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第一部前編 百十五話 アスターとみんな③のあと(アキラ視点)①

(アキラ)


 少しきついが何とか通れる。アキラは穴を(くぐ)り抜けた。

 

 目の前に黒曜石で設えた玉座が見える。その近くに燭台が見えた。

 アキラは即座に真鍮の燭台へ手を伸ばした。

 ステンドグラスを割るには丁度いい。


 その時……

 沈黙した廃城は一瞬で邪悪な空気に変わった。

 

 だだっ広い広間の向こうで重々しい赤銅色の扉が開け放たれている。開け放たれた扉の向こうは暗くてよく見えない。強い気配はその暗闇から感じられた。

 

 アキラは後ずさりしてステンドグラスに背中をくっつけた。



「アナン様? どうしました?」

 

 バルバソフの問いには答えず、扉の向こうの暗闇を見据える。


「イアン様?……そこにいらっしゃるの?」

 

 女の声だ。嫌な予感がした。


「イアン様、ここに来てはいけないとおっしゃいましたが、来てしまいました。ご褒美のキスはまだ頂いておりません」

 

 暗闇からニュッと顔を出したのは紫色の髪に尖った耳をした美しい亜人の娘だった……


「あらあら……」

 


 女の顔はアキラの姿を認めると嬉しそうに微笑んだ。暗闇から女の全身が現れる。アキラはステンドグラスを挟んで背後にいるバルバソフに、


「出た」


とだけ言って剣を抜いた。

 

 さっき牢を出る前、眠りから覚めると手錠の鍵、鉄格子の鍵、全て開いていた。ご丁寧なことに沼地に置いてきたこの剣まで置いてあった。その横に切り裂いたブーツも置いてあったので、縄で縛って履いている。



「出たって……大丈夫ですか!? ……正面からそっちへ向かいます!」

 


 アキラは「待て」と言おうとしたが、間に合わなかった。

 背後からはバルバソフの走り去る音が聞こえた。



「その剣、わざわざ泥まみれになってあたいが拾いに行ってやったんだよ」

 


 女は言った。

 全裸の女には両乳房の間に深い刀傷があった。下半身は毛深く鳥の足をしている。刀傷はアキラが付けたものに間違いなかった。顔が違うのは……よく見ると首に赤く切られたような線が入っている。別の女の首を付けているのか……


 それよりもショックを受けたのは、女が髪を掴み、引きずっている人間だった。全身を噛まれ、血だらけのその男は湿地で別れたカレンだった。



「……アイロー」


「嬉しい! あたいの名前、覚えててくれたんだね」

 


 アイローは黒い羽を羽ばたかせた。

 一気にアキラの正面まで距離を詰める。上から下までを舐め回すように見てくる。身体中の毛が逆立ちアキラは身震いした。



「この顔、どう思う?」

 

 アイローはアキラの顔を覗きこむようにして尋ねた。

 

「お前の仲間に一人、あたい達と同じ魔人がいるだろ? 人間の姿形をしてもあたい達には分かるのさ。そいつに首を切られ、その後ここにいるカレンだっけ?……に大事な顔を潰された。首なしのまま、こいつを連れて城へ戻るとボンヤリ歩いてる馬鹿な女がいるじゃないか? それで首を頂いたという訳だ」

 

 アイローは笑いながら言った。


「元のあたいほどじゃないが、この顔もなかなか美人だろう?」


「カレンを返せ」

 

 アキラは憎悪を抑えながら言った。


「いいよ。もうとっくに死んでるけどな」

 


 アイローはカレンの体をアキラの方へ投げた。カレンのボロボロの体は放物線を描いて、アキラの足元にドサリと落ちた。


 カレンの目は閉じているが、眉間には深い皺が刻まれている。服は半分くらい破かれていて、ほぼ全身を噛まれていた。



『カレン、すまない……』

 

 アキラはカレンの変わり果てた姿を見て唇を噛んだ。


「そいつはとてもいい声で鳴くんだ。もうちょっと楽しみたかったのにすぐ死んじまった。お前はもっと楽しませてくれるかな?」

 


 アイローは美しい娘の顔で微笑んだ。

 優しい笑みを浮かべたまま、翼をすぼめ円錐形になる。途端に物凄い速さでアキラの方へ向かって来た。 


 突っ込んできたアイローをアキラは横に飛んで避ける。向きを直したアイローは再びこちらに向かってくる。

 その間に息を吸うことぐらいはできた。


 直線的な移動では早いが、カーブやUターンには時間がかかるようだ。

 ぎりぎりの所で避けて、アイローが向きを変えている間にこちらも態勢を直す。それを何度か繰り返した。

 

 最初は楽しそうにアキラを追いまわしていた。



「お前、なかなか素早いじゃないか? でもそろそろ飽きてきたな……」

 


 アイローは不意に動きを止めた。呼吸は全く乱れていない。


 一方のアキラは肩で息をしている。

 娘の顔は(ほが)らかで愛らしく、それが一層アイローの醜悪さを際立たせた。

 

 次にアイローが可愛らしい娘の顔で微笑んだ時、一瞬で姿が消えた。



『どこだ!?』



 頬を伝って流れ落ちる汗が床に達する前、アキラは感付いたが手遅れだった。

 

 アキラが上を見上げると同時、目の前に美しい娘の顔が見えた。アイローは風を切る早さで上から突っ込んでくる。

 

 気付くとアキラは床に押し倒されており、鋭い爪が両肩に食い込んでいた。

 

 前に襲われた時と同じ状況だ。

 違うのは握っていた剣を遥か遠くへ蹴り飛ばされている。



「さあ、どうする?」

 


 アイローはアキラが逃れられないよう、腰に(また)がり両脚でがっちりと挟んだ。無邪気に笑う娘の顔は新しく手に入れたオモチャでどのように遊ぶか考えているようだ。

 

 だが、追い詰められているのにも関わらず、アキラはいつも以上に冷静だった。この化け物は遊ぶため、すぐにはトドメをささない。

 それが致命的な弱点であるのにも関わらず……



「殺さないでくれ。お前を喜ばせるから……」

 

 懇願するアキラにアイローは気を良くした。


「どんな風に喜ばせてくれるの?」


「お前の好きなように……」

 

 

 アキラが言うと、肩に食い込んだアイローの爪が緩くなった。

 

 アキラは娘の紫色の瞳をジッと見つめた。肌は陶磁器のようになめらかで白く、ふっくらとした唇は赤い薔薇の花弁みたいだ。



『綺麗な子だ』

 


 亜人とはいえ、この危険な城にはそぐわない。この首の主がどういういきさつでこの場所に居て殺されたのか……微かな疑念が湧きおこり、またすぐに消えていった。



「前みたいにキスしよう」

 


 アキラは精一杯の笑みを見せた。

 演技はできない性質だが、紫髪の娘に対してだと思えば自然と微笑むことができる。

 

 アイローは唇を重ねて来た。アキラの肩を押さえていたアイローの右手は離れ、下の方へと移動していく。

 

 アキラは自由になった左手を腰のダガ―へと伸ばした。



『よし……』


 

 ダガ―の(つか)を握って僅かに油断した。

 抜こうとした瞬間、アイローの手にがっちりと掴まれる。長く尖った爪がアキラの手首に食い込んだ。



「悪い子だ。あたいがまた前と同じ手に引っ掛かるとでも?」


「ああ」



 アキラは答えるなり、上体を少しだけ起こしているアイローの股を蹴り上げた。キスをしている間にアイローの両足間から左足を抜き、隙間を作っておいたのだ。


 蹴られた衝撃で仰け反ったアイローが、手首から手を離した隙にダガ―を抜く。アキラはすかさず、娘の首が繋がっている赤い線の所に刺した。そのまま力を込め、外側へと……首は半分切れグラリと反対側へ吊り下がった。


 必然的に娘の顔は逆さまになる。

 白目を剥いて、口からだらしなく舌が垂れる。意識は首から離れた。

 


 転がるようにしてアイローから離れ、アキラは「兄弟」の所まで逃れた。


「兄弟」

 

 (つば)に双頭のイヌワシの彫刻が施されたその剣は兄のカオルがアナンの城を出て行く前、アキラへ託した物だ。幼い頃には大きすぎたこの剣は今は身丈にぴったりと合っている。

 

 アキラは「兄弟」を握りしめると、視界を失ったアイローへと向かって行った。

 

 下から突き上げるようにして剣を振り、アイローの体から半分取れかかっていた首を斬り飛ばす。素早くアイローの胸の刺し傷に狙いを定め、一気に突き刺した。



『やった!』



 前の時は心臓が動いて逃げてしまったのか、空洞をさしているような感触だった。今回は確かな手応えがある。足でアイローの体を蹴りながら、剣を抜くと胸から鮮血が吹き出した。


 


 その時、やっと気配に気付いた。

 いつから居たのか……扉近くにイアンとクリープが立っていた。イアンは呆然とした様子で足元に転がった娘の首を見ている。



「ライラ……」


 呟いたイアンの顔には悲しみしかなかった。

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