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第一部前編 百三十六話「反発」のあと③(アスター視点)

(アスター)


 約束の場所を見付けるのは簡単だった。


 森の奥に突如現れたのは、アスターの背丈ほどの石垣だ。石垣は北へずっと続き、切れ目はここから見えない。

 

 これは魔国との境界だ。

 

 その石垣に対し、東方向から立ち塞がるのは際限なく続く時間の壁だった。


 そう、ここは魔国、鳥の王国、グリンデル王国の境界が交わる場所……


 トウヒの木々は時間の壁と同じくらいの高さがあった。葉の隙間からこぼれる陽光が暖かい。太陽が高く昇っているのは分かるが、尖った針葉に遮られ森の中は薄暗い。



「遅いな……」


 アスターは苛つきを隠せず、木々の間をウロウロ歩き回った。レーベ、エリザ、ラセルタとはもう合流した。

 

 あとはユゼフ達だけだ。

 懐中時計は十一時半を指している。



「もう、正午になってしまうぞ!」


「アスターさん、落ち着きましょうよ。皆不安になりますよ」


 レーベが(いさ)めた。


『ユゼフの奴、まさか捕まったのでは……』



 嫌な予感がよぎる。

 捕まった場合、助け出したくても不可能だ。

 王女を返すからと取引しようにも、きっと遺体しか返っては来まい。

 

 ダーラはアスターの様子に影響を受け、ソワソワしている。聖水効果でダーラと同じく人間の少年にしか見えないラセルタはアキラと共に注意深く周囲を見張っていた。

 

 エリザ達と合流して安心したディアナはいつもの調子を取り戻していた。とはいえミリヤは近付けず、エリザを傍に控えさせている。



「ねえ、エリザ、あの顔に傷がある男は盗賊なの?」


「……はい」

 

 エリザは躊躇(ためら)いながら答える。


「一緒の馬に乗った時、一言も喋らないんだもの。不安でしょうがなかったわ」


「仕方ありません。王女様を前にして緊張するのは当然です」


「でも、ユゼフったら酷いわ。私を助けるのに魔国でも盗賊の男を代わりに寄越したし、今回も別の人に任して生きてるのかも分からないような人を助けに行ったのよ」

 

 ディアナは不満げに頬を膨らました。

 可愛らしい仕草をするディアナを見てエリザは視線を足下へ落とした。


「それは、違います……」


「何が違うの?」


「ユゼフはいつでも王女様の事を一番に考えて行動していました。今回もアスターが誰よりも信頼出来るから任したのです。そうでなければ、親友が殺されても見殺しにしたでしょう」


 エリザは瞳に怒りを滲ませながらディアナを見る。ディアナはエリザの怒りを感じ取ったのか、口をつぐんだ。




「ラセルタ! 今、何か感じなかったか?」


 急にダーラが声を上げた。

 

「分かんない……聖水のせいか感覚が鈍ってる」


 ラセルタは目を閉じ集中しようとした。



「ダーラ、どうした?」


「アスター、来る……こっちに……二十人くらいいる……どうしよう……」



 ダーラは狼狽(うろた)えている。

 アスターは即座に落ち着きを取り戻した。

 何か起こった時ほど力を発揮する。それが最大の強みだとアスター自身分かっている。

 

 城を出てから三時間程度……もう居ないことに気付いてはいるだろうが、追っ手としては早すぎる。


 それに城下町へ向かう偽の蹄跡を出る前に付けているし、森に入るまでの蹄跡は消してある。追っ手を寄越すにしても、魔国方面へすぐに寄越すとは考えにくい。

 恐らく国境警備隊の連中だろう。隠れてやり過ごすこともできるが……



「ダーラ、ラセルタ、アキラ、戦えるか?」


「でもおいら、聖水のせいで体が重いんだ……それに人数が多い」


 ダーラはオロオロしながら答えた。


「つべこべ言うな! 相手はただの人間だぞ! 手練れならともかく、ただの騎兵だ。黒獅子やアンデッドと戦ってきたお前らの敵ではない」


 アスターの言葉を聞いた途端、ダーラはハッとした後、真顔になった。その様子を確認してアスターはほくそ笑む。


『ほらな。こいつはスイッチさえ入れてやればいい』


 一方のラセルタとアキラは返事の代わりに剣を抜いた。


「エリザ、お前はレーベと王女殿下をお連れして隠れるんだ」


 エリザは頷いてレーべに目配せした。

 こちらも任せて大丈夫だろう。



「アスターさん、あの侍女の子はどうするの?」


 ラセルタが指したのは離れた所からディアナを心配そうに見ているミリヤだ。

 答える代わりにアスターは大股でミリヤの前へ歩いていった。



「お前、戦えるか?」


 ミリヤは顔を上げ、アスターを睨む。

 今は可愛い娘の顔ではない。

 

 最初会った時から見抜いていたが、この娘は戦える。華奢に見えても筋肉は必要な所についているし、常に気を張っている。おっとりしてるように見えるのは演技だ。媚び方は娼婦より勝っている。



「んな訳ないでしょ? 何言ってんの、この人……」


 ラセルタが呆れた様子で口を挟んだ。

 ラセルタを無視し、アスターは再び尋ねる。


「戦えるのか、と聞いている。分かっているだろうが、私にはぶりっこは通用しない。相手の人数が多いからこちらも頭数が多い方がいい」



 蹄の音と落ち葉のガサガサする音が聞こえてきた。

 

 動けない病人を抱えたユゼフ達が敵と鉢合わせないように片付けておきたい、アスターは思った。

 それに時間(とき)の壁を渡れなかった場合、人数分の馬があれば助かる。



「王女様、さあこちらへ」


 エリザが怯えた表情のディアナを促した。


 ミリヤは普段の優しげな眼差しではなく、鋭い視線をアスターへ向けていたが、


「戦える……」


 ようやく低い声で答えた。

 

 やがて、ディアナ達が姿を消すのと紙一重、馬に乗った兵士達が姿を見せた。

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