第一部前編 百三十六話「反発」のあと④(アスター視点)
まさか、人がいると思わなかったのだろう。
最初にアスターを見つけた騎兵は驚いていた。
『やはりな。巡回で通りがかっただけだ』
アスターがニヤリとすると同時、馬は嘶き、乗っていた兵は落馬した。潜んでいたアキラが馬の後ろ膝を鞘で薙ぎ払ったのである。
目の前に転がって来た若い兵士の顔と腹を蹴り飛ばす。気絶させた所でアスターは兵士の腰から剣を抜いた。
「片手剣だがいいか?」
ミリヤへ投げる。すぐ横の木に突き刺さったそれは短めのサーベルだ。ミリヤは無言でそれを抜き構えた。
「何事だ!?」
ゾロゾロ、馬に乗った兵士が列をなしてやって来た。瞬く間にアスター達は取り囲まれた。
『一、ニ…………十………………丁度二十人。ダーラめ、合っているじゃないか』
対するこちらは三人だが、アスターは全く動じない(アキラとダーラは潜ませている)
隊の二列目にいる隊長らしき口髭の男が声を張り上げた。
「我らはグリンデル国境警備騎士団である! 名を名乗れ! 何者だ?」
「我々に勝ったら教えてやろう。馬に乗ったままでは木々が邪魔して戦えまい。降りることをお薦めする」
アスターの威風堂々とした佇まいに口髭男は一瞬圧倒されたものの、背後で剣を構えるラセルタとミリヤが目に入ると鼻で笑った。
「どうやら御仁は子連れのようだ」
隊長につられて、前列と三列目くらいまで笑う。アスターはその様子を冷ややかに観察していた。
やがてアスターの冷徹な視線に気付き、隊長は笑うのを止めた。
空気が変わる……
顔つきと微かな動作から先鋒が突進してくるのが分かったので、アスターは怒鳴った。
「お前ら! 一人あたり三人は倒せよ! 残りは私がやる!」
剣を抜いた前列の四人が騎乗した状態でアスターへ向かって来る。正面から二騎、左右から二騎……だ。荒々しい蹄音をまき散らしながら迫ってくる……
アスターは騎兵の下に向けた剣が自分へ向かって来る直前に身を低くした。ラヴァーでまず左から来る馬の前足を薙払う。それから半円を描き、ほぼ同時に四頭の馬の足を切りつけた。
哀れ、馬達はグラリ傾いた。
バランスを崩し、転げ落ちる兵士達に容赦なく襲いかかるのはラセルタとミリヤだ。
それを合図に隠れていたアキラとダーラが隊列の左右から飛びかかる。馬の横腹に剣を突き立て動きを封じた。
いななきと、慌てふためく隊長の叫び声が森に響きわたる。
「隠れて襲って来る者がいる! 馬から降りろ!」
馬から降りた隊長の前には仁王立ちのアスターがいた。
アスターは剣を構える余裕も与えず、ラヴァーを降り下ろした。
首の付け根から勢いよく吹き出す生命の息吹はある意味美しい。瞬間、視界を覆うのは真っ赤な血潮だ。秒を待たずして哀れな騎兵隊長は地面に突っ伏した。
瞬時に隊長を失った部隊は混乱に陥る。
前列の者は闇雲に突っ込み、中列の者は右往左往し、後列の者は馬に乗ったまま逃げ始めた。逃げた兵から女王へ報告が入っては困る。なるべく時間稼ぎはしておきたい、とアスターは思った。
「逃がすな!」
怒鳴りつつ、ひらり隊長の馬に飛び乗る。
ラセルタ、ミリヤが馬から降りた連中に斬りかかっている間、アスターは逃亡者を追うことにした。
途中、逃げようとする騎兵の馬をアキラとダーラが斬りつけているのを横目で見る。
乗れる馬が無くなっては困る。
「馬はもう斬るな!」
「逃がすな」でも「馬は斬るな」……我ながら無茶な注文だと苦笑いする。
アスターは逃げる馬を追った。
前方に一頭、かなり離れた場所を走っていた。
揺れる馬上でアスターはラヴァーを目の高さに構える。四十五キュビット(二十メートル)も離れた騎兵へ槍のごとく投げつけた。
風を切り、剣は騎兵の背中を見事貫く。アスターは馬に乗ったまま通り過ぎる寸前に剣を抜き取った。
そのままUターンし、馬の前へ回り込み、逃げないようにする。アキラが一番近くにいたので、
「アキラ、この馬乗れ!」
叫び、他に騎乗したまま逃げた者がいないか見回した。
ラセルタ、ダーラ、ミリヤの三人は降馬した兵士を相手に奮闘している。
『あの女、最初に会った頃のユゼフより全然使えるじゃないか……』
ミリヤの剣さばきは明らかに何らかの指導を受けた者の動きだった。自己流で力任せに戦う盗賊達とは一線を画している。
ダーラとラセルタの動きも無駄がない。
魔国の瘴気にあたってから亜人達の身体能力は明らかに向上している。ちゃんと教えればもっと上達するだろう。
「アスター、馬、二頭逃げられてる」
馬の数を数えていたアキラが言った。
アスターは舌打ちした。
女王に垂れ込まれることを考えると、早く移動した方がいい。馬を木に繋ぐのはアキラに任せ、ダーラ達の元へ向かった。
兵は残り七人。
ダーラ、ラセルタ、ミリヤの三人は石垣と時間の壁がぶつかる角にいる。三人は背中合わせに戦っていた。敵の数が多いので背後からの攻撃を防ぐためである。
助太刀はいらないかもしれないが、先のことを考えると怪我をさせたくない。
と、その時、頭上から強い風が吹き付けて来た。
見上げると……巨大な鷲が二頭、いや体半分は獅子だからあれは……
最初、魔国から魔物が入り込んだのだと思った。が、よく見ると上に人が乗っている。
「ユゼフ!」
アスターが叫んだ時には羽の風圧が木々をなぎ倒し、グリフォンは急降下した。
吹き付ける強風にダーラ、ラセルタ、ミリヤの三人は石垣にへばりつく。
壁の近くにいた敵の一人がバランスを崩して転倒した。
「あっ!」
最後に残した言葉はそれだけ。
呆けた顔をしたまま、時間の壁に吸い込まれていく。
強風の後、兵士達の前に現れたのは一振りの光輝く美しい刃である。上空から襲われた兵士は身動きする間もなく、一瞬で地面にくずおれた。
グリフォンが着地する前にユゼフは飛び下り、兵士達に斬りかかっていったのだ。
ユゼフの手に握られたアルコはまるで体の一部のようにしなやかな曲線を描く。目視できぬ速さで的確に兵士の心臓を貫いていった。
「お待ちください !もう抵抗はしません!」
残った二人の兵が怯えた顔で剣を捨て、手を上げた。
ユゼフは構えていたアルコを鞘に収め、石垣にへばりついていたラセルタを見る。
「ラセルタ、この二人を縛れ」
ここまで。ほんの数秒の出来事であった。
さっきほどではないが、強い風が吹き付ける。クリープとサチの乗ったグリフォンが着地した。
イザベラはユゼフと同じグリフォンに乗っており、いつの間にか降りていた。澄ました顔でガウンに付いた埃を払っている。
「我が僕よ、部屋へ戻れ」
ユゼフの一言で、二頭のグリフォンは魔瓶へ吸い込まれていった。
『こいつ、どんどん人間離れしていくな……』
アスターは複雑な思いでユゼフを見やりながらも……
「馬鹿者! ここは時間の壁の近くだぞ! ダーラとラセルタが飛ばされてたらどうするのだ!?」
ユゼフが口を開くより先に怒鳴った。本当は機敏な二人が吹き飛ばされるとは思ってもなかったが。
「すまない。時間がなかったのでグリフォンを使った。多勢に無勢と思い、慌てて着地して助けようとしたら思いの外、風の力が強くて……」
ユゼフは言い訳しながら、ダーラの隣のミリヤに気付いたようだ。
驚いた顔のミリヤに声をかけようとした時、背後から草を踏みしめる音が聞こえた。
木々の間から姿を見せたのはエリザに半ば抱えられた状態のディアナだった。




