直る。



「サチ・ジーンニアは今、謹慎中だぜぇ……不祥事起こして騎士団も首になるかもなぁ」


「えっ!?」


「なんかぁ、馬鹿女がケツ触られたとかって騒いで、その女の男が副団長候補に決闘を申し込んだわけよ。城内で私闘は禁じられてるのに届け出も出さずにな。で、サチジーンニア?……お節介野郎なんだけど、決闘を止めに入ったアスター様に刃向かったってわけ」


「なんでそんなことを!?」


「知らねえよぉ。あ、決闘申し込んだ男とダチだったんじゃね? そいつもアホな奴でさぁ、元々ローズの兵士だったんだっけか? 謀反人の。結局、騎士団はクビになったけど」



 内部の不祥事をベラベラと楽しそうに話しているが……今はそんなことを気にしている場合じゃない。サチのことが心配だ。



「ジーンニア様は今、どこにおられるのでしょうか?」


「知るかよ。別に仲良くねぇもん。料理がいやに得意みたいだから騎士団やめて料理人にでもなるんじゃねぇの?」



 シャウラは途方に暮れるしかなかった。

 

 ──せっかく憧れの英雄に近付けると思ったのに……あんな強くて清廉な人が不祥事だなんて……きっと何かの間違いに決まっている



 目的を奪われたシャウラはうなだれた。呆然とした彼は獣の目に気づいていない。


 その時、彼は冷徹な視線に捕らわれていた。




「お前さぁ、本気で仕えたい気ある?」



 突然、ティモールは声を低くした。

 シャウラが顔を上げると、さっきまでのふざけた態度が嘘みたいにティモールは真顔だ。顔つきは息を飲むほど鋭利で冷たい。

 


「国王陛下でも、アスター様でも、サチ・ジーンニアでも……本気で仕える気はあるか?」


「ええ。勿論です。だからここに来たのです」


「騎士になる、主君にお仕えするということは命を懸けるということだ。生っちょろい気持ちじゃ続けられない」



 シャウラは気後れしながらも、ティモールの視線を受け止めた。真っ直ぐ微動だにせず。

 

 しばし時は止まる。

 そのまま、二人は睨み合った。

 


「実はあと数日後、サチ・ジーンニアは騎士団に戻る。が、あいにく騎士団は人員過剰でな、採用してねぇんだ。この面接も推薦状があったから形だけ。上からは体よく断れと指示されてる……」



 視線を固定したまま、ティモールは話し始めた。それまでのぼやけた口調とは打って変わり、武骨で堅い感じだ。恐らくこれがこの男の本質なのだろう。そんな感じがした。



「いい目だ。シャウラと言ったな? 仕えるからには危険を犯す覚悟はあるか?」


「はい」


「じゃ、騎士団偵察部の仕事を手伝ってくれないか? お前の貢献次第で入団を考えてやってもいい」



 ティモールは全くふざけてるように見えなかった。真剣な眼差しは人の心を動かす。

 これは一旦持ち帰って保留にする話ではない。今、ここで決めねばならぬのだ。


 シャウラは覚悟を決めた。



「分かりました。お手伝いいたします」



 この回答が正しかったか、そうでなかったかは神のみぞ知る。

 にんまり口の端を曲げて笑うティモールから飛び出したのは、思いがけない言葉だった。



 ヘリオーティス──

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