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第一部前編 百二十話あたり 余話 盗賊シリンの場合(レーベ視点)

(レーベ)


 シリンはズタズタに引き裂かれた右腕を切断してから出発した。


 出血が酷かったものの、ユゼフの血を飲んですぐに回復した。ゆえにジャメルは行くことを許可したのだ。アキラの五番隊の気球を回収するためシリン含め、十一名が村を発った。

 

 何故、重傷者のシリンを向かわせたかというと、シリン自ら希望したのである。

 既に二基の気球はグリンデルに向けて離陸を始めており、操縦士はそれぞれ一人ずつ乗っている。バーバクは高熱で伏せっていたため、先に乗った。

 

 泥濘地(でいねいち)に置いて来た気球が修理可能か調べてから運ぶ必要があった。

 そのため、シリンのように気球の知識を持つ者が必要だったのである。しかし、泥濘地から歩いて戻って来るには丸一日必要だ。

 また襲われる可能性もあるし、危険を伴う任務には違いない。


 レーベはシリンから渡されたメモを頼りに気球の修理に必要な物を探していた。出発前、シリンはこのメモをレーベに渡すと言った。



「お前はまだ子供だし、他の者に頼んでもいいと思うんだが……」


「僕が残らないとまた魔物達が襲って来た時に困ります。シリンさんこそ、他の人に頼んだ方が良かったんじゃないですか?」


 シリンは自嘲するように口を歪めて笑い、何も言わず背を向けた。



『自分の事を(かえり)みない人だな……』


 腐臭の漂う民家の中を探索しながら、レーベは思った。

 頭脳派のシリンとレーベは気が合うこともあり、話す事が多かった。シリンは他の盗賊達と同じようにサーベルを帯刀しており力も強かったが、戦闘が好きなわけではなかった。

 

 盗賊のアジトで負傷した者の手当てをしている時、シリンはそれとなくレーベに打ち明けた。


 シリンの父はカワウの城下町で医院を経営する町医者だった。長男であるシリンは医院を継ぐため、とても厳しく教育された。シリンは父親に反発し家を出たという。



「家にいた時は勉強より剣を振るいたかった。騎士になって国の為に戦いたかった……だけどな、盗賊になった今では戦うより皆の傷の手当てをしたり、医学書を読んだりする方が好きなんだ」

 


 シリンは色黒で目鼻立ちのはっきりした典型的なカワウ人の顔立ちをしている。これもカワウ人の特徴である濃い髭に覆われた顎を撫でながらシリンは続けた。



「勉強が自由にできる時はそれを毛嫌いし、剣が自由に振るえるようになれば今度は勉強をしたがる……俺はそんな半端者なのさ」



 シリンがそんな話をしたのは、レーベが勉強熱心な学匠の弟子だったのもあるだろう。自らの幼い頃と重ね合わせる所があったのかもしれない。



『ほんと、長生きしないよ。あんな人は……』



 シリンが右腕を噛まれた時、レーベは屋根の上から一部始終を見ている。出撃した直後、剣を扱えないレーベは湖近くの民家の屋根によじ登り、皆の様子を見守っていた。


 シリンのすぐ横で戦っていたキュロスが足を滑らせ、黒獅子に飛びかかられそうになった時、咄嗟にシリンはキュロスを(かば)ったのだ。


 剣を突き出すより早く獅子はシリンの右腕に噛みついたが、シリンは剣を離そうとしなかった。牙が腕に食い込んだ状態のまま、手を後ろに引いたので必然的に肉が引き裂ける。激痛に叫び声を上げながらも、シリンは剣先を獅子の喉元に突き刺した。



『なんで盗賊なんかになったんだか……』



 そう思ってからレーベはハッとした。

 そういう自分もこの一カ月間、まるで仲間の一員のように彼らと生活している。しかも知らず知らずの内にシリンのことを心配すらしているのだ。



「あった!」


 衣類が散乱したベッドの下に裁縫道具を見つけて、レーベは思わず声を上げた。


『僕はあいつらの仲間にはならない。絶対に、だ。あいつらが痛い目にあうのは自業自得だし、僕が気に病む必要はない』


 レーベは自分にそう言い聞かせて民家の外へ出た。

 


「レーベ! レーベ! レ───ベ───!」

 


 切羽詰まった声でレーベの名を叫ぶ声が聞こえる。民家の中は気密性が高いため、声に気付かなかった。


 この滑らかな高い声は狐耳のダーラだ。

 レーベは何かあったのだと察知し、声の方へと走った。


 畑道の真ん中で尻尾と耳を下げ、途方に暮れて(たたず)むダーラの後ろ姿が見えた。



「畜生……どこに行っちまったんだよう……」


 今にも泣きそうなダーラの後ろからレーベは声をかけた。


「僕はここです」


 「あっ」と小さく叫び、ダーラは驚いて後ろに下がった。


「敵襲ですか?」


 ダーラは頷くと、オロオロとした様子で言った。


「アンデッドが三百くらい……どうしよう……六人しかいないのに……」


「三百くらいなら何とかなります」


 レーベは冷静に答えると、苛立ちを込めた目でダーラを見た。


『何でこの人、残ったんだろう……』



 馬鹿で臆病でそれに……

 黒獅子戦の後、アスターがダーラにキレている所をレーベは見ていた。

 その時はアスターの冷たさに腹が立ったが、アスターの言う通りダーラは戦いに向いていない。


 それなのに、気球に乗らず残ると自ら手を上げたのだ。



「おいら、皆の役に立ちたい」



 ダーラは戸惑う周囲をよそに八重歯を見せて笑った。

 

 アスターがその場に居れば、殴っていたかもしれない。が、アスターもいなければ、アキラもバルバソフもいなかった。

 代理リーダーのジャメルは他の者の顔を見回したが、皆目を反らし残りたい者は他にいなさそうだった。ダーラと同じ隊のファロフと目が合ったのだろう。ファロフは眉間に皺を寄せ心底嫌そうな顔で「俺か?」と自分を指差した。



「残れと言われれば残るけど?」



 ファロフは不本意である事を露骨に出しながら言った。

 ジャメルは少し迷ってから、注目を集めてモジモジしているダーラに、

 


「残っても構わないが、足手まといになるようなら切り捨てるし、誰もお前を助けないからな」


と念を押した。

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