第一部前編 百三十六話「反発」のあと②(アスター視点)
ミリヤと侍女姿のディアナを連れて、イザベラは堂々と城門を出た。
天幕の前で三人の姿を確認したダーラがアスターを呼ぶ。外に出てきたのはアスター、ダーラ、アキラの三人だけだった。
(アスター)
エリザ、レーベ、ラセルタは先に徒歩で目的地へ向かわせた。と言うのも、馬を四頭しか用意出来なかったからだ。相乗りするにしても七人までしか乗れない。
アスターはいつに無く上品な物腰で一礼すると、ディアナへ歩みより跪いた。
「お待ちしておりました。殿下」
ダーラもぎこちない様子で跪いたが、アキラは何故か呆然とした様子で突っ立っている。
「こら、何してる? 早く跪け」
アスターが小声で促すとようやく跪いた。
「きっとこんな綺麗な人、見たことないからびっくりしたんだよ」
そう言うダーラの前に居るのはミリヤだ。
ディアナが侍女の装いをしてるために勘違いしている。
「おい、お前、そっちじゃない」
アスターは慌てた。
「あらあら、大丈夫かしら……この人達」
呆れて呟いてから、イザベラはダーラの様子が先日と違う事に気付いた。
「あら? 狐君、尻尾と耳はどうしたの?」
ダーラは照れ笑いで答える。ユゼフの聖水が効いたのである。すぐ去るにせよ、人間の姿の方が目立たない。
「んなこと、どうでもいい。ニーケ殿下はどうした?」
アスターは苛立った声を上げた。
「ニーケ様はここに置いていくわ」
「は? 話が違うだろうが」
「あれ? 私、ニーケ様もお連れするって約束しました?」
ディアナは一連のやり取りを不安そうな表情で見守っていた。大柄で強面のアスターを怖がっているのかもしれない。
「馬は四頭ございます。二時間ほど乗るので殿下は私の後ろに……」
「待って!」
イザベラが突然、話を遮った。
「なんだ? 急に……」
アスターは眉根を寄せる。
「やっぱりあの二人だけでは心配だわ……私、城に戻りますわね」
「何を言っているのだ!?」
「ディアナ様、ここにいるおじ様の言う通りにしとけば、大丈夫ですからね。では、ごきげんよう」
それだけ言って、イザベラは身を翻した。パッと城の方へと走り出す。置き去りにされて青ざめたのはディアナだ。
「待ちなさい! イザベラ!」
叫び、追いかけようとした所をアスターに取り押さえられた。
「離して! 離しなさい! 無礼者!」
「お静かにしてください。衛兵に気付かれます」
アスターの凄みのある声と顔に気圧され、ディアナは泣きそうになった。
「あの、おいらが追いかけましょうか?」
ダーラが心配そうに尋ねる。
「もう手遅れだ」
すでにイザベラは城門をくぐってしまった。
『身のこなしが無駄に素早い。それにあの足の速さよ。何を考えてるのか全く分からんが……それにしても……』
アスターは怯えて震えるディアナに目線を移した。もう逃げる心配はないだろう。
「ご無礼を働き申し訳ございませんでした」
アスターが手を離し謝ると、ディアナは微かに頷き下を向いた。こんな状態で同じ馬に乗るのは無理だ。
『うちの上の娘と同じぐらいだがな。うちの娘の方がしっかりしている』
「ダーラ、お前は後ろを守れ。アキラはディアナ殿下を後ろにお乗せしろ。くれぐれもご無礼のないようにな。私が先導する」
目指すは魔国、鳥の王国、グリンデル王国の国境が交わる場所……馬で行けば二時間程度の距離だ。昼前には充分間に合う。
レーベ達には早起きしてもらい、同じぐらいの時間に着くよう発たせている。
ユゼフの話だと、そこでシーマから何らかの指示が与えられるか、壁を渡る方法があるかもしれないとのことだった。
「さあ、女王陛下に気付かれる前に急ぎましょう」
あの恐ろしいグリンデル女王に捕らえられれば、殺されるだけでは済まされない。
噂では気に入らない使用人や美しい町娘、少年を捕らえては拷問し、その生き血を啜るという。それだからいつまでも若く美しいのだと……
これはただの噂だが、八年前の事件は有名だ。
恋人と不義密通したとして処刑された悲劇の王妃クラウディアとその二人の王子。王子の逃亡を手引きした者は城内にいた。内通者を探し出そうとナスターシャ王女(今の女王)は一週間どころか数ヶ月に渡って拷問と殺戮を繰り返したのだ。
「許しなき一週間」の間に百人以上が拷問にかけられ殺されたのは事実である。結局、逃げた王子達は惨殺されたのだが……
きっと、レーベやラセルタ、エリザにも容赦しないだろう。だから幼い三人は先に行かせた。
ユゼフのことも心配だ。
サチの救出は諦めると思ったのに……
『私への反発心からか……』
あの時ダーラに話させたのは、アスターを頼って自分で決められないのは良くないと思ったからである。
クリープが何を考えているかは分からないが、女王に取り入るためユゼフを売る可能性は十分考えられる。
『だが、あいつが自分で決めたことだ。私にとやかく言う権利はない』
そう自分に言い聞かせたが、止めさせるべきだったという思いは抑えられなかった。
『頼む。うまくいってくれ』
珍しくアスターは神に祈りたい気分だった。




